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フェバル保管庫2  作者: レスト
金髪の兄ちゃんともう一人の「私」
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10「いつもと違う一日」

 ん……

 いつものように、俺は暗い屋根裏部屋で目を覚ました。ぐしぐしと目をこする。

 いつの間に寝ちゃったんだろう。

 思い出そうとしてみるけど、昨日何があったのか、ちっとも思い出せなかった。

 俺、どうしてたんだっけ?

 なんか、すごく嫌なことがあったような気がするんだけどなあ。

 でも、考えてもわかんなかった。

 まあいいか。

 身体を起こそうと動いたとき、不思議なことに気が付いた。

 あれ。どこも、痛くない。

 シャツをめくったら、本当にびっくりした。

 あんなにいっぱいあった傷が、一つもなくなってた。

 なんで!? どうなってるの!?

 奇跡だと思った。泣きそうなくらい嬉しかった。

 着替えのときに、もうこそこそしなくていいんだ!


「おはようございます」


 部屋を出た俺は、階段を下りて、リビングのドアを開けて、いつもよりちょっとだけ元気に挨拶した。

 まあいつも返事は来ないんだけど、今はとっても良い気分だからそんなことなんかちっとも気にならない。 

 奥から、おじさんとおばさんの怒鳴り声が聞こえて来た。


「まったく! 誰のいたずらだい! こんなに派手に割ってくれちまって!」

「ちくしょう! どこのどいつがやりやがった! ふざけやがって!」


 何があったんだろうと思って、横からそーっと見てみたら、窓のガラスが滅茶苦茶に割れていた。あっちこっちにかけらが飛び散ってる。

 うわあ。ひどいや。誰がやったんだろう。

 俺が起きてきたことに気が付いたおばさんは、名前を呼んできた。


「ユウ」

「は、はい」


 またとばっちりで、何かされるのかな……

 おばさんが何を言い付けてくるのか、びくびくしながら待っていた。


「私はこいつの後片付けをしなきゃいけない。おかずならそこに置いてあるから、勝手に食べな」


 え?

 あんまり考えてもなかったことだったから、ぽかんとしちゃった。


「ガラスのお片付けなら、俺がやりますよ」


 そしたら、おばさんはまたまた信じられないことを言ってきた。


「何言ってんだい。子供がやったら危ないだろう?」


 いったいどうしちゃったの!?

 いつもならぜったい俺にやらせるのに。終わるまでは、ご飯なんて食べさせてもらえないのに。

 これは何かおかしいんじゃないかって思う。言うこと聞いたら、逆に後で怒られちゃうかもしれない。


「でも、お家のことは俺のお仕事ですから」

「お母さんが良いって言ってんだろ? ガキはすっこんでろ!」

「は、はい!」


 おじさんに怒鳴られた。また殴られると思って、腕で顔を隠しながら目を閉じた。

 だけど、いつまでたっても何もされなかった。

 あれ? 殴ってこない……?

 腕を下げてそっと目を開けると、おじさんは俺の方なんかちっとも見ないで、割れた窓のところで怒りながらおばさんとお話ししていた。


 どうなってるの?

 どうしたらいいのかわからなかった。いつもとあんまり違うから、おかしいなって気持ちが強くて、素直に喜べなかったんだ。

 何が何だかわからなくて、しばらくそこでぽけーっと突っ立っていた。

 そのうちやっとわかってきた。ほんとに何もしなくていいみたいだ。

 何もしなくても、何も嫌なことされないみたいだ。

 そう思ったら、だんだんうれしくなってきた。

 心も足も軽くなって、台所までまっすぐ向かってお茶碗にいっぱいご飯を盛った。こんなに幸せな朝はすっごく久しぶりだよ。


 食卓を見たら、さらにびっくりした。

 うそでしょ!? 俺の分の卵焼きがある! いつもは白いご飯だけほおばって学校に行くのに。

 じ~んときた。ほんとに泣きそうだよ。


「おばさん!」

「な、なんだい?」


 おばさんは急に、ものすごい勢いでびくっとした。なんだか、怖がっているみたいにも見える。

 変なの。何をそんなにびくびくしてるんだろう。


「卵焼きありがとう! いただきます!」


 そう言ったら、おばさんはほっとしたみたいな顔をした。

 ほんと、どうしちゃったんだろう。


「あ、ああ。よく噛んで食べな」

「はい!」


 おいしくご飯を食べ終わった俺は、うきうきした気分で洗面所に行こうとした。


「ふんふーん♪」


 そこで、遅れて起きてきたケンとばったり出会った。一気に楽しい気持ちが吹き飛んじゃった。


「あ……ケン」

「よう……ユウ」


 会うたびに、何かされるかもっていっつも思ってしまう。やっぱりケンは苦手だな。

 でも、ケンの様子もなんか変だった。いつも俺を見るとすぐ調子に乗ってくるのに、今日はものすごく辛そうな顔をしてる。

 ケンはそのままの顔で、とても言いにくそうに言い出した。


「あのさ。なんて言うか……」

「なに?」


 何を言うつもりなんだろうと思って、どきどきする。


「今まで色々ごめん!」


 早口でそう言って、ケンは勢い良く頭を下げた。

 ひっくり返りそうになるくらいびっくりした。

 頭を上げたケンは、俺をまっすぐ見つめて言ってきた。


「痛かっただろ? 俺、お前にすごく酷いことしてたんだ」


 泣きそうなくらい真剣な顔だった。本気であやまってるんだってわかった。


「ケン……」

「もうしない。絶対しないから。ごめん。本当にごめんな」


 まさか、こんな日が来るなんて思わなかった。

 あのケンが、自分からちゃんと謝ってくれるなんて。もうしないって言ってくれるなんて。

 それだけで、俺の心はすっきりした。今まであれだけ色々と酷いことをされたのに、そんなことなんかもうすっかりどうでも良くなっちゃったんだ。

 俺は単純なのかもしれない。でも、それでいいと思う。ほんとにちゃんと謝ったんだったら、許してあげたっていいと思う。

 それに、このケンとだったら、これからは仲良くやっていけるんじゃないかなって、なんとなくそう思えたから。


「いいよ。許してあげる」

「ほんとか……? あんなに酷いことしたのに、許してくれるのか?」

「うん。謝ってくれただけでいいよ。終わったことはもう気にしなくていいから」

「ありがとな、ユウ……ひひひ。まあ、ユウならそう言ってくれると思ったぜ!」


 許したらすぐに、ケンは調子よくにかっと笑った。ちょっと呆れちゃったけど、まあケンらしいと言えばケンらしいか。


「そうだ。今日帰ったら一緒にゲームやろうぜ! 面白い新作があるんだ!」

「ほんと!? もちろんやるよ!」


 ゲームにはかなり興味があったし、クラスメイトがやってるの見ててずっとうらやましかったんだ。でも、俺には関係ないものだってずっと思ってた。だから、誘ってもらえてほんとにうれしかった。


「あ、でも。初めてなんだけど、ちゃんと出来るかな?」


 それがちょっぴり不安だった。

 心配してる俺を見て、ケンは得意な顔で言った。


「なーに。操作くらいこの俺がびしっと教えてやるよ! 俺、すっげー上手いんだぜ! マジプロ級」

「へえ、そうなんだ! じゃあお願いするね」

「ひひひ。任せとけ!」


 今日はいつもと違って、学校が終わったらすぐお家に帰った。そして、ケンと一緒に初めてゲームをやった。ケンは俺が下手くそでも怒らないで丁寧に教えてくれた。二人で協力してボスをやっつけた。すっごく楽しかった。

 夜ご飯もおかずが普通に当たった。朝ほどは驚かなかったけど、やっぱりびっくりしたし嬉しかった。


 でも、楽しいことばかりじゃなかった。夜ご飯を食べて洗い物が終わったところで、俺はおじさんとおばさんに呼ばれた。大事な話があるって。

 ケンは自分の部屋に行くように言われて、いなくなった。

 食卓の向かいにおじさんとおばさんが座って、俺は手前の方に座った。


「正直言うとね。私たちは、やっぱりお前が疎ましいんだよ。見てるだけで腹が立つし、何より気味が悪いんだ」

「俺もそうだ。引き取っておいて悪いんだがな。出来るだけ早く一人前になって家を出て行ってくれるとありがたい」


 大体こんな感じのことをずっと話された。

 俺は、あまり傷付かなかった。

 おじさんもおばさんも、俺のことを嫌だと思ってるなんて、とっくにわかってたから。

 暴力じゃない。やっと本音が聞けた。そう思ったんだ。

 

「わかりました。けどせめて、俺がもっと大きくなるまではここに置いてもらえませんか? まだ一人じゃ何も出来ませんから」


 おじさんとおばさんは、それを聞いてちょっとの間口を閉じた。時々二人で目を合わせている。

 そのうち、おじさんがやっと口を開いた。


「わかった……。少なくとも義務教育、お前が小学校と中学校に通っている間はきちんと面倒を見よう。それでいいか?」

「はい。それで大丈夫です。ありがとうございます」


 俺は椅子から立って、おじさんとおばさんに背中を向けた。きっともう話すことは何もないだろうから。


「最初からこうすれば良かったんだよ。ねえ、お父さん」

「ああ。本当だな。なぜ今まで言えなかったんだろう」


 おじさんとおばさんがそう言ってたのを、いなくなるときに聞きながら、俺は心に決めていた。

 いつかもっと大きくなって。

 中学校を出たら、この家からはすぐに出て行こう。

 俺はいつまでもここにいちゃいけない。

 それまでに、何とか自分で生活出来るようになるんだ。

 勉強ももっと頑張って、もっと色んなことを知って。

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