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フェバル保管庫2  作者: レスト
金髪の兄ちゃんともう一人の「私」
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8「早過ぎた力」

 俺は引き千切った縄を掴むと、三人に向かって投げつけた。己が犯した罪を突きつけるように。


「おじさん。こんなことして良いと思ってるのかな。大人なら知ってるよね? こういうの、虐待って言うんだよ」


 図星を突かれたこいつらは、みるみるうちに顔が赤くなった。見ていて面白いくらいだった。


「ガキのくせに生意気な口きくんじゃねえ!」


 激昂したおじさんが、拳を作って迫りかかってくる。

 言うに事欠いて暴力に訴えるか。まあそういう人だよね。

 それにしても遅い。なんだこのハエが止まりそうなパンチは。俺は今までこんなものに苦しめられていたのか。

 迫る拳を顔面すれすれでかわすと、そのまま懐に滑り込み、伸びた腕を掴んで投げ飛ばした。

 おじさんはくるりと回転して、背中から床に叩き付けられた。何が起こったのかわからないといったまぬけな顔をしている。

 これはお母さんの投げ技だ。力はほとんどいらない。

 立ち上がったおじさんは、既に先程までの威勢を失っていた。ようやくいつもの俺でないことを察したのだろう。とにかく、これでむやみに殴りかかってくることはあるまい。


「いきなり暴力は良くないと思うな。まずは話し合いをしようよ」

「話し合いですって?」


 驚くおばさんに、俺はわざと口角を上げて罵倒するように言ってやった。


「そうさ。お前らの罪深さを教えてやるって言ってんだよ」

「生意気な口を! この家に住まわせてやってる恩を忘れたのか!?」


 焦って憤慨するおじさんが、滑稽で仕方がなかった。本人もわかっててやってるのだから、面の皮の厚さはアカデミー賞ものだ。


「何が恩だ。笑わせるなよ。俺の養育費を口実に、両親の遺産を掠め取ってる泥棒のくせにさ」


 言われたおじさんとおばさんの口が、あんぐりと開いて塞がらなくなった。

 そうだ。そのアホみたいな顔が見たかったんだよ。


「どうして……なぜ、それを知ってるんだい!?」

「いつだかの夜中に得意そうにべらべらと喋ってたじゃないか」

「馬鹿な! それはあんたの両親が亡くなったすぐ後、確かあんたが六歳のときじゃないか! わかりっこないはずだよ!」

「それがわかるんだよ。俺にはね」


 望むなら、全ての記憶にアクセス出来る。まったく素晴らしい力だ。


「まあいいさ。きちんと世話してくれるなら、その金はあげてやってもいい」


 それを聞いて、おじさんとおばさんはほっと胸を撫で下ろした。こいつらは金さえ無事ならそれでいいのか。

 心の底から軽蔑しながら、話を続ける。


「莫大な金という対価をもらってる以上、あんたらには代わりに俺をきちんと育てる義務があるはずだ。そうでしょう?」

「あ、ああ。そうだな」

「ええ。そうね」


 歯切れが悪そうに答える二人。そりゃそうだ。なぜなら――

 俺は湧き上がる怒りを込めて叫んだ。


「なのに! あんたらはその義務をちっとも果たさなかった! それどころか、この扱いだ!」


 俺はシャツをめくり上げて、身体中に残った痛々しい傷跡を晒した。こいつのおかげで、体育のときに人前で着替えることも出来やしない。


「見なよ。この痣と、傷と、火傷の跡を! どうしてこんなことをするの? あんたらは、一切心が痛まなかったの!?」


 二人は、ばつが悪そうに顔をしかめて押し黙った。当然だ。返す言葉がないのだから。ケンの奴は、おどおどしながら俺たちの様子を見守っていた。


「俺がどんなに泣いても喚いても謝っても、おじさんもおばさんも決して止めてはくれなかった。むしろ楽しんでたよね。はっきり言ってやるよ。あんたたちは、最低だ」


 二人に、びきびきと青筋が走った。子供にここまでコケにされ、言いくるめられているという事実に対して苛立っているのが、容易に見て取れた。

 この期に及んでも反省の色が全く見られないとは。心底呆れるよ。

 俺は溜息を吐くと、冷たい口調で諭した。


「さて、何か言うことはありませんか?」


 もちろん求めているものは一つだ。だが、二人はあくまで黙っているつもりのようだった。仕方がないから、俺はとっておきのカードを切ることにした。

 

「ねえ。黙ってていいの? 虐待の事実を世間に公表してあげようか? いくらでも方法はあるんだよ? そしたら、あんたたちの社会的信用はどうなるだろうね」

「すまなかった……」

「ごめんなさい……」


 本心ではないにしろ、ようやく望んでいた言葉が聞けて、ほんの少しだけ溜飲が下がる。けれど、たった一言の謝罪で許すには、俺が受けた傷はあまりにも深過ぎた。

 

「やっと謝ってくれたね。でも、俺はお前たちを絶対に許さないよ」

「この! 人が下手に出れば調子に乗りや――」

「黙れ」


 視線だけで殺してやるとばかりに殺気を放ったら、おじさんはびびって言葉を詰まらせた。顔がピーマンみたいに青くなっている。

 小物も小物だ。所詮、弱い者をいじめて愉悦に浸る奴なんて、この程度なんだろう。どうしてこんな奴を怖がっていたのか。本当に馬鹿馬鹿しくなってくるよ。


「いいか。周りにばらされたくなかったら、今すぐ扱いを改善しろ。せめて人並みにして」


 すると、すっかり竦み上がったこいつらは何も言えないようだった。だから、語気を強めて促してやった。


「返事は?」

「わ、わかったよ!」


 いつも人を食ったような顔をしてるおばさんも、この通りだった。もう少し仕返ししようと思って、俺は嘲笑しながら言った。


「そうだ。心配しなくても、別に今まで通り家事くらいはやってあげるよ。おばさん、ずっと家にいるくせに一人じゃ家事もまともに出来ないもんね」


 図星を突かれたおばさんは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 おじさんもおばさんも、もはや形無しだった。


 とりあえず二人に言いたいことは言って満足した俺は、横できょろきょろしている奴に標的を変えた。


「ケン」

「は、はひ!」


 思わず噴き出してしまいそうになった。いつもは威張り散らしてるこいつが「は、はひ!」だって。

 親の情けない姿が、よほど応えたのだろう。

 俺は外から見れば穏やかな笑みを浮かべながら、こいつにゆっくりと近づいていった。


「いつも俺のこと、こき使って楽しかった?」

「うわ! ち、近寄るな!」


 素が出たこいつは、やはりすぐに手が出た。この辺りは親譲りだな。

 もちろん、おじさんのと比べてもさらに遥かに劣る拳だった。こんなのよけるまでもない。その場で足を蹴り上げて、ケンの拳にぶつけてやった。それだけで、こいつは簡単にひるんだ。

 俺は怯えるこいつに近寄ると、お返しに狙い澄ましたリバーブローをお見舞いしてやった。

 そして、のたうち回ることすら出来ないほど苦しむケンの耳元に顔を寄せ、囁くように説教してあげた。


「こうやってね。殴られると痛いんだよ。苦しいんだよ。わかったでしょ? 君はもっと人の痛みを知った方が良いと思うね」


 コクコクと、小動物のように頷くケン。

 へえ。子供な分だけ親よりよっぽど素直じゃないか。

 でも、まだ許さない。こいつには余罪があるのだ。


「あとさ。何か言うことがあるんじゃないの?」

「な、なんのことでしょう?」


 また急に丁寧語で改まったケンに内心苦笑いしながら、俺ははっきりと告げた。


「今日のこととかね。君のお母さんにちゃんと謝ったら?」

「いや、そそそそれは……」


 きょどりまくるケンに、思い切りドスを利かせた声で脅しかけた。


「ほら言えよ。今日俺の部屋を散らかしたのは誰だ? 俺にエアガンの弾と水風船をしこたまぶつけたのは誰だ? 部屋を片付けるべきだったのは誰なんだ?」


 ケンは半泣きになって、汗を滝のように流しながら白状した。


「ひ、ひいっ! ごめんなさい! 俺です! 俺が全部やりましたぁ~~!」


 俺はその返答に満足して、おばさんの方に振り向いた。


「聞いた? おばさん。悪いのはケンだよ。俺は何もやってない」


 俺にとっては大事なことだったんだけど、おばさんにとってはもはやどうでも良いことのようだった。俺とケンのやり取りを見てますます青ざめた彼女は、身体を震わせながら非難するように言ってきた。


「急に知恵が付いたみたいに! 一体、なんなんだい!? 気味が悪いよ! この化け物め!」


 化け物。そんなこと言われたの初めてだよ。だが、心外だな。


「化け物? どっちが。お前らこそ人の皮をかぶった化け物みたいなもんじゃないか。なあ?」


 俺は同意を求めるように、ケンの方をちらりと見た。ケンはそれがあまりに怖かったらしい。とうとう母親の膝に縋って、我を忘れて大泣きし始めた。

 

「うええええええええええええん!」


 俺は情けなく泣きじゃくるケンを見下しながら、嘲りを込めて言ってやった。


「言われた言葉をそっくりそのまま返してやるよ。弱虫め」


 まあ、こいつへの仕返しはこのくらいでいいだろう。こいつはまだ小さいし、無邪気な部分もあった。両親とは違って改心の余地はあるから、許してやっても良いと思う。


 そのとき、いきなり後頭部に大きな衝撃が走った。

 視界がぐらりと揺れる。

 何が起こったのかと思ったときには、床に顔からぶつかっていた。

 くらくらする頭を振って、どうにか見上げた。すると、側にあった置き物で背後から俺を殴ったおじさんの姿が映った。

 おじさんは、興奮で激しく息を切らせていた。目が充血している。


「へっ! ざまあみろ! 調子に乗るからだ! このクソガキめ!」


 そして、脳が揺れて俺が立ち上がれないのをいいことに、調子に乗って何度も何度も蹴り付けてきた。


「ほら! お前も手伝え!」

「ああ! ちょっと離れてな! ケン!」


 息子を脇にやったおばさんも加わって、軽くリンチ状態になる。


「死ね! 死ね!」

「くたばれ! 化け物め!」


 小さな体をボールのように蹴られながら、俺は死ぬほど心が痛かった。だって、全く躊躇など感じられなかったから。

 こいつらは、俺のことを殺す気なんだ。

 少なくとも、うっかり死んでしまっても構わないと思っている。

 そのことが、たまらなく悲しかった。

 俺は身を固くして、じっと脳の回復を待った。守ることだけに集中すれば、こんな素人の蹴りなど、そうそう致命傷になどなりはしない。

 動けるようになった頃を見計らって、蹴ってきたおじさんの足にしがみついた。

そこを支えにして、よろよろと立ち上がる。そこからすかさず金的を蹴り、痛がるおじさんから距離を取った。

 痛みに苦しみながら、おじさんはなおも俺に襲い掛かろうとする。けど、そこまでだった。ギロリと睨み付けてやったら、二人の動きは銅像のように止まった。


 俺は一息吐くと、自分の頼りない身体を見下ろした。

 全身血だらけだった。生温い人の血だ。それがこの身体には流れている。

 顔を上げて、再びおじさんとおばさんを睨み付けた。

 対して、こいつらはなんだ。こいつらには、まともな血が通っちゃいない。

 決して許しはしないけど、扱いを改善させるだけで勘弁してやるつもりだったのに。

 やっとのことで残していた最後の良心のタガが、とうとう外れてしまったような気がした。


 記憶の世界に一つの漏れなく溜まっていた、数々の虐待の記憶。力を手に入れたとき、それらも一緒に解放されてしまったみたいだった。

「私」が力を使うなって言ってた理由が、やっとわかったよ。今の俺には、もう耐えられそうにない。誰も彼もが憎くて、さっきからずっと気がおかしくなりそうなんだ。

 こいつらに刻み付けられた残虐性と暴力性が、一気に俺を包み込んで支配しようとしてくる。もはや逆らうことは出来なかった。

 もういいや。この気持ちに身を委ねてしまおう。


 そのとき、「私」の縋るような声が聞こえて来た。


『ダメだよ! 元に戻れなくなっちゃうよ!』


 ああ。そうか。今は能力を使ってるから、現実でも心が通じることがあり得るんだね。


 ねえ。もう一人の「私」。俺のこと、必死に止めてくれてありがとう。いつもは忘れちゃってるけど、ずっとそばにいてくれてありがとう。


『そんな。お別れみたいなこと、言わないでよ』


 もう、疲れたんだ。


『ユウ……』


 もし俺がダメになっちゃったら、そのときはこの身体は君にあげるよ。


『そんなこと、言わないでよ。あなたがいなくちゃ、私がいる意味なんてない。私は、あなたを支えるためにいるんだよ?』


 そっか。じゃあ、ごめんだ。言うこと聞かない子で、ごめんね。


『ユウ! ユウ! 返事をして! お願い!』


 ――――いこう。

 こんな奴らに遠慮する必要はないさ! なあ、そうだろう!?


「あははははははははははははは! またそうやって暴力か! お前ら、それしか能がないのか?」

「ひいっ!」

「あああっ!」


 くっくっく。そんなにびびるなら、最初から手なんか出さなければ良かったのにね。


「もういいよ。お前らがそういうつもりなら、俺にも考えがある」


 憎しみの感情が後押しする。やってしまえと後押しする。

 ふと横を見ると、ケンは既にショックからか気を失っていた。

 よかった。こんなもの、見ない方が幸せだ。


『まさか……! それだけはやめて!』


 レンクス。食らった技を借りるよ。


【反逆】


 重力に逆らって、奴らを天井へ叩きつけろ。


 おじさんとおばさんの身体が、瞬く間に宙へと浮き始める。


「うわあああああ!」

「きゃあああああ!」


 そのまま天井に激突させた。二人の断末魔のような悲鳴が、部屋中に響き渡る。

 その瞬間、能力を切って床へと落とす。落ちたら、また【反逆】を使って引き上げてやる。

 そうやって、床へと天井へと、交互に何度も何度も叩きつけてやった。

 奴らの泣き叫ぶ声を聞きながら、俺は虚しい復讐心が満たされていくのを感じていた。


「ははは! これは報いだ! お前らがこの憎しみを育てた! 自分で自分の首を絞めたんだよ!」


 不思議と涙が流れてくる。楽しいはずなのに。

 ここまですることはないんじゃないのか? ここまでやり返したら、おじさんたちと一緒じゃないのか?

 そんな疑念が頭を過ぎる。でも、もう手を止められない。止まらない。


『もうやめて! 私は知ってる。あなたは優しい人だよ。だから、こんなに心が苦しいんだよ』


 ダメだ! 憎しみが止まらないんだ! 全部壊してしまえって頭の中にガンガン響いて来るんだよ!


【反逆】なんて強い能力を何度も使うのは、さすがに無理があったみたいだ。

 まもなく、俺は限界を超えた。

 堰を切ったように、膨大な情報が一気に頭の中に流れ込んでくる。

 頭が、割れる!


「うわあああああああああああああああああああーーーーーーー!」



 ユウ! しっかりして!

 周りを見渡すと、私の住んでいる心の世界は、かつて見たこともないくらいに荒れ狂っていた。普段は真っ暗なはずの世界に、まるで天の川のような、白い光から成る巨大な流れが生じている。それも、恐ろしい激流だった。

 力が、暴走してる。やっぱり扱い切れなかったんだ。

 早く止めないと! ユウが苦しんでる!

 私は必死に流れを止めようとした。だけど、私はあまりにも無力だった。

 膨大な心の世界の中で、そのたかが一要素に過ぎない私の力では、せいぜい小さな流れを押し止めるので精一杯だったの。

 ダメ! とても抑え切れない!

 やがてどこもかしこも激流に呑まれて、私はただ立ち尽くすしかなかった。

 もう祈ることしか出来なかった。


 お願い! 誰か! 誰か流れを止めて!

 このままじゃ、ユウが本当に壊れてしまう!


 絶望に飲み込まれそうになった、そのときだった。


 ユウの目を通して、部屋の窓ガラスが派手に割れたのが見えたの。

 勢い良く飛び込んで来たのは、見慣れた金髪だった。

 彼がやって来たとき、奇跡が起こった。

 あれだけ激しくうねっていた流れが、次第に落ち着きを見せ始めた。

 気付けば、心の世界は、すっかり元の真っ暗な空間に戻っていた。


 止まった……?

 すると、ユウがふらっと力が抜けたように気を失って、代わりに私が表の世界に出て来た。

 彼は私を認めると、ほっとしたような笑顔を見せた。


「ふう。やれやれ。危なかった。間一髪のところで間に合ったな」


 彼のことを、こんなに頼もしいと感じたことはなかった。


「レンクス……」

「よう。遅れてすまなかった。助けにきたぜ」

「ユウは……助かったの……?」


 彼は、不安でいっぱいの私を安心させるように、にこりと笑って頷いた。


「ああ。ギリギリだったけどな。とりあえず記憶とのリンクを断って中で眠らせておいたから、確かめてみろ」


 言われて心の世界を覗くと、何も知らないユウが、安らかな顔で眠っていた。


 ユウが、助かった。

 レンクスが、助けてくれた。


「ぐすっ……よかった……ほんとに、よかったよぉ……」


 安心から、私はその場で泣き崩れてしまった。わんわん泣きじゃくる私の頭にぽんと手を置いて、彼はあやすように優しく撫でてくれた。

 こういうときだけ、ちっともいやらしさはなかった。


「お前たちのことはなるべく俺が守ってやるよ。ユナとの――約束だからな」

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