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フェバル保管庫2  作者: レスト
金髪の兄ちゃんともう一人の「私」
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7「どうして?」

 レンクスと友達になってから、まあまあの時間が経った。俺は、いつものように夕方まで時間を潰してから家に帰って来た。最近はレンクスがいるから、遊ぶのが結構楽しいんだ。


「ただいま」


 おばさんやケンからおかえりは返って来ない。いつものことだ。

 俺は靴を脱いで、ちゃんとみんなの分の靴を揃えてから玄関に上がる。それから、横にかかっている箒でさっとその辺を掃いた。これも俺のお仕事だった。

 やり残しがあると大変なことになるから、じっくりと見回す。うん。どこも汚れてない。

 掃除が終わって。あとはもう自分の屋根裏部屋に行くだけなんだけど、今日は苦手な奴がいた。


「よう」


 二階へ上る階段の前にいたのは、いたずらっぽく笑っているケンだった。

 嫌な感じがした。ケンがわざわざ迎えてくれて、しかもこんな風に笑っているときは、大体ひどいことになるからだ。

 その嫌な感じはやっぱり当たった。ケンは後ろに隠していたものを楽しそうに見せびらかした。

 エアガンだった。


「新しいエアガン買ったんだ。サバイバルごっこしようぜ」


 それだけで、俺にはもうケンが次に言うことがわかった。また痛い思いをしないといけないって思ったら、心がぶるぶるしてきた。


「お前的な」

「いやだ!」


 怖いって気持ちがつい口に出た。でも、嫌なんて言わない方が良かった。ケンは俺が素直に言うこと聞かないと、すぐ機嫌を悪くするから。

 ケンは憎たらしい顔で、わざととぼけたみたいに言ってきた。


「聞こえなかったなあ。適当な理由付けてまたお父さんに叱ってもらおうかなあ?」


 それだけはやめて欲しかった。おじさんにちくられたら何されるかわかんない。だって嘘でも、おじさんとおばさんは絶対にケンの言うことだけを信じるから。俺には、ケンの言うことを聞くしかどうしようもなかった。


「やるよ……」


 だけど、しぶしぶこう言ったのもいけなかった。ケンは舌打ちすると、俺よりも一回りおっきい身体で思いっきり頭を殴ってきた。

 頭の上でひよこが鳴きそうなくらいガツンってきた。すごく痛くて、泣きそうになりながら頭を押さえる。


「やらせて下さいだろ?」

「っ……やらせて、下さい」


 俺はみっともなく頭を下げた。そしたら、どうにかケンは満足してくれたみたいだ。


「よーし。んじゃ、お前の部屋行くぞ」

「え? うん……」


 なんで俺の部屋なんだろう? ケンの部屋の方が広いのに。不思議に思いながら言われるままついていくと、古くなった布団以外にはほとんど何もない自分の部屋についた。

 そこにはいつもはないはずのものがあった。

 たくさんの水風船、しかも水がぱんぱんに入ったのが置いてあったんだ。


「なにこれ……?」


 びくびくしながら聞いたら、ケンは得意そうに鼻をさすった。


「ひひひ。爆弾さ。サバイバルだからな!」


 頭がくらくらするような、ひどい思い付きだった。こんなの使ったら床がびしょびしょになるよ。もしばれたら、おばさんになんて言われるか。


 そこで、やっとわかった。

 そっか。だから俺の部屋にしたんだ。いざとなったら全部俺のせいにする気なんだ。

 ケンを睨みつけてやりたくてしょうがなかった。でもそんなことしたら、どんな仕返しをされるかわかんない。俺は下を向いて我慢するしかなかった。

 俺は壁のそばに立たされて、ケンが反対側の壁のところに立った。

 ケンは、エアガンをカッコつけて構えながら、ノリノリで言った。

 

「ひゃっほう! いくぜ!」


 ああ。はじまっちゃった。

 俺は今から人間じゃない。ただの的なんだ……

 

「っ……!」


 どんどんBB弾が当たって、泣きたくなるくらいの痛みがあちこちにくる。でも、ケンが楽しんでる途中で泣いたらぜったいろくなことにならないから、必死でこらえた。

 もし目に弾が入ったら危ないって思って、目を瞑りながらずっと我慢していた。

 そしたら、ケンのいらいらした声が飛んできた。


「おい、ユウ! 亀のように動かないんじゃちっとも面白くないだろ! もう少し逃げるとかしろよ!」

「わかったよ……」


 目に弾が飛んで来ませんようにってびくびくしながら目を開けて、俺は部屋の中を逃げ回った。ケンはそれを面白がって追いかけて、背中とかお尻にもっとびしびしと弾をぶつけてくる。

 逃げながら、なんでこんなことしてるんだろうって悲しい気持ちでいっぱいになってくる。

 時々掴まれて殴り飛ばされたりしながら、最後は部屋の隅っこに追いつめられた。止めに水風船を何発もぶつけられて、身体中がびしょ濡れになったところで終わった。


「はい爆殺。死にましたー。ゲームオーバー!」


 ケンに大笑いしながら指を差されたとき、もう我慢出来なくなった。


「ひっく。ひっく……」


 悔しくて、情けなくて。悲しくて。一回涙が出てきたら、もう止められなかった。


「うわあああああああああん!」

「ひひひ。弱虫め! あー楽しかった。散らかっちゃったから、ちゃんと掃除しとけよー」


 満足したケンは、泣き出した俺のことなんかほっといて、すぐ部屋を出て行っちゃった。

 一人ぼっちになった俺は、気持ちが落ち着くまでずっとしくしくと泣いていた。


 とても身体が重かった。ちっとも動く気になれない。でも、いつまでもぼーっとしてるわけにもいかなかった。

 あっちにもこっちにも落ちてるBB弾と、水風船のゴミを見て、それからずぶ濡れの床を見て、俺は溜め息を吐いた。

 やっとお掃除を始めようとしたとき――悪いことは、重なるんだなって思った。

 いきなりおばさんが部屋に入ってきたんだ。おばさんはこのひどい部屋を見て、顔を真っ青にしている。

 俺はパニックになった。

 どうして? いつもは俺なんか見たくもないって言って絶対入って来ないのに。

 でも、なんでなのかはすぐにわかった。ケンが、おばさんの後ろで馬鹿にしたように笑ってた。

 おばさんが怒鳴った。


「ああ! こんなに散らかして! 水浸しじゃないか! お前は人様の家で、何様のつもりなんだい!」


 ほんとは俺がやったんじゃないのに。でも、ケンがやったって言っても絶対聞いてくれない。それどころか、「良い子」のケンを悪者にしたってことでもっとひどいことになるに決まってるんだ。

 だから、俺は謝るしかなかった。


「ごめんなさい……すぐに片付けます」


 でも、見つかったらもうダメだった。おばさんは意地悪そうに笑った。


「またお父さんに報告だね」

「おねがい! それだけは!」


 こんなことおじさんに知られたら、一体何されちゃうの!?

 がくがくと震えた。

 怖い。怖いよ!


「決定ね」


 目の前が、まっくらになった。


 仕事から帰ってきたおじさんは、顔を真っ赤にしてブチ切れた。

 腕を細い縄で縛られて、何回も何回もお尻を叩かれた。


「ひぐっ……っ……ひっ……」


 ゆるして。ゆるして。おねがい。ゆるして。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんな……っ!」


 顔を蹴られた。口の中が血でいっぱいになった。


「馬鹿の一つ覚えみたいに謝ってんじゃねえよ! 気持ち悪い!」


 怒ったおじさんに、タバコの火を腕に押し付けられた。

 あつい! あついよ! やめて!


「わあああああああああああああーーーーーー!」


 お腹を蹴られた。


「大声で泣くんじゃねえ! 近所に聞こえるだろ!」

「ほんと悪い子だね」

「ひひひ」

「わああああああああああああん!」

「うるせえ!」


 俺は泣き続けた。泣く力も出て来なくなるまで、何回も何回も蹴られた。


 どうして?

 どうしてこんなに痛くないといけないの? どうしてこんなに苦しくないといけないの?

 俺、そんなに悪い子なの? いけない子なの?

 ゆるして!

 誰か、助けて! 助けてよ!

 お父さん……お母さん……レンクス……

 助けてよ……


 だんだん何もわかんなくなってきた。

 痛いのも、何もかも。

 この悪い子は誰なの?

 こんなことをされてるのは誰なの?

 俺なの?

 違う。

 こんなの、俺じゃない。

 そうだよ。

 俺じゃない。

 私だ。

 これは私なんだ。

 か弱くて可哀想な私が、酷い目に遭ってるだけ。

 そうだ。助けてあげなくちゃ。



 急に真っ暗なところに来た。ここはどこだろう?

 ああ。そっか。思い出した。

 心の世界だったね。何回も来たことあった。


『しっかりして!』


 身体の中から声が聞こえる。「私」がいるんだね。「私」が中にいると心がぽかぽかとあったかいはずなんだけど、そのあったかさも今の私には届かないみたいだ。

 冷たい。


『気を確かに持ってよ! 私も協力するから!』


 そうだね。ありがとう。君がいたから俺は私になれた。


『何言ってるの? あなたはあなただよ! 私を中に入れて無理に私を演じたって、辛いだけだよ!』


 私は「私」を無視した。とっても大事なことを思い出したから。

 そうだ。ここには力があるんだよね。

 始めはわからなかったけど、今ならわかるよ。ここにはすごい力があるって。

 力が呼んでる。


『何をする気なの?』


 この力が欲しい。


『ダメだよ! こんな大きな力、今使ったらきっと制御できない! 大変なことになる!』


 へえ。じゃあどうすればいいの? 私に力がないから、弱いから、おじさんにもおばさんにもケンにも好きなようにされる。違う?


『でも……。ねえ。負けないで。一緒に頑張ろう?』


 一緒に?

 なら、君が代わってくれるの?


『それは……してあげたいけど出来ない。今の私は、自分で表に出て来る力がないから。ごめんね。サポートしか出来なくて……』


 ふーん。しょうがないよ。君は悪くない。

 でもね。私はもう我慢出来ないよ。あんなに痛くて、苦しいのはもういやなの。

 力があるなら、使わせてもらう。誰も助けてくれないなら、私が私を助ける。

 私は、闇の中を進んでいって、あるところへ向かおうとした。そこに求める力があるって、なんとなくわかる。


『ダメ! それだけはさせない! 絶対に使わせないからね!』


 身体が動かない。中で必死に「私」が逆らってるからだ。

 もういい! 邪魔だ! 出て行け!


「きゃっ!」


 俺は、「私」を中から追い出した。

 引き離したら、心がもっと冷たくなった。

 でも、いいんだ。力があれば、私でいる必要なんてない。俺のままでいい。


「やめて! お願いだから、使わないで!」


 引き止めようとする「私」を、俺は無理矢理振り解いて進んだ。

 君はここで見てなよ。

 俺は、そこへ手を伸ばす。見えないけど、ここにはたくさんの経験が溜まっている。

 それを取り込む。

 知識がどんどん流れ込んでくる。どんどん力が湧いてくる。

 実に清々しい気分だった。

 ああ。そうだったのか。全部わかったよ。俺はこんな扱いを受ける必要なんて最初からなかった。


「………………」

「なんだこいつ。急に何も反応しなくなったな」

「気味が悪いね」

「そうだよ……。全部こいつらが悪いんだ。こんな簡単なことにずっと気付かなかったなんて。俺は馬鹿だった」

「ん?」

「あはははははははははははははははははははははははははははははははは!」


 脳のリミッターを外した俺は、縄をぶちりと引き千切って、ゆらりと立ち上がった。

 あまりのことに声も出せずに驚いている目の前の三人を、俺は殺さんばかりの勢いで睨みつけた。

 こんなにどす黒い感情が湧き上がったのは生まれて初めてだ。今なら何だってやれそうな気がする。

 おじさん。おばさん。ケン。よくも今まで好き放題やってくれたね。

 お前たち。もう許さない。

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