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フェバル保管庫2  作者: レスト
二つの世界と二つの身体
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101「ラナクリムの謎を追って 1」

 トレヴァーク支部の開店から、一カ月が経った。

 何でも屋という看板にはしてあるが、軽いラナソールノリでどんどん仕事が舞い込んで来る本店と違って、未だ軌道に乗ったとは言い難い状況だ。実質的には夢想病対策の仕事が中心となっているけど、過程で人助けをメインにしているので、趣旨からは外れていないと思う。

 ちなみに設立に際して、いわゆる「決起集会」を行い、慣れない演説をさせられた話は内緒にしておこう。うん。旗印なんて柄じゃないし、恥ずかしかった。

 やっぱり世界各地で三千人もの人員が協力してくれているのは大きい。彼らのおかげで、夢想病患者に関するデータは急速に集まってきた。データを元に、潤沢な予算を使って患者の支援政策を打っていく。

 ただ俺は専門家ではないので、効果的な具体策および予算の割り当てなどを決めるには頭が足りなかった。

 そこでシルバリオが意を汲んで、各界から優秀なブレーンを集めてくれた。

 餅は餅屋。任せ切りは良くないけれど、多くのことは任せてみても良いだろう。

 この患者支援分野で特にやる気を出したのがシェリーで、彼女は学生ボランティアという立場で積極的に議論を聴講し、日々見識を深めているようだった。のみならず、自ら積極的に患者の下へ足を運んで、看病する姿を見せている。

 ここでさりげなくメディアを利用したのが賢かった。懸命な彼女の姿に心を打たれる者が現れ、ちらほらと追随する者も現れてきている。

 まずは足元から。やがては大きな流れになりそうで楽しみだ。

 元々聡明な子ではあったけれど、力を注ぐべき方向が見えず、困っていたように見受けられた。

 それが今や、水を得た魚の如く生き生きとしている。素敵な傾向だと思う。


 さて、ただトレヴァーク側で患者の情報を集めても、ラナソールとの紐付けが困難であるという事実には変わらない。

 ひとまず守りを固めつつ、そろそろ攻めの手を考えたいところではあった。攻めと言っても、攻めるべきポイントがわからないんだけど。

 現状打てる手があるとすれば、ラナソール世界の成り立ちを追ってみることだろうか。

 ラナクリム。ラナ教。聖地ラナ=スティリア。

 トレヴァーク世界の守護女神にして、ラナソール世界の象徴。

 ラナの名を冠するものが、この世界にもいくつもある。

 何かとっかかりにはならないものかな。


 専門家が教えてくれたことなんだけど、歴史を紐解けば、夢想病はほとんど有史以来の長い歴史があるらしい。

 しかし、罹患者が急速に増えてきたのはここ百年くらいのことであるという。

 百年前の当時はコンピュータ自体がなく、ラナクリムというゲームももちろん存在していなかった。

 代わりに世界を席巻していたものがラナ教であり、ベストセラーである聖書――やはり題名はラナクリム――だった。

 地球のものもそうであるが、聖書は万人に受け入れられるための分かりやすい物語としての性質を持つ。

 百年経ち、コンピューターゲームとしてのラナクリムが隆盛を極めるに従って、ラナ教と聖書は、その立場を科学に譲ることとなった。

 もし夢想病の存在と、ラナソールの存在とがセットであると仮定する――これは、有力な仮定であると思う――ならば。

 ラナソールは、遥か昔から存在していたことになる。

 そして大昔は、聖書がラナソールの大枠を形作っていたのかもしれない。

 ゲームとしてのラナクリムは、今のラナソールを構成する主要素ではあっても、やはりそのものではないという結論になるのだろう。

 とすると、むしろ因果関係は逆なのだろうか。ラナクリムあってのラナソールではなく、ラナソールを成立させるための仕組みが聖書やゲームであるということなのだろうか。

 何が、どうして、何のために。

 うーん。わからない。いつまでたっても仮定の話ばかりだ。必要なピースがあまりにも足りない。

 ラナ。もう一度ラナソールの彼女に会って、話を聞くことはできないだろうか。たとえ喋れないとしても、接触さえ叶うならば……知りたいことがたくさんある。

 しかしあのとき以来、浮遊城ラヴァークへの道は固く閉ざされてしまっている――。

 俺は、最大のチャンスを逃してしまったのかもしれない。もっと慎重になるべきだった。

 と、あのときトレヴァークの存在すら知らなかった俺には無理な相談だし、今さら何を言っても遅いんだけどさ。


「ラナクリムの発行元……調べてみたい、と」

「うん。もしかすると、ゲームの成立過程に何かヒントがあるかもしれないと思ってね」


 シズハの言葉に、俺は頷いた。

 表向きの肩書は秘書ということになっている。もっとも、彼女に肩書通りの振る舞いを求めるのは酷だ。もれなく暗黒面が付いてくる。

 実態として、彼女は実働部隊であり、戦力にカウントできる貴重な人材である。

 ハルはラナソールでこそ力を発揮すると思われるけれど、トレヴァークでは動くことすら難しい。リクも志は目を見張るものがあるけれど、純粋に戦う力はないに等しい。


「ダイクロップス。少し……長旅になる。でも行く価値はある、か」

「そうだね。まあのんびりツーリングといこうか」

「ん」


 ラナクリムの製造業者は、世界一のソフトメーカーにして大企業、トレインソフトウェアだ。

 本社はここトリグラーブではなく、『世界の道』トレヴィス=ラグノーディスで繋がる先のダイクロップスという都市にある。

 ダイクロップスは、工業要塞都市と呼ばれている。地理的に極めて特別な位置にあることが最大の特徴だ。

『世界の壁』グレートバリアウォールにはただ一か所、まるで抉り取ったような裂け目がある。この裂け目を塞ぐようにしてダイクロップスは成立し、発展してきた。

 険しく不毛な谷にも関わらず、都市が成立した理由は明白だ。この地を押さえることで、グレートバリアウォールの内側の広大な領域は天然と人工の要塞に守られて、決して攻め入られることがなくなるからだ。

 歴史的にも、トリグラーブの防衛地として、戦略上の最重要拠点として、幾度も過酷な戦場となり、常に重要な役割を果たしてきた。

 その存在理由から、ダイクロップスではまず軍事産業が発達し、続いて一般に製造業が盛んになった。

 約百二十年前の世界大戦を最後に、平和な時代になってからは、戦争のための技術が通信分野に転用された。通信技術の着実な発展は、やがてITテクノロジーへと繋がっていく。

 トレインソフトウェアは、そうした現代に続く流れの中で生まれた。ラナクリムの発売を機に世界一の大企業へと成り上がったのは、世界中の誰もが知っている話だ。


「でも……また、やらかすわけ。お前」

「やっぱりそう思う?」

「いい。呆れることに、呆れた」


 問題は、トレインソフトウェアというのは、その徹底した秘密主義で知られていて。まあラナクリムのパクリみたいなのが出てきたら、彼らとしては困ってしまうということなのだろう。

 現在では、世界一の資本力を背景に、工業要塞都市の事実上の支配企業であるとも言われている。

 これが大変なことなんだ。

 ダイクロップスは、今でも世界最強の私兵団を持つ軍事都市としての顔を持っている。ダイクロップス私兵団は、胸に赤バッジを付けているのが特徴で、レッドドルーザーと呼ばれ、恐れられている。

 つまりは、一企業が資本力においても軍事力においても最強を誇っていることに他ならない。

 まあこういう事情があって、世界有数の裏組織であるエインアークスと言えども、ダイクロップスへはおいそれと手を出すことはできないわけで。

 本で読んで知ってはいたから、俺も今までは躊躇していたわけだけど。

 有名なエインアークスさんには、結局殴り込みをかけてしまったし。だったら、こっちに入っちゃうのももうありかなと。

 とにかく今は材料が欲しいんだ。リスクを取らなければ、リターンは得られない。

 言ってみれば、デリケートな領域への潜入調査をしようと。そういうことだった。


「ちょっと忍び込ませてもらうだけだから。君のところのようにはならない……と思う。たぶん」

「フラグ」

「待って。そんなこと言うと余計になっちゃいそうじゃないか!」

「フラグ」


 ぼそっと、容赦なく繰り返される。

 それにしても、最初は取り付く島もなかったのに、結構遠慮なく言ってくるようになったよな。

 シルヴィアが同じようなことを言ってるのと見事に重なって、なんだか可笑しくなってきて笑いが漏れた。


「なぜ笑う? 頭、大丈夫か」

「はは。シズハもちょっとずつ喋るの慣れてきたんじゃないか?」

「うるさい」


 この一カ月ほとんど毎日のように話していたら、少しずつではあるけど、シルヴィアらしい感情を見せてくれるようになってきたような気がするな。

 普段どれだけ話してこなかったんだろう。どれだけ感情を閉じて生きてきたんだろう。

 想像すると寂しくなるけど。これからはゆっくり変わっていけるんじゃないかな。きっと。



 支度を整えて、シズハと共に出発することにした。

 というわけで、出てきましたディース=クライツ。最近輝いてるぞお前。

 まさかこんなに乗る機会があるとは思わなかった。しかも今後はますます増えそうで楽しみだ。

 というのも、トレヴァークにおいては、基本的に自動車やバイクの類が最速の移動手段になる。

 実はトレヴァークは、グレートバリアウォールのせいで、上空の気流が非常に「暴力的」になっている。そのため、航空技術があまり発展しなかったという歴史的経緯がある。

 ラナソールには、シュル―という空に浮く乗り物が普通に存在するけど、飛行機は存在しない。

 考えてもみよう。金属の翼が空を飛ぶと、それを知らない世界に住む者が簡単に思い付くだろうか。

 想像の付かないものは、存在できないということだ。

 ただ、空を飛ぶ手段も一応あるにはあって、でもせいぜいが「暴力的な」上空を避けてゆったりと飛ぶ気球船くらいだ。もちろんかなり遅い。

 なので、もっぱら交通は陸路か海路になるというわけだ。

 変に目立たないように普通に走ると――まあ、ダイクロップスまでは三日くらいってところだろうか。


「別に乗せてあげてもよかったんだけど」

「いい。私には、私のマシンが、ある」


 クールなヘルメットを決めたシズハは、自分の愛用車にまたがりながら、きっぱりとそう言った。


「まあ自分で走った方が楽しいからね」

「くっ、余裕、め。負けてない……もん……」

「うんうん。負けてないよ」


 ディース=クライツの輝きと、彼女自身のバイクを見比べて、見るからに悔しそうに唇を噛みながら言うので、とりあえず頷いてあげた。

 実際、君のマシンもいけてると思うけどね。愛が一番だよ。うん。


「よし。行こうか」

「エンスト、しないように」


 思わぬところからきた一転攻勢に、ギクッとした。


「……それ、誰から聞いたの?」

「メル友」


 シズハは、得意に電話に見せびらかした。

 というか、聞くまでもなく一人しかいない。

 ハル。喋る相手は選ばないとダメだ。こいつは厄介なんだぞ。


「ホシミ ユウ。26歳。ロリコン、動揺、エンスト」


 ちょっ、待って! いきなり何やろうとしてるんだ! ラナクリムトップランカー情報掲示板見せながら、そういうこと言うんじゃない!


「風呂場、侵入。変態。シスコン」


 しかもさらっと君のことを混ぜないで! ユイのことは関係ないだろ!

 ご丁寧に、土下座画像まで添えて。これもう真偽追及はともかく、絶対弄られまくるじゃないか。

 くそ。なんて奴だ。やっぱり根に持ってたのか。あのとき撮ったのは、そういうことだったのか……。

 このタイミングで揺さぶりをかけてくるとは。何が目的だ。


「そうし……」

「待った! ちょっと思い止まってくれませんか?」


 頼むから、また妙な噂広めないでくれ。せっかくいい誕生日パーティーだったのに。

 それ、たぶんラナソールのみんなにも影響してくるやつだから! ね!


「それは、心掛け次第」


 別のページを見せながら、勝ち誇った顔を浮かべるシズハさん。

 なるほど。そっちが本命か。わかった。いいだろう。それで手を打とうじゃないか。


 道中、ちょっと高いスイーツをおごることになりました。

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