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フェバル保管庫2  作者: レスト
二つの世界と二つの身体
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70「トリグラーブの街へ行こう 3」

 募金少女の名はシェリー・マルシェと言った。ラナソールの人たちと一緒で、名姓の順である。俺もリクも姓名の順だが、トレヴァークには普通にどちらもいるんだな。

 よくよく話を聞いてみると、重い事情があった。

 両親を三年前に夢想病で亡くしてしまい、それから夢想病をどうにかしたいと思って色々と活動を始めたということらしい。将来は自分が医者になって夢想病を治そうと勉学にも励み、成績もクラスで何度かトップを取るくらい優秀なんだとか。

 生活はどうしているかというと、今は両親の遺産で食い繋いでいるのだという。生活援助の申請もしていて、義務教育であるピリー・スクールの学費は無料になっている。

 ただ親戚に引き取り手はおらず、地球で言えば中学生の年齢で一人暮らしをしていると。

 俺も地球にいたときは一人暮らししてたから苦労は何となくわかるけど、それでも当時高校生にはなっていたしな。中学生で女の子で一人暮らしって、相当大変なんじゃないだろうか。

 彼女の身の上話に、先輩面してやろうとか考えていたと思われるリクのトーンは下がっていき、しまいには瞳までうるませて同情的になっていた。


「たった一人で、なんて健気なんだああ」

「いえ。まあ、一人には慣れていますから」

「事情はわかったよ。苦労してきたみたいだね」


 助けてあげたい気もするけど、生活はちゃんと成り立っているみたいだし、一人暮らしじゃあれだからって俺が呼ぶのも変な話だしな。

 でもここまでの話だと、募金のことには何も繋がっていない。そこをしっかり聞かないことには。


「それで、募金は何のために?」

「医薬開発基金に投資しています」


 ドムスリーという医薬開発基金を通じて、エクスパイト製薬の研究開発援助をしているということらしい。

 エクスパイト製薬と言えば、グレーン民国において第三位の規模を持つ巨大製薬会社じゃないか。大企業特有の黒い噂もちらほらあるものの、基本的には普通の会社だったと思う。本屋で得た情報に基づけば。

 ただ、そのドムスリーとかいうのは聞いたことがないな。ちゃんとしたところなんだろうか。

 そもそも俺しか知らないことではあるが、夢想病は通常の医療行為ではおそらく治すことが出来ない。心のリンクが切れていることが問題なのであって、身体の問題ではないからだ。どんな薬も手術も効きはしないだろう。

 それを言うべきか言わないべきか。何も知らず健気に頑張っているこの子を、下手に傷付けたくない気はするけれど。

 だが不正解とわかっていて、その方向に人生を捧げようしている人を見過ごすのは不誠実だ。彼女にとっても真の意味で不幸に違いない。今いきなり事実を言っても理解してもらえないだろうから、タイミングを見計らって気付かせるのが良いだろうか。


「私、本当はもっと何かしたいんですけど……このくらいしか思い付かなくて」

「頑張ってると思うよ。立派な心掛けだ」


 俺はシェリーの目を見てしっかりと頷きかけた。彼女の頬が少し緩んだ。


「ところで、ドムスリーにお金を渡すときはどうやって」

「月に一回お姉さんが来て、募金箱を回収してくれるんです。いつもありがとうって言ってくれます」

「来て、それだけ?」

「はい。あ、ええと。その時々の募金総額なんかは、サイトで見られるようになってまして」


 トレヴァークの電話は、スマホのようにインターネットが見られる機能が付いているのがデフォルトであり、彼女は画面を弄ってドムスリーのサイトを見せてくれた。

 確かに総額はきちんと載っている。ありがとうの文字と一緒に。だがサイトデザインも活動履歴もまるでお粗末なものだった。肝心なお金の流れがさっぱり見えてこない。

 うーん。どうも怪しい匂いしかしないぞ。募金なんてそもそも割と怪しいのしかないけど。


「なんか怪しくないですか」


 リクが思ったままのことを代弁してくれた。


「そうですか? 私これでも一応、ちゃんと調べてますよ。エクスパイト製薬の方でも、ドムスリーから募金を受け取った旨のことが書かれていまして」


 今度はエクスパイト製薬の募金感謝のページを見せられた。そこには確かに、研究資金を受け取った旨のことが書かれている。しかし情報が落ちていて、総額が記録されていない。

 ということは、お金自体はきちんと行っているということなのかな。いくらか、いや大分抜かれてそうだけど。


「やっぱり私、まだ学生なので。このくらいしか出来ることがなくて……」


 彼女は顔を落とし、心持ち沈んでいるようだった。あれこれ尋ねたのが、きつく問い詰められているように感じてしまったのかもしれない。すまない。


「いかがでしょうか。ユウさんは、募金して下さいませんか?」

「そうだな……。額が大きいから、今君に持たせるのは危ないかも。今度の募金箱回収のとき、君の横で立ち会わせてもらえないかな?」


 こうなったら、直接この目で見極めるしかないだろう。知らない人相手に心を読む力の効果は薄いが、悪意ある者とそうでない者の見分けくらいはつく。


「大きいと言いますと?」

「5000ジット出そう」

「マジすか」

「マジだ」


 額の大きさに口を押えてびびるリクに、真顔で返す俺。このやり取り何回目だろうか。ちょっと癖になってきたかも。

 5000ジットは安くないが、釣り餌だ。あまり額が大き過ぎると向こうも驚くか怪しむかもしれない。逆に小さ過ぎては心を動かせない。少しは俺に興味を持たせる必要があるのだ。その心の動きで善し悪しがわかる。


「そんなにですか!? ありがとうございます!」

「うん。俺も夢想病は何とかしたいと思っているからね。次の回収はいつになるんだ」

「私の家で、十日後だったと思います」

「よかったら、君とドムスリーの連絡先を教えてくれないかな」

「あ、そうですね。交換しましょう!」


 シェリーは快く番号とメアド交換に応じてくれて、今日のところはそれでしまいになった。

 リクと一緒で、素直でいい子だ。賢いんだろうけど、まだまだ世の中を知らないというか。若干心配になるようなところはあるけれど。

 普通にお金が使われていればそれでいい。だがもしあの子の善意を食い物にしているとしたら、ちょっと何とかしないといけないな。それにゆくゆくは治療に意味のありそうな方向に向かわせてあげないと。

 彼女が見えなくなるまで歩いた辺りで、リクはやれやれと肩を竦めた。


「ユウさん。一仕事しなきゃなって顔してますよ」


 リクはいつもよく俺を観察しているのか、俺の変化には敏いところがある。

 俺は頷いた。


「ああ。裏を取ろうと思っている」

「やっぱり。怪しいですもんね。僕も付いてきていいですか?」

「どうしても来たいんだろう? けど危ないと判断したら、その先は俺だけで行くからね。危険に首は突っ込まない。それだけは守ってくれよ」

「わかりましたよ。ユウさんうるさいですからね」


 リクは、すっかり相棒気分でにやりと歯を見せ、俺の肩を叩いた。

 こうして横並びで立ってみると、エジャー生である彼の方が肉体年齢16歳の俺よりもほんの少しだけ背が高いものの、ほとんど変わらない。立派なコンビのように見えなくもなかった。

 ……本当は心配なんだ。身の程をわきまえない好奇心が、彼を裏切りはしないかと。傷付けはしないかと。

 けど、リクは俺と付き合うようになってから目が変わった。初めて会ったあの日より、ずっと生き生きしているように見える。

 心配が過ぎて何もかもから遠ざけることだけが、年長者の役目ではないだろう。まだ青い部分は目立つが(俺も人のことは言えないけど)、年齢的にはリクも立派な大人。自分でものを考えて行動出来る人だ。

 俺がしっかりしていよう。支えてあげよう。俺との「旅」は、リクにとっても得難い糧になってくれるはずだ。


「あとユウさん、さりげなく彼女の番号ゲットしてましたよね」

「君の頭はほんとそればっかりだね……」

「へへへ。男ですから」


 ふざけて、キリっと顔を決めてきた。

 俺がついじっと見つめてしまったので、彼は顔を戻すタイミングが見つからずに、にらめっこ状態になってしまった。

 数秒以上は耐えたが堪え切れず、同時に吹き出して笑い合った。

 ――いいよな。その真っ直ぐな生き様、少しは見習いたいものだよ。

 俺も真っ直ぐ生きてきた方だと思うけど、色々考えるようになっちゃったからなあ。何も疑わずに信じられたあの頃にはもう戻れない気がする。



 ***



 その頃デスストーカー、ミクモ シズハは。


「ホシミ ユウ……なんて恐ろしい、やつ……」


 この私を出し抜くのに、これほど最適な場所に誘い込むなんて。


 尾行は人が多いほど紛れやすいが、あまり多過ぎてもターゲットを見失う恐れが高まる。この店は込み過ぎだった。

 しかも彼女の仕事衣装は昼の明るい店内ではかえって目立つし、当然武器も持って来られない。

 だから私服に着替えてまで追ったのに……あっさりと気付かれた。


 そして、何よりも恐ろしいのは。



「ゲーミングキーボード……新型……欲しい……」



 彼女は、タナキアンでお買い物を楽しんでいた。



 ***



 さて、リクの家に帰って来まして。

 リクは早速買ってきたものを紐解いて、試しにフルセットで着替えてみることにしたのだった。一つ一つのそわそわした動作から、高揚した気分が見えるようだ。

 やがて白のモップと名前入り銀バッジの正装に身を固めたリクは、姿見の前でピシッと胸を張っていた。


「ま、こんなものかな。どうですか?」

「ばっちりだよ」

「ほんとありがとうございます。大事にしますね!」

「そうしてくれると嬉しいな」


 それから、何度も姿見とにらめっこしつつ、髪も弄りつつ、何度も何度も自分の姿を確かめて。ちらちらとこちらも窺うように見て来て。俺もその度に頷いてあげた。

 はは。子供みたいじゃないか。本当に気に入ったようで何よりだ。


「あ、そうだ。ユウさんも着てみますか?」

「え?」


 急に振られた。なんで俺が?


「ほら、僕とそこそこ背格好似てるし。どんなものかなあと」

「でも、別に俺は使わないしな」

「いいですから。物は試しですって。僕としても、ちょっと興味あると言いますか」

「なんで? うーん……」

「いきますよ。それ!」

「あ、こら!」


 押されるがまま、モップを羽織らされて。なし崩し的に着替えることになってしまった。

 そして。


 ずーん。


 姿見の前の俺は、それはもうひどい有様だった。

 何しろ袖は余ってるし。首から下は大人の装い、首から上は童顔の高校一年生。いくら身体を鍛えてあっても、元が細身じゃ張りは生まれない。

 筒を通したような俺の姿に、リクは腹を抱えて大爆笑の嵐だった。


「あっはっはっはははははは! やばいっす! ちんちくりんのお人形さんみたいですよ! ユウさん!」

「リク……お前さては、最初からからかうつもりだったんだな!」


 確かに全然似合わないけど! 半分子供の身体じゃ、大人向けのスーツには着られてるみたいな恰好になっちゃうんだよな。予想出来てたことなんだから、ほいほい口車に乗らなきゃよかったよ!


『にやにや』


 もう一人、向こうの世界から楽しそうに観察するお姉ちゃんがいた。


『そうやって時々俺の様子を観察してはにやにやする』

『ユウの観察が生きがいなので。ふふ。まあいいんじゃない? かわいいよ』

『もう……』


 パシャッ! パシャッ!


 連続でシャッター音とフラッシュが飛んできた。

 はっと意識を現実に戻すと、リクがスマホ型電話を構えていた。


「こらっ! 写真撮るなって!」

「いいじゃないですか。もう、笑った方が良い画になりますよ。一の次には~」


 に~、じゃない。

 ほう。やってくれるじゃないか。昔から弄られまくって、女子にはちょっと苦手意識あるけどね。別にお前なんか平気なんだよ。もう勘弁しないぞ。


「リク、覚えてろよ。晩御飯、嫌いなトニッシュをたっぷり入れてやるからな。とびっきり苦いやつ」

「げっ。それはやめて下さいよ!」

「残さずきちんと食べるんだぞ」


 俺はとびっきりの笑顔で言ってやった。たぶん目は笑ってない。


「わああっ! 調子こいてすいませんでしたっ!」


 許しませんでした。

 リクは泣きながら、でもおいしいって食べてくれたよ。

 栄養たっぷり野菜の王様だから、一人暮らしで栄養偏りがちなリクにはかえって良かったんじゃないかな。


 晩御飯もとってしばらく談笑したところで、俺はラナソールへ戻ることにした。まだまだ仕事は残ってるからな。次に来るのは、何日か後になりそうだ。


「そろそろ帰ることにするよ」

「また来て下さいね。あ、でもいきなり現れるの心臓に悪いんでやめて下さいよ」

「善処はするけど。悪いな。緊急だったりすると、そうもいかないかも。じゃあ、なるべく朝の8時くらいは大丈夫なようにしておいてくれ。いつもはその時間に来るようにするから」

「えー。はーい、わかりましたよ。しょうがないなあ」


 憎まれ口叩きながらも付き合ってくれて、ありがとうな。


『ユイ。そっち行って大丈夫か?』

『大丈夫だよ』


 よし。


「またな」

「はい。また」


 うん。今日は中々楽しかったな。



〔トレヴァーク→ラナソール〕



 ――ここは。ユイの部屋みたいだな。


 あれ。ユイは?


 急に後ろから、むにゅんとした感触が襲って。


「わっ!」

「わああああああっ!」


 うわ、なんだ!? って、ユイか!


「びっくりしたじゃないか……」

「あはは。おかえり」

「ただいま」


 ほんともう。驚かすなよ。

 何が大丈夫だよ。からかい好きなんだから。

 しかも、俺をどぎまぎさせようとしてまた妙に薄い恰好してさ。二段構えか。その手にはもう乗らないぞ。

 俺は頑張って、ユイの顔以外は視界から外した。


「ふふふ」

「何にこにこしてるんだよ」


 俺はちょっとむっとして答えたが、ユイは笑顔を止めない。


「ユウとリクってどこか似てるよね。いいコンビだと思うよ」

「そうかな?」

「うんうん。驚いたときとか、そっくりだったよ」


 やっぱりか。自分でもなんか似てるような気がするんだよなあ。だからほっとけないというか。

 というか、それを知ってるってことは――見てたのか。


「え、見てないよ?」

「見てただろ」

「見てないよ?」


 全力で目を泳がせているユイに対して、やんわりと白状を促した。


「どうでしたか」

「……男は大きさじゃないと思うの」

「ありがとう」


 二人で肩を叩き合い、リクのことはずっと黙っていてあげることにした。

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