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フェバル保管庫2  作者: レスト
二つの世界と二つの身体
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59「夢想病を治せ 2」

 無事にランドを見つけることが出来た次の日、俺はリクを伴って再びトリグラーブ市立病院を訪れていた。向こうは向こうで、ランドとシルヴィアが『アセッド』を訪ねている。シンは未だ目覚めておらず、奇しくも二人とも気を失ったままの格好だ。

 受付を済ませて、まずはハルの病室へ向かう。彼女もぜひ見届けたいだろうと考えてのことだ。


「どこ行くんですか」

「もう一人、お見舞いに付き合いたいって子がいてね」


 病室のドアをノックし、自分がユウであることを告げると、ハルから「どうぞ」と返事が来る。

 そこで、リクはハルと初対面になった。

 身体の自由の利かない彼女にとっては、身体一つ起こすのも重労働だった。上体を起こして、両手を使って細い足をベッドの縁に運ぶ。それから俺とリクを交互に見やって、柔らかく微笑んだ。


「もうここへ来たということは、カードが揃ったんだね?」

「そういうこと。君も見たいだろうと思ってね」

「もちろんだとも」

「何の話ですか?」


 すっかり蚊帳の外なリクが首をひねっていると、ハルはリクへと目を移して言った。


「キミがリクくんだね。キミのことはユウくんから色々と聞いているよ。ボクはハル。よろしくね」

「ええと、はじめまして。僕、リクです。こちらこそよろしくお願いします」


 ハルはリクのことは見て知っていたのだが、あくまで話をするのは初めてである。初対面らしい挨拶の後、握手が交わされた。

 握手の際、彼女に笑顔を向けられてから、リクは途端にぽけーっと放心したような様子になった。どうしたのかと思っていると、彼はへらへらして、俺に耳打ちしてきた。


(不健康そうなのは仕方ないですけど、めっちゃかわいい子じゃないですか。昨日ですよね。いつの間に知り合ったんです?)


 なんだ。見とれていただけか。確かに可愛らしいからな。


(まあ色々あってね。友達になってくれたよ)

(いやあ~随分長いなと思ってたんですよ。ユウさんも中々隅に置けないっすね)

(別にそういうのじゃないから)

「なにひそひそ話してるのかな」


 ハルがこちらを怪しむように目を細めてきたので、二人で笑ってとぼけた。彼女はまあいいかという感じで、くりっとした元の目に戻った。


「ユウくん。早速行こうじゃないか。剣は斬れるうちに手入れしろと言うだろう」


 彼女はウインクして、何かを期待するような、甘えのこもった目で俺を見つめてきた。

 俺は察して車椅子を回し、ベッドへ寄せた。それから念のため目で確認し、やはり彼女は頷いたので、デリケートな部分には触れないよう十分注意して、抱え上げた。わあ、と小さく嬉しそうな声が上がったが、大人しく身を任せている。

 さすがに軽いな。名字の通り、雪みたいだ。

 優しく車椅子に乗せてあげると、彼女は意気揚々と車輪を手押しして、先導を始めた。

 後ろから付いて歩く俺。隣のリクが、肩を叩いてくる。


(やっぱり結構親しげなんじゃないですか)

(そんなこと言われてもなあ)

(好意的でない相手に、身体なんか任せませんって)

(まあ確かにね。妙に懐いてくれてるなとは思うけど)

(いいなあ。くっそおおおお)


 などと話し合っていると。


「こほん。あまりごにょごにょやられるとね。ボクもそのね、困ってしまうよ?」


 くるりと車椅子を回して、お得意のちょこん首傾げが炸裂する。

 男殺しの仕草に、リクはやられてしまったらしい。懲りずに耳打ちしてきた。嬉しそうだねほんと。


(うわあ。破壊力やばいです。今、僕の中でアイドルになりました)

(お前、案外惚れっぽいんだな)


 ランドの朴念仁っぷりと比べると、中々に男の子らしいじゃないか。


(免疫がないんですって。僕なんて生まれてこの方彼女なんかいたことないですもん。ユウさんはモテるって顔してますよね)

(そうか? 確かにいるけどさ)

(やっぱりね。そんなことだろうと思いましたよ。どうせ僕なんて)

(あのな。あんまりそういうこと言ってるとね――)


 コツン。廊下の窓に硬い何かが当たる音がした。

 俺は即座に反応し、注意を外へ向ける。

 ――石だ。投げられた石が窓に当たったのだ。落ちていくそれの影が見えた。

 ハルとリクは、やや遅れてぼんやりと窓の方に視線を向けた。もう石は見えていない。


 誰が投げたのか。俺には明らかだ。


 ずっと向こうから、「彼女」の恨めしい気配が……。


 ほら。女の子の前であんまりへらへらしてるから、シルさんの中の人ムっとしてるじゃないか!

 というか、やっぱり付いて来てたんだな。ストーカーめ。


 さて……となると、困ったな。彼女、見るからに普通の人ではないようだし。今からやることをあまり大っぴらには見せたくないのだが。


 やや迷ったが、結局は治療を試みることにした。

 夢想病は不治の病だ。たとえ完治せずとも、何らかの効果があったと認められたレベルで、ニュースになってしまうだろう。遅かれ早かれ、その筋の者にも目を付けられるに違いない。どこの誰とも知らない奴に嗅ぎ回られるよりは、シルの中の人の方がまだ信頼出来る。

 ただ心配なのは、リクとハルのことだ。この二人に変な注意が向かないように、俺が矢面に立たなければ。

 そんなことを考えているうちに、シンヤの病室に着いていた。


 病床で色もなく横たわる痩せこけた青年を、三人で見つめる。

 病人は見ていて何となく怖くなるから苦手だ。何度見ても慣れそうにないな。これは……。

 やがて、ハルが覚悟を決めたように促した。


「さて。ユウくん。キミはこれから何を見せてくれるんだい?」


 ここまで来たか。いよいよだな。上手くいけばいいが。緊張してきたぞ。


『ユイ』

『うん。こっちは準備万端だよ』


「……リク。手を」

「えっ。は、はい。どうぞ?」


 雰囲気に流されるまま、とりあえず素直に手を差し出してくれるリク。俺は彼の手を右手でしっかりと握った。

 そして左手は、シンヤの額に添える。

 これで俺を介して、リクとシンヤが結ばれたことになる。向こうでは、ユイが同じようにランドとシンを結んでくれている。

 回路は出来た。あとは繋ぐだけだ。


 ――懸念事項はある。


 リクは、口ではただの知り合いだと言っているけれども、本心ではかなりシンヤを気にかけているみたいだ。問題ないだろう。

 しかし、ランドとシンは、こちらの世界ほど仲の良い関係ではないようだ。

 足りないのではないか。そこがネックと言えばネックだが。手持ちのカードでは、これが最強ではある。やってみるしかない。


「ユウさん……?」


 きっと怖いほど真剣な顔をしているのだろう。リクにも緊張が伝わって、少しだけ手が震えていた。

 ハルもまた、固唾をのんでこちらを見守っている。

 俺は深く一呼吸して、諭すように言った。


「大丈夫。……リク、君はシンヤを助けたいと思うか?」

「ユウさん。まさか」

「俺は今から、シンヤを救ってみる」

「……本当ですか?」

「嘘は言わないよ。もう一度聞こう。君は、シンヤを助けたいか?」

「それはもちろん、助けられるなら助けたいって……思ってますけど」


 彼の握る手に、少し力がこもった。俺は強く頷いた。


「どうかその気持ちを強く持ってくれ。素直に注いでくれ。全ては君の想いにかかっているんだ」

「よくわからないですけど……はい! やってみます!」


 うん。良い返事だ。覚悟は決まった。

 使う技はただ一つ。

 俺には心を繋ぐ力がある。今こそ、その力を使うとき。


『ユイ。同時にいくぞ』

『オーケー』

『『せーの』』


 頼む。上手くいってくれ!


《《マインドリンカー》》


『心の世界』のチャネルを開き、リクの心を受け入れる。同時にユイは、ランドの心を受け入れた。

 リクの真剣な想いが、ランドの馬鹿正直な想いが、直に心を通り抜けていく。胸が揺さぶられる。

 シンヤの眠った心に、シンの冒険心溢れる心に、二人の想いを注ぎ込む。


 頼む。開いてくれ。


 祈りが通じたのか、果たして効果はあった。閉じられていたシンヤの心に、わずかな隙間が生まれる。

 やや強引ではあるが、心臓に手を突っ込むようなイメージで、空いた隙間をこじ開ける。


 よし。いける。いけるぞ。そのままだ。いけ!


 リクとランドの助けを通じて、俺はついに、シンヤの心に直接踏み込むことが出来た。

 途端に、眠る彼が持つ心の情報が、滝のように流れ込んでくる。

 くっ。無理やり入ったんだ。流石に抵抗も強いか……!

 気を強く持たなければ、我を見失ってしまいそうだ。


『ユウ! 気をしっかり持って!』

『わかってる! 大丈夫だ!』


 雑多な情報が次から次へと心を素通りしていき、やがてさらにその奥――深層心理へと意識は沈んでいく。


 そして、彼の「夢見る世界」がぼんやりと姿を現した。

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