49「ユウ、ゲーマーになる 4」
必要なレベル上げを済ませた俺は、後の二週間でラナクリムの世界を巡る旅に出た。
まずリクの勧めに従って、グランドクエスト『ワールド・エンドを目指せ』を開始する。自分からは目指さないと言っておきながらクエストで目指すのはランドとシルヴィアには少し悪い気もするけど、あくまでゲームのことだからまあよしとしよう。もっとも、ラナクリムとラナソールは類似しているので、先に「答え」を見てしまう懸念はあるけれど。
このグランドクエストの究極目標はワールド・エンドへの到達であるが、究極目標に至るまでの道程には、いくつもの到達度フラグが存在する。到達度フラグは、チェックポイントと呼ばれる特定の場所へ行き、特定の行動を取る(そこでしか入手し得ないアイテムの入手や、そこにいるボスを倒す等)ことで立ちあがる。フラグが立つたびに、ランクポイントと報酬がもらえる仕組みになっている。世界各地にチェックポイントは存在するため、旅をしながらランクポイントを上げられるというわけだ。もちろん課金ドーピングは忘れない。お前がいないと始まらないよ。
ところで、グランドクエストは三つ存在し、三つの果てに対応していると言われる。
地上の果て『ワールド・エンド』、空の果て『スカイ・リミット』、地下の果て『無限迷宮シャッダーガルン最下層』。
スカイ・リミットは究極目標の一つとして設定されているものの、真面目に挑んでいる者はほとんどいないという。何しろ、雲の上に行ったくらいでは全くもってクリアとはならず、さらに上に行こうとするといずれ「見えない壁」に弾かれる。ゲームという枠内での果てに達してしまうのだが、それでもクリアとは見なされない。ならば、スカイ・リミットとはどこにあるのか、何をもって到達したとみなすのか。答えのはっきりしないものに挑む物好きは少ない。
一方で、無限迷宮シャッダーガルンに挑む者は多い。実は同じものがラナソールにも存在する。位置はレジンバーク(こちらで言うとレジンステップ)より南にあり、この巨大ダンジョンを中核として迷宮都市アルナディアを形成している。無限迷宮の名の通り、少なくとも百階層を超えるこの迷宮は、どこまで続いているのかもわからない。ゴールが見えない点ではスカイ・リミットとそう変わらない気もするのだが、ダンジョンという存在自体が探求心をくすぐるものであるし、そこに眠る数々のお宝が人々を惹き付けて止まない。実は俺も興味はあったりするのだけど、挑むとなると最低でも数年単位で迷宮都市に張り付かないといけないらしいので、さすがに自重している。ああ、時限爆弾付きのフェバルでなければ喜んで挑んだのに。
話をワールド・エンドクエストに戻すと、到達度フラグは、未開の地ミッドオールに相当する区域のみならず、なぜかフロンタイムに相当する区域にも設定されている。ここで相当すると言ったのは、ラナクリムではミッドオールやフロンタイムとは呼称されておらず、それぞれ魔大陸と人大陸と呼ばれているからだ。両者を架け渡すエディン大橋も存在しない。魔のガーム海域は二つの大陸を断絶し、両者の行き来はブリッジと呼ばれるポータルを介して行われる。移動の際、一度ゲームの接続が途切れて読み込み中の表示が出る。魔大陸と人大陸ではゲーム内設定が違うための措置だと言われている。
無限に広がっているようにさえ思われる魔大陸(ミッドオール)と異なり、人大陸(フロンタイム)は明確に有限な領域であり、かつ便利極まりないメセクター粒子が利用出来るため、隅まで人の手が行き届いている。その分移動も遥かに楽だ。
俺はまず五日かけて人大陸の到達度チェックポイントを総舐めし、ラナソールとの相違をつぶさに見て回った。結果については、後で整理するとして。
それから、魔大陸の冒険へ挑むことにした。
俺とユイが落ちてきた森にそっくりな森があった。前にランドとシルヴィアを助けた洞窟や砂漠もあった。俺がこの世界へ来るきっかけになった草原もあった。どこまでも見覚えのある世界。攻略も恐ろしいほどスムーズに進んでいく。ランクを上げておいたことが役に立ち、行けない場所はほとんどなかった。
しかしやがて未知の領域に達し、進む足も鈍り始める。ソロで進むにも退屈を感じ始めてきた頃。
ラナクリムを開始してから26日目。レベル15になり、史上最速でSランクに到達した俺は、約束通り「ランド」と冒険に発つことになった。
あれで結構負けず嫌いなのか、リクも俺に負けてられないと自宅にこもってラナクリムをやり込んでいたみたいだ。久々に会ったランドは、レベルが30も上昇していた。既にSランクでも上位だと言うのに、そこからさらに30も上げるなんて。並大抵のことではない。一体どんな魔法を使ったのだろう。
尋ねてみると、彼は恥じ入るような小声で(ただし、リクの声よりも通るイケランドボイスで)白状した。
「使いました」と。
そうか。使ったのか。あれはいいものだ。
『匿名掲示板でも色々言われてますよ。初期装備のままでSランクに達した頭のおかしい奴がいるって。『黒シャツのユウ』さんは、今ではすっかり有名人ですよ!』
『ええ……黒シャツのユウか。マジか……』
俺は自分の着ている黒のインナーを見下ろした。確かに目立つよなあ。
『実際パねえですからね。このまま駆け抜けちゃって下さいよ!』
「ランド」に強めに肩を叩かれる。俺は曖昧に笑うしかなかった。こんなときの得意技だ。おかげで押しに弱いとか思われる。
『で、ユウさん』
『なに?』
『せっかくパーティを組むわけですので、男二人きりでもあれかなあと思いまして。今日はシルヴィアさんにも来てもらうことにしました。んですけど……いいですよね?』
『もちろんいいよ。楽しみだな。シルヴィアって、君がいつもつるんでいたあの女性プレイヤーだよね』
あまり知らない体を装って尋ねてみると、「ランド」の声が少年みたいに弾んだ。
『はい。シルヴィアさんはすごいんですよ! 生き字引かってくらいゲームのことに詳しいんです。精霊魔法のスペシャリストでもありますし。僕、いつも頼りにさせてもらってて。だから、絶対ユウさんにも頼りになると思います』
『シルヴィアのこと話している君は、何だか嬉しそうだね』
『わっ。そっ、そんなことないですよ!』
リクはかなり照れているみたいだ。声だけでもよく伝わってくる。やっぱり好きなんだな。
『ただの腐れ縁っていうか。もう。変なこと言ってからかわないで下さいよ……』
『ごめんごめん』
『何ですかその言い方は』
甘酸っぱいなあ。まだまだ時間かかりそうだけど。俺とリルナもくっつく前はこんな風に見えてたのかな。ごちそうさま。
『やっほー。お待たせ』
後ろから女の声がかかる。振り返ると、上等な装備に身を固めた「シルヴィア」が立っていた。魔法の術士らしく、鎧を着込んだ「ランド」よりは身軽に装いに仕上がっている。
『あ、シルヴィアさん!』
『昨日ぶりね。ランド君。最近はよく誘ってくれて嬉しいわ』
「彼女」は、銀幕のような笑顔を「ランド」に振りまいてから、こちらに視線を向けた。
ジロリ。俺を突き刺す眼光が、やけに冷たい。痛い。
待ってくれ。俺、何かこの人を怒らせるようなことしたか? 全く心当たりがないんだけど。そもそも会うのは初めてじゃないか。
「シルヴィア」は、乾いた笑顔を張り付けて、声をかけてきた。
『へえ……あなたが黒シャツの。今日はよろしくね』
『ああ。よろしく』
彼女が差し出した手を握る。
瞬間、腕に物凄いひねりがかかった。彼女が仕掛けてきた!
なにを!?
やばい。俺は咄嗟にゲームパッドを弾く。卓越したコマンド捌きで、姿勢を崩さないように努める。
リクは気付かない。見た目上は何も変化がないのだから当然だ。実際は、コンマ一秒の戦いが繰り広げられていた。
二人の手が静かに離れる。
『チッ』
舌打ちした! 今絶対舌打ちしたぞ! すっこければよかったのにとか思ってるぞ。
たまらず声をかける。
『なあ、シルヴィア。君はどうして――』
『ランドくーん。もう行こうよー』
おい! こっちでも無視するんじゃない!
……はあ。まあいいや。とにかく、俺はよくわからないけど「シルヴィア」に敵意を向けられているみたいだな。
この日のメインは火山の探索だった。未知の領域で、魔獣のレベルも極めて高い。でも、このメンツなら気を引き締めてかかれば大丈夫だ。
そう思っていたら、最凶の敵は味方に潜んでいた。
火山の敵には氷魔法がよく通る。「シルヴィア」は確かにこっちでも魔法のエキスパートだった。流れるように魔法を操って、初見の敵に対しても的確にダメージを与えていく。弱ったところを俺と「ランド」が斬りかかり、止めを刺す。この黄金パターンで探索は順調に進んでいたが。
彼女に気を許し始めていた頃だった。目の前には大量の蜥蜴人が現れて、こちらの行く手を塞いでいる。
『《イスパーダイク》』
背後で「シルヴィア」が杖を掲げ、魔法を唱える。
規模の大きいものになると、精霊魔法は発動にやや時間がかかる。基本的に、ラナクリム及びラナソールでは、魔法は唱えるもののようだ。無詠唱が基本の惑星エラネルとは文化が違う。というか、無詠唱かつ即時発動が基本とか、改めてあの世界の魔法体系の凄さを感じるよ。俺、結構凄い世界で魔法を学んでいたのかも。
無数の氷の礫が現れる。それぞれの先端は鋭く尖っていた。相当痛そうな見た目だ。
「彼女」は氷の礫を見事に操って、蜥蜴人に向けて一斉に放つ。
見ると、「彼女」はいかにも邪悪な笑みを浮かべていた。本当に、ゲームにしてはリアルな表情だ。最初は戦いで興奮しているからそう見えるのだろうと思ったが、どうやら見間違いではない。
えっ。まさか。こっちにも飛んでくる!?
どう考えても、魔法のターゲットに俺も入っていた。直撃コースだった。しかもめっちゃ多い!
俺はまたも咄嗟のコマンド捌きで、「ユウ」を山の斜面に転がせた。降り積もった火山灰を黒シャツに包みながら、必死になってごろごろ転がり落ちる。氷の礫が俺を狙って、すぐ近くに次々と突き刺さる。恐るべき不意打ちではあったものの、どうにか攻撃を全回避出来た。「ユウ」は俺と一緒で魔法耐性が一切ないから、一発でも当たるとまずいのだ。紙装甲だし。
汚れ塗れになった「ユウ」は、ほっと一息を吐いて、さすがにこの仕打ちには文句を言わずにいられなかった。
『あのさ。今、後ろから思いっきり氷魔法ぶつけようとしたよね!?』
『ごめんなさい。つい手元が狂ってしまって』
しおらしく謝った「シルヴィア」に同情して、「ランド」が俺に非難の目を向ける。
『ユウさん。大人げないですよ。どんなプロだって間違いは起こすんです』
『……そうか。そうだよな。悪かった』
『今度は気を付けるわ』
でも、今の絶対わざとだと思うんだけどな。
心にしこりが残っている。「ランド」がちょっと目を離した隙にちらっと見ると、「シルヴィア」は蔑むような笑みを浮かべて舌を出した。
うわあ。ほらやっぱりじゃないか。
身に覚えがないのに、それからも隙あらば彼女は俺に挑むような攻撃を仕掛けてきた。一々指摘して雰囲気を悪くするのもあれなので言わなかったが、本当に勘弁して欲しかった。
『『お疲れ』』
ああ。疲れた。どうにか無事に終わったけど。ゲームなのにとてつもなく疲れた。
「ランド」が、そろそろ夕飯だからと言ってログアウトする。エジャー・スクール(聞けば、大学生のようなものだ)の学生である彼は、飯を食ったら明日提出するレポートを仕上げなければならないのだそうだ。大学生活なんてしたことないので感覚がよくわからないが、きっとそれなりに大変なのだろう。
そう言えば、結局俺って学歴上は高校中退になるわけか。魔法学校も気剣術科も中退。まあどうでもいいけど。
「ユウ」と「シルヴィア」の二人が、取り残されていた。
もはや「彼女」は、今日ずっと笑顔の裏に潜めていた敵意を、隠そうともしない。
二人は、しばらく何も喋らなかった。示し合わせたように、人気のない路地へ移動していく。チャットをプライベートモードに変更。これで俺たち以外にやり取りを知る者はいない。
『まず聞いておくよ。シルヴィア。君は俺のことが嫌いなのか?』
「彼女」は答えなかった。代わりに、見る者が見ればぞっとするような、冷たい微笑を向けてきた。
『ホシミ ユウ。経歴・職業・その他一切不明。本名でオンラインゲームをプレイするなんて、怖い者知らずね』
『……どうしてそんなことを知っている。もしかして、君は俺のことを覚えているのか?』
『何のことかしら?』
口調に棘があるものの、彼女の口調から嘘は見えない。どうやら本当に俺のことは知らないようだった。いや、知っているなら、むしろ親しげに話しかけてくるはずか。
なぜだ。こんなにも敵意を向けてくるのは。
彼女はその双眸で俺の全身を探るようにねめつける。そして、問いかけてきた。
『あなた、リクに何の魂胆があって近づいているの?』




