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フェバル保管庫2  作者: レスト
二つの世界と二つの身体
241/279

45「ポンコツエーナさん 2」

『ねえユウ。エーナさん来たんだよ』

『え、ほんとか! あのとき以来だよなあ。何か言ってた?』

『ユウにもそのうち会いたいって』

『そっか。こっちでの調べ物が一段落着いたら会いに戻るよ』

『やり過ぎで身体壊さないようにね』

『うん。気をつけるよ。じゃあ手が離せないからまた』

『またね』


 ユウとの心通信を終えた私は、エーナさんに向き直った。

 私たちは今、何でも屋『アセッド』の前にまで戻ってきていた。


「これからよろしくお願いします。エーナさん」

「あなたたちのお世話になるわけだものね。私に出来ることなら何でも言ってちょうだい。力になるわ」


 エーナさんはどっかのレンクスと違って、とても協力的だった。

 頼もしいことを言ってくれる。やっぱりエーナさんは心強い先輩だと、内心期待が膨らむ。


「ああー……。やめといた方がいいんじゃねえかな」


 うんうんと頷く私に、ただ一人レンクスは難色を示していた。その意味はすぐに思い知ることになる。


「私はユウと一緒に、この何でも屋『アセッド』を運営してまして」

「何でも屋? へえ。面白いことを考えるのね」

「仕事しながら各地を回って世界の情報を得ているんですよ。エーナさんにもぜひ手伝って頂けたらなと」

「もちろんいいわ。任せてちょうだい」

「助かります」


 両開きのドアをくぐると、ミティが元気一杯に出迎えてくれた。

 エーナさんの姿を見るなり、彼女は優雅な動作で軽く頭を下げた。エーナさんもお辞儀を返す。

 私はミティにエーナさんを紹介した。


「こちらエーナさん。今後私たちのお店を手伝ってもらうことになったから」

「お、新しい店員さんですか! わたし、ミティアナ・アメノリスですぅ! ミティって呼んで下さい。よろしくですぅ」

「ミティちゃんね。今後お世話になるわ。よろしくね」

「はい!」


 こうして、エーナさんを加えた新生『アセッド』は出発することになったわけだけど。

 レンクスの言っていたことの意味がすぐにわかった。私も彼女の様子を見ていてすぐに気付くべきだったのかもしれない。


 エーナさんのポンコツぶりに。


 まずは、お掃除をさせてみたのだけど。


「今日はもう良い時間ですから、依頼をこなすのは止めておきましょう。このお店、夜は食堂になるんですよ」

「へえ。だから椅子やテーブルがたくさんあるのね。中々楽しそうじゃない」

「なので、ミティたちが毎日開店までにピカピカにしておくのですよ」


 腕まくりをしたミティは、雑巾を手に気合い十分。魔法で大雑把に掃除してしまうことも出来るけど、建物の中の細かいところはやっぱり手作業頼りなんだよね。

 私はエーナさんに微笑みかけた。


「というわけでエーナさん、一緒にお掃除しましょう」

「えっ? ……いいわよ!」


 あれ? 何か引っかかる。今の妙な間は何だろう。


「私はカウンターやテーブルをやるから、ミティとエーナさんは床をお願いね」

「はいですぅ!」「任せてちょうだい」


 雑巾を床にセットして、


「ミティ1号、いきますよぉ!」


 ミティが掛け声と共に発車した。てけてけーっと手際良く床を往復し、どんどん綺麗に拭いていく。私は花瓶を拭きながら、いつもの元気な様子を微笑ましく眺めた。一方のエーナさんは、スタート地点に手を付いたまま固まっていた。

 ミティが気が付いて、ぴたりと手を止める。


「どうしました?」

「あの……。こういうの、あまりやったことなくて……」


 あら。エーナさんって随分長く生きてると思うのだけど、家事あまりやったことないの?

 私が説明するまでもなく、ミティが優しく説明してくれた。


「大丈夫ですよ。ただ拭くだけですから。そこにバケツがあるので、ある程度拭いたら雑巾を絞ってまた拭いて下さいねー」


 笑顔で拭き掃除を再開したミティを前に、エーナさんも尻込みしてられないわと、やる気を燃やしている様子だった。


「よーし。エーナ2号。いくわよ!」


 ミティの真似をして、勢い良く雑巾掛けしようとして。


「あっ、そこはミティが拭いたところだから走るとすべりやす――」

「えっ?」


 つるっ。

 ミティが指摘したときには、全ては遅かった。エーナさんの足は思いっ切り跳ね上がって、身体がボーリングのように滑り出した。


「きゃああああああああ!?」


 ガッシャアアアアアアアン!


 かなりの衝撃音に、思わず目を瞑ってしまう。

 目を開けると、そこには涙目のエーナさんがうずくまっていた。跳ね上がった雑巾が、偶然にも頭の上に乗っている。


「いたたたた……」

「大丈夫ですか? エーナさん。って、テーブルが!」


 無駄に頑丈なフェバルの身体は、対テーブル戦に見事大勝利を収めていた。木製のテーブルが真っ二つに割れている。

 縦に。


「ああっ、ごめんなさい!」


 エーナさんは、それに気付いて、全力で謝っていた。頭に乗っていた雑巾がぽとりと落ちた。


「うわあ。こんなに不器用な人、わたし初めて見ましたよ」


 ミティは若干引いている。私はまあまあと宥めて言った。


「誰でも失敗はあるものだから。ね。このくらいなら魔法でパパッと作り直せるし」


 私は手をかざして、魔法で割れたテーブルを繋ぎ止めた。完璧に元通りになるわけではないが、使うには問題ないでしょう。

 私は雑巾を拾って、エーナさんに手渡した。


「はい。今度は慌てないでやっていいですからね」

「面目ないわ」


 エーナさんは、今度は気を付けてやっているのか、こけるようなへまはしていなかった。しかし、恐る恐るやっているからか、今度はスピードが著しく遅い。片道一列拭くまでに、ミティがフロアの半分を拭き終わってしまっていた。

 エーナさんは、真っ黒に汚れているバケツに気付いて。


「ちょっとバケツの水替えてくるわ」

「あっ、それはミティがやるから」


 嫌な予感がしたのだろう。ミティは咄嗟にかばい出ていたけれど。


「いいのいいの。このくらい」


 そう言って、三歩歩いた途端。


「きゃあっ!」


 バシャ。


 ミラクルとしか言いようがないこけっぷりを披露した。

 思いっ切りバケツをひっくり返して、エーナさんは頭から汚水を被ってしまう。


「ううう……」

「ほらあ。言わんこっちゃねーですよ」


 さすがのミティもこれには呆れ顔で、口の悪いところが出てしまっている。

 しくしく泣いている惨めなエーナさんを見ていられなかったので、私はもう掃除はいいですよと告げて、彼女にはレンクスと一緒に夕飯までごみ拾いに行ってもらうことにした。その方が街の様子もわかってもらえるし、ちょうどいいだろうと思って。

 エーナさんがいなくなった後の掃除は、悲しいことに三倍速で終わってしまった。


 それから、夕飯の仕込みをしていると、いつもよりかなり早くレンクスとエーナさんが帰ってきた。レンクスの明るい声が店内に入ってくる。


「ただいま」

「おかえり。早かったね」

「いやあ。それがよ」


 レンクスが苦笑いして、隣にいるそれを指し示す。

 私とミティは、ぎょっとした。

 全身をどぶコーティングされたエーナさんが、泣きべそ顔で立っていたからだ。


「俺が、あんなところのごみまではいいって言ったんだけどよ。こいつ、聞かなくってさ」


 エーナさんは、喋る元気もないのか、ただそこに突っ立ってしくしくと涙を流している。よく見ると、身体には小虫がたかっていた。それでレンクスもやや距離を置いているのだと気付く。

 あまりに悲惨な姿に、私までついおろおろしてしまい、


「あの、エーナさん。泣かないで。私の水魔法で汚れ落としてあげますから」

「うっ……ぐす……ユイちゃあああああん!」


 私の声掛けに、エーナさんは感激した様子で、店内に足を一歩――


「うわああああ! クソ汚れたままお店に入るなぁですぅ!」


 今度はミティが絶叫していた。

 結局、エーナさんには外で待機してもらい、私が遠くから温水魔法で身体を洗い飛ばしてあげた。遠くからでも物凄い臭いがきつかったけど、それは黙っておいてあげた。


 やっと落ち着いたエーナさん(まだ少し臭い)は、私とミティが料理の下準備している様を、居眠りするレンクスの隣で興味深げに眺めていた。

 この頃はミティも中々レベルを上げてきて、簡単な料理なら任せても問題なくなってきていた。


「ユイ師匠。味見をお願いします」


 小皿にスープを取って、差し出される。私は一口含んでじっくりと味わってから、言った。


「うん。中々いい感じね。あと小さじ3杯ほど塩を入れてもいいかもね」


 ミティはふむふむと頷き、私の手から皿を取って残りを口に含む。


「むう、なるほど。確かに言われてみると、塩の効きがもう一つですね」


 料理に打ち込んでいるときのミティは、あのふざけたキャラはなく、常に真剣そのものだった。それに筋も良い。これはもしかすると、料理の道を磨き続ければ、いずれは私を超えてしまうかもしれない。我が弟子の成長を嬉しく思う。

 もっとも。まだまだ私も負ける気はないけどね。

 エーナさんが、感心した様子で厨房へ入ってきていた。


「へえ。いいわね。そういうの。師弟関係というやつかしら」

「ミティは結構頑張ってるよ。ね」


 ミティの銀髪をくしゃくしゃと撫でてあげる。彼女は嬉しそうに懐いていた。


「はい。ユイ師匠からは、毎日とても学べる事が多くて」


 エーナさんは、私とミティを交互に見比べて、それから沸々と煮立っている大鍋を見つめて、どこか懐かしそうに目を細めた。


「料理かあ……ほんとに……いいわね。私に出来ることってないかしら」

「どうか何もしないで下さい。嫌な予感がしますから」


 ミティは彼女のことを、じろっと睨み付けていた。エーナさんが怯む。この子、睨むと中々迫力があるのよね。

 ミティがそう思う気持ちも、わからないでもないけど。私はかわいそうかなと思って、かばっていた。


「ちょっと。ミティ。そこまで言わなくても」

「事実ですよ。人には向き不向きってーものがあるんです。ちゃんと言ってあげないとダメです」


 エーナさんが、しょんぼりと肩を落とす。

 確かに、ミティの言っていることにも一理あるかもしれない。無理に向いていないことをさせても、他人のためになるとは限らない。

 レンクスのように、適材適所で配置してあげることが、本人のためにも世の中にためにもなる。

 でも……。

 どこかそわそわしているエーナさんを見ていると、何となく放っておけないのよね。


「エーナさん。料理、したことあるんですか?」

「ええ。昔にね。忘れそうになるくらい、大昔のことだけど」


 ぼんやりと上を向いて、物思いに耽るエーナさん。何か料理には特別な思い出があるみたい。


「わかると思うけど、私は料理も下手でね。愛する人のために、一生懸命作ってみるんだけど……」


 彼女は無意識にその辺りに手をつこうとして――側にはあれがあった。


「あっ! そこは!」「危ないですぅ!」


 慌てて忠告したときには、彼女の手は熱々の鍋にしっかりと触れていた。


「あっつああっ!」


 ガッガラシャアアアアアン!


 スープが波々と入っていた大鍋は、綺麗にひっくり返ってしまった。

 ぐつぐつに煮え返った中身が、全てぶちまけられる。


「ああ……!」


 エーナさんは、運良く無事だった。スープがかかって火傷するということはなかった。

 しかし罪悪感からか、その場にへたり込んでしまう。

 ミティもこれには頬を膨らませて、ぶち切れた。


「もう! なんてことしやがるんですか! せっかくわたしの作ったスープがああぁ!」


 そして彼女も頭を抱えて、崩れ落ちてしまった。

 ああもう。大惨事よ。


「……まあ、ぶっかからなくて良かったですけど」


 ミティは小声で、けっと吐き捨てるように言った。

 へえ。心配は心配だったのね。素直じゃない子。

 ……あわわわと、すっかり顔面蒼白にしているエーナさんには聞こえてなさそうだけど。


 とにかく火魔法を止め、せかせかと後始末に追われていると。

 ミティの彼女を睨む視線が、これまで以上に厳しくなっていた。

 ようやく我を取り戻したエーナさんは、すっかり怯え上がっている。トレードマークの帽子もへたれていた。


「ひっ……」


 ミティはついに呆れ果てて、私に訴えかけるようにエーナさんを指さした。


「ユイ師匠。こいつクビにして下さいよ。さすがにやばいってレベルじゃないですよ」

「うーん。気持ちはわかるんだけどね」


 下手にやる気はあるだけに、さすがにかわいそうというか。でも、せっかくのスープを台無しにされてしまったミティの怒りもよくわかる。

 だからなんて言えばいいのか。困ってしまった。


「ユイちゃん。わ、わたしぃ、ごめんねえ……」


 エーナさんはただおろおろするばかりで、先輩の威厳とやらはすっかりどこへやらという感じだ。

 私は二人の異なる視線に当てられて、大きく溜め息を吐いた。

 時計を見る。まだ開店まで時間はある。元々練習用ってことでミティに作らせて、『心の世界』で作ってなかったものだし。

 私は重い空気を吹き払うように、笑顔を作って提案した。


「今日のスープ。三人で一緒に作り直さない? エーナさんのことは、私がよく見張ってるから」

「……本気ですか?」

「うん。本気だよ。エーナさん、懐かしくなって料理したくなったんでしょ?」

「ええ。でも……いいの?」

「いいよ。その代わり、私の指示にはちゃんと従ってもらいますからね」


 言った途端、エーナさんの表情には光が差していた。


「ええ……! もちろんよ。ごめんね。ありがとね」

「ああもう……わかりました。エーナさん、今度足引っ張ったら承知しませんよ!」


 エーナさんも加えての、三人のリベンジが始まった。

 やっぱり料理に不慣れな彼女がいると、いつもよりずっと時間がかかってしまったが、毎日二人でやっていたことが三人になっただけで、調理場には楽しげな空気が満ちていた。

 何より、料理は久しぶりというエーナさんが、普段纏わりついている暗い影のない、心からの笑顔を見せていたのが印象的だった。

 彼女にとって、この体験は素敵な思い出になったみたい。


 夜になって、三人の作った特製スープは、無料でお客さんに振る舞われた。

 私がしっかり監修したので、多くの人は気にしてなかったけど、目敏い常連客は味の変化に気付いたみたいで。


「おや。今日のスープ、飲めなくはないけど。ちょっと味が落ちた? 珍しいね」

「えへへ。ですから、今日のスープはサービスなんです」


 ミティはまんざらでもなさそうに、笑顔を振る舞っていた。


 もちろんこの話にはオチがあって。


 ……後片付けでエーナさんが皿を何枚割ったのかは、記憶能力でわかってしまうけど数えたくない。


 ユウ。寝る前に報告するね。


 うちに賑やかなポンコツが一人増えました。

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