21「働け。レンクス」
レンクス・スタンフィールドが何でも屋『アセッド』の一員に加わってから、二週間が経過した。
さぞかし素晴らしい戦力になるだろうと最初は期待していた。ほんと、最初だけは期待していた。ユイは端から蔑んだような視線をぶつけていたけれども、それでも俺は一応信じていた。
はっきり結論を言おう。能力が使えないレンクスは、クソの役にも立たない。
こいつは働かない。とにかく働かない。ただ腕っぷしが強いだけの屑ニートだった。
まったく。初日のやる気はどこへ行ったのか。全部能力だけで済ませる気だったのか。こんなに使えないとは思わなかったよ。
世俗のことにはあまり関わりたくないからと、日中はずっと隅っこの陽の当たるテーブルでぐーたらし。光合成でもしてるんじゃないかという説がある。夜は夜で、ユイの入浴中に飛び込んで行ったり、部屋に飛び込んでいっては蹴られ。襲ってくるのを口実に、ユイは俺の部屋にしょっちゅう寝に来て。そんな俺に女々しい泣き言をこぼして、とぼとぼと自分の部屋に帰っていくのだ。
ご飯は自分で作れない。頑として俺かユイの作った物しか食べない。ほっとくと餓死してしまうので、仕方なくご飯をあげる。ご飯をあげると喜ぶ。食ったらごろごろして寝る。お前はペットか。
一日中だらけているものだから、旅人風の浮いた格好も相まって、非常に目立つ。そうしていつの間にか、お客さんにまで後ろ指を指されるようになっていた。曰く、あそこは「人でなし専用席」なのだと。誰もが認める屑ニート、レンクスの完成である。
この産業廃棄物をいかように処理すべきか。我が『心の世界』では、それが重要議題に上がっていた。誰にも内緒話を聞かれない、二人だけの空間だ。今は二つの身体を現実世界に残して、精神体だけをこちらへ飛ばしている。
「ユイ議長。本日の議題について、提案があるのですが」
「発言を許可します」
「あいつ単純だから、議長がちょっと発破かけてやればちょろいんじゃないかと」
「その提案は極めて現実的ですが……えー。あいつに色目使うの超嫌なんだけど」
ユイは堂に入った演技を止めて、素で嫌な顔をした。
「気持ちはわかる。すごくよくわかる」
俺は額に手を当てた。
「ユウちゃん」として、あいつにどれほど苦労させられてきたか。隙あらばぺろぺろを地で体現する男だからな。あんなことや、こんなことや……。うう、思い出したら恥ずかしくなってきた。
今は男で良かったよほんと。時々絡んでくるけど、さすがにしつこくはない。一方で倍増しだ。マジでユイが気の毒だな。
「あ、その俺は当事者じゃないからいいやみたいな顔!」
「うっ。ごめん」
ユイは若干ふくれていた。そんなに怒ってないけど、ちょっぴり不機嫌なときの顔だ。
「またユウと一つになっても、女の子になったとき守ってあげないよ?」
「それは困るな」
「でしょ。あなたなんて隙だらけなんだから。私がしっかりしてなかったら、何回男に身体を許してることか」
ユイが一つ一つ指折りしながら、十を超えたところで止め、呆れたように溜息を吐いた。
そうだな。俺はどうも好意でぐいぐい押されると、中々断り切れなくて……。
「面目ない。君の身体だもんな」
「身体はともかく。あなたの心が心配だよ。くっついてる私も巻き添え食らうのはごめんだし」
「そうだよな……」
「気持ちも感覚も、全部共有してるんだからね? あれも、これも……」
ユイが、恥ずかしいのを紛らわすように髪の先を指でくるくるした。
色々と。本当にそうだよな。申し訳ない。
「ほ、ほらっ! あなたがそんなだから、私がねっ! この前だって、レンクスが――」
「あー! あー! その話は止めないかっ!」
「……あ。うん……。止めよう」
ユイは顔を赤らめて、こくんと小さく頷いた。
そうだ。それがいい。
「大分脱線してしまったけど、話を戻そうか。レンクスなんだけど」
結局あいつだった。何なんだろうな。もう。ちゃんとしてれば出来るし、格好良いのにな。
「お願い作戦しかないよ。あえて大変な仕事やらせたらいいんじゃないか? 絶対すぐ終わらないのを無茶振りでぶつけてみて。あいつなら無茶にならないよ。きっと。ユイパワーで三日三晩くらい徹夜で頑張ってくれると思う」
「確かにこれまで休み過ぎだしね。それくらいでちょうど良いかもね」
「あんまりお店でごろごろされると、あいつのイメージ悪くなるばかりだからな。これはあいつのためでもあるんだ」
「……よし。仕方ない。一肌脱ぐとしますか。ほんとはすっごく嫌だけど」
こうして第1812回『心の世界』会議を実りあるものに終えた俺たちは、早速行動を開始することにした。
相変わらずテーブルに天日干しされているレンクスに、そろそろとユイが近づいていく。
こういうときは下から攻める。男を立てる。木に顔付けて突っ伏し安らぐレンクスより、さらに低姿勢だ。
「ねえ。レンクス」
「お……おお。なんだ」
「ちょっとお願いしたい仕事があるんだけど。ダメかな……?」
首をちょこんと傾げて、上目遣いで彼を見つめ上げた。
ユイの得意な手だ。たまに「私」もやっているが、さすが本家。一味違う。
これに落ちないレンクスはいない。どうだ。
レンクスは、わかりやすく鼻の下を伸ばした。鼻穴を弛緩して、はあはあと息を荒げる。イケメンが台無しである。
「もちろんいいぜ! 何が望みだ! 俺かい?」
かかった! 一発KO! ちょろい! きもい!
ユイは、俺かい? の部分は綺麗にシカトして続けた。
「やってくれたら、肩三回ぶっ叩いてあげるから」
三回! 葛藤が見える妥協点。ぶっ叩くって。
だがこの男には、それでも過ぎた劇薬だったようだ。
「うっひょおおおおおおおお!」
レンクスが拳を突き上げて、バネが付いたように跳ね上がった。
我が生涯に一片の悔いなし。そのまま天井に突き刺さった。どんな勢いだ。
天井から、くぐもった声が聞こえる。
「行く! 世界の果てでも行くぜ! どこだ! 俺の戦場はどこにある!」
「ちょっとね。町のごみ拾いに」
「ごみ拾いいいいいいいっ!」
ああ。そんなのあったな。拾い集めた量に応じて報酬が変わるやつ。ほとんどボランティアのようなものだけど。
顔をすっぽ抜いて、すたっと華麗に着地する。こんなところで格好付けても点は入らない。しかも鼻血が出ている。ひどい顔だ。
「範囲は!? 目標はどこだ!?」
「全部」
「全部!?」
「全部だ。町の全てを綺麗にするまで、帰って来ないように」
「ほう! そりゃあ無茶ってもんじゃないか?」
「出来るよね?」
「だがしかし、マザー」
「ご褒美あげないよ?」
ユイは、戦慄するレンクスの肩に手を置いて、にっこりと笑った。
「やれ」
「イエッサー!」
忠犬レンクス、ここに発つ。
「ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!」
びゅーーーーーん!
そんな表現がお似合いなほどだった。嵐のような勢いでドアを突き破っていった。
……ユイの魔法ですぐ直るけどさ。壊し過ぎだろ。
長く辛い一仕事を終えたユイは、土埃を上げて消えていく変態を眺めて、ぺろりと舌を出した。
「ちょろいね。きも」
「やったな。これでさすがにしばらく帰ってこないんじゃないか」
「平和が戻った。やっと二人っきりで仕事が出来るね」
それから、あいつのことなんてさっぱり忘れて二人で楽しく仕事をした。幸せな時間だった。
三日後くらいに、ぼろ雑巾のようになったレンクスが店の前で力尽きているのが発見された。
「成し遂げたぜ……ご、ほう、び……」
死亡確認。発見時は既に手遅れだった。
それにしても凄いな。さすがチート兄さん。まさか本当に三日でやり切ってしまうとは。
その健闘を称え、温かい浴槽に突っ込んであげることにした。臭いし。
その後も、時々あまりにも酷いニート状態を見かねては、ユイがレンクスに町中の掃除を命じた。
とっくにわかってたけど、やれば出来る人なのだ。やらないから屑なのだ。
何度もこなしているうち、掃除のお兄さんとして町の人には認識されるようになった。
たかが掃除と馬鹿にすることなかれ。町の景観と衛生を守ることは、地味だがとても重要な仕事なのだ。
俺たちは、レンクスを人間として認めてあげることにした。
おめでとう! 屑ニートレンクスは、屑拾いレンクスに進化した!




