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フェバル保管庫2  作者: レスト
二つの世界と二つの身体
209/279

13「最初の依頼 2」

 俺たちは手当たり次第、ワンディが持ってきてくれた絵を配りながら住民に尋ね歩いた。絵は、ユイが魔法でコピーを大量に作って『心の世界』に保管してある。都度取り出しては配っていった。


「ユウだな! 貴様に挑戦をさ――」


 グシャッ! バッコーン!


「こんなときに一々突っかかって来るんじゃない。おっと。そうだった」


 ごみ袋に頭から突っ込んでいる男(これでも嫌がらせではなくて、なるべく怪我させないようにと思ったら、近くにある柔らかいものがそのくらいしかないのだ)を引き起こして、モッピーの絵を突きつける。


「この子に見覚えはないか」

「知、ら、ん……」


 ガクッ。男は力尽きた。伝説に挑んだ男の満足そうな顔だった。


「はずれか」


 俺は彼をとっとと近くの家の壁にもたれかからせて、次に行くことにした。

 俺は町の西側、ユイは東側を中心に尋ね歩いた。ワンディの家は西側の方にあるから、もし目撃情報があるとしたらこっちの方が可能性が高いだろうと思っていたが、意外にも先に発見者に辿り着いたのはユイの方だった。

『心の世界』通信が入る。


『昨日、そんなモコが裏路地にふらふらと入っていくのを見たって情報が入った』

『了解。そっちだな。俺も行く』


 子モコの足では、一日ではそう遠くまでは行ってないだろう。探索範囲を絞ることで、見つかる可能性を上げる作戦に出る。

 しばらく地道に尋ね歩くと、今度は俺が情報を得ることが出来た。

 今日の朝のこと。薄汚れたリボンを付けたモッピーが、道の端を歩いていたらしい。

 近い情報だ。モッピーは、まだこの辺りにいるかもしれない。

 一層やる気が出る。そこからは、ユイと二人で、しらみつぶしに探していった。

 そして、ついに――


『ユウ! あっち! いた!』

『ほんとか!』


 ユイに視界の情報をもらって、共有する。俺のところからも近い位置だ。

 見ると、大きな通りの真ん中に、小さな小さなモコモコの羊みたいな子がいた。どこかで怪我をしたのだろうか。ひょこひょこ足を引きずるようにして歩いているではないか。

 だが、見つけたと喜ぶ暇もない。

 なんとタイミングの悪いことか。そこに、ゴゼウ(馬にやや似た感じの生き物)の引く号車が、近づいてきていたのだ!

 呑気によそ見ながらの運転をしている男は、豆粒のように映るモッピーにまだ気付いていない。モッピーは、大きな足音を鳴らしながら近づいて来るゴゼウに身が竦んで、動けなくなってしまった。


「ユウ!」

「わかってる!」


 このままでは轢かれる! 間に合え!


《パストライヴ》!


 咄嗟に、リルナ直伝のショートワープを使用する。瞬きする間もなく、建物の壁を何もなかったかのように一気に抜き去る。

 号車の前に飛び出した俺は、震えるモッピーを懐に抱えて、安全な地点まで跳んだ。

 号車は、さすがに俺の姿には驚いて、慌ててブレーキをかける。が、とうに遅い行動だった。

 本来モッピーがいた場所を通り過ぎてからややして、号車がやっと止まる。危ないところだった。

 俺は、向こうの運転手に届くように声を張り上げた。


「すみません! このモコが轢かれそうになってたもので!」

「あああ! そうだったのかい! 気が付かなくて、すまなかった!」

「もう走らせて大丈夫ですよ! あとはこっちで何とかしますので!」

「そうかい! ごめんね!」


 男は深く頭を下げて詫びた。そして、号車を再び走らせて去っていった。

 ふう。ほっと安堵の息が漏れる。ユイが駆け寄ってくる。

 俺は、抱えたモッピーを顔の位置まで持ち上げた。


「危なかったな。モッピー」

「きゅー」


 この子は、事情をわかっているのかいないのか。相槌を打つように、小さく鳴いた。高くて可愛らしい鳴き声だ。モコモコのはずの白い毛は、黒い土塗れに汚れてべとべとになっている。

 すると、モッピーは俺の頬をぺろぺろと舐め出した。


「あはは。くすぐったいってば」


 結構人懐っこい性格のようだ。


「かわいいなあ」


 ユイが羨ましそうにこちらを見つめている。何気に可愛い物好きだからな。ユイは。瞳をキラキラさせてる君も可愛いけど。

 だが無事だと安心したのもつかの間、モッピーは力なく項垂れてしまった。


「やっぱり、だいぶぐったりしてるみたいだね。それに、ひどく汚れてる」

「身体は洗ってあげるとして。エサもあげないとな」

「あと、リボンも新調してあげないと。少しかかりそうだね」

「そうだな。ちょうどここに、ワンディから頂いた依頼料がある」


 俺は依頼料を大事にしまってあるポケットを、ぽんぽんと叩いた。中でジャラジャラと小銭のぶつかる音がする。


「いいのかな」

「依頼の内容は、モッピーを『無事に』返すことだからね。必要経費さ。当然、依頼料に含まれる」


 二人で、にやりとする。


「ふふ。でも絶対足りないよね。ちょっとカッコつけ過ぎじゃないの。最初から赤字だよ」

「いいんだよ。金が欲しくなったら、冒険者にでも協力したらいい」

「そうすると思った。大賛成」


 俺たちは満足した顔で、ペットショップへ向かった。



 道中、足の怪我は気力を使って治してやった。何でも屋に戻り、モッピーにまず柔らかいフードを与えてやると、よほどお腹が空いていたのか、むしゃむしゃとがっつき出した。


「よく食べるなあ」

「でもよかった。食べる元気はちゃんとあるみたいで」

「そうだね」


 次はシャワーで念入りに身体を洗った後、新しいリボン(似たデザインのを探してきた。古いのもちゃんと取ってある)を付けてあげた。ピカピカモッピーの完成である。モッピーもすっきりしたのか、満足そうに店内をはしゃいでいる。ここはドッグランじゃないんだけどな。まあいいか。

 そこで、ワンディを電話で呼んであげた。この世界には、固定電話があるのだ。

 ワンディは、もちろんすぐにすっ飛んでやってきた。そして、モッピーを見るなり、


「バカ。心配したじゃないか……! ほんとに……ぐず……よかったあぁ~!」


 わんわん泣き出してしまった。その場にうずくまって、もう声にならないくらい嗚咽を上げている。

 そんなに心配だったんだな。さすがになんて声をかけて良いのかわからず、二人で見守っていた。

 すると、よちよちと、様子を窺うように、モッピーが彼に近づいていった。そして、小さな口でぐいぐいと彼の裾を引っ張る。

 ワンディは、ぽろぽろと涙を流しながら、モッピーをしっかりと抱き上げた。


「ごめんな。つい手を放しちゃって……ほんとに、ごめんな」

「きゅー」


 モッピーが、彼の涙を救うように舐める。まるで、もう泣くなと言っているかのようだった。


「しょっぱいよ。涙なんて舐めたら」


 でもモッピーは、ワンディが泣くのを止めるまで、決して舐めるのを止めようとしなかった。



 それから、すっきりした顔のワンディは、俺たちに満面の笑顔でお礼を言った。


「ありがとう! ユウさんとユイさんのこと、いっぱい広めておくね!」

「よろしく頼むよ」「また用があったらいつでも来てね」

「うん! さ、帰ろうか。モッピー」

「きゅ」


 しっかりと大事に抱きかかえられて。もう二度と離さないだろう。ワンディとモッピーは、仲良くお家へと帰っていった。

 去る背中を見つめながら、俺はふと感じていたことを言った。


「何だか、彼の心が深い闇から救われたような。そんな気がする」

「私も感じた。あの子、見た目以上に深く沈んでいたから」

「でも、まだ根本の悲しみは消えていないままな気がするんだ」

「うん。どうしてだろうね……」


 俺たちには、うっすらとだが、相手の心を感じ取る力がある。それは相手が心を開き、繋がれば繋がるほどに、よりはっきりと、鮮明に伝わってくるのだ。

 あの子は俺たちに、心の奥深くに抱えた悲しみと後悔を見せてくれていた。そして、それが少しずつ癒えていくのを、目の当たりにしていた。だが完全に癒えることは、まだ当分ないように思えた。

 なぜ。モッピーはちゃんと帰ってきたじゃないか。

 このときはまだ、はっきりとはわからなかった。

 子モコのモッピーを事故で亡くしたあの日から、半月が過ぎようとしていた。

 ニノヤ カズトは、それからずっと塞ぎ込んでいた。学校もずっと休んでいた。

 原因は、うっかりリードを手放してしまったことだった。好奇心旺盛な子モコは、誘われるように車道へと跳び出し。そして、車に跳ねられてしまった。

 即死だった。

 カズトは自分をひどく責めた。どうしてあのとき、手を放してしまったのかと。食事も喉に通らない日が続いていた。


 朝。母親が心配して、子供部屋のドアを恐る恐る開く。

 まだ布団にこもりっきりになっていると思っていた息子は、今日はしゃんと身体を起こしていた。目には涙の痕がこびりついている。しかしその表情は、いくらかすっきりしていた。

 カズトは、母親に言った。


「昨日さ。不思議な夢を見たんだ」

「夢?」

「うん。僕、ずっとモッピーを探してた。でも、会えなくて。ずっと会えなくて」


 何かを思い出そうとするように、小さく首を振って。頷いた。


「誰かが、助けてくれたような。そんな気がする」


 母親は、じっと黙って子供の話を耳を傾けていた。


「モッピーが、帰ってきてくれた」


 カズトの目に、またうっすらと涙が滲む。


「なんでだろうね。夢のはずなのに。確かに、モッピーを感じた。モッピーが、腕の中にいたんだ」


 あの子の温かい感触を思い返すと、もう止まらなかった。大粒の涙が、ぽろぽろと溢れて、頬を伝う。


「モッピーがね。もう泣かなくていいよって。僕の涙を、舐めてくれるんだ。お前、僕のせいで死んじゃったんじゃないか……! なのに……!」


 溜まっていたものを、一気に吐き出すかのように。カズトは、いっぱいの声で嗚咽を上げた。

 どれほどそうしていたことだろうか。やがて、袖を拭って。母親を見上げる顔には、もう暗さはなかった。前を向こうとする意志があった。


「もう、大丈夫。僕、もう大丈夫だから」

「そう」


 母親は余計なことは何も言わなかった。ただ優しく子供の頭を撫でた。


「お腹空いたでしょう。ご飯出来てるわよ」

「……うん」



「行ってきます!」


 トリグラーブの空に、元気を取り戻した少年の声が、すっきり通っていく。


 通学路の途中。モッピーが亡くなってしまった現場の付近を通りかかったところで。

 カズトは、ふと足を止めた。

 ぼんやりと思い出して。明後日にはもう忘れているかもしれない。そんな程度の記憶。だがなんとなく、まだ覚えているうちに、彼はそう言いたくなった。

 カズトは、彼自身にだけ聞こえる声で、そっと呟いた。


「ありがとう。ユウ。ユイ。さようなら。モッピー」

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