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フェバル保管庫2  作者: レスト
二つの世界と二つの身体
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3「「私」はユイ」

 後で振り返ってみるとどうしようもない絵面だったが、俺たちはとにかくパニクっていて、色々隠すことも忘れて、バタバタと着替えた。冒険者風の彼女が、さりげなく目を逸らしてくれたのはありがたかった。

 ちょうど上着を袖に滑らせたギリギリのタイミングで、銀髪の彼女と対照的な金髪の男の冒険者が、木々の合間を縫って現れた。金髪と言っても、レンクスのような鮮やかな色合いではなく、少し黒みがかった落ち着いた感じの色だ。横に目を向けると、「私」も間に合ったようだ。


「ありゃ? 一番乗りだと思ってたのに」


 若々しい男は、悔しそうに頭を掻いた。不思議なことに、やはりこの男からも気は感じられない。


「先客がいたのよ」 

「ふうん。こんなところまで進んで来るなんて、相当な実力者には違いないけど。見ない顔だな」


 男が品定めするように俺と「私」をじろじろと見回す。まあ俺たちは別に進んで来たわけではなく、降り立った先が偶々ここだったということのだけなんだけど。


「あんた、名は? 俺はランド。ランド・サンダイン。今売り出し中の若手冒険者だ。そこのシルとコンビを組んでる」

「シルヴィア・クラウディよ。シルって呼んで」


 彼女は自分の胸を差して、朗らかな笑顔を作った。二人とも、人当たりの良さそうな感じだ。


「俺はユウ。旅をしている」

「だと思ったよ。随分旅慣れしてる感じだ」


 ランドが頷く。いつの間にか俺にも旅人としての風格が身についてしまったのか、そんな風に見られることが多くなっていた。


「あなたは?」


 シルが、先ほどからだんまりを決め込んでいる「私」を促す。


「えーと。私は――」


「私」はどうにも困ったという顔で、こちらに助けを求める目を向けてきた。

 そうだった。「私」には名前がなかった。

 今までずっと二人でいたからね。名前なんて決めてなくても普通に通じたけど、これからはそういうわけにはいかないよな。俺と同じユウだと名乗るわけにもいかないし。

 念話で協力しようとしたところで、「私」は何か名案を思い付いたのか、途端ににこにこ顔になった。ぎゅっと俺に腕を絡めて、


「姉のユイです」


 堂々と名乗る。


 ……はい? 姉ちゃん?


 俺はぽかんとして、密着した「私」の横顔を何となしに見つめた。「私」は、話を合わせろとぐいぐい肘を押し付ける。

 こうなったら仕方ない。


「あ、ああ。そうなんだ。俺たち、姉弟なんだよ」

「へえ。姉弟で旅か。仲の良いことで」

「あー……お姉さんでした、か」


 何も目撃していないランドは平然としていたが、シルヴィアの目が、まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、さーっと引いていく。どん引きしている。

 うわあ。ほらやっぱり。姉ちゃんなんて言うから、すっごいあらぬ方向に勘違いされてるじゃないか!


『なあ。まずいよこれ』

『いいのよ。見られてしまったものは仕方ない。まだ相手が女の子でよかったと思おう』


 そこで開き直るか。


『というか、なんで姉ちゃんなの?』


 これまでも何かとしょっちゅう姉ちゃん面してくることはあったけど、生まれた順番で言ったら一応俺の方が先になるんじゃないのか。君は俺が子供のときに現れた人格なわけだし。


『ほら。そこは、ユウって可愛い弟みたいなものだし』


 愛おしそうに、肩に頬をすりすりされる。

 彼女は俺が小さいときからずっとこんな感じだ。いくつになっても愛されているというか。可愛がられているというか。


『ユイって名前は?』

『あなたの「一個上」だから』

『ああ。なるほど』


 あいうえお順でユウの一個上だからユイというわけだ。


『即興で考えた割にはしっくりくる名前でしょ?』

『そうだね』


 と、互いに見つめ合って念話を交わしていると。


「おい……仲が良いのは結構なことなんだけどさ」

「そろそろ二人だけの世界から帰ってきてくれないかしら?」


 あ。

 我に返ってみれば、二人はやや引き気味に苦笑いしていた。

 そうだった。いつも『心の世界』の中だと時の流れが遅いから、好きなだけ話し込んじゃうんだけど。ここだとまずい。


『これから気を付けないとな。えーと、ユイ』


 まだ呼び慣れない感じがするが、少しずつ使っていこう。なんかむず痒い感じがするけど。


『オーケー』


「私」改めユイは、絡めていた腕を緩めた。ただ、さりげなく袖を掴むのは止めなかった。


「ところで、こんな未開の森の奥深くまで、どんな用で来たんだ?」

「そうよ。冒険者でもないのに。まだ地図も出来上がっていないような場所よ。人里もないし」


 どうも二人の口ぶりだと、ここはそれなりの秘境らしい。まあ適当に迷っていたことにしておけば問題ないだろう。


「「それなんだけど」」


 偶然にも、ユイと声が被ってしまった。

 たまにあることだ。気を取り直して。


「「えーと」」


 俺とユイは、はっと顔を見合わせる。

 またか。稀にあるよね。互いに頷き合わせて、


「「実は」」

「「…………」」


 どうして一緒に喋るんだと、非難めいた視線をぶつけられる。たぶん俺の方も同じ目をしていた。

 よし。今度こそ。


「「それが」」

「「…………」」


 どうしよう。ハモる!


 そうだよ。よく考えてみたら、元は同じような人間が二人に分かれたわけだから、考えることとかタイミングとか、色々被っちゃうんじゃないのか?

 だったら、君の方にはちょっと黙っていてもらった方がいいのかも。


「「ちょっと君(あなた)は」」

「「……はあ?」」


 二人で同時に指を差し合った。鏡のように対照的な動きだった。

 たまらなかったのか、ランドが腹を抱えて大笑いし出した。


「あっはっは! なんだそれ! 寸劇でもやってるのか!」

「あなたたち、変よ!」


 シルも何かおかしいとは思っている様子だが、堪え切れずに笑い声を漏らしている。

 頬が熱い。物凄く恥ずかしくなってきたぞ。

 いけない。落ち着け。

 こほんと咳払いする。そのタイミングまで完璧に一緒だった。ランドは転げ回りそうになっていた。

 ああ、もう!


『『とりあえず』』

『………………』『…………どうぞ』

『とりあえず俺から説明するから、少し黙ってて!』

『う、うん。わかった!』


 頬を真っ赤にしてしおらしく黙り込んだユイを尻目に、俺は改めて咳払いして、事情の説明を始めた。

 気ままな旅をしていたが、道を見失ってしばらく当てもなく彷徨っていた。食べ物はそこらで採っていたから問題はなかったというようなことを、もっともらしい感じで言っておいた。人が素直なのか、二人はすんなりと信じてくれたようだった。


「ほほう。それでよく生き残って来られたなあ。この辺りには危険生物もたくさんいるのに」


 ランドはすっかり感心した様子だった。


「極限環境で姉弟二人きりねえ。寒い夜には二人肌を合わせて、禁断の……」

「禁断の何だって?」

「いいえ。何でもないわ」


 尋ねるランドに、シルは愛想笑いを浮かべて誤魔化した。とんでもない勘違いがすっかり板について、彼女はいけない妄想を膨らませてしまっているようだった。自業自得とは言え、頭が痛いよ。

 ユイの方も溜め息を吐いていた。俺たちは別にそういうのじゃないのにな。

 と、ランドが思い付いたように言った。


「そうだ。道に迷ってたということならさ。俺らと一緒に来るかい? キャンプ地まで送ってやるよ」

「賛成。旅は道連れって言うものね」


 願ってもない提案だった。世界のことを何も知らないうちは、事情をよく知る人間に案内してもらえるのは非常に助かる。


「ええ。じゃあお言葉に甘えて」

「よろしくお願いします」


 四人パーティーを組んだ俺たちは、鬱蒼と茂る森の中を、旅慣れた足取りで歩き始めた。

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