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フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 前編
19/279

13「星屑祭一日目 ユウ、ぶらぶらする」

 初日の朝から、町は冬の冷たい空気を忘れさせてしまいそうなほどの熱気と活気に包まれていた。祭に参加するのはこの町の住民だけではなく、首都ダンダーマなどから観光目的でやって来る人たちも多い。

 大通りには所狭しと屋台が立ち並んで、あちこちで客を寄せては取り合っている。大小、色共に様々な星飾りが至るところに散りばめられており、見る者を楽しませてくれる。

 特に町の名物、時計塔には豪華な装飾が施されていた。定時には、鐘の音と共に、祭りの日だけの特別なメロディーが流されるらしい。

 ちなみに魔闘技のタッグ戦は午後からだ。アリスとミリアは説明を受けるために、朝から既にコロシアムに向かっていた。

 私はというと、魔闘技が始まるまでは暇なので、ぶらぶらと歩きながら祭の雰囲気を楽しむことにしていた。

 面白いものはないかと辺りを見回しながら、ぶらぶらとあてもなく歩く。ただ見ているだけでも楽しいけど、いるだけで賑やかなアリスと、絶妙なタイミングで突突っ込みやらを入れる可愛い毒舌家のミリアがいないと、やっぱり少し寂しかった。見所を探しておいて、後で三人で回って楽しむことにしようと、そう思う。

 すれ違う人々を何となく観察していたが、観光客と思われる人を含めて、茶髪や赤髪の人がほとんどだった。時折金髪や銀髪、青髪の者も見かけることがあるが、数はさほど多くない。そう言えば、アリスもアーガスもカルラ先輩も、みんな赤髪か茶髪だ。どうやらこの国には、そういう髪色の人が多いらしい。

 私を除けば、黒髪の人間は誰一人としていなかった。それは珍しがられるわけだなと思った。


 人混みに揉まれながら歩くのがちょっと疲れてきたので、小さな通りの方へと入っていったときのことだった。

 あれ。子供が泣いてる。

 目の前で、幼い男の子が大声で泣いていた。

 母親や父親の姿はなく、周りの人も見て見ぬふりという感じだった。

 その子の泣き声を聞いていると、胸中が少しざわめいた。

 どうしてだろう。子供が泣いているところなんて何度も見たことがあるはずなのに。私は不思議といつもよりも気になってしまった。

 なんというか、世話を焼いてあげたくなるような、放っておけない気分になってきたのだ。

 私は男の子に近付くと、怖がらせないようにしゃがんで目線を合わせ、なるべく優しく声をかけた。


「どうしたの? ぼく」

「うえーん! ぼくの、ファルモがーー!」


 見上げると、ファルモ――まあ風船のようなものであるが――それが木の枝に軽く引っかかっていた。

 手を放しちゃったんだろう。それで泣いていたと。祭ではよくあることだけど、かわいそうだな。男の子の頭に手を乗せ、よしよしと撫でてやる。泣き声が少し落ち着いてきたところで、言った。


「お姉ちゃんが、取ってあげよっか」

「ぐす……ほんと……?」

「うん。ちょっと待っててね」


 立ち上がって、ファルモの方を見やる。下に付いた紐が風に吹かれて、ひらひらとなびいている。

 さて引き受けたはいいけど、どうしようか。木はそこそこ高いし、よじ登っていくのもだるいなあ。

 空を飛ぶのも、目立ってしまうからダメかな。

 だったら――そうだな。ファルモを魔法で降ろしてやれば良いか。強い魔法じゃ割れてしまうから――


 包め。そよ風。


《ファルリーフ》


 ささやかな風がファルモを傷付けないようにそっと包み、木の枝からそれを外してゆっくりと降ろしていった。

《ファルリーフ》は、魔力のコントロールが苦手だった私が、魔法の出力をギリギリまで弱くする訓練の過程で生まれた魔法だ。まあ生まれたとは言っても、発想はありふれたものなので、おそらくまずオリジナルではない。葉っぱしか巻き上げられないような風だからこの名前にしたわけだけど、案外こんな魔法でも役に立つことがあったみたいだ。


「はい」


 地面まで降りて来たファルモを手渡すと、男の子は目を輝かせて、凄く嬉しそうに感謝してくれた。


「わあ、すごい! 魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして。次は、手を離さないように気を付けるんだよー」

「うん! ばいばい!」


 男の子は大事そうにファルモをぎゅっと持つと、すぐに走っていった。でも、ちょっと走ってはこちらを振り返り、何度も繰り返し手を振ってくる。

 私は、何だか微笑ましい気持ちになってそのやり取りに付き合った。

 やがて、男の子は本当に行ってしまった。

 ああ。かわいかったなあ。いいなあ、子供って。


 ふと、幸せな家庭の情景が心の中に浮かんだ。

 子供がいて、夫がいて。二人が楽しそうに遊んでいる。

 子供は小さいときの「俺」にそっくりだ。夫の方は、亡くなった父さんに似ている。

 そして私は、そんな二人の様子を温かい目で見つめる奥さん、で?

 って、私は何を考えてるんだ!?

 慌てて脳内の妄想を掻き消した。

 はあ……はあ……

 なんで、こんなこと考えちゃったんだろう。まるで、女の幸せを求めてるみたいじゃないか。母さんじゃないんだから。

 最近の私、なんかおかしいよ。気付かないうちに、少しずつ女に染められていってるような気がする。

 いや、そうじゃない。むしろこの姿でいるときは、まるで最初から女の子だったみたいな気がしていて。染められているというよりも、女としての生活を通して、少しずつ「本来の女としての私」――仮に女として生を受け、そのまま自然に成長していったならばそうなるはずの姿――に近づいていっている。そんな気がするのだ。

 単に姿に合わせて性自認が変わっているだけだと思っていたけど、どうも違うみたいだ。まるで男としての自分の他に、もう一人の自分――女の自分――が本当にいて、この姿でいるときは身も心も彼女を演じている。彼女になり切ろうとしている。そんな風にさえ感じてしまうことがある。

 ふう、と溜め息を吐いた。

 もう行こうか。ずっとこんなところで考えていても仕方がないし。


 またしばらく歩いていると、魔法書のバザーをやっているのを見かけた。興味が湧いたので、見てみることにした。

 けれども売っていた本の多くは、学校の魔法図書館に置いてあると記憶していた本が多かった。あそこの蔵書量は凄いんだなと関心したが、残念ながら、目新しかったり興味が引かれるものは中々見つからない。

 それでも何か一つくらいはあるだろうとうろうろしていると、古書コーナーを見つけたのでそちらの方に向かった。すると、さすがに知らない本がごろごろと出てきて、少し心が躍った。

 ん。『天体魔法の伝説』か。

 古くてぼろぼろになった、そんなタイトルの本を見つけた。

 何となく内容が気になったので、手にとってパラパラとめくってみた。途中、気になる一節があった。


【この世に、神の化身が現れた。かの者は、天より小さき星を落とし、魔に栄えた王国をたちどころに無へと帰したのである。それは、魔に頼り、傲慢に過ぎた人間たちへの、神からの罰であり、また救済であった。我らは、かの者の奇跡の御技をメギルと呼んだ】


 これってまさか……あいつのことじゃ……

 思い出すと気分が悪くなったので、そっと本を元の場所へと戻すことにした。

 気分を変えようと別の本を探そうとしたとき、奥の方に見慣れた人物がいることに気がついた。

 魔法史のトール・ギエフ先生だった。


「ギエフ先生。おはようございます」

「おお。ユウ君か。こんなところで会うとはね」


 妙齢のこの先生は、相変わらずの人当たりが良さそうな、穏やかな雰囲気を身に纏っている。


「体調が悪かったあのときは、ありがとうございました。助かりました」


 女の子の日で具合が悪くて途中退席した際、講義ノートをくれた件について、改めてお礼を言った。


「礼はいいよ。講師として当然の務めだからね」


 彼はそんなことなど頗る当然であるといった調子で、嫌みもまったくなかった。こういうところが紳士だと言われ、人気講師としての人望を欲しいままにする由縁なのだろうと思った。


「それより、君の学園に入ってからの成長は、目覚ましいものがあるね。私の魔法史でも、君のレポートは素晴らしいよ。最初の試験が白紙だった子とはとても思えないね」


 ふっと、からかうように笑うギエフ先生。

 あはは……あれは、仕方がなかったからね。知るわけなかったし。

 あ、そうだ。魔闘技に出ることを話してなかったし、言っておこうかな。


「あの。私、魔闘技の個人戦に出ることにしたんですよ」

「ほう。それはそれは。一年生では珍しいね。感心なことだ」

「それで、先生は観戦されるご予定はあったりしますか?」


 ギエフ先生は、やや困ったような笑顔で首を横へ振った。


「魔闘技は私も好きなのだが……残念ながら、研究が忙しくてね。二日目からは、部屋に籠らないといけないのだよ。そういうわけで観には行けないけど、応援しているよ」

「そうですか。わかりました。精一杯頑張ります」

「うむ。期待しているよ」


 そこで彼は、私の全身を舐めるように見回してから、一つ深く頷いて言った。


「ふむ。ところでどうかね。カルラ君が既にしつこいようだけど、私からも誘おう。君もいずれ我が研究室に入ってみる気はないかね。君の才能が間違いなく生かせるはずだよ」


 まさか、ギエフ先生本人から誘われるとは思わなかった。それだけ私を高く買ってくれているということだろうか。

 一流の研究者である彼から直々に誘いを受けたことは、確かに誉れだろう。でも、私の答えはもう決まっていた。カルラ先輩からも色々と話を聞いた上での結論だ。

 私はイネア先生のところで修行を続ける。イネア先生と一緒にやっていく。


「すみません。申し出はありがたいんですけど、私は十分に間に合ってますので」

「十分、とは」


 彼にしてみれば当然の疑問だった。私ははっきりと答える。


「既に教えを受けている先生がいるんです」

「それは、誰かね?」

「気剣術科のイネア先生という方です。専門は気剣術ですが、魔法の方も得意らしくて、そこで学ばさせてもらってます」


 これは半分嘘だ。本当は男の姿で気剣術を学んでいるんだけど、そんなことまでは言わなくてもいいだろう。

 それを聞いた彼は、どういうわけか、一瞬だけ表情を強張らせた。一体どうしたのだろう。不思議に思ったけど、彼はすぐに元の穏やかな表情に戻った。


「そうか。そういうことなら、仕方がないね。私は待っているから、気が変わったらいつでも来なさい」

「はい。せっかく誘って下さったのに、すみません」

「いいさ。では、失礼するよ」 


 そう言うと、彼は立ち読みしていた本を棚に戻し、足早に去って行った。

 

 しばらくバザーで品物を見た後、近くにあった屋台で昼食を買って食べた。食べ終わった頃にはぼちぼち良い時間になっていたので、コロシアムへ向かうことにした。いよいよアリスとミリアの晴れ舞台が見られる。私は期待に胸を膨らませていた。

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