表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
189/279

71「ただ心の通じ合うままに」

 どくんと。胸が高鳴った。


 リルナ。君は――


「告白というのは、恥ずかしいものだな」


 やや恥ずかしそうに、けれど彼女は決して顔を反らすことなく、真剣な瞳で俺の顔を見つめている。


「お前はわたしのことを、どう思っている」


 凛として、こちらの返事を待っている。

 けれども双眸は、純真な乙女のように、期待と不安の入り混じった感情で揺らめいていた。

 逃げてはいけないと思った。中途半端な気持ちで答えてもいけないと思った。

 俺は自分の気持ちを誤魔化さずに、彼女の目をしっかり見て言った。


「正直……あまり、考えたこともなかったよ。いや、考えないようにしていた」


 俺には、誰かを好きになる資格なんてないんじゃないかと思っていた。

 人を愛する資格なんてないんじゃないかと思っていた。

 男であり、同時に女でもあるこの身の上で、誰を愛せばいいのだろう。

 男と女、どちらを愛するべきなのだろう。

 それはまあ、あまり大した問題ではないかもしれない。けれど、それを抜きにしたところで。

 フェバルである以上は。

 異世界の渡り人である以上は、一つ同じ所に留まることは出来ない。

 いずれ必ず別れる運命が決まっているのなら。離れてしまえば、もう二度と会うことが出来ないのなら。

 愛する誰かに、最後まで責任が持てないのなら。いつまでも辛い思いをさせてしまうのなら。

 いっそのこと、誰も好きにならなければいいと。そう思っていた。

 ずっと、逃げてきた。心のどこかで割り切っていた。諦めていた。

 友情だけに留めるなら、誰も傷付くことはないと。

 それ以上に踏み込んでしまうことを。踏み込まれてしまうことを。どこかで恐れていた。

 だから、あえて意識しないように遠ざけてきた。避け続けてきた。


 でも、君は――

 そんな俺に、とうとう真正面からぶつかってきた。俺を好きだと言ってくれた。

 心から嬉しいと思う。本当に素敵なことだと思う。

 だけど、俺に。こんな俺に。

 君の想いに応える資格は、あるのだろうか。

 その迷いが、次の言葉を詰まらせる。


「俺は……」


 リルナは、そんな情けない俺を見つめて――


「好きだからでは、いけないのか?」


 はっと、させられるようだった。

 彼女の青く透き通った瞳が、迷いなくこちらの瞳を覗き込んでくる。

 もう一度。確かめるように、彼女は言った。


「わたしは、ユウが好きだ。愛している」


 心臓が、早鐘のように波打つ。

 そっと、愛おしむように頬を撫でられた。


「お前が何者であろうと。これからどこへ行こうとも。関係ない。愛している」


 そして、寂しい心の奥を見透かすような、切なげな瞳で問いかけてくる。


「それでは、いけないのか?」


 ――それは、何よりも簡単な答えで。

 きっと俺が、何よりも求めていた「許し」だった。


「……そうだね。きっと、それでいいんだ」


 一粒だけ。温かい涙が頬を伝って、ほろりと零れ落ちた。


 ああ。そうか――


 俺は、誰かを好きになって良かったんだ。

 君を好きになって、良かったんだ。


「リルナ」

「ああ」

「先にそこまで言わせてしまって、本当にかっこ悪いけどさ」


 彼女は、黙ってうんと頷いてくれる。


「俺からも、ちゃんと言わせて欲しいんだ」


 返事を待つ彼女に、俺は精一杯の気持ちを告げた。

 心からの感謝と、親愛を込めて。 


「俺も君が好きだよ。愛している。初めて出会ったときから。ずっと、心に君がいた」


 男として、敵としての君と向かい合ったとき。最初はただ怖いと思った。

 でも女として、初めて素の君の笑顔を見たとき。素敵だと思った。

 それから君は、本当に色んな顔を見せてくれた。

 いつだって、誰よりも俺と、私と真剣に向き合って。想いをぶつけ合ってきた。

 そして、君の悩みを知り、苦しみを知って。

 同じだと思った。何も変わらないんだって。

 それからは、君との距離がもっと近くなったような気がした。

 お互いに支え合って、ここまで戦い抜いた。

 辛いことも楽しいことも分かち合って。

 決して長い時間ではなかったけれど。誰よりも深い絆で結ばれるようになっていた。

 いつの間にか、心から君に惹かれていたんだ。


 今なら、どうして君とだけ深く感情が通じ合ったのか。

 なぜ君の力が負担もなく使えるようになったのか。

 よくわかる気がする。

 心の力は。繋がりが強いほど、想いが強いほど、その輝きを増すのだから。

 

 もう言葉は必要なかった。


 どちらからともなく。そっと、唇を重ね合わせる。

 触れ合い、感触を確かめるようなキスから、深く入り込む。

 抱き締めるための腕は、もうないけれど。

 動かない左腕を、彼女の右手が愛おしむように撫でる。

 そのまま壊れかけの左手にまで降りてきて、指同士が交わり合う。

 きつく身体を絡め合って。それと同じくらい、ねっとりと舌を絡め合って。

 一つに重なり合った。

 

 敵対していた心が、いつしか信頼に変わり、愛が生まれる。

 それは、とても素敵なことで。とても幸せなことで。


 心が温かいもので満たされていく。今まで感じたことのない愛情に満たされていく。

 この時間が永遠に続けばいいと。そう願った。


 崩れ落ちる要塞の中で。

 俺とリルナは、いつまでもいつまでも。愛を確かめ続けた。




 やがて、エストケージの崩壊が終わって。俺とリルナは、宇宙空間に放り出されていた。

 眼下には、母なる星エルンティアの雄大なる姿がまざまざと映っている。


『宇宙船も、すっかり吹き飛んでしまったね。どうやって帰ろうか』


 リルナは、ふっと微笑んだ。


『このまま抱き合っていればいい。星の重力が、わたしたちを導いてくれる』


 俺も微笑み返した。


『そうだな――帰ろう。エルンティアへ。みんなの待つ場所へ』


 初めて目にしたときには、わからなかったけれど。

 空を覆う濁った雲に、切れ目が出来ている。その下からは、わずかに青い海が覗いていた。

 二千年以上に渡る長き冬の時代を越えて。

 ヒュミテとナトゥラ。彼らの生きる星は、ようやく少しずつ、回復の兆しを見せようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ