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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
188/279

70「新しい時代の夜明けに」

 システムにとっての最終防衛ラインであるメイン区画に入ると、それまでの静けさが嘘のように、大量の機械兵士が立ちはだかっていた。女性型のプレリオンの他に、彼女が初めて見るような男性タイプの者も混じっている。

 リルナは、彼女らの攻撃を掻い潜りつつ、時には斬り捨てて、可能な限り無駄な戦闘は避けて先を急いだ。

 時折、ユウの身を案じながら。


「ユウの生命反応が、弱っている……。戦っているんだな」


 そしてリルナは、とうとうシステムの中枢、メインコンピュータ室にまで足を踏み入れたのだった。


「ついに辿り着いた」


 ほとんど何もない殺風景な円形の部屋の中央にただ一つだけあるのは、もはや唯一残存するむき出しになったシステムの本体のみ。

 心無い巨大な金属の箱。これさえ止めれば、全ての戦いが終わる。


 リルナの心中を、様々なものが去来していった。


 自らの手で殺してしまったヒュミテたち。守れなかったナトゥラたち。

 失ってしまったかけがえのない仲間。ザックレイ。トラニティ。

 そして今を生きる全ての者たちの未来が、この一身にかかっている。


「これでやっと……終わらせることが出来る」


 リルナは、メインコンピュータへの接続装置に目を付けた。全身をはめ込んで、身体を直接繋ぐタイプのものだ。

 本来はプレリオンなどが接続することで、システム本体に直接情報を送るためのものであった。

 これを逆に利用して、リルナはシステムを止めるプログラムを送り込むつもりだった。

 それで全てが終わるはずだと信じて。


 手足と頭部を、中空の機械にすっぽり収めて接続する。

 リルナは静かに目を瞑った。

 彼女に仕込まれたプログラムが、システムの停止命令及び破壊命令を実行する。

 最初のうちは、滞りなくプログラムが実行されていった。

 まずナトゥラの停止命令解除が実行され、続いてシステムを守るエストケージの停止命令に移る。


 だが、そのまま何事も問題なく進むかと思われた、そのとき。


 周囲からうねうねといくつもの金属の蔦が伸びて、彼女の全身をきつく絡め取った。

 突然の異変に、激しく動揺するリルナ。


 システムによる最後の悪あがき。最終防衛プログラムだった。

 己に侵入した異物を拘束し、内部から徹底的に破壊する。

 全身が接続されたままの無防備なリルナには、抗う術などなかった。


『滅セヨ……我ニ逆ラウ者ハ、滅セヨ……』


 リルナの頭の中を、冷たい機械音声が呪いのように繰り返しけたたましくこだまする。

 同時に、リルナに対して破滅の高圧電流が襲いかかった。

 彼女は想像を絶する苦痛に苛まれ、喘ぎ叫ぶ。


「うあ゛あああああああーーーーーっ!」




 リルナ。

 リルナが、苦しんでいる。

 離れていても、痛いほど伝わってきた。

 彼女の苦しみが。彼女の助けを求める声が。


 周りは、プレリオンを始めとした機械兵士たちにほとんど隙間もなく囲まれていた。

 オルテッドにやられた大怪我で、身体が思うように動かない。

 それでも。今ここで、足を止めるわけにはいかない!

 

「邪魔だ。どけよ……リルナが、助けを求めているんだ……」


『きゃあああああ゛あーーーーっ!』


 リルナ!


「どけ!」


 決死の想いで気剣を振り払い、ふらつく身体を構わず押して、俺は駆ける。


 待ってろ。今、必ず助けに行くから!


 次々と襲い掛かる敵たちを、死ぬもの狂いで跳ね除けて。

 俺はただひたすら、彼女の声がする方へ無我夢中で走った。

 どんなに足がもたついても。どんなに血が零れても。


 プラトーと約束したから。必ず連れて帰ると。


 いや――それだけじゃない。


 何より、俺が助けたいんだ。


 何度も刃を交えてきた戦友である君を。かつての記憶を共有する仲間である君を。


 俺と同じように、悩む姿を見てきた。

 俺と同じように、苦しむ姿を見てきた。

 同じように、痛みを分かち合った。分かち合ってくれた。

 そんな君を。

 やっと、かけがえのない絆を結べた君を。大切な君を。


 こんな運命から、救い出してやる。決して死なせはしない!


 丸い空間の部屋へ飛び込むと、身体を金属に絡め取られて、叫び苦しむリルナがいた。

 俺は、精一杯の思いで彼女の名を呼ぶ。


「リルナ!」

「ユ、ウ……!」

「待ってろ! 今、そこから出してやるからな!」

「ダメ、だ! 来る、な……!」


 構わず、彼女へ右手を伸ばした瞬間。五本の指から先が、跡形もなく千切れ飛んだ。

 

「うああ、あ……っ!」


 く、そ! 物質、消滅……! こんなところにまで!


「わたしは……ああ゛っ……もう、ダメだ……お前、だけでも……い、きろ……!」

「俺は! 君を、助ける! 絶対だ! 諦めるもんか!」


 もう一度。手を伸ばす。

 身を削り取る激痛にも構わず、手をさらに突っ込んだ。

 たとえ、この手が失われようとも。この腕が失われようとも。

 絶対に、諦めてたまるか! 君を、死なせるものか!


「リルナ! リルナっ! くそっ!」

「たの゛む……もう、や゛めろっ! やめてく゛れっ……!」


 苦しむリルナが、泣きそうな顔で弱々しく左手を仰ぐ。

 その手が、消滅の波動に呑み込まれて。徐々に削り取られていく。


 そのとき、気付いた。


 そうか――この、機械の左手なら。

 頼む。ほんの数秒だけでいい。もってくれ!


 気力強化!


 もう一度。今度は、左手を差し伸ばす。


 届けえええええええ!


「リルナーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 差し伸ばした左手は、ついにリルナの左手を掴み取った。

 もう離すものか! この手は、死んでも離さない!

 精一杯の力を込めて、彼女をやっとの思いで引きずり出すことが出来た。


「リルナ! よかった……本当によかったっ!」

「……ユウ……お前は……お前という奴は……! 本当に……っ……!」


 リルナは胸が一杯で、とても言葉が出て来ないようだった。


 ほっと一息を吐く暇もなかった。遠くから、爆発音が聞こえ始めたのだ。

 これまで抵抗を続けてきたシステムが、ついに限界を迎えたのだ。

 最後の抵抗とばかりに、エストケージの自爆プログラムでも作動させたのだろうか。


 そこはすぐに気持ちを切り替えたのか、やや落ち着き払った調子でリルナが俺に声をかけてくる。


「よし。とっとと逃げるぞ。一緒に帰ろう」

「ああ」


 と、あれ……

 一歩を踏み出そうとしたとき、地面を踏みつける足の感触がなくなった。

 ぐらりと、俺の身体が後ろに沈んでいく。

 仰向けに倒れたところで、もう立ち上がることが出来なかった。

 身体にぴくりとも力が入らない。


 ああ――そうか。

 さっきので、体力を使い果たしてしまったのか。


 先へ行こうとしていたリルナが、気付いて振り返る。

 彼女は、どこかわざとらしく溜め息を吐いた。


「まったく。なんだその様は。さっさと立て。行くぞ」

「悪い。ちょっとさ、先に行っててくれないか」

「……何を、ここまで来て情けないことを言っている。ほら。一緒に帰るぞ」


 リルナが、心配な顔で近づいてくる。

 だが、ここからエストケージの出口までは、かなり遠い。

 彼女一人ならまだしも、動けなくなった足手まといの俺を連れて行くのには、無理がある。

 俺は、ボロボロに削れてしまった左手で彼女を制した。


「……いいんだ。もう、いいんだよ。俺は……知ってるだろ?」


 この世界で、君だけは俺の心を深く覗いたから。

 おそらくもう知っているだろう。

 俺がフェバルであることを。本来この世界にいるべき者ではないことを。

 死んだって死なないことくらい。命が安いことくらい。

 だから、もういいんだ。十分満足だ。

 この世界でやるべきことは、もう全部済ませることが出来た。

 あとは君が、無事に生きて帰ってくれれば。それで――


 けれど、リルナは。

 泣きそうな顔で、いやいやと首を横に振った。


「……ばか。本当に、底なしのばかだ。お前は……」


『わたしを助けて、自分が動けなくなってどうする』


 リルナの、そんな心の声が聞こえたと思ったときには――


「え……」


 固い鎧を脱ぎ捨てて。

 仰向けの俺に柔らかく覆いかぶさるように、リルナが抱き付いてきた。


「リル、ナ……?」

「そのまま、じっとしていろ」


 青色透明のバリアが、温かく俺とリルナを包み込む。


《ディートレス》


 そうか――これがあったか。


 近くで、一際大きな爆発音がして。

 天井が崩れた。瓦礫が次々と落ちてくる。

 俺たちに害を加えるはずの何もかもを、だが二人を優しく包み込んだ光が、届く前に弾いてくれた。

 リルナはどこか悟ったように、ふっと微笑んだ。


「これは――大切な人を守るためのものだったのかもしれないな」


 そして彼女は、ぐったりと俺に身を預けた。

 乱れた水色の髪が、わずかに鼻孔をくすぐる。

 密着した肢体。機械らしからぬ柔らかな肌の質感も、胸の感触も、人のような温かさも。

 互いに息を感じるほど近く。裸の心が触れ合うほどに近い。

 生じてしまった胸の高鳴りも、全て彼女に伝わってしまっているだろう。

 彼女はそれが愛おしいかのように、さらにぎゅっと身体を寄せてくる。

 この世界に二人だけが切り取られて、そのまま一つになってしまったような錯覚を覚えた。  


「ユウ」


 わずかに顔を上げたリルナは、熱を孕んだ瞳でこちらを真っ直ぐ見つめて――


 







「わたしは――お前が好きだ」

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