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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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67「そして想いは託された」

 母さんが、いなくなって。だが、まだ当時の記憶は終わりではなかった。

 一人残されたルイスは、母さんの銃を入れた黒い小箱をしばらく見つめて。決然とした瞳で呟いた。

 

『……ユナは、ああ言っていたけれど。あれはいずれ、またあいつが来たときに返してやろう。あんなものが使われることのない世の中を目指すのが、僕らこの世界に暮らす者たちの課題なんだ』


 そして、側に控える“リルナ”に穏やかに声をかける。


『おいで。リルナ。ナトゥラの研究を続けよう』


 そこで、再び場面が飛んだらしい。


 ルイスは、相変わらず研究室に篭っているようだ。ひどい猫背で、机に向かって組み付くように取り組んでいた。

 近寄ってみると。顔には、よほど苦労を重ねてきたのだろうか。額にいくつか消えないしわが刻まれていた。所々混じった白髪が、かなりの年月の経過を感じさせる。

 そのうち彼は、ふーっと一息を吐いて、独りごちた。その顔はどこか満足そうだった。


『あれから、もう二十年になるのか。ようやくナトゥラが、一般の家庭にも出回り始めたよ。類似品でホムンクルスを造ろうって、そんな神をも恐れぬ企画も上がっているな』


 彼は、ふと右の方へ視線を向ける。彼の視線を追うと――

 奥には、“リルナ”がいた。

 “彼女”は、部屋の端の方にある透明なケースの中に、厳重に保管されていた。

 もうほとんど現在の姿になっている。ただ少し違うのは、鎧のような兵装には身を包んでいないこと。そして手足の先も、戦闘用の白銀素材ではなく、全く人の見た目と同じ半生体素材であることだった。

 ルイスは、そんな“彼女”に親のような温かい眼差しを向けていた。


『リルナ。もう一度君を動かすのは、ユナとユウにお披露目するときだな』


「もうわたしは、完成していたのか……」


 リルナが、かつての自分を複雑な表情で見つめている。

 ルイスは、やれやれと肩を竦めた。


『まったく。あれから、ちっとも会いに来ないんだからな。元気でやってると、いいんだけど……』


 ルイスには事情を知る由もないのだ。おそらく母さんが、もうこの世にはいないことを。

 何も知らない彼が、それでも再会の希望をもって母さんの身を案じているのだと思うと、いたたまれない気持ちになる。


『まあいいさ。僕は僕に出来ることをして、いつでも待っているよ。さあ、研究を続けよう。エネルギー問題の方は、まだまだ課題が山積みだ』


 また、時間が飛んだ。


 今度のルイスは、酷くやつれていた。研究机は、物を置く場所もないほどひどく散乱していて。床も散らかり放題になっている。彼の右手には、酒びんがあった。


『……結局、止められなかった。また戦争が始まってしまったよ』


 顔を赤らめた彼は、くそ、と力任せに机を叩きつける。希望に燃えていたのが嘘のように、すっかり虚ろになってしまった瞳は、どうしようもなく悲しみに暮れていた。


『僕は、本当に無力だな。結局、なんにも出来やしない……! せっかく作り上げたナトゥラも、戦争の道具として利用されてしまった……」


 物言わぬ“リルナ”の方を見つめて。彼は、いやいやと首を横に振った。


『たった一機で、何になると言うんだ……』


 見ているのが怖いほどの勢いで、ひたすらやけ酒を煽っていく。そのうち、彼は力なく机に突っ伏して。消え入るような声で、弱音を漏らした。


『なあ。お前たちなら、どうしたんだろうな……』


 母さんの銃が入った黒い箱を、茫然と見つめる。その目からは、涙が流れ落ちていた。


『ユナ……レンクス……。もう一度。お前たちに、会いたいよ……』


「「ルイス……」」


 彼を案ずる声が、重なった。

 もうこれは起きてしまったことだとわかっていても。助けようもないことがわかっていても。あまりに痛々しくて、とても見ていられなかった。


 それから、さらに月日が流れた。


 すっかり白髪になってしまった老人のルイスが、そこにいた。並々ならぬ苦労をしてきたに違いない。長い年月を重ねた深いしわが、ありありと顔中の至る所に刻み込まれていた。

 無情な月日の経過を目の前に突きつけられて。ますます心苦しい思いが込み上げてくる。

 ルイスは。彼は、こんなになるまで。待ち続けたのか……


 彼は、むしろ悟ったように穏やかな表情をしていた。人生に疲れてしまったのかもしれない。かつての生気は、どこかのんびりとした面影は、もうどこにもなかった。


『人の時代は終わった。これからはきっと、ナトゥラたちの時代がやって来る』


 彼は、哀しい確信を持った目で、そう言い切った。


『あんな下らない計画とやらで。もうこれ以上ナトゥラを、ヒュミテを、苦しめることはないだろう』


 彼は、よろよろとしたおぼつかない足取りで、壁際に歩いていく。

 そこには、以前と変わらぬ若々しい姿のままの“リルナ”が、あのときと同じケースの中で、そのまま大切に保管されていた。

 ルイスは、“彼女”に呼びかける。


『リート・ルエンソ・ナトゥラ。リルナ。君の名に、意味を与えよう。君が、ナトゥラを正しく導いてやってくれ』


 突然、ごほっ、ごほっ、と、ルイスが激しく咳き込んだ。


 はっと、目を見張る。


 咳と一緒に、黒々とした血が、床へと大量にまき散らされていた。

 俺もリルナも、あまりのショックに言葉を失ってしまった。


 ルイスは、苦しみに喘ぎながら、儚い笑みを浮かべた。


『悪いね。ユナ。君に贈るって約束は……守れそうもない』


 ふらつく身体を、引きずるようにして。彼は、何かに憑りつかれたように研究机へと向かっていった。


『もうあまり、長くはない……リルナを、カスタムしなくては……システムを止めるプログラムの、完成を、急がなくては……』


 そしてついに。そのときは、やってきてしまった。


 研究室のドアから入ってきたルイスは、全身血まみれだった。

 腹部の負傷が、目を覆いたくなるほどにひどい。

 何者かに、撃たれていたのだ。

 彼は、もう立つことすらままならないようだった。

 息も絶え絶えになって。這いつくばるようにして、決死の形相で研究机へと迫っていく。


『とうとう……ここを、嗅ぎ付けられたか……』


 壁際の方へ、彼は切なげな目を向ける。


 ――そこには、紛れもない今のリルナがいた。


 手足の先を、武装用の白銀色の金属で固め。鎧のようなコスチュームを身に纏った、戦闘形態。

 彼は土壇場になって。ついに完成させていたのだ。


『リルナ。せめて、君だけは……』


 最期の力を、振り絞って。彼は研究机へと辿り着き、何かのボタンを押した。

 すると、床に穴が開いた。リルナの入った透明なケースは、穴を通じて、下の方へと沈んでいく。

 それを見届けて。ルイスは、力なく笑った。


『どうか……未来を、頼んだよ……そして……幸せに、な……』


 ゆっくりと、その場に崩れ落ちるように。ルイスは倒れてゆく。


 そこで、記憶の再生は終わった。




 何も言えなかった。

 あまりに悲惨で。あまりに壮絶で。

 リルナに目を向けると。彼女は、祈るように目を瞑っていた。


「リルナ……」


 彼女は、ゆっくりと目を開く。


「……大丈夫だ。わたしも、大切な想いを託されていたんだな……」


 こちらを見つめる青い瞳には、固い決意が込められているようだった。

 そうだね。君は、そういう人だから。


「ユウ。あそこに、母親の形見があるのだろう」

「ああ……」

「お前が使ってやれ。あんなところに寂しく置いておくよりは、ずっといいだろう」

「そうだね」


 促されて。

 まだ気分は晴れないけれど、棚に残されている黒い箱のところへ向かう。

 手に取って、蓋を外そうとしてみると、急に蓋がうっすらと白く光って。

 まるで自分から開くように、ごくあっさりと開いた。


 中には、記憶で見たそのままの綺麗な状態で、無骨な造りの銃が布の上に安置されていた。

 手に取ろうとしたとき。


 不意に、意識が投げ出されて――




 どこまでも真っ白な空間に、俺はいた。

 普段は果てしなく真っ暗な心の世界とは、対照的な場所だった。


 そして目の前には、母さんが立っていた。あの銃を右手に持った姿で。


「母さん……」


 けれど母さんは、俺の姿を見ても、この呼びかけにも、何ら特別な反応を示すことはなかった。

 母さんは、誰でもない相手に語り聞かせるように、言葉を紡いでいく。まるで予め決まっていることを、そのまま言うように。

 実際そうなのだろう。これは、メッセージのように思えた。


「この世は理不尽よね。どうしようもない困難がある。どう逆立ちしたって通用しない相手がいる」


 それは、化け物揃いの異世界で、ずっと生身のままで戦ってきた母さんによる、心からの実感が伴った言葉だった。

 それでも、と母さんは続ける。


「それでも、そんな困難や相手と向き合わなくちゃならないとき。どうしても負けられないとき。本当に負けないためには、まず何が必要だと思う?」


 それは――

 母さんは、自分の胸の中心に手を当てて、にこっと笑った。

 小さいとき。何か辛いことがあったときに、励ましてくれたあの笑顔で。


「決して負けない心を持つことだ。それさえ持てるなら、あとはたった一つだけ。手段があればいい」


 母さんは、俺の右手を持ち上げて。手にしていた銃を、優しく俺の掌に乗せた。


「魔力銃ハートレイル。こいつは、一つの手段だ」


 母さんが、静かに手を離す。

 ずっしりとした銃身の重みが、直接掌にかかってくる。


 重い。


 託された想いの重さが、そのまま伝わってくるようだった。


「あんたに預ける。しっかりやるんだよ」


 母さんの姿が、遠ざかっていく。今度こそ、もう二度と会えないのだろう。

 俺は、届かないのだと知っていても。叫んでいた。


「母さん……母さん!」


 ――ユウ。


 気のせいかもしれない。最後に一度だけ、名前を呼んでくれたような気がして――




 気が付くと。もう元の場所に戻っていた。

 右手には、母さんの銃がしっかりと握られている。

 まるで、一緒に戦ってくれるみたいで。それだけで、心から力が湧いてくるようだった。


「――ありがとう。母さん」


「私」も、同じ言葉を口にする。心は一緒だった。


 決意を新たにして。俺は、しっかりとリルナに向き直った。

 

「必要なものは揃った。行こう。最後の戦いに」

「ああ。行こう」


 二千年前より続いてきた、悲劇の連鎖を終わらせるために。

 決戦の地。エストケージへ。

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