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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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64「その記憶は時を超えて」

 母さんは呼びかけにも反応せず、すたすたと通路の奥へ進んでいってしまう。


「待って! 母さん!」


 一向に振り返ってくれない母さんを、必死の思いで追いかける。


「母さん! 俺だよ……ユウだよ!」


 だが後ろから肩を掴もうとしたとき、手がすり抜けてしまった。


 幻……!?


 ふと、我に返った瞬間だった。

 そう言えば。母さんから気が一切感じられない。

 じゃあ、これは……!?


 戸惑うまま、目に浮かんだ涙を拭って母さんの横に回り込む。こんなに近くに来ても、母さんは相変わらず俺に気付いた様子はない。

 顔を覗き込むと、もう間違いなかった。

 力強くて優しい目は、真っ直ぐに前を見据えている。

 

 母さんだ。やっぱり母さんだ……!


 胸が締め付けられそうになる。また涙が滲んできて、顔がよく見えない。


「ねえ、母さん……」


 前に回り込んで、祈るように左手を伸ばす。その場に押し留めようとしても、母さんは俺の身体をすり抜けてしまった。

 ああ。やっぱりこれは幻なんだ……

 母さんは、やはりもういない。厳然たる事実を、再度突きつけられたようだった。

 それでも――何の奇跡だろう。

 またこうして姿を見られたことが、本当に嬉しくて。心を温かいものが満たしていく。

 A.OZなる人物の仕業だろうか。他に思い当たる節はない。

 見ず知らずの人物に、そうでなくても、これを起こした奇跡に、俺は心から感謝したい思いだった。


『母さんだね』

『うん……』


「私」も胸が一杯で、あまり言葉が出て来ない様子だ。

 声をかけても反応がないことはよくわかったので、せめてもと横並びで歩く。 

 よく見ると、俺の知っている母さんよりも少し若いように思えた。もう大人には違いないだろうけど、ちょうど今の俺と似たような歳の感じがする。

 母さんの幻は、通路の途中にある部屋のドアをすり抜けていった。ドアに付いたプレートには、第一研究室と書かれている。

 もちろんすぐに追いかけて、俺も部屋の中へ入った。


『よ。久しぶり』


 母さんの幻が、そこで初めて声を発した。

 懐かしい声。温かくて透き通るような声だ。

 呼びかけられて振り返ったのは、白衣を着た黒髪の若い男だった。彼は資料が並んだ研究デスクに座っていた。

 若干面長の顔つきは穏やかで、優男のような印象を受ける。ぼさぼさの髪には寝癖が付いたままで、薄く無精ひげが生えていた。母さんから聞いていただらしない特徴から、きっとルイス・バジェットなる人物だろうと判断する。

 ならこれは、過去の光景が現れているのか……?

 男は、ぱっと顔を明るくして立ち上がった。


『やあ! 久しぶりだな! ユナ!』


 男は母さんに歩み寄って来る。母さんは辺りの物が散らかった様子を見回して、小さく嘆息した。


『あんたも相変わらずねえ。ちゃんと物食ってる?』

『三食とも冷食完備だ。問題ない』

『だろうと思った。どれ。今日くらい私が少し腕を振るってやろうか?』

『いや。遠慮しときます』


 即答だった。

 はは。母さんの料理は恐ろしくまずいことで有名だからな。

 なんだか、全てが懐かしく思えてくる。


『ルイス。人の親切は素直に受け取っとくもんだぞ』

『いやあ、実はついさっき食べたばかりでさ! すまないね!』

『そうか? ならいいんだけど』

『それで。今日はどんな用件でこんなところまで?』


 母さんの目つきが、すっと真剣なものに変わった。


『今日来たのは、あれからちょっと様子が気になってるついでだ。あの内乱以来、どうもきな臭い空気が漂ってるみたいね』

『ああ。この世界は問題が山積みさ。人々も活気がなくて……どうしようもない閉塞感で満ちている』

『そうねえ。何とかしてやりたいけど……こればっかりは魔法のような解決策ってないからね。それに、よそ者の私がでかい顔で口を挟むような問題でもないだろうしさ』


 母さんが仕方なさそうに肩を竦めた。ルイスも頷く。


『この世界のことは、この世界の人間で解決しなくちゃね。どうしようもない危機から救ってくれただけでも感謝してるよ』

『礼なら今度レンクスに言ってやりなよ。あいつの力がなきゃどうしようもなかったし。まあ頼りにしてばっかりってのも癪だから、私も少しは力になったけど』

『二人の力のおかげさ。そう言えば、レンクスは来ていないんだな』

『あいつは流れ者だからな。またどこかでだらしない生活でも送ってんじゃないの?』


 母さんが楽しそうに笑うのにつられて、ルイスも笑った。

 二人とも、本当に仲が良さそうだ。こんな風な付き合いをしてたんだな。


『あんたも人のこと笑えないけどな。少しは身体に気を付けなよ』

『はは。肝に銘じておく』


 そのとき、後ろからリルナの声がかかった。


「どうした? ユウ」


 俺は無言で前を指差した。すぐに俺の隣までやって来た彼女にもきちんと見えているのか、目を見張った。


「俺の母さんとね。君の製作者のルイスって人の幻。たぶん昔あったことがそのまま再生されてるんだと思う」

「どういうわけだ」

「さあ。わからないけど」


 俺とリルナは、立ち尽くしたまま二人のやり取りを見つめる。


「お前の母親、女のお前にそっくりだな。お前にも目が似ている」

「そりゃ親子だからね。俺たちが似たんだよ」


『にしても、こんな辺鄙な所にデンと立派なもの建てちゃって。来るの面倒だったじゃん』

『はは。悪いね。しばらくは研究に専念出来る環境が欲しくて』

『まあ世間嫌いのあんたらしいっちゃあんたらしいけど。たまには外で日を浴びないと身体壊すわよ~』

『うっ。さっきから耳が痛いな』

『私にあんまり心配させるなっつうの――で、そこまでして。何を造っているのかしら』


 母さんが目を細めて鋭く指摘すると、ルイスは頭の後ろに手を当ててまいったなと笑う。彼は観念したように答えた。


『ナトゥラ。人の心を持つ家庭用ロボットだよ』


 ナトゥラ。やっぱり彼が設計者なんだな。

 彼は、本来家庭用ロボットとしての用途を企図していた。歴史文書の記述にも合う。


『ふーん。ロボットねえ』


 彼は研究机に母さんを招き寄せて、そこに図面を広げてみせた。

 俺たちも幻の二人に近寄って、その図面を横から眺めさせてもらった。ナトゥラの設計図のようだ。


「わたしに似ている……」


 リルナがぽつりとそう呟く。確かに図面には、彼女によく似た女性の姿が描かれていた。プロトタイプといったところだろうか。


『少子化の問題が、これで少しでもマシになればと。そう思っているよ』

『随分ご立派なことを考えるものね。ロボットに何が出来るのって思っちゃうけど』

『そうなんだよなー』


 難色を示した母さんにルイスが同意を示して、困った笑いを浮かべた。


『一体どうやったらロボットに人の心が備わるのか。ただのプログラムが、果たしてどこから心を持ったと言えるのか。中々に難しい問題だよ』


 そう言うと、彼は人前にも関わらず顎に手を当てて、深刻な顔で考え込み始めてしまった。

 そんな彼を母さんは少しの間黙って眺めていたが、見かねたのだろう。彼の肩にぽんと手を置いて、にこっと得意な微笑みを浮かべた。

 母さんが人を慰めるときによくやる手だった。小さかった俺も、それで何度も慰められたことがある。


『難しく考えるのね。そんなの、案外単純なもんよ』

『そうかな』

『愛が持てるなら、それは心があるってことでいいんじゃない?』

『――へえ。意外とロマンチストなんだね。君って』

『あら。私がそうだと悪いって言うの?』

『いやいや。そんなことはないさ』


 今度は愛が何なのかって考えると、キリがないような気もするけれど。

 とにかくルイスは、それで悩みが吹っ切れたようだった。明るい顔で意気込む。


『よし。今度自立学習機能を付けてみよう。人の愛を学べるようにね』

『ま、無理しない程度に頑張りなよ』

『ああ。それと、君にはいつかちゃんとお礼がしたい。またぜひ来てくれよ』

『考えとくわ。私も最近忙しいからね』


 そこで、二人の幻がしゅんと消え去ってしまった。と思ったら、次の瞬間にはルイス一人だけが同じ部屋の違う場所に現れた。

 どうやら場面が切り替わったらしい。

 彼は研究机からは離れて、広めのスペースの方で何かをしている。そこには彼の他に、もう一つ立っている者があった。

 その姿をはっきりと捉えたとき、俺ははっとなった。


「わたしだ……わたしがいるぞ……!」


 リルナが、驚いた声を上げる。


 そしてまたそこに、母さんが現れた――今度はお腹を膨らませた姿で。

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