12「ユウ、ミリアに問い詰められる」
星屑祭が始まった。この日から三日間は、この町だけ祝日扱いとなる。もちろん学校もお休みだ。
夜にやっている気剣術の修行の方だけど、イネア先生に頼んで祭の間だけはなしにしてもらった。その代わりどこかで埋め合わせをすると怖い笑顔で言われたが。
一応先生にも祭に来ませんかって声をかけておいたけど、あの人こういう騒がしいのあまり好きじゃなさそうだし、果たして来るかどうか。
とにかく私はこの日を楽しみにしていた。ここのところずっと魔法に気剣術の訓練ばっかりだったから、お祭りのときくらいはちゃんと楽しもうと思っている。
昨晩は楽しみ過ぎて中々寝付けず、今日はいつもより早く起きてしまった。アリスを起こさないように気を付けながら、静かに身支度をして朝のお風呂に向かうことにした。
更衣室で服を脱ぎ、まとめて籠に入れる。そして堂々と浴場へのドアを開けた。
あの集団入浴の一件以来、完全に吹っ切れたというか。私はもうこそこそしなくなっていた。
まだ朝の大浴場は開いたばかりで、私の他には誰もいなかった。
湯船に浸かる前に、身体をさっと洗い流す。
洗うときの柔らかな胸の感触も、秘部にモノがない感覚も、最初は戸惑ったけど今となっては当たり前のものだ。
この身体との付き合いも結構な時間になるな、とふと思った。
夜に毎日男になっているとは言え、学校が生活の軸である以上、こっちに来てからは女でいる時間の方がかなり長かった。
女であることが普通の生活。
それをずっと続けていたら、この身体の私が基本なんじゃないかって、そんな風にすら思えてくるときがある。
まあ実際はもう、どちらが基本って話でもないんだろう。二つの身体は分かち難い同等なものとして私の中に宿っている。まるで始めからそうであったかのように。
身体を洗い終わって、湯船にぼーっと浸かっていると、浴場の扉が開く音がした。
入ってきたのは、見慣れた銀髪の少女だった。
ミリアか。ミリアも早く起きちゃったのかな。
彼女のことは最近ちょっと苦手だった。なにせ男のときに名前を言ってしまってから、私と男の私を見るとき、じろじろと探るように見てくるんだよね。
やっぱり、相当引っかかってるんだろうな。
「おはよう」
「おはよう、ございます」
挨拶を交わすとそれっきり、彼女は表情を引き締めたまま、一言も口を聞かずに身体を洗い始めた。いつもならお喋りでもしながらするところなんだけど。
なんだろう。この気まずい空気は。
アリスがいればと思った。彼女なら私とミリアの間を取り持って、こんな空気は簡単に和らげてくれるに違いない。
そんなスキルなど持ち合わせていない私は、息を呑んで彼女の様子を見守るしかなかった。
やがて身体を洗い終わった彼女は、しばらくその場でやや下を向いたまま、何やら思案顔で座っていた。それから意を決したような顔でこちらを向き、ずんずんと近づいてくる。
私のすぐ横に浸かって、絶対に私を逃がさないように腕までがっちりと組んできた。
彼女の透き通るような青色の瞳が、じっと私の顔を覗き込んでくる。
「人もいないし、アリスも、いないことですし。少し、話したいことが、あります」
どくん、と胸が鳴る。何を言うつもりだ。
「なに?」
「確信が、あります。ユウは、あの男と、何らかの、切っても切れない関係が、ありますよね?」
ついにきたか。
「ないって言っても、信じてくれないよね」
「はい。明らかに、おかしいですから」
見事なまでの即答だった。
「名前が、同じことも。雰囲気が、そっくりなことも。話し方が、一緒なことも。いつもあなたかあの男の、どちらかしか、いないことも」
ペラペラと、こちらの怪しい点をまくし立てるミリア。
そこで間抜けな私は、誤魔化し作戦が想像以上に機能していないことに、ようやく気付いたのだった。
「アリスだって、口ではあんなですけど、本当は、引っかかってるんですよ。聞きましたよ。あなたには、謎が多いって。死の平原で、倒れてたとか、色々と」
アリスもか。そうか……
言われてみたら、男として名前を名乗ったときのアリスは、何だか納得したにしては大袈裟な反応だった。
確かに彼女だって鋭い方だ。本当は色々と思うところがあるのに、それでもずっと知らないふりをして付き合ってくれてたのか……
「そういうのとか、ひっくるめて、私も、気になってるんです。隠し事は、良くないですよ。どうなんですか?」
静かな、しかし強い口調で迫るミリア。ここまで真に迫られた状況で、下手な言い逃れをするのは無理だろう。きっと見破られてしまう。
目の前が真っ暗になったような気分だった。
「確かに、隠していることは……あるよ……」
「やっぱり、ですか」
私が抱えている秘密。
異世界人であること。この星には流れ着いて来たこと。いつこの星に居られなくなるかもわからないこと。
変身能力があること。元々は男であること。男では魔法が使えないし、他に生活の手段も浮かばなかったから仕方なく女子寮で暮らしてしまっていること。その流れで、君やアリスや色んな人と、男なら許されないくらい深く関わってしまったこと。
これらは言えば簡単に信じてもらえるようなことでも、軽々しく言うべきことでもないと思う。
変身能力だけなら、この場で見せることは出来る。
けどそれを見せることで、そして全てを話すことで、今までの関係が壊れてしまわないだろうか。
怒られるだけならまだいい。
引かれるかもしれない。距離を置かれてしまうかもしれない。
もしそうなるとしたら。今までのような付き合いが出来なくなるとしたら。
わかってる。悪いのは私だ。ずっと黙ってきた私だ。
だけど、それでも二人には離れてほしくない。異世界で心細かった私に初めて出来た、かけがえのない友達だから。失いたくない。一人ぼっちは嫌だ。怖い。
そう思っているからこそ、関係を壊すかもしれないことは余計に何も言えなかったし、今だって何も言えないでいる。
不安と恐れから、私が真実を話すのを待っていたミリアに対して出してしまったのは、予防線であり、言い訳がましい言葉だった。
「もし、それが、想像を超えるような、とんでもないことだったらどうする? それに、君やアリスにとって、許せないことだとしたら……」
声が震えているのが、自分でもわかった。
ミリアは、そんな情けない私の目を、真っ直ぐ見据えて――――
「どんなことだって、許すに決まってます」
「あ……」
それは、思ってもいなかった一言だった。
「だって、どんな事情があったって、ユウは、ユウじゃないですか」
私は、私。
彼女の言葉が、不安で押し潰されそうだった胸に、すっと温かく沁み込んでいく。
「あのとき、一人で困ってた私に、声をかけてくれて、それからもずっと仲良くしてくれた、私の大好きなユウじゃないですか。違いますか? その心にまで、偽りがあるのですか?」
ああ――そっか。そうだったのか。
ミリアは、そこまで私のことを想ってくれてたんだ。
嬉しかった。
感極まって、泣きそうになる。
「いいや、違わない……私は、私だよ」
ミリアは、必死で涙を堪えている私を見て微笑んだ。
「ふふ。なら、何も問題ありません。安心して、全部話して下さいよ。あなたの正体が何だって、気にしませんから。アリスも、私も、あなたが何も話さないから、心配、してるんですよ」
「うん……」
私は、馬鹿だった。
話すことを恐れるあまり、なぜこんな簡単なことに気付けなかったんだろう。
なぜ、二人のことをもっと信じられなかったんだろう。
二人はずっと、私が何者かということよりも、私という人間そのものを見てくれていたというのに。
勝手に恐れて、心を閉ざして。昔からそうだ。ちっとも成長していない。
ほんとに馬鹿だよ。友達失格だ。
私は目に溜まった涙を腕で拭った。
凄く驚かせるかもしれない。けど、ちゃんと話そう。
その上で改めて、今度こそ嘘偽りなく、本当の意味での友達になりたい。そう思った。
「いつか、近いうちに二人にはちゃんと話すよ。気持ちの整理が出来たら、絶対に話すから」
「よかったです。アリスにこのこと、話しておきますね。絶対、喜びますよ」
「先に言っておくけど、ごめん」
「まあ、その辺の判断は、話した後、ですね。鉄拳制裁かも、しれません」
鉄拳制裁のところで、ミリアが得意の黒い笑顔を浮かべた。
そのとき、『一発殴られればそれで済むじゃないか』というイネア先生の言葉を思い出した。
お湯の温かさも忘れて、背筋がぞっと凍った私であった。