60「プラトーの頼み」
ディースナトゥラの街は、音一つなく静まり返っていた。そこらに見えるナトゥラはもちろん、暴れ回っていたプレリオンまでもが、その場で時が凍りついたように動きを止めている。
聞けば、あのときプラトーが捨て身で電波塔を破壊したことで、プレリオンはシステムからの命令を阻害されたようだ。もうしばらくは動かないらしい。
「これで最低限の時間を稼ぐことは出来た」と、彼は自分の行動に後悔はしていない様子だった。
「みんなはどこに行ったのかな」
女の状態では、残念ながら気を読むことが出来ない。そろそろ男に変身しようかと思ったところで、プラトーが思い詰めた声で言ってきた。
それも、わざわざ性別を指定して。
「二人だけのうちに……男のお前に、話したいことがある……」
『……少し下がっててくれ。男同士の話がしたいらしい』
『……うん。わかった』
「私」が奥に引っ込んでくれたのを見計らって、俺はプラトーをその辺りの地面にそっと下ろして座らせてやる。もはや自力で立つことも出来ない彼の姿に、どうしようもなく悲しい気持ちが込み上げてくるのを抑えながら、尋ねた。
「さあ。話してくれ」
「…………すまなかった」
重苦しい沈黙の後に発された最初の言葉は、やはり謝罪だった。
今まで彼がしてきたこと。並々ならぬ罪悪感があったはずだろう。
「わかってる。俺はいい。その言葉は、もっと他の奴に言ってやれ」
「…………すまない」
彼は静かに目を伏せ、しばらく言葉を詰まらせていた。
ようやく顔を上げたとき、彼の瞳には悔恨とはまた別の意志が宿っているように見えた。
「お前に……伝えておきたいことがある」
「ああ。言ってみろ」
「リート・ルエンソ・ナトゥラ」
初めて聞く言葉だった。けれど、響きから大体のことはわかった。
「リルナの名の由来だ。ナトゥラを正しく導く者という意味が込められている」
「ナトゥラを、正しく導く者……」
そんな意味が込められていたのか。
このナトゥラというのは、おそらく生体型であるヒュミテも含んでいるのだろう。だとしたら、今まではなんて皮肉なことになってしまっていたのか。
彼自身にもその自覚は強くあったのだろう。言った側から、辛そうに顔を曇らせる。それでも、彼は続けた。
「名付け親は、ルイス・バジェット。孤高の天才科学者と言われた男だ」
ルイス・バジェット。オルテッドも言っていたな。母さんの友達だったという研究者だ。
まさか彼が、リルナの製作者だったなんてな。真実は意外と近くにあったわけだ。
とすると、毎回技の名前を発する謎の仕様にも妙に納得がいく。ルイスという人は、かなりの変わり者だったというから。
「……ルイス・バジェット研究所は、二大陸から遥か遠く離れた、絶海の小島に存在する。そこだけは、二千年前の戦争による破壊を逃れていた」
ルイス・バジェットの研究所か。おそらく、戦火から逃れるためにそんな辺鄙な場所に居を構えたのだろう。
彼にはわかっていたのだろうか。いつか避けられない戦いが起こってしまうことを。
「二十年前、オレは偶然そこを発見してしまった。そして、リルナと出会った」
「お前が、リルナを」
プラトーは、静かに頷く。
「そこに行けば……おそらく、全てがわかるだろう。宇宙へ行くための手段も、残されていたはずだ」
「お前は、もう全てを知っているのか?」
彼は答えず、曖昧に首を振った。物憂げな顔で。
「……リルナは、ナトゥラの救世主として造られた」
「なんだって?」
「彼女には、機能不全を起こしたシステムと結合し、それを止めるためのプログラムが備わっている。道具としての役割だ」
「そんなものが……!」
「……オレはシステムの監視者としての役割を与えられ、ただそれに従うだけの存在だった。最初は、彼女を破壊するつもりでいたのだ。だが、その事実を知ったとき……どうしようもなく、悲しくなってな。こんなところに、『仲間』がいたのだと……」
プラトーの苦しげな目から、想いが痛いほど伝わってきた。
「この致命的な事実が、もしシステムに伝われば。システムは間違いなくバラギオンを起動し、リルナを消し去っていただろう。だからオレは、隠した。あえてこちら側で洗脳することで疑いを避け、いつも側に置いて見守ってきたのだ」
「そうだったのか……」
やっと、よくわかったよ。
お前は、ずっと一人で戦ってきた。
力の足りなさを悔いながらも、この世界が本当の終わりを迎えてしまわないように、陰からずっと見守ってきたんだ。
この先誰が罵ったとしても、誰が恨んだとしても。
俺は認めるよ。お前は、この世界の英雄だ。
「……エストケージは、システムを守る最後の砦だ。どんな危険や罠が待ち受けているかわからない」
エストケージ。母星エストティアの名を冠する宇宙要塞。
かつて母さんがオルテッドやワルターと戦った因縁の地であり、最後にはレンクスの手で完全に破壊されたはずだが……
「オレは、もう戦えない」
跡形もなく消え去った右腕のあった場所を見つめ、悔しそうに顔を歪めて呟く。
そして、無念を浮かべたまま、真剣な目でこちらを見つめて頼み込んできた。
「ユウ……頼む。オレの代わりに、リルナをエストケージまで連れて行ってやってくれ。そして……あいつを、守ってやってくれ。道具としての宿命から、救ってやってくれ」
もちろんだと、そう答えようとしたところで。
彼は、感極まったのだろうか。胸一杯に言葉を詰まらせて、すすり泣くような調子で続けていく。
俺は黙って彼の言葉に頷き、受け止めてやることにした。
「……何も知らないままでいさせてやった方が幸せだと、そう思っていた……オレは……酷いことをしていたんだ……仲間を殺させ……死なせて……こんな思いをするのは……こんな思いをさせるのは……もうたくさんだ……」
彼は、泣きそうな顔で、縋りつくように声を絞り上げた。
「頼む……あいつは、大切な家族なんだ……! 頼む。頼む……!」
「当たり前だろ」
想いは十分伝わった。
とん、と労うように優しく彼の肩を叩いてやる。
「だから、そんな顔するなよ。お前はお前らしく、すましていればいいんだ」
そして彼から次の言葉を聞く前に、背負い上げた。
「そろそろ行くぞ。みんなのところへ」
「……だが、会わせる顔など」
「そんなもの、会ってから作ればいいさ」
彼が今どんな顔をしているのかは、あえて見ないであげることにした。




