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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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59「狂気の科学者 オルテッド・リアランス」

 オルテッド・リアランス。

 母さんの話で聞いたことがある。かつてワルターというフェバルと組んで悪逆非道の限りを尽くした男だったと。

 でもレンクスの協力を受けて、母さん自身の手で確かに倒したって。そう聞いていた。


「母さんが話していたよ。どこまでも最低な奴だったってな」

「散々な言いようだな。何も間違ってはいないが」

「否定しないのか?」


 すると、何が可笑しいのか。皮肉気に笑い始めた。


「くっくっく。否定だと。小僧。教えてやるよ」


 大仰に両手を掲げ、彼は堂々と言ってのけた。


「この世には悪が必要なのだ。それで救われる者がいる。それで利益を得る者がいる」

「苦しむ者の方が遥かに多くてもか!」

「若いな。この星の人類全体のさらなる発展のために、私は正しい内乱を推し進めただけに過ぎない」


 彼は手をわなわなと震わせて、愉悦に顔を歪める。


「ああ。楽しかったなあ。私の開発した兵器によって、人間共がゴミのようにくたばっていく様を眺めるのは」


 その顔を見るだけでも下種な人間性が垣間見えて、無性に腹が立った。

 あまりにも筆舌に耐えがたい虐殺を巻き起こしていたそうだな。

 それを見ていられなかったから、母さんはお前を止めることに決めたんだ。


「だが、そこに水を差してきた連中がいた。レンクス・スタンフィールドとかいうフェバル。科学者のライバルだったルイス・バジェット。そして貴様の母親、星海 ユナだ」


 胸の中央をトンと指し示すように叩いて、彼は肩を竦めた。


「あのとき、確かに心臓を撃ち抜かれたはずだった。見事な腕だったぞ。惚れ惚れするほどにな」

「そこで死んでおけば良かったものを……!」


 片腕を失った痛々しい姿のプラトーが吠える。オルテッドは鉄屑でも見るような冷めた目で無視して続けた。


「だが、奇跡的に私は生き長らえた。その身を半分以上機械に変えてでもな」

「その後も、お前は死んだことになっていたはずだ」

「そうだな。あえて目立つような馬鹿はもうしなかったよ。また倒しに来られては敵わないからな」

「じゃあ……どうして。どうしてエストティアは滅びた?」

「資源の枯渇。進む少子化。時代の閉塞感というやつだ。こればかりは、世界を救った英雄様でもどうしようもなかったようだな」


 そうか……

 母さんも、時折どこか悲しそうに漏らしていた。人の心を変えるのは、何よりも難しいって。


「あとはあの女が去るのを待って、ほんの少しだけ影から助長してやればそれで事足りた。数十年も経てば、この世界の連中は面白いように侵略戦争に息込んでいたよ」


 プラトーの方を見た。彼も否定はしなかった。


「理解したか? 私だけの責任ではないのだよ。時代が戦争を求めていたのだ」

「…………だから、滅びたんだろ……」


 悲しいけれど、認めるしかなかった。この星の人間たちは、取り返しの付かない間違いを犯してしまったのだと。

 そしてそう思っているのは、この男も同じようだった。


「そうだな。認めよう。失敗だったと……。やり過ぎたのだ。加速した宇宙戦争の熱気はどこまでも止まらなかった。ついに馬鹿な連中が先走って、ダイラー星系列を刺激してしまった」

「ダイラー星系列?」

「おいおい。異世界の渡り人が、あまり無知を晒すなよ。宇宙に覇を唱える最強の星間連合体だ」

「そんな連中が……」

「そうだとも。そして、全ては終わった。襲来した無数のバラギオンによって、この星は焼き尽くされた。一瞬のことだったよ。栄華盛衰など、所詮そんなものだ」


 まるで今見てきたようにそう語るオルテッドは、憎々しげに顔をしかめた。その所作の裏に、どこかやり切れない気分が隠れているように思えた。


「生き残ったわずかな人類は、零以下からの再出発を余儀なくされた」


 そこで、吹っ切れたように突然笑い出す。


「あっけなかったぞ! この星に残った人間どもは怯えて勝手に潰し合い、くたばってくれたよ! 最後の最後まで、本当に馬鹿な連中だったなあ!」

「そして、何の意味もないシステムだけが残った」


 プラトーが、苦々しげに指摘した。オルテッドが笑いをぴたりと止める。


「違うな。完成したんだよ。私のためだけに存在する、エルンティアという名の巨大な実験場がな」

「何が実験場だ。ただの管理者が、思い上がるなよ」

「ふん。どうあれ、今は私がシステムの実質的な支配者であることに変わりはない」

「管理者だと?」

「そうさ。私こそがシステムの現管理者であり、このくずロボットは監視者だ。なあ、共犯」


 馬鹿にするように言われたプラトーが、辛そうに顔を背ける。

 俺は、思わず庇い出ていた。


「プラトーを責めるなよ。バラギオンなんかを突きつけられて、誰だってそうするしかなかったはずだ」

「……ほう。良かったじゃないか。同情してもらえて」


 オルテッドが、侮蔑するような目をプラトーに向ける。


「そのバラギオンはもう倒した。オルテッド。こんなことはもうやめろ」

「クク。やめろだと。説教でもしているつもりか?」

「そうだ。悪いか!」

「はっはっは! 馬鹿か! コンピュータの分析通りのめでたい奴だ! 貴様の母親の方が、まだずっとシビアに物事を見ていたぞ」

「……くっ」

「そもそも何をやめろと? こいつらは所詮モノに過ぎん。人間が道具をどう扱おうが、人間の勝手だろうが」

「違う……」

「なに?」


 俺は、心からの想いを込めてぶつける。

 この星の人間に言ってやりたかったことを。


「ヒュミテもナトゥラも、人だ。モノなんかじゃない」

「操り人形に過ぎん」

「違う……! 楽しいことや嬉しいことがあれば喜んで。辛いときや苦しいときは悲しんで。誰かが傷付けば怒り、死には涙した」


 バラギオンとの戦いのときに伝わってきた感情は、決して偽りのものなんかじゃなかった。

 いや、こんな能力がなくたって。

 俺がこれまでの日々を通して見てきたものは。感じてきたものは――!


「みんな、心を持っているんだ。大切なものを持っているんだ」 

「下らん」

「始めに造られたかどうかなんて、関係ない。みんなもう立派な人間なんだ! それを踏みにじるようなことは、許すわけにはいかない!」

「……価値観の相違だな。所詮わかり合えんということだ。私と貴様では」


 互いに睨み合う。やはり言葉は通じないようだ。


「確かに、あのバラギオンを倒した。そんな奇跡を起こせてしまう貴様は、やはり腐ってもあの女の子供というわけだ。だが――」


 彼はにやりとほくそ笑んだ。


「この二千年。私が何もしなかったと思うのか?」

「なに?」

「やはりか……」


 プラトーが、暗い調子で呟く。


「何のためにわざわざ面倒な殺し合いをさせてきたと思っている。膨大な戦争シミュレーションによるデータ分析は、実に大きな実りをもたらしてくれた」

「お前……!」

「二千年もあればな。研究はいくらでも進められたぞ」

「まさか……!」


 俺がはっとすると同時に、オルテッドは絶望的な言葉を告げた。


「再現型バラギオンは、もうほぼ完成している。手始めにほんの数百体ほどだ」


 そんな――

 たった一体だけでも、全員が死力を尽くしてやっとだったんだぞ。

 それが、数百体もなんて……!


「理解したか。ほんの少しだけ寿命が延びたに過ぎないということが」

「あんな物騒なものを大量に造って、どうする気だ!?」

「簡単なことだ。もう一度始めるのさ。戦争を。人類の――私の時代をな」

「たった一人だけでか?」

「……ああ。そうだとも。私だけが、唯一無二の支配者だ」


 それが、お前の望みだって言うのか……!


「新生エルンティアの始まりさ。無論、貴様らは私に従ってもらうぞ。永遠にな」

「そんなことさせるかよ!」

「よそ者が。出しゃばるなよ。元々人類こそが、正当なるこの星の支配者なのだ」


 その言葉が、彼自身の望みとは裏腹に、嫌に虚しく響いた。


「……もう、旧人間の時代は終わったんだよ。お前だって、本当はとっくにわかっているだろう! 二千年の冬を超えて。新しい時代の夜明けを迎えなくてはならないんだ」

「まだ終わってなどいない。この私がいる限りはな。この星はいつまでも私のものだ。そうであり続けなくてはならない」


 奴の気配が変わったのを見て、俺も気剣を抜いて構える。

 ――厳しい。あまりにも。

 内心舌打ちする。バラギオンと戦ったときの消耗が酷いせいで、気剣の輝きは既に弱々しかった。


「あの女には、数え切れないほどの恨みがある。貴様には、凄惨な死を与えてやろう」


 そのとき、プラトーが真剣な顔で忠告をかけてきた。


「気を付けろ……奴は物質消滅能力を使うぞ……!」

「物質消滅だと!?」

「《ニルテンサー》。攻守において完全無欠の兵器だ」


 オルテッドが得意満面に答える。

 プラトーの左腕が丸ごと消えているのは、そういうことだったのか。

 聞くからに厄介極まりない能力だ。どう攻略すればいい。


 くそ。気剣なんか出したら、立っているだけでふらついてくる。

 とても長くは戦えない。

 一回だ。一回で決めないと。


 彼が手を突き出した。一見何もない、それだけの動きだ。

 俺は戦慄した。

 なんて攻撃だ。軌道がほとんど見えない。

 余波で地面がほんのわずか削れる様子から、辛うじてそこが「消えている」ということだけはわかる。

 しかもかなり速い。

 消滅の波動が俺の目と鼻の先まで迫ってくるのは、一瞬のことだった。

 そのタイミングで、攻防一体の技を仕掛ける。


《パストライヴ》


 何度もお世話になった技で、一気に敵のすぐ背後に回り込んだ。

 やはり身体の負担は一切感じられない。理由はわからないが、完全にこの技はものに出来たらしい。

 気剣に最大限の気力を込める。しかし、もはや青白く変色してくれるだけの余力もなかった。

 仕方ない。このまま斬りかかれ!


《センクレイズ》


 しかし。そこでとんでもないことが起こった。

 奴の体表に剣先が付けようとしたところで、手前の何もない宙でその先から剣が消し飛び始めたのだ。

 慌てて剣を止め、《パストライヴ》を再度使って間合いから脱出する。

 俺は激しい動揺を抑えられなかった。

 なんだ、あれは……!

 もう少し深く斬り込んでいたら、腕ごと吹っ飛んでいるところだった。

 くそったれ……! こいつも常時展開型か!


 そのとき、突然オルテッドが狙いを変えた。プラトーがいる方向に。

 プラトーは、オルテッドに構わず全力で攻撃に集中しようとしていた。向こうには、アンテナのついた白い大きな塔が見える。

 ダメだ! もう助けが間に合わない!

 プラトーのビームライフルが、白い塔を貫き、爆発音が響く。

 同時に、無防備だった彼のほぼ半身は――オルテッドによって消し飛ばされてしまった。


「目障りなことを。貴様から死ね」

「させてたまるか!」


 今度は先回りでワープして、見るも痛々しい姿のプラトーを抱え上げる。

 よかった。辛うじて頭部だけは無事だ。


「何を、している……お前まで……死ぬぞ。こんなオレのことなど……放っておけ……」

「放っておけるわけないだろう! リルナとも約束したんだ!」

「……ばか、やろう……」

「足手まといを庇って、仲良く死のうというのか。それも結構」


 オルテッドが、再び消滅波を構える。

 このままでは……

 とそのとき、「私」が呼びかけてきた。


『悔しいけど、ここは一旦逃げよう』

『だけど、どうやって?』

『実はね。許容性が下がる直前に気付いて、一回分だけ転移魔法を待機させてあるの』

『本当か! 助かった』

『うん。でも、その前に私にも少しだけ挨拶させて』

『ああ』


「私」に交代する。


「な……貴様……!」


 オルテッドが、その場に凍り付いたように固まっていた。同時に、まさに仇を見るような目でこちらを睨んでいる。

 それはそうでしょうね。だって私は、母さんに瓜二つだもの。


 母さんから知らずのうち、ずっと続いてきた因縁。

 こいつだけは。私たちが後始末を付けなくちゃならない相手。

 私は宣戦布告のつもりで、サムズダウンをした。


「あんたは、絶対に私たちが止める」


 それで私がこの場は逃げることを察したのだろう。

 彼もまた何を思ったのか、宣戦布告のような言葉を返してきたのだった。


「エストケージで待つ。来るがいい。二千年の因縁に決着をつけよう」


《転移魔法》


 満身創痍のプラトーを連れて、ディースナトゥラに転移した。




「……逃げたか」


 オルテッドは、ほとんど何の感慨もなくそう呟いた。


「ちっ。久しぶりのことに、少々無駄話が過ぎてしまったな……。まあいい。そろそろ時間切れだ」


 そして彼は、そのまま動かなくなった。

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