57「Level Burnt Ground 4」
銃火器と光線兵器による猛攻撃が、ただ一体の巨敵に向けて絶え間なく降り注ぐ。普通なら、地上のどんな生物もひとたまりもないであろうほどの実に凄まじい熱量だ。
だがそれも終わる前に、巻き上がる粉塵の中から敵は猛然と飛び出してきた。
体表にはあの紫色のバリアがぴったりと張られていた。身体に加わっている傷は数えるほどしかない。
ほとんどの攻撃が防がれている。
『気を付けろ! また何かする気だぞ!』
通信機から悲鳴のような声が響いてきた。
奴の口の奥が紅く光っている。ジードの例の攻撃とモーションがよく似ていた。
あいつ。ぶっ放す気だ。
真紅の熱線が、目に見える範囲の一切を焼き払わんと放たれた。
くそ。速い――!
『あれなら任せて!』
「私」はじっと戦況を見張って、いつでも魔法が撃てるように待機してくれていた。おかげで、身体を入れ替えるだけでノータイムで魔法を発動することが出来る。
《アールレクト》
俺と交代で表に出た「私」は、奴と味方の間の全面に光の壁を張った。どこへ攻撃が来ても問題ないように。今ならそれが出来るだけの魔力がある。
そして、光の壁が熱線を弾き返したタイミングに重ねて、彼女自身も追加で魔法を放とうとしていた。
「ついでに一発!」
「私」の右手にみるみるうちに魔力が集中していく。間もなく、超高度に凝縮された魔力は鮮やかなエメラルドグリーンを示した。それはちょうどあの世界の空の色と同じような輝きを放って――
《セインブラスター》
「私」が右手を突き出すと、掌のすぐ前の空間から、カッと淡緑色の眩い光の筋が生じた。そこから一気に光の筋は広がり、奴の熱線に勝るとも劣らぬほどに極大な光線と化して、バラギオンの全身を呑み込むほどの勢いで向かっていった。
バラギオンは動きを止め、全力で防御に回り出した。紫色のバリアは黒味がかかるほどに濃くなり、赤い熱線と緑の光線のハーモニーを受け止める。
そこで大爆発が起こり――
「ふう。ただいま」
一仕事終えた良い顔で心の世界に帰ってきた「私」に、俺はすぐに食いついた。
「何やったんだよ。凄い威力じゃないか」
「私」はまあね、とさらりとした調子で答える。
「魔法に変える前の純粋な魔力を収斂させて放つ、いわゆる魔力砲ってやつよ。リルナの《セルファノン》を見てたら、似たことが出来ないかって。ぱっと思い浮かんだの」
「へえ。言われてみると確かに似てたな」
「でも今ので防御に回す分以外の魔力をほとんど使っちゃったから、あとは任せたよ」
「うん。君はしっかり待機してて」
再び俺が表に出ると、既に爆発は止んでいた。
バラギオンは右腕の一部を溶かしただけで、また副砲が一つダメになった以外は何も変化が見受けられなかった。
だが確実に効いている。バリアを最大限に張っても、なお貫くだけの威力はあったのだ。
俺は通信機を使って全員に呼びかけた。
「見ただろう! 攻撃するときには、威力の高い攻撃を集中させて仕掛けるんだ! それなら通る!」
そう言い終わった直後だった。
バラギオンの姿が、消えたのだ。
背後より、おぞましい気配を感じる。振り返ったとき、驚きで目を見開いた。
なに。あれだけの巨体を、一瞬で転移させただと……!? こいつも出来るのか!?
俺個人だけなら大したことではなかったが、奴の前方を取り囲むように構えていた陣の背後を一息に取られてしまったことによる動揺は大きかった。
混乱が広がる中、奴の体表に残存する全ての副砲が、一斉に光り始めた。今度は砲口の奥が真っ白に光っている。
まずいぞ。あの白い光は――主砲のとてつもない攻撃と似たような臭いがする!
一体何発撃つ気なんだ。即死級の攻撃を。これじゃキリがない……!
牽制のために再び攻撃をしかけようとしたそのとき、水色の特大の光線が奴に向かって飛んで行くのが見えた。
リルナの《セルファノン》だ。
ほぼ同時に、バラギオンの副砲が迎え撃つ。
水色と白の熱波が、空中で激しい音と光を立ててぶつかり合う。
俺の能力で強化した恩恵もあってか、副砲を合わせたものに対しても全く押し負けていなかった。
しかし、敵の攻撃がそれだけならば良かったのだが、バラギオンは手を緩めなかった。身体の側面、腰の辺りから、さらに追加で強烈な雷撃を発生させて撃ち出したのだ。二対のそれは、身動きの取れない彼女に容赦なく襲い掛かろうとしていた。
くそっ!
リルナは、《セルファノン》使用中は身動きが取れない。《ディートレス》も使えないんだ。いや、たとえ使えたとしてもあれは防げない。奴の攻撃は、魔法の性質をも持ち合わせている。
間に合え!
《パストライヴ》!
必死の思いで、ショートワープを発動させる。
「リルナ!」
一瞬で彼女の背中に飛び込んで、触れた。
間一髪、再び《パストライヴ》を使って、光線の軌道から外れる。
近くの地面へと転移して、すぐに声をかけた。
「大丈夫か。危なかったな」
「あ……ああ。助かった」
九死に一生を得た彼女は、ほっと安心したように胸を撫で下ろす。
「だが、お前こそ大丈夫なのか? この前は血を吐いていたじゃないか」
「あれ? そう言えば」
言われてみれば不思議だった。あれほど負担が大きく、身体に合わなかった技だったはずなのに。
今《パストライヴ》を使ったときには、全く心身に負担がかかっていなかった。まるで最初から自分自身の技だったかのように馴染んでいる。そんな感じだ。
「とにかく、今は問題ないみたいだ。それより――」
彼女の綺麗な青色の瞳をしっかりと見つめ直して、告げる。
「リルナ。一旦奴に接近戦を仕掛けるぞ。あの厄介な武器を片っ端から直接破壊する。でないとキリがない」
「それはわたしも思ったところだ。攻守の要を破壊しない限り、攻撃がまともに通らない」
「決まりだね。そうだな……位置的に」
俺は周囲を数瞬ざっと見回して頷いた。
「君は右からブリンダとジードを連れて。俺は左からステアゴルを連れて行く」
局所破壊なら、小回りが利くのが一番向いている。
「了解した」
「よし。いくぞ」
彼女と横並び、コツンと拳を突き合わせて、二人同時に《パストライヴ》で消える。惜しみもなく連続で使用して、あっという間にステアゴルの所まで辿り着いた。
「ステアゴル!」
「おう! ユウか!」
彼はこんなときでも元気良く手を振ってくれた。
「しっかしあんなのどうしろっつうんだよなあ! この拳もちっとも届かねえしよ!」
「君はぶっ壊すのは得意だよね。もし近づければ、やれるか」
「おうよ! もちろんだぜ!」
力強く拳を握り上げた彼に、俺はすっと手を差しのばした。
「俺が近くまで連れて行ってやるよ。一緒にひと暴れしよう」
「そいつあ素晴らしい提案だな! 乗った!」
もげるのではないかというくらい豪快に手を握り返されて、俺はとても心強く思った。
再び《パストライヴ》を繰り返し使い、一気にバラギオンの目前にまで迫る。ここまでほとんど時間はかからなかった。いざ普通に使えるようになると、恐ろしく便利な技だ。
「足元から攻めるぞ。動きを止めてくれ」
「がっはっは! 腕がなるぜえ!」
言葉通りガシャンと腕を鳴らして、ステアゴルが吠える。
「おらあっ!」
ステアゴルのパワーアームの威力も、目を見張るほどに強化されていた。丘のように盛り上がっていたバラギオンの足、その先がベコンと激しく凹んだのだった。
たまらなかったのか、バラギオンが足を蹴り払う。ともあれ、動きをこちらに引き付けることが出来た。
横を見ると、リルナに連れられたブリンダとジードが、同じように足元で応戦し始めていた。リルナ自身はなんと宙に浮かび上がって、様々な角度から攻撃を仕掛け、バラギオンを必死に翻弄していた。
「リルナも飛べるのか」
そう言えば、高所から落下するときふわりと浮き上がっているように見えたな。
と少しだけ思い返しつつ、女に変身する。
「なら私も」
飛行魔法で飛び上がりつつ、敵の武器の付いている箇所に狙いを付ける。
見つけた。副砲だ。
そこで再び男に変身する。
気力を溜めて、右手を突き出す。
《気断掌》
自由落下しながら、ピンポイントに絞って威力を高めた衝撃波を放つ。それは正確に武器のある個所を捉えて、破壊した。
その調子で、一つ一つ隙を伺っては武器破壊を試みていく。
奴にとって、俺たちは飛び回る羽虫のように邪魔な存在だろう。巨体であるがゆえに、懐に入られればかえって手の届きにくい死角が生じる。
アスティが主導して行ってくれた援護射撃もあって、バラギオンは思うように身動きが取れないようだった。
大きな技は仕掛けたところで武器のある限りは防がれてしまうので、力の浪費を避けるべく、しばらくは武器破壊のみに専念した。
よし。これで副砲は全て――
やっとのことで副砲と思われるものだけは全て潰した、そのときだった。
突如として、奴の全身から激しいジェット気流のようなものが噴き出したのだ。
「うわあああああーーーー!」
俺は、為す術もなく宙を弾き出された。
勢い良く空へと投げ出されながら、リルナたちも同じように弾き飛ばされているのが目に映った。
奴の居た方向に目を向けると、消えている。どうやら再び転移を使ったようだ。
――上だ。
遥か上空の彼方に、黒い機影が一つ。
片翼を失った悪魔の破壊兵器は、それでも辛うじて宙に浮いているだけのことは出来るようだった。
そこから、何かが降り注いでくる。
尋常ではない数。
ミサイルだった。
魔法兵器ではない、光線兵器でもない。ただのミサイル。
ここにきて、奴は最も「原始的な」兵器を切り札として使ってきたのだ。
針のように細長いミサイルがばら撒かれ、鼠色の空を圧倒的な質量で埋め尽くす。
どこにも逃げ場はない。
このままでは――みんな死ぬ!
しかしどうしようもなかった。まさに辺り全てを焦土に変えるほどの、途方もない物量だったのだ。
俺はただ、祈るように心の世界に呼びかけた。
俺の力で――お願いだ! みんなに身を守るだけの力を! 守れ! 守ってくれ!
俺自身も全力で気力強化をかけ、身を守る体勢に入る。
それはいつまでも絶え間なく降り注いだ。誰かの叫び声を鳴り止まぬ爆音が打ち消して、そして目に映るありとあらゆるものが焼かれていった。
「うっ……!」
意識がふらつく中、辛うじて身体を起こす。
全身が血に塗れ、傷だらけだった。
みんなは、無事なのか……?
見渡すと、そこは一見して地獄絵図さながらの光景だった。
まず目に付くディグリッダーの全てには見るも無残な穴が空き、完全に動かなくなってしまっていた。
装甲車のほとんども、同じように穴が空いて機能しなくなっている。
だが、胸に手を当ててみれば、見た目ほどは壊滅的な状況になっていないことがわかって少しだけ安心した。
必死の祈りが通じたのだろうか。伝わってくる感情の数があまり減っていない。大体は辛うじて生きてはいるようだ。
だけど、もうほとんど戦えるような状態じゃない。恐れと絶望に支配されかかっている感情が、心に痛いほど突き刺さってくる。
向こうの方で、リルナがふらふらと立ち上がった。彼女の心の声が聞こえてくる。
『もう長くは戦えない。賭けに出よう』
『ああ。やってやろう』
上空に佇むバラギオンを睨み付けて、俺も心の声で答えた。
『総攻撃を仕掛ける。わたしも100%の《セルファノン》を撃つ。全ての副砲を破壊した今なら、相殺されることはないはずだ』
『よし。俺も――』
『いや。ユウ。全員の攻撃に合わせて、お前がやるんだ』
『……いいのか。俺に任せて』
『もちろんだ。ここまでやってきたのは、お前のおかげだろう。最後までしっかり責任を持て』
『そうだな。わかった。俺がやる』
そこで、数瞬の沈黙が流れた。リルナが、重々しく口を開く。
『……なあ、ユウ。これで最後かもしれないから……』
『そんなこと言うなよ』
『…………』
『終わらせない。終わらせるもんか。これからが始まりなんだ。そうだろ』
リルナが何を思ったのかはわからない。すぐ後には、通信機にあらん限りの声を張り上げて号令を飛ばしていた。
「行くぞ! 動ける者たちで、全力でかかれ! 全てを撃ち切れ!」
死力を尽くした総攻撃が始まった。最初の状況とは違う。お互いかなりのダメージを与えた上での攻撃だ。
ダメージを受けたあいつがすることは何か。
奴が転移を使おうとするタイミングを、今度は見逃さなかった。
「私」と交代すると、彼女はすぐに魔法を使ってくれた。
《グランセルビット》
加重の重力魔法を発動させる。
こんなもの、ほとんど効かないだろう。
でも一瞬でいい。奴に違和感を生じさせることが出来れば。それで動きを止められるなら。
狙い通り、バラギオンの動きが、ほんの一瞬だが固まった。
その一瞬こそが重大だった。
リルナが放った全力の《セルファノン》が、敵に突き刺さる。
合わせて、みんなの攻撃が加わる。
だが、奴はバリアで耐えている。このままでは決定打にはならない。
男に変身する。
《パストライヴ》
俺は、バラギオンのさらに上空に位置付けた。
気剣を掲げ、全力で気を込める。白い刀身は青白く色が変わり、さらなる輝きを放つ。
気剣は、相手に直接斬り付けてこそ最大の威力を発揮する。【気の奥義】を使っていようとも、このことは変わらない。
持てる全てを。
これがきっと最後のチャンスだ。ここで決めなければ、負ける。みんな殺されてしまう。
そうはさせるか。ここまで来たんだ。やっと、ここまで来たんだ。
犠牲になった多くの仲間たちを想う。
死ぬ必要のない者たちが、死ななくて済む世界を。その第一歩を。
頼む。みんなの気力を貸してくれ。俺に力を貸してくれ!
心の世界を通じて、この場にいる全員の気力と想いを乗せる。
「この一撃は!」
俺は、魂の限り叫んでいた。
バラギオンがギギ、とこちらに顔を向ける。
「みんなの想いだ! 世界に未来を架ける一撃だ!」
その気迫に、感情などないはずのバラギオンは、もしかすると本能的に危険と判断したのかもしれない。
バリアの力をこちらにも向けようとしてしまった。
それが、致命的な隙となった。
みんなの攻撃に対する防御が相対的に弱まった瞬間、バラギオンの肩を《セルファノン》が貫いた。
体勢を崩した奴に、刃を振りかかる。
「貫けええええええええええええ!」
バラギオンの頭に、気剣の先端が突き刺さった。
そのまま、怒涛の勢いで振り下ろす。
「りゃああああああああああああああああああああーーーーーーーー!」
金属が、ネジが砕ける感触が、刃を通して手に伝わってくる。
無我夢中で最後まで振り抜いたとき、何もない空が見えた。
気が付けば、身体を大の字にして地面に身を投げ出していた。
全く力が入らない。
どうやら、《許容性限界突破》の効果も何もかも綺麗さっぱり切れてしまったらしい。
もうみんなの感情も伝わってこない。
だが、そんなことはどうでも良い気分だった。
「勝った……」
やがて、誰かがぽつりとそう呟いたのが聞こえた。
それをきっかけに、まばらに声が上がり始める。
「勝った……勝ったんだ……」
「勝ったのよ! 私たち!」
「うおおおおおおおお!」
「「勝ったぞおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!」」
すっかり荒れ果てた大地に、勝利の雄叫びがこだまする。
あちこちが焦げ付いた匂いすらも、今だけは心地良かった。
「何とかなったな」
「だから言っただろ。終わらせないって」
ふらふらになりながらこちらに微笑みを向けたリルナも、次の瞬間には、身体を大の字にして仲良く倒れ込んだ。




