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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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56「Level Burnt Ground 3」

 放たれた光の矢は、音を置き去りにするほどの速度で瞬く間にバラギオンに届き、膝に備わる副砲の一つに命中した。砲口に吸い込まれるように飛び込んでいき、そのままの勢いで膝を貫通する。

 これで少しはダメージを与えられているといいけど……

 超上位級の光魔法。人体ならば軽々と消し飛ばしてお釣りが来るほどの必殺攻撃が、百メートルを優に超えるほどの機体に対しては細い針を突き刺した程度の手応えにしか過ぎなかった。明らかな損傷は生じていないようだ。

 すると奴はほんの少しの間ぴたりと動きを止めた。ともあれこの挨拶に効果はあったようだ。


《飛行魔法》


 すかさず空を飛び上がる。リルナが上に乗っている装甲車のところまで飛んでいくつもりだった。

 バラギオンはほんの少しだけ動きを止めた他は何もなく、もう膝を立てて立ち上がる行動を再開しようとしている。図体があまりに大きいから立ち上がるだけでも目に見える程度の時間はかかっているが、間もなく体勢が整えば、すぐに殲滅行動を再開するだろう。

 せめてリルナと合流するまでは、足止めしなければ。


 まだまだ。いけ。


《アールリバイン》


 上昇しながら追加でもう二発、立て続けに放つ。

 当時たった一発撃つだけで総魔力の八割も持っていったほどの馬鹿げた魔力消費量は、改良を重ねた結果威力を一切落とさず約五分の一にまで減らしている。

 この世界の魔力許容性が相当低いことを考慮しても、あれから私自身が潜在的に扱える魔力がかなり上昇したことと、《許容性限界突破》の効果から考えれば、まだ十数発は撃てる。もちろんこの魔法だけで使い切るつもりはないけれど。


 今度の狙いは頭だった。奴は普通のナトゥラと違って胸に大穴が空いていてもまだ平気で動いているようだが、さすがに頭を潰せば倒せるかもしれない。そう思ってのことだ。

 しかし、二度もすんなりと攻撃が通るほど甘くはなかった。バラギオンの頭部を、鮮やかな紫色のバリアが覆っていく。紫色の光壁に当たった二本の光の矢は、そこで散り散りになって消し飛んでしまった。


 あいつ、魔法に対する防御手段を持っているのか。元々外の世界からやって来たものだからか、この世界にはない魔法への対策もちゃんとしているというわけね。

 今、全身までは覆わなかった。必要がないからやらなかったのか、さすがにそこまでは出来ないのか。どちらにせよ厄介だね。


 冷や汗が身を包むのを感じる。だが決して動きは止めない。バラギオンが立ち上がるよりもわずかに早く、私はリルナの横に着いた。《飛行魔法》を切って、男に変身する。


「ただいま。リルナ」


 リルナは――他のみんなもそうだが――バラギオンの動向に細心の注意を傾けていた。

 ただ注意を傾けているだけだ。いざ目の前にした敵のスケールがあまりにとてつもないのと、先にこいつやレンクスやらウィルやらがでかいことをやらかしてくれたおかげで、動くに動けないという様子だった。

 彼女は無事に戻ってきた俺を見て、ほっとした顔を見せてくれた。が、すぐに表情を引き締めて言ってくる。


「お前が普通に空を飛んでいたのは、まあ見なかったことにしておこう。それより、何が起きているんだ。いきなり殺されかけたと思ったら、お前の連れが……レンクスだよな。そいつが現れて……」


 躊躇うように言葉を詰まらせる。俺に気を遣ってくれているのだろう。

 レンクスは死んでしまったけど、本当に死んだわけじゃない。大丈夫だよと目で頷くと、彼女はこくんと頷きかえして続けた。


「それに、いきなり現れたあの男は何だ。あまりに凄まじい強さの生命反応だ……」


 これまでどんな相手を前にしても怯むことだけはなかった彼女が、明らかに恐れの感情を露わにしていた。バラギオンに対してではなく、ウィルに対して。

 彼女には生命反応を感知する力がある。初対面であの凄まじいエネルギーの塊を直に感じ取ってしまったら、無理もないだろう。文字通り世界を消せるだけの圧倒的な力を前にして、情けなく震え上がるだけだった俺に比べたら、恐怖に彩られた顔でもしゃんと二の足で立つ彼女はずっと気丈に思えた。

 詳しく説明している暇などもちろんないので、簡単に答える。能力の説明のときに少しだけ話したから、これで通じるだろう。


「あいつだよ。俺が言っていた最悪の知り合いってのは。だけど、とりあえず今は放っておいていい。何もしないように約束させたから」

「そんな口約束が通じるような奴には見えなかったがな」


 君の言う通りだ。俺だってそんなことはわかってる。

 どの道あれが本気を出したら、世界は一瞬で終わりだ。

 隕石、月の落下。あの世界でそうしたように、思い付く限りのことはなんでも出来るに違いない。バラギオンよりもずっと明確に終わらせに来る。

 そんな奴が当面の間何もしないでやると約束し、言葉の通りに静観している。こっちはとりあえず信じて動くしかカードがない。悔しいけど。


「今はほっとくしかないさ。それより――来るよ」


 はっとして、リルナが前方に視線を戻す。

 バラギオンは、ついに完全に立ち上がってはっきりと俺たちの方を見据えていた。

 片翼が吹き飛び、胸に大きな風穴が空いた見るも痛々しい姿。それでもなお、圧倒的な脅威であることに変わりはない。

 ここからが本番だ。


「すぐに戦闘開始の号令をかけるぞ」


 通信機を手に持ったリルナを、俺は制した。


「その前に。能力を使うよ」

「……やるんだな」

「ああ」


 いきなりとんでもない攻撃があって、かなり予定は狂ったけど。


 やはり俺の能力には、心が強く関わっているらしい。目には見えないけれど、人の心も確かに世界を為す要素の一部だ。それを俺はそのまま受け入れる素地を持っている。

 この場にいるみんなの心を、俺はもう意識すればそれなりの程度で感じ取ることが出来ていた。

 心の世界は相当強度に活性化し、普段は真っ暗闇だけなのが、今はあのときのように白い星々を散りばめたような満天の輝きに包まれようとしている。

 これを意識的に利用すれば。自分の心の力だけを外界へ解放する《マインドバースト》よりも、遥かに大きな力を行使することが出来る。

 原理上はそうだ。俺の能力にも、他のフェバルに劣らない可能性がある。あとは、自分の精神が耐え切れるかどうか。


 レンクス。見ててくれ。

 俺、やってみせるよ。


『私も精一杯支えるから。この前みたいに一緒に混ざり合って、理性が溶けちゃわないようにね』

『うん。一緒に頑張ろう』


 心の世界に入り込むと、そこには「私」が覚悟を決めた面持ちで待っていた。

 俺が左手を伸ばすと、「私」は右手を伸ばした。

 二つの手が、固く結ばれる。

 精神を集中する。気を強く持って身構える。


 いくぞ。心を繋げ。


《マインドリンカー》


 刹那、莫大な外部の世界情報が一気に流れ込んできた。

 この世界に来てからの全ての出来事が、頭の中を駆け巡る。頭が割れるような衝撃を最初は感じたが、じきにそれも通り越して、ただひたすら抵抗なく自分へ染み込んでいく。

 それと一緒に、みんなの闘志。憎しみ。怒り。悲しみ。怯え。

 色んな感情がごちゃ混ぜになって、俺のむき出しの心をありのままに突き抜けていく。

 それが激しく心を揺さぶって、理性を押し込めようとしていた。

 ああ。また、あのときと一緒だ。

 途方もない力が湧き上がってくる。代わりに自我が溶けて曖昧になっていく。

 俺(私)の境界がぼやけていく。

 なぜだろう。どうしようもなく冷たくて。でもあったかくて、心地良い。

 このまま身を任せれば、どれほどのことが出来るだろう。

 俺(私)の全てが繋がって、一つになってい――



「気を強く持て。忘れるな。お前はユウだ」



 き……こ……え、る……?


「「リル……ナ……?」」


 ほとんど消えかかっていた自我が、不意に呼び戻される。

 信じられないことに、目の前にはリルナが立っていた。

 ここは、心の世界の中じゃ……? どうして……?

 彼女は、こちらを真っ直ぐに見つめて手を差し伸ばす。


「行くぞ。みんなを助けたいんだろう」


 強引に手を取られたとき、やっと理解した。

 そうか。君はここまで入ってきてくれたのか。

【神の器】は、ありとあらゆるものを受け入れることが出来る。それは、「人そのもの」であっても例外ではなかったのだ。

 でもまさか、他人がこんなところまで入れるなんて。そんなことが……。


 とにかく、彼女のおかげでギリギリのところで持ちこたえられた。心の世界の全要素が繋がって理性を完全に吹き飛ばしてしまう手前で止まっている。危うくまた一つになりかけていた「私」も、俺から分離して元に戻っていた。

「私」が頷きかける。

 俺はリルナの手をしっかりと握り返した。そのまま導かれるようにして、現実世界へ出ていく。


「大丈夫か。戦えそうか」


 気が付くと、リルナが俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。手はしっかりと繋いだままだ。俺はいつの間にかどっと掻いていた冷や汗を拭いながら答えた。


「うん。なんとかね」


『君も大丈夫か』

『こっちもなんとか』


「私」も無事のようだ。


『ごめんね。結局抑えられなくて』

『いいよ。これは俺の責任だから』


 結局自分だけではまだ無理ということか。


「リルナ。ありがとう」

「お前は礼を言うのが好きだな。いいさ。大変なのはここからだぞ」

「わかってる」


 どうやら、ある程度能力を制御することは出来たらしい。レンクスが《許容性限界突破》を効果的にかけたときに匹敵するほどの、素晴らしい力が身を包んでいた。この世界に来た当時の数十倍はあるだろう。

 俺だけの力じゃない。「私」の助力の上に、リルナも干渉してくれているようだ。三人で協力して抑え込んでいる。

 そしてなるほど。リルナの言う通りだ。今回は理性を保てているからわかった。確かにみんなにも同じような強化効果がかかっている。伝わって来る感情からは、突如湧き上がった力に戸惑っている節が見られた。

 ――これなら、きっといける。


 随分長いことのように感じたが、現実世界では一瞬のことに過ぎなかったようだ。バラギオンは攻撃態勢に入ろうとしている。どんな攻撃を仕掛けてくるのかわからないが、きっとろくなものではない。

 させるか。

 これほどまでに許容性と身体能力が高まった今の状態でなら、危なげなく使用することが出来る。

 イネア先生の師匠、ジルフさんから教えられたこの能力。今こそ使う時だ。


【気の奥義】――解放。


 俺自身を含めて、この場にいるヒュミテ全員の気力がさらに急速に高まっていく。リルナたちナトゥラや機械類は直接はこの能力の恩恵を受けられないが、俺が物としての気力強化を付与してやることで、間接的に能力を高めてやる。

 バラギオンは、動き出そうとしていたのを止めて観に回っていた。そう言えばあいつにも生命エネルギーを感じる能力はありそうだよな。それでこの異常に感付いて警戒したのだろうか。


 これでおそらく数百倍。この場にいるみんなの力を足し合わせて、全員で共有することが出来た。

 これが俺の能力の使い方か。やっと少しわかってきた。

 バラギオン。今度はそう簡単には負けないぞ。

 もうこの世界で誰かが死んでいくのを見ているだけなのは嫌なんだ。殺させはしない。


 バラギオンはとうとう動き出した。残る片翼からブーストのように炎を発して、目まぐるしい速度でこちらへ飛び込んでくる。


「来たぞ」

「大丈夫」


 俺は右手を真っ直ぐ突き出して、ぴたりと構えた。

【気の奥義】によって理を覆した気力は、もはや距離を問題としない。

 この技の名に込めた本来の意味。ようやくあるべき形で使うことが出来る。


 高められた気の波動が、空を断つ。


《気断掌》


 不可視の衝撃波が、瞬時にして敵へと襲い掛かる。

 ドン! と轟音が生じたときには、バラギオンの山のような巨体が止められ、さらにのけぞっていた。


 すかさず、突き出したままの右手から連発する。

 二発。三発。四発。五発。


《気断掌》を打ち込んでいくと、その度に金属の凹むような音が響いて、バラギオンの巨体はじりじりと押され、後ずさっていく。

 奴が大きく態勢を崩したところで、技を止めて気剣を作り出した。それは今までほとんど見たこともないような強烈な輝きを放っている。

 さらに気力を込めると、白い気剣は目の覚めるような青白色に変化する。

 剣を構え直して。振り下ろし、放つ。


《センクレイズ》


 剣閃が生じた。それは大気を切り裂く絶大な刃となって、光の矢にも劣らぬ速度でバラギオンに向かっていく。

 バラギオンも対抗せんと、強力なバリアを展開する。が、すぐに失策と断じたのか、避ける方向に身を動かした。巨体を全く感じさせない恐るべきスピードだ。

 だが少し遅い。

 さすがに一瞬の判断では、奴もかわし切れなかった。間もなく剣閃が地を割り、視界の果てに消えていったとき――

 奴の左腕は、目算で約四分の一が縦に削り取られていた。さらに、そこに取り付いていた副砲のいくつかが完全に破壊されている。


「みんなの分の力を込めた。そう簡単には防げないぞ」


 おそらく奴に感情などあるわけはないのだが――心なしか、奴が初めて俺たちを真の敵とみなしたような気がした。少なくとも、危機感を覚えたのかもしれない。

 奴の身に纏う雰囲気が変わった。

 ここからは、一切の出し惜しみをせずに死ぬ物狂いでかかってくるだろう。そんな予感がした。


 リルナが通信機を手に、全員に呼びかける。


「行くぞ! 畳み掛けろ!」


 ディグリッダーが巨大なビームライフルを構えて撃ち出したのを合図に、総攻撃が始まった。

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