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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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52「エルンティア独立戦争 2」

 リルナはその場にいる全員に語りかけた。テオが行った政治家ばりの演説とは違い、余計な言葉は一切なく簡潔で力強い。


「目標はプレリオンからのナトゥラの保護及び焦土級戦略破壊兵器ギール=フェンダス=バラギオンの討伐だ」


 いよいよかと緊張が高まる。リルナは明瞭な声で続けた。


「隊を四つに分ける。第一に、戦闘部隊を七百名。七名ずつの小隊に分かれて行動し、プレリオンとの戦闘に小隊全員で協力して当たれ。奴らは強い。決して単独で戦おうとはするな。第二に、救助部隊を三百名。各戦闘小隊に三名ずつ付き、ナトゥラの保護を優先しろ。戦闘部隊、救助部隊は常に連携を取り、状況に応じて各自の役割に固執せず、臨機応変に対処せよ。この二隊の指揮はラスラに任せる」

「了解した」


 リルナの隣でラスラが、引き締まった顔つきで敬礼をした。リルナは彼女の方を向いて頷くと、再び全員の方へ向き直った。


「第三に、接収部隊を二百名。ディークラン本部を速やかに制圧し、有用な装備を回収せよ。特に対大型兵器車両と機動兵器ディグリッダーをかき集めろ。バラギオンを迎え撃つための準備だ。第四に、制圧部隊を三百名。中央工場及び中央処理場を速やかに制圧せよ。中央処理場へ連行されたナトゥラを救い出し、殺戮の元を断て。この二隊の指揮はわたしが引き受ける」


 隊から、おお、と小さく感嘆のざわめきが漏れる。まさか彼女がヒュミテを率いる日が来ることになるとは誰もがつゆも思っていなかっただろう。


「クディンには地下における全ての指揮を任せる。地下部隊よりの増援は中央区へ寄こし、第三、四隊と合流させてくれ。それから、全ての進行状況はレミに集積し、彼女より適宜全員に伝達せよ」

『了解だ』


 彼女は一旦言葉を止めて、全員を今一度見渡した。しんと張り詰めた空気が頬を撫でる。

 彼女は、神妙な面持ちで口を開いた。


「命を賭して集まってくれたこと、心より感謝する。わたしたちは、これまで何も知らず互いを傷付け合い、あまりに多くのものを失い過ぎた。わたし自身も決して許されない罪を犯した。そんなわたしに、何かを言える資格はないのかもしれない。だが……それでもあえてこの場を代表して、言わせてほしい」


 決然とした瞳を湛えて、声を響かせる。


「もう失うのはやめにしよう。ここで終わりにしよう。嘘に血塗られた歴史は。だから……お前たちも死ぬな。もうこんな戦いに、命をくれてやるな」


 そして、一段と力強く声を張り上げた。


「生きろ! 生きて未来を掴み取るぞ!」


 呼応するように、雄叫びが上がった。

 まあこうなることは何となく予想してたから、しっかり防音の魔法かけといて良かったよ。

 私も物陰に移動してこっそり男に変身し、戦闘に備える。戦いになれば俺の本分だ。

 大勢の戦士たちを見回して、とても心強く思った。こんなに集まったのはサークリスの時以来だけど、やっぱり胸が熱くなるな。



 さすがにこれだけの大人数となると即座に動き出すというわけにもいかず、小隊長決めや細かい指令などでもうしばらくの時間を要した。その間にも犠牲者が出ているであろうことがもどかしいが、致し方ない。

 すっかり戦闘モードの凛とした顔つきのリルナが、こちらに近づいてきた。俺と敵対していたときに比べると、目に憎悪がこもっていないだけ幾分表情は柔らかい。


「第三隊と第四隊は中央区までは固まって動くが、そこからは分かれる予定だ。ユウ。お前はどこに付く」

「俺は第四隊に加わるよ。あの二か所は特に多くのプレリオンが集まってるだろうから、三百人じゃちょっと不安だ」

「ふっ。そう言うと思ったぞ。お前は人助けの方が性に合っているからな。ならわたしは第三隊で行動しよう。本部は家みたいなものだしな」


 そこにいつものアサルトライフルを背負ったアスティが、明るくにこにこしながら歩み寄ってきた。右腕に絡みついてきて、ぱちりとウインクする。

 毎度のことながら、スキンシップがちょっと積極的過ぎるんだよな。この子。


「あたしも第四隊いきまーす。ユウくんのサポート、ばっちりさせてもらいますからね♪」


 そのとき、心の世界の方でも、「私」が首の後ろから腕を絡めて纏わりつくように抱きついてきて――これだけなら割とよくされることなのだが――さらに横から顔を寄せて、こちらもウインクしてきた。

 

『もちろん私もしっかり陰からサポートするからね』

『もしかして、張り合ってる?』


「私」はアスティと同じようににこにこ笑いながら、俺の言葉はしっかり無視した。

 リルナは、俺とこんなときに呑気な調子でじゃれついているアスティを交互に見つめて、呆れたのだろうか。やや不機嫌そうに眉をしかめてから、こほんと大袈裟に咳払いして言った。


「アスティ。ユウを頼んだぞ」

「ラジャー」


 アスティがさらにべったりと腕に絡んだところで、リルナはぷいと顔を背けて向こうの方に指示出しへ行ってしまった。

 隣のアスティはというと、何だかやたら面白そうに小悪魔な笑みを浮かべている。


「何でそんなに面白そうにしてるんだ」

「んー。なるほどそうだったのかと思って」

「何が?」


 彼女は妙に生暖かい目をこちらに向けてきた。


「ユウくん。しっかりね」

「ああ。アスティもな」


 意図がよくわからなかったので、この先の戦いを想いながらとりあえずそう返すと、くすくすと笑われてしまった。



 ロレンツは戦闘部隊の方に参加して、ラスラを支えることにしたようだ。

 後方には第三、四隊計五百名が整然と隊列を為している。その前に俺とリルナが横並びで立っていて、アスティは最前列の方にちらりと姿が見えている。姿を見つけると、こっちに向かって元気に手を振ってきた。

 リルナは当然前に出るとして、隣にいる俺は誰だろうってきっとみんな思ってるだろうな。転移魔法使ったときは女だったし。

 背後からひしひしと感じる怪訝な視線に、仕方ないことだとわかっているのだが、俺は溜め息を吐いた。

 一応強い助っ人だとか説明はしてくれたけど、みんなピリピリしてるからね。得体の知れない奴がでかい顔してたら、なんだって思うのは当然だろう。ここは少しでも活躍を見せて安心してもらうしかないな。

 やがてリルナが、号令をかけた。


「行くぞ!」

「「おおーっ!」」


 第一、二隊に先立ち、第三、四隊の合同部隊は中央区に向けて進撃を開始した。

 本当なら転移魔法で直接中央工場まで行ければ早かったんだけど……転移を使って同時にマーキングされたのは地下だったから、残念ながら潰れてしまっている。

 他のフェバルが使っているチートワープと違って、どこでも好きなように飛べるわけじゃないからな。あまり近くだと上書きされて、何カ所もマーキングは出来ない仕様になっている。それが仇となってしまった形だ。

 音声魔法がかかっている範囲を抜けたところで、こちらに気付いたプレリオンがぞろぞろと湧いて出て来た。

 早速お出ましか。

 リルナがこちらに目配せしつつ、言った。


「道を斬り拓くぞ」

「オーケー」


 リルナが双剣《インクリア》を抜く。水色の光刃は、透き通るような輝きを放つ。

 俺も《マインドバースト》を発動し、右手に純白の気剣を構えて、彼女と横並びに駆け出した。

 敵のビームライフルから放たれる矢雨のような光線を見切って、弾き、最小限の動きでかわし、ほぼ一直線に突き進む。

 同時に敵の最前列へと辿り着き、上段斬りの一閃。

 あわれ最初の犠牲者は、すっぱりと首を刎ねられて完全に動作を停止した。

 そのまま、二体、三体と瞬く間に斬りつける。《マインドバースト》によって威力の保証された気剣は、機械の身体を紙切れのように容易く切断した。

 リルナも負けじと、同じペースで敵を斬り倒していく。いや、双剣で手数があるだけ、向こうの方が多少ペースが早いか。

 後方で大きな歓声が湧き上がる。士気を上げるのには、どうやら十分な効果があったみたいだ。


 俺たちが作った道に、スレイスを手にした後続の戦士たちがなだれ込んでくる。そのまま、次第に乱戦模様になっていった。

 この場における第一の目的はあくまで前進だ。行く手を塞ぐ敵を斬り倒しながら、増援が途切れる隙を突いて着実に進んでいく。

 いくら死ぬなとは言っても、そう現実は甘くない。何人ものヒュミテが既にやられていた。戦いに犠牲は付き物とわかっていても、込み上げる怒りと悔しさを抑えることが出来ない。

 わかってはいたけど、きつい戦いだ。

 一対一では基本的にプレリオンの方が強いというのに、こうも数まで多くては……!


 さらに輪をかけて厄介なのは、彼女らが備える飛行機能だった。こちらの手の届かぬ上空から、悠々と頭上を狙い撃ってくる。おかげで、地上にも空にも注意を向けねばならず、かなりの精神的な消耗を強いられていた。ライフルを装備した狙撃者が対処しているものの、高速で自由に飛び回る彼女らを撃ち落すのは容易ではない。


 くそ。剣が届かない。魔法を使って羽を狙えば撃ち落せるけど……大規模な魔法を何度も使ったから、相当魔力が減ってきている。

 使いどころを考えないと、いざというときに使えなくなるのはまずい。

 だがこんな銃で、効くのか?

 腰に付けた頼りないハンドガンに視線を落としたとき、死角から不意に光線が飛び出してきた。


 うわっ!


 ギリギリの所で首を動かして避ける。

 ふう。今のは危なかった。

 反撃しようとしたところで、狙い澄まされた銃弾の一撃が、彼女の動力炉を貫いた。

 後ろを振り返ると、アスティが得意気にピースサインをかましている。

 彼女は愛用のアサルトライフルを身体の前に抱えて、こちらに駆け寄ってきた。


「ちょっと疲れちゃった?」

「まだまだいけるさ。君の方こそ大丈夫か」

「あたしもまだまだ。鍛えてますから!」


 えっへんと胸を張った所に、彼女の後ろから当たれば致命のラインで光線が流れ飛んできた。瞬時に気剣を振り払って、弾き飛ばしてやる。

 目を丸くしているアスティに、笑いかけた。


「危なかったね。やっぱり疲れてるみたいだ」

「……そうみたいね。んじゃ、支え合っていくとしますか」

「そうしよう」


 地上の敵は俺が相手をし、空中はアスティが相手をすることにした。互いが互いの役割に専念すれば良くなって、大分負担が軽減された。何度も訓練した仲なので、息もぴったり合っている。

 ふと向こうを見ると、絶対防御を誇るリルナは傷一つすらなく余裕で敵に対処していた。彼女は、傷付いた仲間たちを守るように立ち回っていた。


「耳を塞げ! テールボムを撃ち出すぞー!」


 どこかから、辛うじてそんな男の声を聞き分けた。

 言われた通りにすると、直後、前方で大爆発が巻き起こる。

 数十体ものプレリオンが、一挙として跡形もなく砕け散ったのだった。敵の包囲がそこで途切れ、前方が死角なく開けている。


「今のうちだ! 前へ進め!」


 また誰かの叫び声が聞こえた。何度目かになる前進の機会だ。

 幾分数を減らしてしまった隊は、陣形を大きく崩しながらも、決して連携は忘れずに前へ進んでいく。

 中央区はそろそろ近づいてきていた。ドーム型の中央工場が次第にその大きさを増していることからもわかる。


 だが、中央区いくつか手前の大通りに差し掛かったところで――プレリオンの大隊列が待ち受けていた。ざっと目算するだけでも、数百を超えるほどの数だ。

 それがこちら目掛けて、一糸の乱れもなくずらりとビームライフルを向けている。

 そして何らの合図もなしに――それがシステムに統率された機械兵器の恐ろしい所なのだが――一斉射撃が行われる。


 まずい! このままでは恐ろしい数の犠牲が――


『大丈夫! させないから!』


「私」が魔法の準備を済ませていてくれたようだ。助かった。


『頼んだ!』


 ここは使いどころよ。

 ユウと交代で出て来た私は、魔力の消費を惜しまずに攻防一体の光魔法を放つ。


 跳ね返せ。


《アールレクト》


 横一列に光の壁を展開する。アーガス・オズバインが得意としていた《アールレクト》は、注いだ魔力によって上限こそあるけれど、正面から当たった魔法及び非物理属性の攻撃を、そのままの威力で跳ね返すことが出来る。あの光線なら、効果はてき面のはず。


 狙い通り、こちらに大打撃を与えるはずだった大量の光線はことごとく弾き返されて、逆に彼女たちに牙を向いた。針の山に突っ込んだように穴の開いた殺戮天使は、その大半が動かぬ金属の屑と化した。

 一手間違えれば私たちがこうなっていたかと思うと、恐ろしかった。


『はい。一丁上がりっと』

『咄嗟によくあれを撃てたね』

『やるでしょ。私も一緒に戦ってるんだからね』

『本当に助かった。何かあったらまた頼む』

『うん』


 心の世界でハイタッチを交わして、再び俺に主導権を戻す。


 どうやら今のでしばらくは打ち止めなのか。敵の姿は影も形も見えなくなっていた。

 道中でかなり敵の掃除も出来たし、追手の方も少しは大丈夫だろうか。



 俺たちは第三街区一番地、中央区前交差点までやってきた。 

 ここで予定通り隊を二つに分けるため、簡単に人数確認が行われた。予定の比率で分け直すためだ。

 五百人いた隊は、三百七十八人にまで数を減らしてしまっていた。

 あれだけの猛攻撃を受けて百人少々しか犠牲が出なかったとも言えるが、自分としては百人以上も犠牲に出してしまったという気分だった。亡くなった人のことを思うと、心が苦しくなる。

 隣に来たリルナも、明確なダメージこそないが、さすがに精神的な疲労が窺えた。


「ようやくここまで来たな。さっきの攻撃は驚いたぞ」

「どうにか上手くいったよ」


 彼女は周囲を見渡して、首を捻った。


「先ほどから敵がいないが、どういうことだろうな」

「さあ。どこかに潜んでいるんだろうか」


 でも急に消えてしまったのは、確かに変だよな。

 どうも引っかかる。何か大事なことを見落としているんじゃないか――

 考えを巡らせて、その何かがちらりと脳裏を過ぎった。


 その瞬間だった。


 隊から、まばらにどよめきが起こる。すぐにそれは悲鳴へと変わった。原因は直ちにわかった。 

 なんだと!?

 突然、大量のプレリオンが一度に現れたのだ。

 前後左右に隙間なく配置された白の殺戮人形たち。一切の逃げ場は存在しなかった。


 ちくしょう! やられた! 敵も転移を使ってくる可能性をもっと早く考えるべきだった!

 

 トライヴゲートがなければ大量転移は出来ないと、どこかで考えていた。

 だがトラニティのような者がいないとは、限らないじゃないか!

 迂闊だった! なんとかしないと!


 敵は既に、先ほどと同じように一斉にビームライフルを構えている。一度失敗した作戦であっても、躊躇は一切ない。彼女らに失敗や死の恐怖などあり得ないのだ。

 彼女らの誰かがやられてしまっても、たった一方向から攻撃が成功すれば良いと、そう考えている。


 今から手を繋いでいる時間はない。転移魔法を使っては間に合わない。


 また《アールレクト》を――ダメだ! 四方同時ではとても防御が間に合わない!

 でもやれることを! せめて一方向だけでも守れ!

 女に変身し、前方に光の壁を張る。


 ――もう魔法を使う時間がない。


 男に再変身し、気力で防御を固める。次の手を!

 だが、もう一刻の猶予も残されていなかった。

 ダメだ! このままじゃ、自分とリルナしか間に合わない――!

 リルナは、必死の形相で《セルファノン》を放とうとしていた。だが、その技は威力こそ高いが、チャージには時間がかかる。間に合わない。


 いよいよ敵の猛火が、こちらを殲滅せんと襲い掛かろうとしたとき――


 どこかで見覚えのある熱線が、左翼を一斉に溶かしつくした。

 同時に、衝撃音のようなものが炸裂し、右翼を撃滅する。

 後方では、音もなく静かに敵がばたばたと倒れていった。


 そして三方から現れた者たちの影を認めたとき、リルナの目がはっと見開かれた。

 酷く驚きに染まり――もう次の瞬間には、泣き出しそうな顔になっていた。


「おう! 言わなかったか!? 地下から増援が来るってよお!」

「まあつまり、そういうことだ」

「感動の再会というやつなのかしらね」


 図ったタイミングで、無線の通信が入る。


『どうだ。頼もしい助っ人は』


 俺は、ほっと胸を撫で下ろした。油断したら、その場でへたれ込んでしまいそうだ。

 はは。クディンめ。本当に粋なことをしてくれるじゃないか。

 リュートの言ってた大変だったって、こういうことだったのか。


「ステアゴル! ジード! ブリンダ! お前たち……!」


 我も忘れて三人に飛び込んでいくリルナを責める者は、誰一人としていなかった。

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