48「人工生命の星エルンティア」
「これは……なんなのだ……」
リルナが、震える声で繰り返した。憔悴し切った様子で、よろよろとガラスケースへ歩み寄っていく。
「見たままだよ。生体型のナトゥラ。それがヒュミテの正体だったんだ」
ケースの下に取り付けられた製造番号プレートに目をやりながら、そう答えた。
「ならば……わたしたちは……ずっと、造られた者同士で殺し合いを演じてきたと言うのか……!」
リルナが、絶望と憤りの入り混じった声で呻く。俺は彼女に近づいて、肩にそっと手を乗せた。
「そうだ。辛いことだけど……これが真実だったんだよ、リルナ。この世界には、最初から人間なんていなかった」
近付いたので、ケースの中にいるモノと目が合った。何かを訴えかけるような目。造りかけのまま止まっている彼あるいは彼女を、ここから出してやることは出来ない。
彼女の肩に乗せた手に、少しだけ力がこもる。
「人の手で造られた生命のみが暮らす世界。人工生命の星エルンティア」
そして、振り返る。
一見何もない虚空に向かって、俺は告げた。
「そうだろう。プラトー」
「……気付いていたのか」
死角からすっと音もなく現れたのは、ディーレバッツの副隊長だった。右腕のビームライフルを、こちらに向けて油断なく構えている。
はっとしたように、リルナも振り返った。
「プラトー……!」
あまりのショックに、周囲に注意が向かなかったのだろう。その点、部外者である俺は幾分冷静で、周りがよく見えていたということになる。
「そう何度も不覚は取らないさ」
じり、とリルナが足を踏み込んで構えた。刃を抜こうとしたのを、さっと左の義手の方で制して、俺は彼に忠告した。
「さすがにお前一人では、俺とリルナを同時に相手して勝ち目はない。わかっているはずだ」
今すべきことは、この男をぶちのめすことではない。何より事情をよく知っているのが、この男なのだから。
プラトーも、勝ち目がないのはよく理解しているのだろう。見つかった時点で、もう戦う意思はないようだった。やるせなさそうに肩をすくめ、嘆息する。
「まさかこんなところまで乗り込んで来るとはな。どうやったのかは知らないが……恐れ入ったよ」
「確証はないけど、仮説は立ててきた。答え合わせに付き合ってくれるよな」
「……ああ。構わんさ」
プラトーは陰鬱な表情で、ゆっくりとビームライフルを下げた。
それを見ても、リルナは一切警戒を解かなかったが、少しだけほっとしているようにも見えた。
手痛く裏切られたとは言え、本音としてはかつての仲間と戦いたくはなかったのだろう。気持ちはよくわかる。
俺は、向かい合うリルナとプラトーに交互に視線を交わしてから、これまで得た断片より組み立てたこの世界の筋書きを話し始めた。
「発端は約二千年前に遡る。詳細はわからないが……宇宙侵略戦争とやらに負け、ほぼ全てを失った人類に残っていたのは、破滅を招いた先端技術の一部と、到底明日を生きられない死の星だけだった」
二千年経っても、爆心地である旧首都エストレイルは死の雪が絶え間なく降り積もる有様だ。
それが実際の当時なら――答えは明白だ。どう足掻いたって、この星のどこにいようと人間が生きて行けるはずがなかった。
仮にヒュミテが当時を生き抜いた人類の末裔だとするならば。多少技術が衰退したところで、今頃になって遥かに脅威の衰えた放射能に怯えることなどあり得ない。出生率の低下も何もかも、今さらなんだ。そんなことで危機に瀕しているなら、とっくの昔に全て死に絶えていなければおかしかった。
だから、人類はもうここにはいない。
「生き残った人類は、苦渋の決断を下した。この星を捨てて、離れることにしたんだ」
宇宙に本格的に進出したほどの技術なら。地球のようにただ月に行ったとかそういうレベルではない。異星と当たり前のように交流し、戦争まで始めてしまったほどの技術だ。それは可能だろう。
プラトーに向き合って話していたが、そこで一度ちらりとリルナを見る。彼女は口の端を結んで、俺の話に聞き入っているようだった。自分が口を挟めるようなものでもないと判断しているのだろう。
同じく黙って話を聞いていたプラトーは、そこで初めて口を開いた。
「少しばかり付け足そう。旧人類は、大きく三つのグループに分かれたとされている。一つは、あくまでこの星に生きることにこだわり、死の運命を共にした。一つは、新天地を求めて遥かな宇宙の旅に出た。そして、最後の一つは――」
そう。その一派こそが、おそらくこの星の現状を作り上げた黒幕だ。
「あくまでこの星の支配者として、君臨し続けることを望んだ。いつの日かこの星が回復して、問題なく暮らせるようになるそのときを待っている。そうだろう」
「……そうだ」
プラトーは、険しい顔で静かに認めた。その顔に、どこか嘲るような悲哀を感じてしまったのは、どうしてだろうか。
「ディー計画というのは、たぶん彼らが約束の日にこの地に返り咲くための計画のことだ。複数のタイプの汎用型ナトゥラが製造された。機械型である普通のナトゥラと、生体型のナトゥラであるヒュミテ。他にどんなものがあるのかは知らないけど」
「プレリオンだ。テストの裏仕事と後処理を担当している」
「まあそんなところだろうと思ったよ」
「テストとは、なんなのだ?」
「ある程度予想は付いてる。順を追って話していこう」
最悪のテストがな。
逸るリルナを抑えて、自分も吐き捨てたくなる気持ちを押し込めながら、まずは筋道を立てていく。
「計画のために、ナトゥラは、そしてヒュミテも、正しく人類の道具、奴隷としての扱いを受けてきたんだ。そして今も陰から支配を受け続けている」
だからリルナ。操られていたときの君の怒りは、ずれたところでは正しかったんだ。何という皮肉だろうか。
人間は、自分の造ったものには敬意を払わない。誰がコンピュータを丁重に扱うだろう。誰がモルモットに同等の扱いをするだろう。そうした「当たり前」の感覚が、このような悲劇を起こしてしまった。
それでも俺は、怒りたかった。ナトゥラもヒュミテも、とっくに立派な「人間」なんだ。それが好き勝手に虐げられていいはずがない。もっと違う穏やかなやり方が、あったはずなんだ。それをちゃんと考えてやるべきだったんだ。
つい拳に力が入った。続ける。
「いつか人類が帰ってきたときに、星が全て自然に還っていては困る。復興作業もあるが、何より文明の維持が、機械型のナトゥラに命じられた。機械の身体であれば、放射能の影響は一切受けないからね。でも、それだけでは足りない。文明の維持には、人に劣らぬ高度で自立的な知能を持たせる必要があった。そこで、世代交代による知能の蓄積という仕組みが考案された」
プラトーは異議を唱えない。多分に予想が入っているが、どうやら概ねは当たりのようだった。
「だが最初の方は、まだいくらか知能が低かったはずだ。だから、ナトゥラがほぼ現在の知能を獲得するまでに、色々と失われてしまったものもあったのだろう。かつての人類が持っていた文明よりも、現在の文明が幾分衰退してしまっているのはそのためだ」
「なるほど。それでわたしやプラトーには、現代では再現不可能な機能があったのか」
納得した素振りを見せるリルナに、俺は頷き返した。
「ああ。でもそれで都合が良かった。ある程度の衰退は、計算の内だっただろうね。人類は、ナトゥラがあまりに進んだ文明を持つのを恐れていたはずだ。誰でも、万が一自分たちに取って代わられてしまう可能性は考えたくない」
そしてその恐れゆえに、徹底的に管理されたに違いない。余計なことはしないように。
ふと、疑問に思っていたことをプラトーに尋ねる。このタイミングが良いだろうと思ったのだ。
「ところで、チルオンとアドゥラに分かれていて、機体更新をしなければならないのはどうしてだ?」
これがさっぱりわからなかった。
プラトーは、あっさりと答えてくれた。
「単なる技術的な問題だ。学習機能に優れた機体がチルオンなのだが、その特質は製造後十数年で失われてしまう。ちょうど良いから、子供と大人で分けるということにしたらしい。何もかもに重大な理由があるわけではない……」
……そうか。そういうこともあるよな。ちょっと勘繰り過ぎていたか。
気を取り直して、さらに続ける。確かめるべきことは多い。
「ヒュミテもまた、造られた存在だった。何のために? コンピュータシステムによって管理された、残酷なテストのためだ。これについても、予想はあるが確証はない。答えを聞いてもいいか?」
頷いたプラトーから返ってきたのは、概ね予想通りの、吐き気のするような答えだった。
「ヒュミテは、この星が放射能汚染からどれほど回復したかを、テストするために造り出された。人間に非常に近い性質を持ったモルモットだ……。人と同じように生を営み、人と同じように数を増やす。そして人と同じように、放射能による害を受ける」
くそっ! 心の内で毒吐く。
やっぱりそうか。要するに、最初から「殺す」ことを前提に造られた生き物だったわけだ!
「管理を容易にするため、ヒュミテは王の役割を与えられた者に惹き付けられて、彼を中心に集まる性質を持つ。ルナ・トゥリオーム。生体型ナトゥラの王に与えられるタイプ名だ。ナトゥラを少々もじっている」
「さすがにそこまでは気付かなかったよ」
つまり王救出作戦というのも、お前からしてみれば起こって当たり前のことだった。最初から、茶番の要素が入っていたわけか。
いや、そうは思いたくないな。あの作戦に賭けた仲間たちの想いは、本物だった。
この事実は、テオには黙っておくことにしよう。あまりにも辛過ぎる。
胃がきりきりと痛み出したのを感じながら、俺は燃え上がりそうな激情とは裏腹にやや冷たい調子で言った。
「テストの期間は二百周期、つまり二百年だった」
「……それが何を意味するか、お前ならもうわかるだろう」
「どういうことだ……?」
リルナが、憤りと困惑がごちゃ混ぜになったような顔をしている。先ほどから話についていくのがやっとという様子だが、彼女にとっても、知れた情報のろくでもなさは明らかだった。
「ヒュミテは人間の忠実な模倣だ。出生率も調べるために、あえて増えるように造られた。でも、何かの間違いで増え過ぎては困るんだ。だから、一定の周期で、絶滅させてやる必要がある」
言っていて、どうしてこのような悪魔染みた発想が出来るのだろうと、怒りを通り越してどうしようもなく哀しくなってくる。
そこで、リルナもはっとした。操られていたときと同じような強い憎悪が、瞳に宿っている。
「だから、殺し合いをさせるのか!」
「テスト開始から一定期間を過ぎたところで、双方に仕組んだ殺意を誘発する。ナトゥラの方はCPDを植え付けて、さっきわかったけど、ヒュミテの方はきっと本来は王が焚き付けてやるんだろうな。今回、そうならなかったのは……」
「王がエラー因子だったからだ……。この二千年で初めてのことさ」
「なぜそうなった?」
疑問を投げかけるリルナに、答えてやる。
「何事も計画通りにはいかないということさ。特に、何千年もスパンがあるような長大な計画ならね。二千年も経てば、製造ラインも老朽化し、エラーが頻発するようになってきた。そこでおそらく応急措置として仕立て上げられたのが、地下都市のギースナトゥラだ。そこに可能な限りのエラー因子を押し込めた」
リルナが、息を呑んだ。話題を戻す。
「ナトゥラとヒュミテの戦いは、機械製で自力に勝るナトゥラが必ず勝つ。出来レースだ。そしてヒュミテが全滅したところで、ナトゥラの記憶は操作してやれば、全ては元に戻る」
くそったれ。なんて残酷な真実なんだ。
「そんな……あまりにも酷い話だろう!」
「そうだ。こんなのってあるかよ! 二百年は、何度でも繰り返されるんだ。本当の人類が帰ってくるまで! この二千年ずっと、歴史なんて全て嘘っぱちだ! 何もかもが、最初から仕組まれていたんだ!」
思いの限り吐き出して、少しでも気分を落ち着ける。
粛清はもう始まっている。おそらくかなりの段階で、テストは進行しているはずだ。プレリオンが堂々と動き出したということは、既に最終段階に入っているかもしれない。
止めなければならない。さもなければ、待っているのはヒュミテとエラー因子の――皆殺しだ。
そして、停滞の歴史は繰り返される。
「プラトー。お前は、全て知っていたんだろう?」
「……そうだ。オレの役割は、テストを監視することだ」
プラトーは、ついに観念したように肩を落とした。
「一つだけ、お前が絶対に知らない馬鹿げた真相を付け加えよう……」
「なんだ」
「人類は、とっくに死に絶えている。原因は単純だ。実に下らない足の引っ張り合いさ。とどめは、コールドスリープが万全ではなかった」
俺とリルナは、絶句してしまった。
じゃあ、何のために。
その思いを続けるように、プラトーは嘆息して言った。
「一体、誰のためのシステムなのだろうな。とにかく、このシステムを止める者は、もう誰もいないのだ。終わらないゲームは、繰り返されるだろう」
「運命は変えられないのか。俺たちが力を合わせれば……!」
「そうだ。こんなもの、認められるものか!」
「出来ない」
「なぜだ!?」
リルナが吠える。プラトーは、静かにかぶりを振った。
「オレたちは、いついかなるときも喉元に破滅を突きつけられているのだ……」