A-10「最終フェイズはもう始まっている」
ギースナトゥラの中央部を貫く、甚大なる銀の柱。その内部に、ディースナトゥラの心臓は宿る。
中央工場。地下中枢区画。
そこには、一般には隠された第二の命令系統が存在する。百機議会のような飾りではない。真なる命令系統の一端が、そこには設置されていた。
メインコンピュータは、何らの言葉も発することなく――誰と話す必要もないため、あえてそのような機能は付いていない――ただ黙々とプログラムを遂行していた。遥か昔より与えられた命令に則って。
そして今、此度の試験の99.99%は終了し――最終フェイズは、もう始まっていた。
中央工場の奥深くに安置された、数え切れないほどの特殊機体。その姿に、ナトゥラのような個性は見られない。画一的なものだった。
皆、アルビノのような白い肌と、肩の辺りまで伸びた真っ白な髪を持つ、若い女性の姿をしていた。少しばかり、リルナと雰囲気は似ているかもしれない。
操られていた時の「ナトゥラ兵器」リルナよりも、なお一層冷たく清楚な顔つきをしている。というよりも、まるで一切の生気を感じさせなかった。
それもそのはず。彼女らは自らの意志を持たず、ただ忠実にプログラムに従うのみの存在である。
そしてその行動原理とは、まず異端者の排除、及び試験の後始末に他ならない。
名を、プレリオンという。背に備わる白い翼を模した反重力装置によって宙を舞う、終末の機械天使。
左手に装備された手甲からは《インクリア》と同様の光刃を放出することができ、右腕はプラトーと同じビームライフルになっている。光刃、光弾共にその色は紫である。
リルナとプラトーの備える、旧文明の遺産たる青・水色系の鮮やかなライト装備を最上級とするなら、紫はその一段下位に当たるものだった。さらにずっと性能が下って、現在のエルンティアでは赤のライト装備が主流となっている。
いずれ起動する本隊に先だって、まず数百体ほどが順次目覚めていき、数日ほど前から隠密に予備行動を開始していた。
次々と動き出す彼女たちの様子を何の感慨もなく眺めながら、プラトーは先のリルナとの対決を脳裏に反芻して、溜め息を吐いた。
「所詮、全ては茶番に過ぎないのだ……。だがせめて、リルナ。お前には、ずっと良い夢を見たままでいさせてやりたかった。ディーレバッツの連中も……」
リルナが斬り落したあの男の左腕から、すぐに生体データは得られた。
検査の結果。星外生命体と断定。
このエルンティアにそれが訪れたのは、何百年ぶりのことだろうか。
かつて旧文明が栄えていた頃は、当たり前のように異星との交流があったという。人類は意気揚々と宇宙へ進出し、空前絶後の繁栄を謳歌していた。だがその文明が見るも無残に崩壊してからは、この星は宇宙の中で完全に孤立してしまったかのようだった。
もはやこの星に、外へ手を伸ばす力など全く存在しない。どこまでも、停滞の歴史だった。
「よそ者め。今さらのこのこ現れてどう掻き回そうとも、無駄なのだ。もう遅い……既に最終段階は、始まってしまっている。オレたちは皆、決められた行き先、運命という名のトライヴを、潜るしかないのだ……」
プラトーは、陰鬱な表情で、誰にともなく独りごちていた。
「お前たちが真実を知ろうとするのなら、もう止めはすまい。碌な手がかりなど滅多に残ってはいないだろうが……仮に知ったところで、何も変わらない。どうしようもないということが、よくわかるはずさ。それでもあえて茨の道を進むと言うのなら、無駄な足掻きをしようと言うのなら……好きにするがいい」
リュートとか言うガキを、あえて中央処理場に放り投げたときのことを思い返して、プラトーは後ろ暗い気分になっていた。彼は、自嘲めいた調子で笑った。
「くっくっく。オレも、妙な気まぐれを起こしてしまったものだ。あんな奴に、何を期待していたというんだ。オレがあんな真似さえしなければ、トラニティも、すぐに死ぬことはなかったというのにな……」
あのよそ者が、万が一にも真実の一端に辿り着くことを。そしてその先の可能性を、ほんの少しでも頭の隅で期待してしまっていたのかもしれない。
何にせよ。過ぎてしまったことは、もう仕方のないことだった。
既に賽は投げられている。もはや誰にも止めることは叶わない。
あとはそのときが来るまで、自分はただ何もせず黙って眺めていればいい。
ずっとそうして来たではないか。これまでも、そしてこれからも。ずっと。
プラトーは、すっかり諦めたようにかぶりを振った。
「無駄なんだ。終わらないゲームは、再び繰り返されるだろう。お前如きに盤を引っくり返すことは出来るのか。ユウ――いずことも知れぬ、異星よりの来訪者よ」




