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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
149/279

39「ユウ、酔っ払う」

 一々着替えるのも面倒だったので、女のままスレイスを使って剣の修練を済ませてから、きっちり一時間後に客間へ向かった。

 そこには既に何人ものアウサーチルオンが集まって、わいわいがやがやしていた。ここのアジトで世話をしてくれているナトゥラたちだ。

 一番の上座には、主催であるテオがどっしりと構えて座っている。彼は頬杖をついたまま、全体の様子を微笑ましそうに見つめていた。

 普段は王とは思えないくらいに威厳も全く感じさせず、気さくに話をしてくれる彼だが、いざ収まるべきポジションに収まってみると、中々様になっていると感じた。これが玉座だったら、もっとしっかり王様らしく見えたことだろう。

 既にラスラはテオのすぐ隣、右斜め前の席に座っていた。他にもテオの近くはいくつか席が空いている。どうも私たちのために空けていてくれているらしい。私はラスラの向かいに座ることにした。

 待っていると、アスティがやってきて私の隣に座った。最後に、私たち五人分のお酒の入ったジョッキを持って客間に入ってきたロレンツが、それらを一つずつ私たちの目の前に置いてからラスラの隣に座る。


 やがて全員が揃ったところで、テオがすっと立ち上がり挨拶を始めた。みんなの視線が一斉に彼に集まる。


「今宵はよく集まってくれた。まずはお礼を言わせてほしい。ぼくなんかのために死力を尽くして、見事助け出してくれたこと、心からありがたく思う」

「ぼくなんかのためにとか、それは言いっこなしだぞ。テオ」


 ラスラから野次が飛んだ。テオは肩を竦めて、静かに頷いた。


「そうだな。言葉を変えよう。ヒュミテの王たるこのぼくを助けてくれてありがとう。無事ルオンヒュミテに戻ることが出来たなら、そのときは必ず君たちに力を尽くすと誓おう」


 みんなの熱い眼差しを注がれて、テオは続けた。


「犠牲になった者たちは数知れない。だが、ぼくたちがいつまでも嘆き悲しんでいては、未来を託して亡くなった彼らも浮かばれないだろう。今日はあえて辛いことも忘れて、楽しくやろう。では、堅苦しい挨拶はこのくらいにして。ヒュミテとナトゥラのために」

「「ヒュミテとナトゥラのために」」


 一斉にその言葉が唱和される。宴会が始まった。


「かんぱーい」


 自分のジョッキを持って、隣のアスティとジョッキをぶつけようとした。が、全く相手にされず、すっとかわされてしまった。

 あれ?


「ユウ。お前、一人で何やってんだ?」


 既にジョッキを傾けて中身を飲み始めていたロレンツが、変なものを見るような目をこちらに向けてきた。


「え、えっと。何でもない」


 そっか。この世界には乾杯の習慣がないのかな。つい癖でやっちゃった。ああ恥ずかしい。

 一口だけジョッキに口を付けると、お酒特有の喉の奥が熱くなるような感じがした。結構アルコールの度数が高いみたいだ。これを飲むのはまずいなと思って、ソフトドリンクを探しに席を立つことにした。

 お茶のような飲み物を見つけた私は満足して、それをグラスに次いでから席に戻る。それからは、時々それを飲みながら、おいしい料理に舌鼓を打った。


「さっきからお酒ほとんど一滴も飲んでないけど、どうしたの?」


 宴もたけなわになったところで、アスティが不思議そうに尋ねてきた。彼女は大分酔いも回って、気持ち良さそうにしている。


「あ、いや。お酒はちょっとね……」


 肉体的にはまだ半分子供のまま止まっているからかな。どうもお酒が入ると、過剰に回り過ぎるというか。大人になったときに試しに一回飲んでみたことがあるんだけど、その後ひどいことになったから、以来自重してるんだよね。


「なんだぁ? ユウ! ノリがわりいぞ!」


 顔を真っ赤にしたロレンツが、語気を荒くしてこちらにやってくる。典型的な絡み酒だった。つい顔をしかめてしまったところに、彼は馴れ馴れしく肩に手を回してくる。

 息が酒臭い。


「おい、遠慮せずに飲めって」

「いや、いいよ」


 そこに、なみなみとグラスいっぱいにお酒を注いだラスラが近づいてきた。彼女はアスティやロレンツと違って、あまり変わった様子は見られない。お酒には強いようだった。


「こういうときに飲めないというのは、感心せんな」

「そうかな」

「そうだぞ。一杯くらい付き合え。ほら」


 結局断り切れずに、やや押し切られる形で飲まされてしまった。

 口を近づけた瞬間、強烈なアルコール臭が鼻をつく。

 どうも苦手なんだよね。これ。

 そこに、ロレンツが不意打ちでグラスを傾けて、一気に飲ませてきた。

 びっくりする間もなく、喉を焼くような熱さが、食道を縦に突き抜けていく。

 むせて、咳き込む。


「けほっ! けほっ! これ、相当強いやつじゃないの?」


 不安になって尋ねてみると、ラスラは事もなげに答えた。


「何のことはない。ほんの20パーセント程度だ」

「あ、ああ。まずい……」

「大丈夫だって。すぐ効いてきて、気持ち良くなってくるから。ね、ユウちゃん♪」


 アスティの言葉通り、酒の効果は間もなく現れた。何かを考えようとしても、靄がかかったように浮かんでこなくなって……

 あれぇ。頭が、ぽーっとしてきたぁ。



「えへへ……」


 既に半ば平常の理性を失ったユウは、目をとろんとさせて恍惚の表情を浮かべていた。すっかり紅潮した頬も相まって、普段はさほど強くは感じさせないのだが、今は成熟しかけのまま成長の止まっている女の色気をむんむんと醸している。


「おいしい」


 その声は、やはり普段はほぼ決して出すことのない、甘えるような蕩けるソプラノだった。

 ユウは、そのままグラスに注がれたお酒の残りをぐいっと飲み干す。


「お、なんだよ。全然いける口じゃないか」


 実はロレンツが多少無理にでも彼女に酒を飲ませたのは、ただの悪乗りではない。彼なりに表と裏の魂胆があってのことだった。

 表の方の魂胆は、この場にいる全員に共通の理解がある。

 このまま思いっ切り酔わせてこいつの口を軽くしてやろうぜ、とロレンツが目配せする。アスティとラスラは、意図を察して小さく頷いた。

 ユウはただのヒュミテではない。明らかに何かの秘密があって、しかもそれを話さないでいる。

 そのことを列車での治療の一件で決定的に突きつけられた三人の、ささやかな作戦だった。酒の席を利用して根掘り葉掘り聞いて、より仲を深めようと考えたのだ。

 実は、素面のときに素直に聞いておけば、大体はすぐに話してくれる程度のことだったのだが、戦いの日々の中本心を隠すことに慣れてしまった三人は、そのことに思い至らない。

 テオは、彼ら四人の様子を一歩引いたところで愉しげに観察していた。


「ラスラぁ。おかわりちょうだい♪」


 ユウがべったりとラスラの肩にまとわりついて、やや控えめにグラスを突き出す。己を押さえつけていた理性が吹っ飛んだので、元々甘え好きな彼女は、もう甘えることに対して一切の遠慮がなくなっていた。

 精神を融和させている「私」も一緒になって酔っているから、誰も止める者がいない。


「ははあ。しょうがない奴だな」


 ラスラは穏やかに微笑んで、二杯目を注ぐ。

 ユウはにへらと邪気のない笑顔を見せて、グラスを軽く突きあげた。


「かんぱーい。うふふ」

「そのかんぱいって何なの?」


 先ほども聞いて疑問に思っていたアスティが、二杯目を勢い良く呷っていくユウに尋ねた。


「えーとね。わたしのところのね、お酒のあいさつだよー」

「聞いたことないわよ。アマレウムの出身なんでしょ? あそこには、そんなのなかったはずだけど」


 二杯目もすぐ空になる。今度はやや乱暴に突き出されたグラスに、ラスラがそっと三杯目を注いだ。


「ううん。わたしねえ、ずっとたびしてるの」

「旅?」

「うん~。ここは、よっつめなんだよ」

「四つ目?」


 アスティをはじめ、全員が気になったが、ユウはその話題を続けずに、別のことを言った。


「さみしいの。いつもね、一人で行くから」


 ほんの少しの間だけ、物悲しげな表情を見せたが、周りには何のことだかさっぱりわからなかった。その後には、もうユウは元のゆるい酔っ払いの顔に戻っていた。


 その後、何杯になるかわからないくらい飲んだユウは、すっかり出来上がってしまっていた。肝心の話の方は、もうまともに考える頭がないのか、いくら聞いてもふわふわとした答えしか返ってこない。もうロレンツたちは諦めていた。

 

「それにしてもこの部屋、ちょっとあついよね」


 買ったばかりのキャミソールの胸元を、彼女はぱたぱたさせた。隙間から、汗で蒸れた谷間が覗いている。いつの間にか、あと少しずらせば乳首が見えてしまいかねないほどに、服は肌蹴ていた。

 ロレンツが期待の目を向けた。そして一部の男性タイプのアウサーチルオンと、悲しい男の性だろうか、テオまでもが少しばかりいやらしい視線を向けてしまう。

 彼らの視線に気付いたユウは、いたずらっぽく小悪魔な笑みを浮かべてみせた。


「なぁに? 見たいの? うふふ、えっちさんですねえ」


 すっかり身体が熱くなっていたユウは、男どもの視線にも一向に構わないとばかりに、上着の下に手をかけた。ブラカップ付きのキャミソールを脱いでしまえば、その素肌を隠すものは何もない。


「ちょっと、ストーップ!」


 予想外の事態に、アスティは慌ててユウの手を止めた。意味のわからないユウは、きょとんと首を傾げる。

 おへそと綺麗にくびれた腰がもう見えていた。すっかり眼漬けになっていたロレンツは、悔しそうに舌打ちする。


「あれぇ、あすてぃー。なんでそんなにあわててるの? あははは! うける」

「ユウちゃんねえ……。さすがに、無理に飲ませ過ぎたかしら?」

「わたしは、おとこらろぉー。あれ、いまおんならったっけ? えへへ」


 ユウは、もう呂律が回らなくなってきてきた。と、いきなりラスラを指差して大笑いし始める。


「きゃはははは! らすらがいっぱいらあー。いっぱい」


 見ると、今にも床に突っ伏してしまいそうなほど、ユウはふらふらになっていた。


「まずいな。これは想像以上にタチが悪いぞ。水を用意しよう」

「ほら、ユウ。飲むんだ」


 場の空気を察して、あらかじめ水を持ってきていたテオが、そっと彼女にグラスを差し出した。促されるままに、ユウはごくごくと水を飲むと、アスティにぐったりともたれかかった。


「あすてぃ。ぎゅー」


 媚びるような上目遣いに、アスティの心は完全にやられた。


「あーもう。かわいいなぁー。この子は」


 アスティはユウを膝枕して、よしよしと撫でてやった。そのうちにすっかり安心したのか、ユウは眠りに落ちてしまった。

 すやすやと安らかな寝息を立てている。


「あらら。寝ちゃった」

「やれやれ。やっと落ち着いたか」

「まさかユウちゃんが、こんなに甘え上戸だったとはね」


 ユウのさらさらした黒髪を撫でながら、アスティは彼女に温かい目を向けていた。

 ラスラも、同じように温かい視線を向ける。


「こうして寝顔を見てみると、やはりまだまだ子供のように見えるな。ふふ。可愛いものだ。本当に同い年なのか疑わしいぞ」

「しっかし今のこいつ見てると、あのリルナと互角に張り合ったっていうのも、疑わしく見えてくるよな」


 そこでテオが、完全に失われた彼女の左腕に視線を向けて、沈痛な顔をした。それから、三人に向かって言った。


「あんなにボロボロになってまで頑張ってくれたんだ。今さら彼女が何者かであるかなど、問うこともないだろう。もしかすると、天が遣わしてくれた戦士なのかもしれないな」


 その言葉に、三人それぞれ思うところがあったのだろうか。しばしユウを見つめたまま無言の時間が流れる。


「あたし、ユウちゃんを寝室まで運んでくるね」


 やがて、気が付いたようにそう言ったアスティは、ユウをそっと抱えて、彼女を起こさぬよう優しく寝室まで運んでいった。



「つまりだ。俺はこう、なし崩し的に身体を許してくれる的な展開を期待してるわけだな」


 宴会も終わり、全員が寝静まった頃。ロレンツは静かに行動を開始していた。彼も飲み過ぎで多少ふらついてはいたが、歩く分には全く問題はない。戦士は、いついかなるときも行動不能になるほどは飲まないものなのだ。

 夜なので、全員個室には鍵をかけている。いつもならユウの部屋にも鍵がかかっているわけなのだが、酔っ払って寝てしまった以上は、そのはずもなかった。彼にとっては寝込みに近づく一大チャンスだった。

 そう。これこそが、彼の裏の魂胆だったのだ。

 ここまで見てきた経験上、ユウの弱点ははっきりとわかっていた。

 彼女は、明らかに押しに弱い。先っちょだけと言ったら、そのまま最後までやれそうな勢いで。

 さすがの彼も、嫌がっているところを無理やりというのは心が痛む。そこまで堕ちたつもりはないと自負している。

 そこでお酒に酔わせてしまい、うやむやのままなし崩し的にやってしまおう。と、男なら誰でも一度は考えるであろう最低でゲスなテクニックを、彼は良心の叱責など物ともせずに実行に移していたのだった。


 ついにユウの部屋へ辿り着く。鍵はかかっていない。

 彼は、顔がにやけるのを止めることが出来なかった。物音を立てないように、そっとドアを開ける。

 明かりなど全くないが、暗い中ずっと歩いてきて夜目が効いている彼には、はっきりと映っていた。


 ユウは、無防備に四肢を投げ出していた。

 しなやかに鍛え上げられた健康的な素足。ショートパンツの下から露わになっている太ももは、何とも言いがたい、まだ少々青臭さも残した色香を放っている。

 こちらに向ける無邪気な寝顔は、艶やかな黒髪が纏わりついて、可愛らしさの中にもほのかな色気を漂わせている。

 そして何よりも目に付くのは、肌蹴られたままの上着から覗くへそと、そして胸元だった。キャミソールの肩ひもはだらしなく上腕にかかって、たわわに実った右胸の上部が、覆い隠されることなくちらりと覗いている。

 垂れることなくつんと上向いた豊かなお椀型の双丘が、浅い呼吸に従って、ゆっくりと上下している。中々にそそるものがあった。

 これが元男の誇る容姿なのだから、破壊級である。

 とは言っても、元々の彼からしてあまり男らしくはないというか、かなりの女顔であることには違いなかった。彼が中学生のとき、クラスの悪乗りで女装させて学園祭のミスコンに出させたら、うっかり優勝してしまったこともあったりするのだが、本人の名誉のためにここだけの話にしておこう。


 あともう少し手を伸ばせば、彼女の全てが自分のものになるのだ。


「うへへ。では、おいしくいただくとしますか」


 ついに、ユウの真上にまで彼は辿り着いた。そして、いよいよ手にかけようとしたとき。


 彼の急所目掛けて、恐ろしく鋭い蹴り上げが放たれた。


 ロレンツは、知らなかったのだ。

 ユウにとって、レンクスという偉大なる変態の先輩がいたことを。そしてそのために、ユウは変態迎撃キックを、無意識のうちに開発していたことを。

 意識のない分、一切加減のない蹴りが容赦なく彼の股間を襲う!


「お、お、お、おおう……!」


 完全に不意を食らったロレンツの股間に、蹴りはものの見事にクリーンヒットした。

 息が止まるほどの衝撃と、危ない浮遊感すら伴う強烈な痛みが、彼の全身を一度に駆け抜ける。

 彼は情けなく股間を押さえたまま、よろよろと後退し、膝を屈して悶絶する。


「へんたいはしね……むにゃむにゃ……」

「くそったれ……強烈、だ、ぜ……」


 自身がやった鬼のような反撃などつゆ知らず、安らかな顔で寝言を呟く彼女を前にして、彼はその場で無念の笑みを浮かべた。そして力尽きた。



 翌朝。ユウはぼんやりと目を覚ました。二日酔いのせいか、頭がガンガンしている。

 まだ眠い目をくしくしとこすって、うんと伸びをして、それから胸元に目を向けたところで――

 一気に青ざめた。

 服が滅茶苦茶に乱れていることに気付いたのだ。

 はっと横に目を向けると、なぜかすぐ隣には、股間を押さえたままという変態的なポーズで、ロレンツがくたばっている。

 ユウは、慌ててばっと胸を押さえた。

 まさか、お酒の勢いでしちゃった!?

 焦った彼女は、すぐに記憶を辿ってみる。心の世界は、全ての出来事を記録してくれている。こういうときに便利だった。

 記憶に行き着いた瞬間、ユウはあまりの恥ずかしさに、みるみるうちに顔が真っ赤になっていった。

 一方で、どうやら何もされていないらしいことを知り、本当にほっとする。

 もう今度こそ二度とお酒は飲むまいと、心に誓うのだった。


 悶絶したままの無様な格好で身体をくの字に折っているロレンツに近づいて、ユウは胸倉を掴み上げた。


「おいこら。ロレンツ。起きろ」


 頬を軽くぴしっと叩くと、彼は、うっと呻いて、ゆっくりと目を開けた。やや遅れて、股間に走る痛みに顔をしかめる。


「私の部屋で何をしてたの?」

「……なにって、そりゃ、ナニをだね」


 へらへらと笑みを浮かべるロレンツに、ユウは冷ややかな睨みを向けた。

 彼の顔に、嫌な汗が流れる。彼は観念して、正直過ぎるほど正直に答えた。


「いやあ、あはは! 酔っぱらってるなら、もしかして身体を許してくれるかなーってさ!」


 と、慌てて股間に手を当てて、安堵する。


「ふう。どうやら肝心のタマは、無事のようだぜ」

「はあ……最っ低。ほんとに二度と使い物にならなくしてやろうか。私はね、どこをどうすれば気持ち良くて、どこをどうすれば痛くて苦しいのか、よーく知ってるんだよ?」


 元々は男だからね、と内心で彼女は付け加えて、彼をますます強くじと目で睨み付けた。


「……おお。やべえ。別の何かに目覚めそうだぜ」


 と、ロレンツは内なるMっ気に気付き、覚醒しようとしていた。

 ユウは、心の底から呆れた。


「もう。どうして私に纏わりつくのは、変態ばっかりなのかな」


 敵も含めると、貞操の危機に陥ったのは一度や二度ではない。どうやら自分が思っている以上に、自分は男が好きにしたくなるような魅力を備えているのかもしれないと彼女は思い当たって、溜め息を吐いた。


「あのね。私は半分男なんだよ。あなた、自分で節操ないと思わないわけ?」

「くくく。そいつを補って余りあるくらい、お前の見た目がかわいいんだからしょうがないだろう」


 あっそう。見た目ね。見た目。

 かちんときたユウは、彼の履いていたズボンをパンツごと引っ張って、その中に唯一この世界で使える氷魔法をぶち込んだ。


《ヒルアイス》


「ひゃああ!」


 粒状の氷をパンパンに詰め込まれ、彼は情けない悲鳴を上げた。


「一応治してやろうかと思ったけど、知らない。それで腫れでも冷やしとけ。次勝手に近づいたら、今度こそ潰すからね」

「お、おい。そりゃねえぜ!」


 涙目になりながら訴える彼をユウは突き離して、代わりに指をぴっと突きつけた。


「気で治すのにもね、それなりに時間がかかるの。お前なんかに使ってやる気力と時間がもったいない」

「うっ」


 そこで、彼女は少しだけ険しい表情を緩めて、心配するような顔をした。


「まあ、どうしても痛むようだったら、しばらく私のベッド使ってもいいから。少し痛みが落ち着いたら、ちゃんと自分の部屋に戻ってね。じゃ、私は朝ご飯食べに行ってくるから」

「あっ、おいっ!」

「じゃあね」


 残酷なほど綺麗な笑顔を振り撒いて、彼女はもう彼には一切取り合うことなく、すたすたと部屋を出ていった。


 一人だけ取り残されたロレンツは、しばし茫然としていた。それから、ぽつりと呟いた。


「やばいな。冗談じゃなく、可愛く見えてきたぜ……ちょっとだけ、マジで好きになっちまったかも」


 半分野郎の奴をほんの少しでも女として好きになってしまうとか、彼にしてみればどうかしていた。きっとここの所、あまりにも女に飢えているからに違いない。

 ただ、どうしても彼女の中に潜む「女」を認めざるを得ない自分がいることも確かだった。

 これは本格的に病気かもしれないなと、彼はそう思った。ルオンヒュミテに帰ったら風俗にでも行くかと、彼は心の内に決めたのだった。

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