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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
147/279

37「Decisive Battle on Fatal Express 2」

 リルナは早速《パストライヴ》で正面から消えた。相変わらず全力で殺しにかかってくる、お得意の戦法だ。

 俺は振り返らずに、精神を集中させて、右足を強く踏み込んだ。金属製の車両がべこんと凹むほどの踏み込みだ。

 その足を軸として重さを乗せ、気を纏わせた左足を放つ。この世界ではずっと気力が足りなくて出来なかった、足技の気拳術だ。


《気烈脚》


 狙いすました強烈な蹴りは、すぐ側で攻撃に移ろうとしていた彼女の機体を、再びワープでかわされる前に捉えた。

 がっと鈍い感触が伝わる。身体の芯を捉えた感じではない。しかし、心の世界の力も上乗せしているので、バリアに弾かれてもいなかった。

 どうやら、咄嗟に腕を回してガードしたらしい。さすがに戦い慣れている。


「また、《ディートレス》を……!」


 やや驚きを隠せない声で言うや否や、彼女は再び消えた。

 死角より斬撃が迫る。

 が、殺気を読めば、位置はわかる。そこに気剣を振り抜いた。

 と、今度はきっちりワープで避けられる。

 俺は慌てずに、そのままくるりと身体を回転させて、攻撃した勢いを殺さぬまま彼女の再出現位置に剣を合わせた。

 互いの光刃がぶつかり合って、眩いばかりの火花を散らす。この構図も、幾度目になるだろうか。

 見れば、彼女の右腕はややだらしなくぶら下がっていた。全く使い物にならなくなった感じでもないが、しばらくはまともに動かせなさそうだ。いきなりぶちかましてやった《気裂脚》のダメージは、しっかり通っていたらしい。

 これで片腕同士。早い段階で対等な状況に持ち込めてよかった。


「やはり、お前は強敵だ」

「あんたも、ほんとに強いよ」


 剣を合わせながら、彼女はどこか楽しそうだった。戦いの最中に、そんな顔をした彼女を見たのは初めてだった。一体何が彼女をほんの少しであれ、変えたのだろうか。


「それでこそ、殺しがいがある!」

「片腕だけで勘弁して欲しいね!」


 彼女は再び姿を消した。ワープを繰り返しつつ、変幻自在の動きで怒涛の攻撃を仕掛けてくる。

 こっちでも使ってみて思ったけど、本当に厄介で便利な能力だ。何年か前の俺だったら、もう何回命を落としてるだろう。 

 とにかく、今は通用していた。俺は彼女の攻撃全てを受け切り、反撃も出来ていた。バスタートライヴモードでスピードが遥かに向上している彼女の動きにも、問題なく付いていけている。


《フレイザー》


 彼女がそれを宣言するとほぼ同時に、視界を埋め尽くすほど凄まじい数の光弾が発射され、周囲を蜂の巣にしていく。

 来た! 前回の俺が、完全にやられた攻撃だ。

 あのときは、全力で防御に回るしかなかった。だが、今度はそうはいかない。

 命中軌道上の部位だけに絞って集中的に防御を強化して、怯まずに攻撃に回る。ここで隙を見せては命取りだ。


《インテンシブガード》


 ピンポイントで強化した気の防護は、危なげなく光弾を弾いてくれた。数は鬼のように多いが、一つ一つの威力はそう恐れるものでもない。

 やや強引に突っ込んでいけば、今度は隙を晒しているのはリルナの方だった。

 俺が攻撃してくるのを認めたリルナは、ただちに射撃を中止し、回避行動に移る。

 だが、少しだけ遅い。

 ワープしてしまう前に、浅くではあるが、胸の辺りを斬り付けることが出来た。


「まさか、これほどダメージを受けることになるとは思わなかった」

「言っただろう。これまでとは違うって」

「……《ディートレス》解除。ハイパーアタックモードに移行」


 彼女の両手甲より飛び出している光刃が、さらに激しく輝きを強めた。恐ろしいほどのエネルギーが、集中している。

 俺の攻撃が《ディートレス》の防御を突き破ることを認めたリルナは、潔く攻撃特化の型に変更してきたようだ。

 と、彼女の右腕も復活していた。これだけ時間が空けば、さすがに動くようになったか。


「その仰々しいモードの名前は、設計者の趣味?」

「知るものか。いい加減、そろそろ決着をつけよう」

「最後にもう一度聞くけど。ここらでやめにしないか」

「……わたしは、お前に最後まできっちり勝ちたいんだ。もう逃げるな。これ以上、わたしに追いかけさせるつもりか?」

「……わかった。全力で迎え撃とう」


 もう言葉は要らなかった。

 お互い、次の一撃に全力を賭けるつもりだ。

 持てる武器に、力を込めていく。

 気剣は白から、目の覚めるような青白色に変化する。

 そして、示し合わせたように、同時に駆け出した。


《インクリアハーツ》

《センクレイズ》


 俺は、最速の突きの型でもって、彼女に向かっていった。

 彼女も、瞬きをする間もない刹那に、一気に距離を詰めてくる。その手より、煌々ときらめく双剣を突き出して。


 気剣は、ある程度なら形状変化をさせられる。俺は剣先を細めて引き伸ばし、さらにぎりぎりまで尖らせるつもりだった。

 狙うは、ただ一点のみ。

 最後の一押しに、捨て身の覚悟で、気による推進力をかける。


 貫け!


《バースト》!


 いよいよぶつかり合う直前で、俺の気剣は、爆発的な勢いを付けて伸びた。

 そして、相手の刃が達するよりほんのわずかだけ早く、彼女の胸を刺し貫いていた。


 そのとき、彼女の刃は――俺の首筋にぴたりと付けたところで、止まっていた。



 ――俺は、本当のお前を信じていたよ。リルナ。



「ふ、ふふ……」


 彼女の口から、乾いた笑いが漏れる。

 そのうち堪え切れなくなったのか、心の底から愉快そうに大笑いし始めた。


「ユウ! お前は、本当に甘い奴だな!」


 彼女は、まるで憑き物が落ちたかのように、すっきりした顔をしている。透き通るような青の瞳に、憎悪の濁りはない。とても綺麗な目だと思った。

 そう。

 当然、最初から俺の狙いは、彼女の命などではなかった。

 その胸に取り付いてる、何よりも邪魔なもの。それだけだったんだ。


「殺し合いの方は、どうやらわたしの勝ちだな」


 首筋にぴたりと当たっていた刃に、ほんの少しだけ力を込める。

 ちくりと痛みを感じたところで、彼女はふっと柔らかく微笑んだ。

 そして、すっと刃をしまう。

 俺も、彼女を貫いていた気剣を解除した。正確にCPDだけを狙ったから、動力炉に一切のダメージはないはずだ。


「だが、勝負の方は……負けたよ。完敗だ」


 やや悔しそうな顔で俯き、拳をぎゅっと握る彼女。負けず嫌いでしつこいのは、きっと元々の性格なのだろう。

 そのうち顔を上げた彼女は、ちょっと非難するような目で尋ねてきた。


「わたしが、あのまま首を刎ねるとは思わなかったのか?」

「さあどうだろうね。でもまあ、俺の見込み違いなら、それまでだったってことだよ」

「ふっ。本当に変わった奴だ。お前は」


 それからの彼女は、ようやく素直に話に応じてくれるようになった。

 時間がないので、手短に事情を話していく。

 彼女は、相当ショックを受けた様子だった。聞いている最中、ふるふると肩を震わせていた。

 どうやら彼女自身も、ウィリアムと戦ったときには、既に半信半疑の状態に陥っていたようだ。

 それでも俺との決着を第一に優先させたのは、どうしても白黒はっきりさせたかったのだろう。自分の内に宿る殺意にも疑念にも、目を背けずに。大変だったけど、本当に彼女らしいなと俺は思った。


 とそこで、彼女の懐で通信機器が鳴った。彼女は「失礼」と言って、すぐにそれに出た。

 どうやら相手はトラニティのようだ。それからややしばらく話をして、通信を切った。

 途中、妙に声を荒げていたけど、どうしたのだろうか。


「何の話だったんだ」

「お前は別に知らなくてもいいことだ」


 リルナは、やれやれと溜め息を吐いた。

 そう言えば、小隊の隊長なんだよな。これで結構、部下の相手には苦労しているのかもしれない。


「俺たちと一緒に来るか?」


 誘ってみたが、リルナは静かに首を横に振った。


「いや。わたしには、まだ首都ですべきことが残っている」


 なるほど。確かに、彼女にしか出来ないことはきっと山ほどあるだろう。

 彼女の決然とした瞳をじっと見つめた。

 責任感の強い彼女のことだ。きっと彼女なりに、出来ることをやろうと思っているのだろう。

 俺はあえて、何も言わなかった。


「さあ、すぐに最後部車両を切り離せ。もうすぐディークランがやって来る」


 言われた通りにすると、彼女はその右手を砲身に変化させた。


《セルファノン》


 俺と彼女の中間地点、何もないトンネルの天井に向けて、それは放たれた。

 激しい衝撃を受けて、トンネルはがらがらと音を立てて崩れてゆく。

 追跡の手立てを断ってくれたのか。ありがたい。

 積み重なっていく瓦礫の奥から、リルナは、こちらを真っ直ぐ熱い眼差しで見つめ続けていた。


「この借りは、いつか必ず返す。待っていろ」

「うん。待ってる」


 この世界に来てから初めて、晴れやかな気持ちが心を満たしていた。

 犠牲になったものは、あまりにも大きい。助けられなかった命が、いくつもあった。

 どこまでも、辛いばかりの戦いだった。

 だけど、やっと。やっと始まったんだ。本当の戦いが。




 やがて、ディークランに先立って、まずプラトーがそこへ到着した。

 彼は、一両だけ残った車両の上にぽつんと立つリルナを見つけると、急いで駆け寄っていった。


「リルナ。なぜ一人で先走った。心配したぞ」

「プラトーか。すまない。逃げられた」

「怪我が多いようだが……大丈夫か? 一度メンテナンスを受けた方がいいんじゃないのか」

「いや、構わない。至って『正常』だ。首都に戻って体勢を整え次第、すぐに奴らを追う」

「ああ。そうだな……」

 以下、リルナとトラニティの会話内容。


『もしもーし。リルナっち』

「トラニティか。動けるようになったのか?」

『はい。やっと修理が終わって、動けるようになりましたよ。それより、たった一人で敵を追いかけるなんて、何考えてるんですか。もう!』

「悪いな。居ても立ってもいられなかったのだ」

『でも、安心して下さい。そろそろディークランの皆さんが、そちらへ追いつく頃合いですよ』

「そうか。わかった。それで、修理の具合はどうだ」

『えーと。CPなんちゃらって部品だけは、中央工場から取り寄せないといけないみたいですが、それ以外は特に』

「よし。ちょうど良い。お前にお願いしたいことがあるのだ。少々内密にな」

『ええっ!? 私、そんな……。リルナっちなら、いいですけど……でもいきなりだなんて、心の準備が』

「一体何を考えてるんだ、お前は! 真面目な話に決まっているだろう。詳細は後で話す」

『はーい。了解でーす。それではまた♪』

「ああ。またな」

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