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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
144/279

35「Escape to Underground 2」

 ふらふらと空を見上げたユウは、瞳を虚しく宙に泳がせたまま、自分だけに聞こえるような声でうわ言を呟いていた。


「そこはダメだよ……ミリア……」

「おかあさん……またどこかへいくの……?」

「お疲れ様……ディア……」


 そして、時折狂ったようにへらへらと笑みをこぼす。


「おいおい。ありゃ完璧にいっちまってるぜ……」

「一体どうしたというのだ……?」

「ユウくん、なんか……怖いよ……」


 ルナトープの者たちは、得体の知れない変貌を遂げた彼に、皆どうすれば良いのかわからず戸惑っている。

 ぼそぼそと何かを呟き、こちらなど全く眼中にない様子の彼に、リルナは歯噛みした。彼に返答を求めることを諦めた彼女は、代わりに物言わず刃を立て、死にかけであるはずの彼に止めを刺さんと、勇猛に襲い掛かった。


「ねえ。今度は……何して遊ぼうか……」


 彼の発する呑気な台詞とは裏腹に、身体から発される白い光は彼を覆い、絶大なエネルギーをもって激しくうねっていた。

 再び彼に攻撃を加えんと最接近したリルナが、その強力なオーラに達したとき、彼女の動きがぴたりと止まる。

 動こうとしても、全身を掴まれたように動けない。


「どう、して……」

「うあうっ!」


 うわ言とともに彼の手が軽くリルナの胸部に触れたとき、彼女はとてつもない衝撃を受けて、なすすべもなく銃弾のように弾き飛ばされた。

 だが、芸もなくまた同じようにビルに叩き付けられる彼女ではない。激突前に《パストライヴ》を使用して、彼の左側――腕のない方に回り込む。

 彼女としては、完全に虚を突いたつもりでいた。

 しかし、ユウは既に彼女の真正面を向いていた。まるで始めから、そこに彼女が来るのがわかっていたかのように。

 彼が理性の感じられない無邪気な笑みを浮かべたとき、彼女は心底ぞっとした。


「がっ!」


 技ですらない、無造作に振るわれただけの、ただの拳。

 身体の芯でまともにそれを受け止めたリルナは、自身の内部でいくつもの部品が砕ける音を聞いた。そのままよろよろと後退して、とうとう堪え切れずに膝をついてしまう。

 彼女はさらに追撃をもらうことを覚悟したが、ユウはその場にぽつんと立ったまま、しきりに独り言を発しているだけだった。特に何かしようという意思は感じられない。

 そのうちに体勢を立て直した彼女は、一度《パストライヴ》で距離を取り、乱れた髪を乱暴に掻き揚げて、動揺を鎮めようと努める。

 彼女には、信じられなかったのだ。

 それまで優勢に戦いを進めていたはずの相手に、逆にここまで圧倒されてしまっていることが。

 受けたダメージは、もはや深刻なレベルに達している。もし自身の誇る特殊ボディではなく、一般のナトゥラの身体だったなら、間違いなくもう二度と使い物にならなくなっていただろう。


「危険だ」


 彼女の目に、憎悪が煮え滾る。ヒュミテは敵。こいつは特に危険だ。何としても殺さなければならない。改めてそう決意を固める。

 彼女はふらふらとその場に立ち尽くすユウを睨み付けると、右腕を砲身に変化させた。


「ターゲットロックオン。エネルギー充填開始――10、20――」


《セルファノン》。リルナの持つ武器の中で、最大の威力を誇る光線兵器。

 それは、決して人間に向けて発射するような代物ではなかった。20%でさえ、しっかり命中すれば車両など跡形もなく消し飛ばしてなお余りある威力なのだ。

 だが今、彼女はそれをユウという、たった一人に人間に向けて、それもさらに出力を上げて放とうとしていた。

 普段の彼女ならば、決してそのような真似はしない。こんな街中で使えば、あまりに高過ぎる威力が周囲に甚大な被害を及ぼし、無関係な市民の命を奪うことになるかもしれないからだ。

 しかし、湧き上がる危機感と殺意に突き動かされている今の彼女は、そんなことなどもう頭にない様子だった。


「30――」

「あ……あ……」


 ユウは先ほどからずっと上の空で、その場から全く動こうともしない。それをいいことに、彼に照準を合わせたまま、彼女はじっくりとエネルギーを溜め続ける。砲口には目が眩むほどの水色の光が凝縮し、さらに光は強さを増していく。


「まずいぜ!」

「ユウくん! 逃げて!」


 ロレンツとアスティが同時にリルナに向かって牽制射撃を試みる。だが、《ディートレス》に弾かれて一切の攻撃は通用しなかった。ならばと、ラスラがユウを抱えて逃がれようと動き出した。

 それを横目で確認したリルナは、彼女が救出に動く前に、攻撃を仕掛けてしまおうと意を固めた。


「40%」


 彼女の右腕の先端は、今やまばゆいばかりの空色の光に包まれていた。

 あとはこれを目の前にいる敵に向けて解き放つだけで、おそらくこの世界から跡形もなく消し去ることが出来る。

 今度こそ終わり。

 幾度にも渡ってその手をすり抜けてきた因縁の相手に、ようやく引導を渡せることに安堵した。

 そこで彼女は、はっとする。

 安堵。自分が安堵しているだと。

 そればかりではない。

 何度追い詰めても執念深く立ち塞がるこの人物に、彼女は一言では割り切れぬ複雑な感情を覚え始めていた。気が付けば、他の誰よりも彼を評価し、認めていたのだ。

 だが、それももう終わり――

 燃え上がる殺意の裏で、彼女はなぜか、一抹の寂しさのようなものを覚えていた。

 なぜ今になって、突然そんなことを感じてしまったのか。彼女にはわからなかった。

 それでも、ついに発射を宣言しようとした、そのとき――



 意識を攻撃のみに集中していた彼女を、側面から強烈な衝撃が襲った。攻撃そのものは《ディートレス》が完全に無効化してくれたが、狙いが反れた《セルファノン》は、あらぬ方向へと飛んでいく。全く無関係の高層ビルを突き抜けて、空の彼方へと消えていった。


 はっとして、全員が振り返ると――肩にロケットランチャーを構え、さらに全身を重装備で固めたウィリアムが、血塗れの状態でそこに立っていた。弾を発射したばかりの砲口からは、ゆらゆらと煙が上がっている。

 彼は、緊急セキュリティシステムダウンと同時に復活したトライヴゲートを強行突破して、この場に急ぎやって来たのだった。

 

「隊長! どうして!」


 あまりに惨たらしい彼の姿を認めたロレンツの、悲鳴のような問いかけに、ウィリアムは脇目もくれずリルナを睨み付けながら、声を張り上げた。


「聞け! ネルソンは死んだ! ザックレイ打倒と引き換えに!」


 三人に動揺が走る。そしてそれは、彼女にとって大切な仲間を殺されたリルナも同じだった。


「な、に……お前!」


 爆炎の中、傷を増やすことなく立ち上がったリルナは、激しい怒りの目をウィリアムに向けた。

 ウィリアムは、それにも構わず続ける。


「お前たちは、ユウを連れて、私の乗ってきた車で逃げろ! そして、王の話を聞くんだ! プラトーがやって来る前に! 早くしろ!」

「隊長! 隊長は、どうするのですか!?」


 彼がそこに現れたときから、嫌な予感がしていたラスラが、泣きそうな声で尋ねる。

 彼から返ってきた答えは、最悪な予想通りのものだった。


「私は、ここに残るさ。ヒュミテ解放隊ルナトープは――今日限りで解散だ。これからは各自、己の信じる正義を見つけ、そのために戦うのだ。いいな……さあ、行け!」


 それは、ウィリアム決死の覚悟であった。

 その覚悟を目の当たりにして、いつまでもぐずぐずするような三人ではなかった。

 彼の言葉を聞き終える前に、アスティはもう行動を開始していた。力なくその場にへたり込むユウを抱えて、ウィリアムの車へと駆ける。そのすぐ後を、ラスラとロレンツが追っていく。


「逃がすと思うか!」


 激昂するリルナに向けて、ロケットランチャーの次弾が放たれる。リルナは当然のように、それを《パストライヴ》で回避した。

 だが、移動先の地点には――既にウィリアムが、側腰に取り付けた小型マシンガンの銃口を向けていた。


「そいつも、想定済みだ。お前が殺したデビッドの分、受け取っておけ!」


 引き金を、目一杯力強く引いた。鬼のような勢いで、銃弾を雨あられと撃ちまくる。弾切れを起こすまで、決して止めるつもりはなかった。

 これまでの全ての犠牲者の無念をぶつけるように、ウィリアムは撃ちに撃ちまくった。


「そんな攻撃が、効くとでも!」


 決死の攻撃は全て、鉄壁のバリア《ディートレス》が弾いてしまう。

 それでもウィリアムは、構わないとばかりに大胆不敵に笑っていた。


「たとえ攻撃それ自体は効かなくとも、お得意のバリアで防がざるを得まい。それにどうやら、一応衝撃だけは伝わるみたいだな? なら、足止めくらいにはなるさ。それで、十分なんだ。可能性を繋ぐ時間さえ稼げれば、それでなあ!」


 弾切れを起こしたマシンガンを放り棄てて、さらに手持ちの爆弾もいっぺんに放り投げる。

 怒涛の連続攻撃に、リルナには身を守り防ぐ以外の手段を取ることが出来なかった。


「この、ふざけるな……! ヒュミテが!」


 やっと攻撃が途切れたところで、《インクリア》を抜いて斬りかかる。

 彼はそれを、最大出力のスレイスでもって受け止めた。ほんの数撃でエネルギーを使い果たしてしまうほど、一切の出し惜しみをしないことによって、本来光の刃すら断ち切る彼女の攻撃を、しかと受け止めたのだ。

 

 ラスラたちの乗った車が遠く離れていくことを確認して、すべきことを成し遂げた満足感に心を満たしたウィリアムは、つば迫り合いになったまま尋ねる。


「なぜそんなに、ヒュミテを憎む? 私たちが、一体何をしたというのだ?」

「お前たちは、敵だ! わたしは、残虐非道なお前たちから、ナトゥラを守る! わたしの脳裏に焼き付いた数々の因業、忘れたとは言わせんぞ!」

「その記憶というのは、本当にお前の真実なのか?」


 問いかけられた瞬間、リルナは、はっとした。

 思い出そうとしても、記憶に靄がかかったように何も出て来ない。

 なぜだ? どういうことなのだ!?

 そんな動揺を見透かすかのように、ウィリアムは口の端を吊り上げた。


「そうか。王の言ったことは、やはりそう的外れじゃないのかもしれんな」


 リルナは動揺を振り払うように、必死の形相で刃を押した。

 じりじりと、スレイスの刃が削れていく。


「そんなはずは……そんなはずはない! わたしは、確かに……!」


 だがリルナは、実のところ、既に万全な状態ではなかった。

 先のユウの攻撃によって、胸部の内側に損傷を受けていた。

 CPDにも、わずかながらではあるが、変調をきたしていたのである。

 やがてリルナは、ついに耐え切れなくなって、その場から飛び退き、呻いた。


「なぜだ……? なぜ、何も思い出せない! わからない、わからない……!」


 ウィリアムは、彼女の明らかに異常な反応を前にして、ついに確信を抱いた。

 我々の戦いは、あまりにも無用な犠牲を出し過ぎたのだと。

 だが――決して、遅過ぎることはなかったのだ。まだ、次の世代に希望は残されている。

 あとは、ルオンヒュミテまで辿り着きさえすれば。王たちがきっと、上手くやってくれるだろう――

 無事を、祈る。



 それが、彼が脳裏に思い浮かべた、最後の言葉となった。




 力なく地に身を投げ出したウィリアムを見下ろしながら、その場にうずくまるリルナに、プラトーは静かに声をかけた。


「こいつの戯れ言に、耳を傾けるな……。リルナ」

「プラトー……」


 はっと気付いたように顔を上げたリルナに、プラトーは不器用な笑みを浮かべた。


「ダメージを受けたショックで、動転しているのだろう。気をしっかり持て……」

「あ、ああ……そうだな……」


 ややあって、リルナはようやく本来の落ち着きを取り戻すことが出来た。

 それに伴って、すっかり混乱していた記憶も段々と蘇ってくる。

 もう元の氷のような表情に戻ったリルナは、先ほどまで相対していた男の言葉を思い出し、暗い顔でプラトーに尋ねた。


「ザックレイが死んだというのは……本当か」

「……本当だ」


 プラトーが、やるせなく目を伏せる。


「そうか……」


 リルナはしばし目を瞑り、何かを想った。

 再び目を開けたとき、その瞳には、並々ならぬ決意が満ちていた。


「直ちに補給を済ませ次第、奴らを追うぞ――地下で決着をつける」




 少し時は遡る。


 ロレンツが運転席について、帰還用トライヴゲートまでの道のりを全力で飛ばしていく。

 助手席では、ラスラがリュートを抱きつつ、しきりに周囲を警戒していた。

 そして、後部座席にて、アスティは膝にユウを乗せて、彼の介抱をしていた。


「ユウくん! しっかりしてよ! ユウくん!」

「あ……あ……」


 先ほどからの必死の呼びかけにも、ユウは応えない。その目はどこまでも暗く、虚ろだった。


「もう! いい加減にしてよ!」


 今にも泣きそうな顔になって、アスティは、パチンと、一発強烈にユウの頬を叩いた。

 すると、ようやく想いが通じたのだろうか。ユウの瞳に、すうっと理知の光が戻ったのだった。


「…………俺は、何を……」

「ユウくん! よかった……やっと元に戻ってくれた! さっきからね、ずっとおかしくなってたのよ! 一体どうしたっていうのよ!?」


 言われて、ユウにもすぐに心当たりがあった。

 心の世界の暴走。

 危うく、取り返しのつかないことになるところだった。


「ごめん……心配、かけた……うっ! ごほっ! がぼっ!」


 無理に能力を使い、限界を超えた反動は、凄まじいものがあった。

 生きているのが奇跡に近いくらいの、計り知れないダメージを彼に与えていたのだ。

 それが、状態の落ち着いた今になって、一気にツケを払わされる形になった。

 口から鮮血をまき散らしながら、それでも彼は、強い意志を秘めた目で、懇願するような声で、アスティに告げた。


「ウィリアムを……助けなくちゃ。わかったんだ。やっと、わかったんだ。この力、なら……」


 だが、言葉とは裏腹に、身体はついていこうとしない。

 もはや目の焦点すら定まらず、何かを言おうとしても、その後の言葉はほとんど呂律が回らなかった。


「頼む……たの、む……いか、せて……く、れ……」


 やっとそれだけ、絞り出すように言うと、ユウは気を失ってしまった。

 アスティは、彼にいたく同情的な目を向けた。

 自分も、込み上げようとする激情と涙を抑えるのが、やっとだった。


「ごめんね。そんな状態のあなたなんて、とても行かせられないよ。隊長は……ウィリアム隊長はね。あたしたちに、未来を託したのよ……!」


 決然と呟いた彼女の膝上で、ユウの目からは、一筋の涙が零れ落ちていた。

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