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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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A-4「CPD」

 ユウの働きにより、無事アウサーチルオンの集いのアジトに戻ることが出来たテオ、ウィルアム、ネルソンの三人は、クディンとレミに手厚くもてなされ、今は王のために用意された立派な客間で身体を休めようとしていた。

 客間に入ったところで、テオが凛とした声でウィリアムとネルソンに告げた。


「ぼくのことはもう大丈夫だ。あの人を、ユウを助けに行ってやってくれ」

「しかし……」


 浮かない表情で返答に困っている二人に、テオは心配ないという顔で続けた。


「これは予感に過ぎないが……おそらく、これからの我々に最も必要なのは、中立的に真実を見抜く目なんだ」

「中立的な目、ですか」


 やや関心を示したウィリアムに、テオは頷く。


「ぼくたちはどうしても、ヒュミテという種族のフィルターを通して物事を捉えてしまう。ユウは……不思議な人だ。それが全く感じられない」

「確かに……あの者は、変わっているな……」


 ユウがこれまでしてきた、数々の純真とも言うべき立ち振る舞いを脳裏に浮かべて、ネルソンは苦笑いした。あの真っ直ぐな眼差しと生き方は、この世界で生きていくには辛いかもしれないが、決して嫌いではない。


「これだけは言える。ユウがいなければ、ぼくたちはとうに全員やられていた。そしてそれは、この先もきっと同じだ。彼の存在こそがカギなんだ。正直なところ、ぼくなんかよりもずっとね」


 あまりに率直な王の告白に、二人は驚きを隠せないようだった。


「君たちは、歴史を知っているかい?」


 テオは唐突に話題を変える。二人ともかぶりを振った。


「我々は、戦いが本分なもので」


 ウィリアムがした予想通りの返答に頷いたテオは、彼らに理解させるようにじっくりと説明を始めた。


「約二千年前の世界崩壊以後、我々の先祖は、復興のための道具としてナトゥラを創り上げた。はじめはお粗末な知能しか持たなかったそうだ。ゆえに、扱いも道具そのものとしてのものだったのだが、次第に世代交代による学習の蓄積を経て、我々に劣らぬ高度な知能を持つに至ると、彼らにも一定の権利を与えるようになったという。以来、ヒュミテが手綱を握りながらも、両者は比較的良好な関係を築いてきた。ところが百数十年ほど前、突如ナトゥラは自らの優位性を唱え、ヒュミテへの反抗を始めた。その端緒が、かのルオン大虐殺だ。これに憤ったヒュミテは、武器を取り立ち上がった。だが、地力に勝る彼らには敵わず、やがてルオンを完全に掌握され、ティア大陸へと追いやられてしまった。それが百年ほど前のことだ。ヒュミテの歴史書には、そう記されている。ところが……」


 彼は、苦々しい顔でやや目を伏せがちに続けた。


「ナトゥラの側には、全く違う歴史が用意されているようだ。我々の方が、長きに渡って筆舌に尽くし難い迫害を続けてきたのだとな」

「まさか……」


 ネルソンが訝しむような顔をしたところで、テオは肩をすくめる。


「まあどちらが事実に近いかなんてことは、今を生きるぼくらには知りようがない。歴史というのは、往々にして自分側に都合が良いように歪められるものだからね。それ自体は、一旦置いておくとしてだ。とにかく、我々とナトゥラの対立は、百年前に我々の敗北という形で大勢がついた。これは、両者の歴史で共通するところだ。だが、その後もヒュミテに対するナトゥラの迫害は留まることを知らなかった。彼らが年月を経るにつれ、ぼくらにより一層の憎しみを募らせていることは、ここまでずっと戦ってきた君たちなら肌で感じているはずだ」


 ここまで、真剣に王の話に耳を傾けていた二人は、自らに幾度となく突きつけられた銃口と刃を思い返しながら、並々ならぬ実感をもって頷いた。

 そこで、テオは一段と声の調子を強めた。己の疑念をぶちまけるように。


「おかしいと思わないか。先人はともかく、ぼくらが一体何をしたというんだ。今を生きるナトゥラには、歴史的事実としての対立認識はあれど、自らの実体験としての対立の事実を持つ者は少ないはずだ。普通なら、時とともに憎しみというのは徐々に薄れていくものだろう。にもかかわらず、ほぼ例外なく、地上にいる誰もが現在に至るまで、ああまで徹底した憎悪を抱いているのはなぜか」


 その奇妙な点については、ウィリアムとネルソンも、薄々とは感じていたことではあったが、改めてはっきりした形で言われてみると、はっとさせられるものがあった。

 そんな彼らの顔色を窺いながら、テオはさらに続ける。


「もちろんチルオンの中には、我々に協力的な者もいる。ここの者たちのようにね。それだけじゃない。この地下に暮らす者の多くは、大なり小なり感情のわだかまりはあれど、我々ヒュミテの生存を『許している』。これが地上なら、そうはいかない。隠れ住んでいるヒュミテがいたとして、発見次第吊るし上げにされるだろう」


 ギースナトゥラの者たちは、ナトゥラに対する差別意識が比較的少ない。それは、自身もまた迫害されているため、シンパシーを感じているからではないかと、二人は何となくそう考えていた。

 しかしテオは、その可能性も考えたが、やはりそれだけでは納得がいかなかったのだ。

 彼は、これまでの調査と、この一年の獄中生活の中で掴んだ、より進んだ見解を示そうとしていた。そしてこの自身の見解こそが、いかに酷い拷問を受けようとも、決して彼らを憎む気になれなかった一番の理由だった。


「チルオンやその他のいわゆる不適格者と、正常なナトゥラとの間では、明らかにこちらへ向ける憎悪の強さに明確な差がある。彼らに対してぼくらがしてきたことに、ほぼ一切の違いはないにも関わらずだ。この違いはなんだと思う? なぜ生じている。不思議に思ったことはないか?」

「確かに……我々は、どこか心にしこりを残しながら、これまで戦ってきましたが」

「生き残るのに必死で、考える余裕があまりなかったというのが、正直なところですね」

「そうか……。実はね。この二者の間には一体何の違いがあるのか。それをぼくは密かに調べていたんだよ。不覚にもぼくが捕まってしまった、アマレウムにおける実地調査で判明したことだ」


 少し間を置いてから、彼は本題に入った。


「今から言うことに、確証はないよ。これは、あくまでぼくの予想だ。ただ、ぼくだって何もせずに牢で一年を過ごしていたわけじゃないんだ」


 彼は、自身が掴んだ決定的なキーワードを、二人に告げた。


「CPD」


 聞いたこともない言葉に、ウィリアムもネルソンもわずかに首を捻った。


「セストラル・パーチャー・デバイス。胸部動力炉のわずか上に位置する、ナトゥラのパーツだ。こいつに謎を解き明かすヒントがあるのではないかと、ぼくはそう当たりを付けている」

「それは、一体どういうものなのですか?」


 食いついたウィリアムに視線を向けつつ、テオは答えた。


「機体更新の際、全てのアドゥラとなる予定の機体に必ず埋め込まれるようになっている代物だ。このパーツには、ナトゥラの思考回路とは独立した思考演算回路が組み込まれている。元々は動力炉の働きを調節するためのものらしいけど、原理上はナトゥラの思考そのものにもそれなりの影響を及ぼすことが出来るはずだ」


 そこで、ネルソンにも王の言いたいことがやっとわかった。自身が考えてもいなかった衝撃の可能性に、愕然となる。


「もしそれが……彼らに宿る憎悪の感情を刺激して、増幅させているのだとすれば……」

「ああ。数十年前から、このパーツは実用化されている。奇しくもちょうどこの時期が、ヒュミテ隔離法の成立と、非正規格機体の処分と再利用に関するガイドライン成立の時期と重なる。偶然の一致にしては、出来過ぎではないだろうか」


 テオの考察を共有した三人には、重苦しい沈黙が流れていた。特にウィリアムとネルソンにとっては、自身の持つ価値観を180度引っくり返されたようなものだった。

 両者の殺し合いが当たり前の世界という常識が、人為的に操作されたものであるという可能性が浮上してきたのだから。


「我々はもしかすると、とんでもない思い違いをしていたのかもしれんな」


 やがて、ウィリアムがぽつりと漏らした。

 テオは、大きく溜め息を吐いた。


「ユウもきっと、薄々このおかしさに気付いていたに違いない。だから、あんな試すようなことをぼくに言ってきたのだろう……」

「この場にいる誰よりも甘い奴だが……一番現状が見えていたのも、あいつだったのか……」

「わかりました、王。しばらくお一人にしてしまうのは、心苦しいですが。我々も、ユウの救出に向かうことにいたします。彼はこの先、必要な人材だ」

「うん。頼んだよ。ウィリアム。ネルソン」



 テオに見送られて部屋を出た二人は、まだショックを隠し切れないようだったが、既に気持ちを切り替えようとしていた。


「直接の救出は、ラスラたちに任せるとしよう……」

「考えがあるようだな。ネルソン」


 ネルソンは、頷いた。


「プラトーとザックレイの、スナイパーコンビ。救出と防衛においては……奴らの奇襲が最も脅威だ。特にザックレイ。此度判明した、奴の探知能力……この先逃亡を続けるならば……決して放っておくわけにはいくまい」

「奴らを牽制するわけか。そして、あわよくば……なるほど。それでいこう」

 

 ネルソンは、静かに、だがその内側には燃えるような怒りを滾らせて、強く拳を握り締めた。

 

「マイナは、可哀想だった。あんなところで、死ぬことはなかったのだ……攻撃が来ることさえわかっていれば、彼女なら……」


 彼の言わんとすることに同意するように、ウィリアムはぽんと彼の肩を叩いた。


「王の言うことは、確かにもっともだ。あれがいくらかでも事実なら、いつかは両者が争わなくても済む時代が、もしかしたら来るのかもしれんな。だが……今の時代は、血に塗れ過ぎている。汚れ仕事の方が、私たちの性には合っているさ」

「ああ……私たちは、染まり過ぎたな……仇は討たせてもらうぞ」


 ネルソンは、暗い決意を秘めて、口元をきゅっと引き締めた。


「ラスラは、若干こっち寄りなところがあるが……まだナトゥラ憎さのみに染まり切ってはいない。ユウ、それにアスティやロレンツのような、価値観の凝り固まっていない力が、これからはきっと必要なんだろう。若い世代の力が。それと、忘れるな。お前もだぞ。ネルソン」

「……肝に銘じておこう」


 ウィリアムとネルソン、二人の男は、装備を整え、決意を胸にトライヴゲートをくぐった。再び戦場となる地上へ舞い戻った。

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