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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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33「この世界は、何かがおかしい」

 俺は、手を「離した」。

 絶体絶命の状況。登ればリルナに殺される。素直に落ちても死んでしまう。

 だけどいざ死を覚悟して【反逆】を使おうと決意したとき、この土壇場で思い出した。

 たった一つだけあったんだ。あの二人に落下して死んだと思わせつつ、生き残ることの出来る起死回生の手が。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 落ちていく間、それらしく叫び続ける。演技だ。

 やがてリルナとプラトーの目が離れたとき、チャンスと思った俺は、残る右手でリュートを必死に手繰り、決して離さないように腕に抱え込んだ。

 そして女に変身する。生命反応を完全に消し、生きているのが二人にばれないように。

 もう地面が近くまで迫ってきていた。このまま行けば激突して終わり。そうはいかない。

 使うのは【反逆】。それは変わらない。

 ただし、反動で確実に死を招く《許容性限界突破》はしない。より負担の軽い別の使い方をする。

 既に心の世界がかなり乱れた状態になっているのが、心残りだけど……やらなければどうせ死ぬ! ほんの少しの間だけなら使っても大丈夫なはず!

 お願い! 無事で済んで!


【反逆】《反重力作用》!


 瞬間、全身に打ち付けていた猛風が和らぐ。落下の速度が目に見えて低下した。

 これならいける!

 反動で自滅する前に、すぐさま能力を解除すると、リュートを上にして抱きかかえた体勢で、背中から地面に叩き付けられた。


「あうっ……!」


 息が止まるほどの衝撃を受ける。しかし身体はどうにか無事で済んだ。腕の中のリュートもまだ生きてる。

 覚えていて助かったよ。レンクス。


 身を横たえたまま周囲の様子を窺うと、何やら馬鹿でかい工場らしき建物があちこちにひしめいていた。幸いにも近くに人の姿は見当たらない。

 すぐにここから離れて、どこかに身を――

 あ――

 立ち上がろうとしたとき、身体がふらついた。

 崩れ落ちる私。力が徐々に抜けていく。

 どうして――

 失った左腕に目を向けたとき――切り口からぼたぼたと血が流れ出しているのに気が付いた。

 しまった。気で強引に出血を止めていたのが、女になったからその効果が消えて、また血が零れてきてる。今すぐなんとかしないと。失血死してしまう。

 視界がぼやけてきて、夢心地のような気分になってきた。そのまま身を委ねて、眠ってしまいたくなるような――

 ダメ!

 私はくらくらする頭をガツンと叩いて、死の誘惑を断ち切った。

 危ない。意識が飛びかけた。

 気をしっかり持たなくちゃ。ここで気を失ったら、本当におしまいなんだから!

 私は戦いで既にズタボロになっていた従業員の上着を、その場に脱ぎ捨てた。

 それからその下に着ているシャツを、胸の途中から上だけを残して長い帯状になるように破り裂いた。包帯代わりとするために。

 そうして作った布地の一端を口にくわえ、もう一端を右手で持って、左腕の付け根に添える。口と右手を器用に使いながら、そこで血が止まるように固く巻いて締め付けて、最後にキュッと縛り上げた。

 これでとりあえず血は止めたけど……血を失い過ぎた。少しでも気を抜くと、意識が飛んでしまいそう。

 気合を入れて、今度こそ身体を起こす。ふらつく身体を、リュートと一緒に引きずるようにして、近くの物陰に身を隠した。

 腕を回し、リュートを後ろから抱く形で座り込む。

 絶え絶えになった息で、しきりに胸は弾んでいた。ゆっくりと呼吸を整えながら、時折ふらっと失いそうになる意識を根性で保ちつつ、さらに周囲の様子を観察する。


 どうやらここは、中央処理場の内部みたい。真上から裏技みたいなルートで中心部まで来てしまったわけか。

 中がどうなっているのか、とても気になるところだけど……今は脱出が最優先。私もリュートも、手を施してもらわないと命が危ない。

 でも、こんなまともに動けない状態で、ウェストポーチと一緒に無線も武器もなくしてしまって。どうすればここから出られるだろう。

 何か手を考えないと。もたもたしていると私たちがまだ生きていることがばれてしまう。

 脱出手段を考えようとしたときだった。遠くから喚き叫ぶ男性の声が聞こえてきた。


「やめろ! 俺はまだ死にたくない!」


 どうしたのだろう。気になった私は、リュートをその場に置いて様子を見に行くことにした。


「ごめん。ちょっとだけ見てくるね」


 声のした方向へ目立たないように向かうと、目に映ったのは、錠で雁字搦めに拘束されたナトゥラの姿だった。彼はベルトコンベアに乗せられ、少しずつ流されていた。

 奥の方には、何やらプレス機らしきものが見える!

 横で二人の作業員の男たちが、彼を監視していた。二人とも、腰にはしっかりと銃を装備している。

 助けに行きたいけど、ここで動くわけにはどうしてもいかなかった。今の戦えない状態で行っても、私まで無駄死にするだけだ。

 ぐっとこらえて、その場の様子を黙って見ているしかなかった。


「異常機体に、生存権はない」

「何が異常だ! 俺は正常だ! あんたらこそ、おかしくなっちまってるんだ!」


 叫ぶ男を、作業員たちは鼻で笑った。


「おいおい。何を言い出すかと思えば」

「我々は正規格のナトゥラだぞ」

「前は! 前はそうじゃなかったはずだ! 故障したからと言って、すぐに処分することも! ヒュミテの奴らとあれほど険悪になることもなかった!」


 前は、そうじゃなかった……?

 いつかレミが言っていたことが、ふと脳裏によぎった。


『どうも昔は、ここまでではなかったみたいなのよ。いつしかみんな、ヒュミテなんて殺されて当たり前だと考えるようになってしまった』


 そうだ。確かレミもそう言っていた。


「前は違ったと?」

「そうだったか?」


 作業員も何やら心当たりがあるのか、今度は笑うことなく首を傾げた。


「そうさ! みんなおかしくされてんだよ! 中央工場だ! あそこでみんなおかしくされて帰ってくるんだ!」


 中央工場でおかしくされて帰ってくる!? 初耳だった。


「おい。それはどういうことだ」

「もしかして、少し事情を聞いてみた方がいいんじゃないのか?」


 作業員たちにも動揺が走る。そして一人が一旦ベルトコンベアを止めようと、スイッチに手をかけたのだが――

 そこで、なぜか彼の腕がぴたりと止まった。

 少しの間、奇妙な沈黙が場を包む。そして二人の作業員は、囚われた男に揃って告げた。


「「お前は、知り過ぎた」」


 角度の関係で顔は見えないが、感情のこもっていない、明らかに異質な声だった。

 なに!? 一体急にどうしたっていうの!?

 囚われた男の目が、絶望の色に包まれる。


「ちくしょう! あんたらもか! 嫌だ! 死にたくない! 助けてくれえええええーーー!」


 彼の悲痛な叫びが、心の世界を通じて感情と共にひしひしと伝わってきた。私の胸をぎゅっと締め付ける。その間にも、彼はどんどん流されていき――


「ぎゃああああああああああああああああああーーーーーーーーーっ!」


 プレス機が、彼の身体をバリバリと砕く音が聞こえた。とても見ていられなくて、目を背けてリュートのいる場所へ戻ることにした。



 やっぱり。

 戻る途中、私の中で疑念が確信に変わりつつあった。

 この世界は、何かがおかしい。

 それが今、はっきりした。


 この世界について調べていくごとに、ナトゥラやヒュミテたちと触れ合うたびに、少しずつ違和感が強まってきていた。どうもすっきりしなかったの。


 第一に、覆い隠された歴史。二千年より前に何があったのか。その大事なところが、まるで白紙のように不明なままにされているのはなぜか。大きな核戦争があったというけど、その戦争で文明が完全に消え失せたわけではないのだから、何かしらの文献が残っていてもいいはずなのに。

 第二に、ナトゥラが創り出された理由。結局のところ、ヒュミテとナトゥラの対立が決定的になった一因は、本来復興作業用ロボットに過ぎなかったナトゥラに、あまりに高度な知能と学習機能を持たせてしまったことにある。普通なら設計段階でその可能性に気付かないはずがない。それでもあえてそうしたのは、ナトゥラを使って何かもっと別のことがしたかったからではないの?

 第三に、普段の生活を眺めている限りはごく普通の市民にしか見えないナトゥラが、どうして皆例外なくヒュミテにだけは強い殺意を抱くのかということ。多少例外がいても不思議ではないはずなのに、直接ヒュミテによる被害のない者まで全員が敵意をむき出しにしていた。はっきり言って、異常だ。一方で、個人差こそあるものの、チルオンはヒュミテと問題なく打ち解けられていた。この明確な差は、単に個人差の問題では片付けられない。

 第四に、今さっきのように、正規格のナトゥラ以外をヒュミテと同様に処分対象とする理由。あの彼の言う通り、もし中央工場で何かをされているのだとしたら――


 あの作業員の二人、突然様子がおかしくなった。まるで本当の機械のように無機質な感じになって。

 でも、ああいう豹変ぶりを見たのは初めてじゃない。

 リルナもそう。刑務所で彼女に事情を問いかけたときなんかは、特におかしかった。

 あそこで彼女の様子が急におかしくなったのはなぜ?

 あの話の流れでは、私に事情を言い澱む理由なんてなかったはず。むしろ教えてやろうという意思が、それまでの彼女からは感じられた。

 なのに、どうして急に――

 そこで私は、決定的におかしなことに気付いてしまった。

 いや。いやいや。待って。おかしい。おかしいよ。


『よそ者のお前に話すことなど、何もない』


 そうよ。彼女は確かにそう言っていた。

 どうして。


 どうして私が「よそ者」であることを知っているの!?


 そんなことなんて、一言も言わなかったのに!

 あの場面で言うべきは、『ヒュミテのお前に話すことなどない』か『敵のお前に話すことなどない』になるはずでしょう!?

 考えてみれば、あの言葉はとても彼女自身が言ったようには思えない。

 それまでの動揺が嘘のように冷静で――そう。まるで一瞬で心が切り替わってしまったような――

 まさか――!

 その可能性に気が付いたとき、私は愕然となった。


 もし今のナトゥラが、本来の自然な状態でないとしたら。何らかの手段によって、ヒュミテを敵視するように記憶や感情が誘導されているとしたら。

 リルナも含めて。

 突拍子もない話よ。でも。でもこれでかなりの部分説明がつく。

 ナトゥラは機械人間。記憶や感情を誘導するような機構をどこかに組み込むことは、人間を洗脳することよりも遥かに容易い。

 何らかの事情で誘導が上手く働いていないナトゥラは、「異端者」として処分対象となる。争いにとって邪魔な存在だから。

 そしてこの仮説が正しいなら――あまりにひどい! ナトゥラとヒュミテの対立は、通常の争いとはまるで意味合いが変わってくる。

 だってこれって、意図的に仕組まれたものってことじゃない! 両者の対立を煽って潰し合うような――そんな最低の絵を描いている奴が、どこかにいるっていうの!?

 さっき犠牲になった男は、この可能性を悟ってしまった。だから消された。「異端者」として――

 私は、背筋がぞっとするような感覚を覚えた。今この恐ろしい可能性に気付いている者が、果たしてどれほどいるだろう。

 ナトゥラ当人たちはまず気付いていない。まさか自分が操作されているなんて思いもしないだろう。

 ルナトープの人たちも、おそらくほとんど何も知らないと思う。知らないから、あんなに純粋に必死になって自分たちの権利のために戦っている。自らに敵意を向けてくるのだから、ナトゥラは敵であると断じて。

 途端にあらゆることが怪しい気がしてきた。

 歴史についてもそう。本当にここで調べた記述通りで正しいのだろうか。あれはあくまでナトゥラ側の情報に過ぎない。ヒュミテとナトゥラで、歴史認識が全く違う可能性だってあり得る。

 やっぱり何か裏がある。生き延びなくちゃ。生きて調べなくちゃならない。

 この世界に隠された真実を――!

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