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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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31「Sneak into Central Tower 5」

 私たちは、《けむりくん》を使うとすぐにリルナから背を向けて必死に走った。

 でも逃げる途中、後ろからおびただしい数の光弾が飛んできて――私は何とか避け切ったけど、リュートが――

 よりによって、リュートの頭部に攻撃が当たってしまったの。

 うめき声を上げて倒れるリュート。私は一気に血の気が引いた。

 すぐに駆け寄って小さく声をかける。当たり所が良かったのだろうか、幸いにも彼にはまだ辛うじて意識があった。命があって本当によかった……!

 ひとまず胸を撫で下ろすも、喜んでなんていられない。頭部へのダメージは、一見して明らかに重大だった。だってリュートの頭には、決して小さくはない穴が空いていたのだから!

 彼の意識は朦朧としていた。一刻も早く連れ帰って修理しなければ、いつ本当に死んでしまってもおかしくない。

 しかも、それどころじゃないわ。現在進行形で命の危機が迫っている!

 私はリュートを背負い上げた。さすがにもうこれ以上《パストライヴ》は使えない。使ったら最後、私は今度こそその場から動けなくなってしまうでしょう。

 かと言って、このまま走って逃げたところで、絶対にすぐリルナに追いつかれてしまう。一旦どこかの部屋に身を隠してやり過ごすしか――

 焦る私の目に付いたのは、前方にあるロッカー室だった。

 時間がない。とりあえずこの部屋に入ろう!

 カードキーを取り出し、背負っているリュートの指をとって指認証の穴に差し込みつつ、スロットにカードを通す。ドアが開くと、たくさんのロッカーが並んでいるのが目に入った。

 一つ一つのロッカーはさほど大きくはないけれど、身を縮めればなんとか二人で隠れることが出来そう。

 私は奥の方にあるロッカーを一つ選んだ。リュートを後ろから抱きかかえる形で入り込み、ロッカーのドアを閉めて身を隠した。


 リュートの小さな身体は、震えていた。

 死の恐怖が迫っているのだから、無理もない。少しでも恐怖を和らげてあげたくて、私は彼をぴったりと抱き寄せて、損傷のない頬を撫でた。

 息を潜めていると、やがて彼は弱々しく口を開いた。今にも遠くへ行ってしまいそうな、そんな儚い声で。彼は詫びてきたの。


「ごめん。結局……足ひっぱちゃったよ。ごめんね……」

「謝ることなんてないよ。リュートはいっぱい役に立ってくれてるもの」


 これは本心からの気持ち。ユウも同じことを感じていたよ。リュートがいなかったら、ここまで上がってくることは絶対に出来なかったと思う。

 だから、そんなことなんて言わなくたっていいの。

 リュートはほんの少しだけ頬を緩めた。でもそれも一瞬だけで、また不安と恐怖に包まれた顔に戻ってしまう。


「ねえ、ユウ……オイラ、死ぬのかな……こわいよ……」

「大丈夫。大丈夫だよ。私が絶対に助けるから……!」


 彼の顔を胸に寄せ、ぎゅっと抱え込む。恐怖に飲み込まれそうになっている彼の心が、身体の震えを通して伝わってくる。それでもあやすように優しく包み込んでいると、やがて少しだけ落ち着いてくれた。


「ユウ……あったかい……」


 ――そのとき、ドアの開く音がした。


「この部屋か」


 鬼気迫るリルナの声が聞こえた。緊張は一気に高まる。

 私はじっと息を殺して、彼女が立ち去ってくれることを祈った。

 だが、現実は非情だった。


 カツ、カツ。

 密閉された空間。ほとんど何も見えない中、彼女がこちらへ歩いてくる足音だけが聞こえてくる。

 そして、間もなく――

 カチャン。

 静かに、ロッカーの開く音がした。

 ――カチャン。ロッカーの扉が閉まる。

 カツ、カツ。

 また、リルナの足が床を弾く音だけが、こちらへ伝わってくる。

 カチャン。

 再び、ロッカーの開く音がした。


 私は、戦慄した。

 まずいわ。リルナは、この部屋を詳しく調べる気みたい。


 カチャン。カチャン。

 カツ、カツ。

 カチャン。カチャン。

 カツ、カツ――


 リルナが一つ一つのロッカーを開け閉めしていく音と、彼女の足音だけが、息苦しい静寂に包まれた密閉空間、その扉の向こうから、淡々と響いてきた。

 音は少しずつ、だが着実に大きくなってきている。こちらに迫ってきている。

 わかっていても、私にはどうすることも出来なかった。

 この場で飛び出せば、間違いなく死が待っている。かと言って、このままここにいても――

 心臓は早鐘のように鳴り、全身からどっと嫌な汗が噴き出してきた。

 リュートも、着実に迫りつつある死の恐怖に、ぶるぶると声もなく身体を震わせている。


 ユウは、まだ眠ってる。戦う手段は皆無。

 ダメ。このままじゃ見つかっちゃう!

 見つかったら最後よ。今度こそ絶対に殺されるわ。


 とそのとき、彼女から放たれる殺意が、なお身を突き刺すように強まった。次の瞬間――

 ザシュッ!

 明らかに、ロッカーを開ける音ではなかった。

 冷徹に刃物が突き刺さる音。

 リュートの震えが、ますます強くなる。私にまで、ぞっと恐怖が込み上げてきた。

 二人でぎゅっと身を寄せ合って、じっと息を潜める。


 カツカツ。ザシュッ!

 カツカツ。ザシュッ!


 息の詰まるような静寂の中、足音が次第に早まっていく。それに伴って、ロッカーを一つ一つ刃で刺し貫く音が、繰り返し聞こえてくる。

 まるで、死へのカウントを刻んでいるように思われた。

 一つ音が近づくたびに、我が身を刺されたように心臓が飛び上がる。


 すぐ近くまで来てる。そろそろ私たちのいる場所よ。

 もうダメ! 殺される!

 私は、いよいよ死を覚悟した。リュートを連れて、外へ飛び出す決意を固める。

 いざとなったら、私は死んだっていい。無理矢理でも魔法を使って、せめてこの子だけは安全な場所へ――

 この世界で使えば、間違いなく一瞬で心身がいかれてしまう。どんな世界でも魔法を使用可能にしてしまう、レンクスの強力無比な能力を使って――


【反逆】《魔力許容性限界と――


 そのときだった。

 遠くで、大きな爆発音が聞こえたの。

 私たちの隠れているロッカーのすぐ前から、リルナの怒声が聞こえた。


「今の音は――向こうか!」


 彼女が、猛然と走り去っていく足音が聞こえた。後には、緊張から解き放たれた静けさが残った。

 とりあえずの危機が去ったことを理解した私は、その場でぺたりと力が抜けてしまった。ロッカーの壁に力なく背中を預けて、はあはあと切れた息を整える。

 危なかった。何があったのかは知らないけど、助かった……

 ほっとしたところでリュートを見ると、彼はもう意識がなくなっていた。

 すぐに気が引き締まる。

 早く連れ帰ってあげないと。いつ手遅れになるかわからない。

 でも、しばらくここで待つしかない。それが心底歯痒かった。

 気を使えるユウが起きてくれないと、出たところでどうしようもないもの。

 ねえユウ、早く起きて――


 そのとき、音量を下げていた無線から、ごく小さめの声が聞こえてきた。

 アスティからだった。


『ユウちゃん。聞こえる?』

『アスティ。聞こえるよ』

『状況はどうなってるの?』

『セキュリティは解除したよ。今は逃げているところ』

『やっぱり! セキュリティ解除感謝します。おかげでテオは、無事地下に逃げられたよ。あたしたちも一緒に逃げても良かったけど、あなたたちだけは絶対に助けるってことで意見が一致したの。テオの護衛も要るから全員じゃないけどね。でも、横にラスラねえとロレンツもいるよ!』

『ありがとう――あのね。リュートがかなり酷い故障を負っていて、危ないの』

『まあ、それは大変! 早く助けなくちゃ!』


 そこでラスラが通信を代わった。彼女は、彼女らしい力強い口調で簡潔に言ってきた。


『ユウ! なんとかしてその建物から出ろ! いいな! そこからの逃走ルートは考えてある!』


 ロレンツも少し代わった。彼は真面目モードだった。


『ロレンツだ。借りを作りっぱなしってのは性に合わねえ。俺もささやかながら力になるぜ』

『うん。助かるよ』

『もしもーし。こちらアスティ。てことで、難しいと思うけど、とにかく管理塔から出てね。あたしたちも出来ることはするから』

『わかった。ところで、さっきの爆発はあなたたち?』

『そう。あたしがドカンと一発陽動の援護射撃かましてあげた音よ。レミちゃんがあなたの位置を探ってくれたからね。効果はあったかしら?』

『てき面だよ。本当に助かった』

『よかった。あたしの腕もまだ捨てたものじゃないわね。じゃ、無事を祈ってるわ』

『ええ。そっちこそね』


 通信を切った。私には少しだけ心の余裕が戻っていた。

 味方がいるというのは、本当に心強いなって改めて思う。私一人だけだったら、きっとさっきの時点で終わっていた。

 あとは、ユウが起きてくれれば―― 

 意識を集中して、心の世界で眠っているユウに『起きて』と必死に呼びかけ続ける。

 やがて想いが通じたのだろうか、ユウはやっと目を覚ましてくれた。


『う――ここは――』

『ユウ! やっと気が付いたのね』

『今の状況はどうなってる。情報を共有させてくれ』

『わかった』


 私は心を開いて、ユウが気を失ってからの情報を伝えた。ユウはすぐに私の心を読み取り、予想通りの辛そうな顔をした。


『そうか……そんなことに。ごめん。俺が不甲斐ないせいで』

『あなただけが責任を感じる必要はないよ。不甲斐ないのは私も一緒。私たちは二人で一人。苦しさも責任も半分こだから』

『そうだね。でも、ありがとう。俺が眠っている間、代わりに色々と頑張ってくれて』

『いいの。当然よ。私はあなたを支えるのが仕事だもの』

『君にはいつも助けられてるよ。そうだな……。起きてしまったことをくよくよしても仕方ないよね。それに、まだリュートは辛うじて生きている。急げばきっと間に合うはずだ』

『うん。絶対に間に合わせよう』

『よし。リルナが戻ってくる前に、ここから脱出しよう。変身した瞬間に位置を感知されるから、ぎりぎりまで女で行ってから、シャッターの前で変身。そこからはスピード勝負になる。時折女になって気配を消すことで、位置情報を誤魔化そう。力を貸してくれ』

『もちろん。私はいつでもあなたの力になるよ。おいで。一つになろう』

『ああ』


 私は、いつものようにユウを受け入れて――

 ユウを隣で支えていく。



 現実世界に戻った私は、ロッカーから抜け出して、リュートをしっかりと背負った。時折小さくうなされる彼に、そっと声をかける。


「リュート。もう少し頑張ってね」


 部屋を出て、階段の前に下ろされたシャッターの前まで走って行く。シャッターの目の前まで来たところで、男に変身してすぐに技を使った。


《気断掌》


 生命波動の衝撃により、シャッターに大きな穴を開ける。即座に穴をくぐって、全速力で階段を下りていく。

 すぐに、リルナが遠くから恐ろしい速さで迫ってくるのが殺気でわかった。ただの殺気というよりは、殺意を伴った強い感情の塊だ。それが直に伝わってくる。


 そのとき、俺はふと、ここまでこの世界で何度か感じてきた殺気、殺意というものの正体がわかったような気がした。

 殺気とは言うけれど、漫画やアニメじゃないんだ。

 ナトゥラが気力を持っているわけではない以上、そんなものは普通、気を読む力などでは読めない。それなのに読めてしまっているのは、どういうわけなのか。

 度重なる能力の使用によって心の世界が活性化しているせいで、その答えがようやく見えた。

 現状では特に強いものに限ってではあるけれど、相手の持つ感情が、心の世界を通して本当に伝わってきているみたいだ。「私」や俺がこの世界で何となく感じ取っていたものの正体は、まさしく相手の心の一部だったというわけだ。

 元々相手の気が読めていたこれまでの世界では、そんなことを意識する必要がなかったから、この気と殺気(殺意)の微妙で重大な違いを見落としてしまっていたんだと思う。後者はあくまで心の範疇に属するものだったんだ。

 エデルでウィルと戦ったときに、不思議とみんなの心と繋がって、はっきりと感じ取れたことがあった。あれと同じような現象が、ごく弱いレベルで発生している。

 どうやら、相手の心と繋がる能力、あるいは相手の心を読み取る能力が、俺には備わっているらしい。

 まあ詳しいことはわからないけど、おかげで相手に気力がなくとも、相手に強い殺意さえあれば大まかな位置情報を知ることが出来るのは、大いに助かることだ。


 さて。そんなことをゆっくり考えている暇もない。時々女に変身してリルナにこちらの位置をわからないようにしつつ、100Fまで辿り着いた。

 だが、そこには大量の戦力が集められていた。ポラミット製のシャッターだけではない。ディークランの連中が固まって、完全に行く手を塞いでいたのだ。

 リルナはもうすぐそこまで迫ってきている。時間さえかければ、こいつらはきっと何とかなるが、もたもたしている時間はなかった。

 ちらりとフロア案内を見ると、100Fには中央政府との連絡橋があるようだ。

 こうなったら一か八か、中央政府本部の方に突っ込んでみるか。

 追手を振り切りつつ、連絡橋までひた走る。

 出口から橋に躍り出ると、そこは車が数台横並びで通れそうなほど幅が広く、まさに橋と呼ぶのがふさわしい立派な連絡路だった。淵は人の高さに近いほどのガードで覆われていて、誤ってナトゥラが落っこちないようになっている。

 向こうまで急ごう。そのまま前に向かって走り出したとき――


 突然――ピュン、と一筋の青い光が、驚異的な速度でこちらに向かってくるのが一瞬だけ見えた。

 やばい! 避け――


「うっ!」


 何かが胸を貫通していった感覚が、遅れてやってきた。そこに激痛が走り、思わずその場にうずくまってしまう。

 胸部を見下ろすと、服には小さな穴が空いており、そこからじっとりと血が滲んでいた。

 まずい! 撃たれた――!

 息がひどく苦しい。咄嗟の動きでどうにか心臓だけは避けたものの、片方の肺がやられてしまったようだ。

 そのとき、向こう側――中央政府本部側の出口の奥から、右腕に大きな銃を装備した銀髪の男が現れた。

 彼はこちらへと歩み寄ると、どうにか立ち上がった俺に冷たく声をかけてきた。


「ここで待っていれば、いずれやって来るだろうと踏んでいた。予想通りだったな」

「なに!? 誰だ、お前は?」


 銀髪の男は、キザったらしくふっと小さく笑った。


「これから死ぬお前に言っても仕方ないとは思うが……一応名乗っておくか。プラトー。ディーレバッツの副隊長だ」


 副隊長だと!? だったら、マイナを撃ち殺したのはこいつか――!

 睨み付けたが、彼の方は全く意に介していないようだった。

 俺は目の前の彼に対して、リルナとは全く違うタイプの強さ、脅威を感じていた。

 リルナが近接戦闘重視で堂々と殺しに来るタイプであるのに対し、こいつは不意を突いて敵を仕留める術に長けている。認識外からの攻撃というのは、対処しにくいため、本当にタチが悪いのだ。


「さて……本来なら、先ほどもう一発頭にも撃ち込んで終わりにしてやったところだが――今回は、リルナに華を持たせてやるとしよう」


 プラトーが俺の奥に目を向ける。その視線に、はっと振り返ると――


「ようやく追い詰めたぞ。ユウ」


 二刀を構え、激しい憎悪を漲らせた目でこちらを射抜く、彼女がそこにいた――

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