28「Sneak into Central Tower 2」
「ふう~。やっと登り切れたね」
リュートが一息をつく。
途中の階にあった案内板で、セキュリティシステム管理室がある階層を調べたら、211~212Fという凄まじい高層にあるようだった。ということでひたすら登り、140Fまで辿り着いたところで非常階段は終わった。
本当に長かった。三桁階層とか、地球ではまずお目にかかったことがない。外国にある超々高層ビルの類なら、きっとそのくらいはあるのだろうけど。
140Fは通路が真っ直ぐ伸びていて、その脇に部屋がいくつも並んでいた。奥の方で通路が二手にわかれている。これといって特に変わり映えのない、普通のオフィスといった感じだった。
「ここからが本番だよ」
「わかってるぜ。監視カメラとかはどうするつもり?」
「それについては一応考えてある」
そこでウェストポーチから取り出したるは、前の異世界イスキラの研究者ミックの発明品第三弾。おもちゃのようにちゃちな作りのピストルだ。
「映像固定弾。こいつをカメラに向かって撃ち出すと、透明ジェル状の弾がレンズにべったりと張り付く。するとカメラの映像はその時点のもので固定されるから、私たちは映らなくなる」
「へえ~。なんかかっこいいね」
かっこいいか?
それにしても、あいつの趣味で押し付けられたスパイアイテムがこんなところで役に立つとは、運命の巡り合わせというのはほんとわからないよ。
というか、イスキラはカメラと言ってもお粗末なものしかない文明レベルなのに、あいつだけ一人世界の先を行き過ぎなんだよね。紛れもない天才だけど、先端的過ぎて中々理解はされないかも。
例によって弾はある分だけの使い切りだから、少しもったいないけどここで使い切ってしまおう。
さてカメラはどこにあるかな、と――二か所に設置されているか。
ピストルを構えてターゲットに狙いを定め、撃ち出す。パシュ、パシュと静かな発射音がする。二発ともしっかり命中させた。
カメラはこの先も多いから、無駄弾は出せない。
リュートがこっちを向いた。心なしか、目をキラキラさせている。
「すげえな、あれ」
少し和んだ。この子、歳の割にはかなりしっかりしてるけど、何かと素直に顔に出ちゃうところは、ちゃんと子供らしいというか。かわいいところがあるね。
「行くよリュート。ちゃんとゴーグルを付けてね」
「わかった」
支給装備のゴーグルをかけると、目に見えないものも発見出来る。例えば、赤外線センサーの有無などがわかる。
辺りを見渡したが、どうやらここにはカメラ以外はないらしい。時折監視カメラを発見しては無効化しつつ、慎重に通路を進んでいく。
この階層から、セキュリティレベルは明らかに上がっていた。エレベーターの利用はもちろん、階段を登るにしても別途認証が必要なようだ。
頼みの綱だったリュートも、ここからはどうやらお手上げだった。
「まずいよ、ユウ。指認証だけじゃなくなってる」
「本当だ」
見ると、ロック解除のためには、指の他にカードキーも必要な方式になっているみたいだった。
「どうしよう。ドアを壊すしかないかな。ユウなら出来るよね?」
「まあ出来るけど……そんなことをしてリルナがやって来たら、一気にまずいことになる。極力目立つことは避けたい」
「だよね。うーん……」
そのとき、誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。私はリュートに耳打ちした。
(誰かが近づいてくる足音がする。壁際に隠れて)
(うん)
隠れて様子を伺うと、黒を基調とした制服を着た女性従業員が一人、こちらに向かって歩いてきていた。
このままだといずれ見つかってしまう。注意を引き付けなくては。
《ボルチット》
小さな火を出して、彼女に向かって宙を泳がせる。私たちに対して背を向ける方向に、火を飛ばす。
「なにこれ!? 火が!」
すっかり目を引いてる。この手、単純だけどこの世界では地味にかなり有効みたい。
ごめんね。
さっと忍び寄って、気付かれぬうちに手刀を打ち据えると、彼女は気絶して崩れ落ちた。転倒して変なところを打たないように、身体を優しく支える。
「ふう。言い方は悪いけど、これで『鍵』は手に入ったかな」
「結果オーライだね」
彼女の懐を探ると、あっさりとカードキーは見つかった。170Fまで利用可能とカードには記されている。残念ながら一発ゴールとはならなかったか。
気絶した彼女をこのままにしてはおけないので、少しの間私が背負っていくことにした。
エレベーターの前に立って彼女の手を持ち、指を差し込みながらカードを通す。するとすぐにエレベーターがやって来た。
慌てずに映像固定弾を撃ち込み、中の監視カメラに自分たちが映りこまないようにしてから乗り込む。
エレベーターは、全く音も立てずに高速でぐんぐん上がっていく。幸い私たちの他には誰も乗ってこなかった。
「朝の早い時間帯で良かった。まだまだ人が少ない」
「…………」
「どうしたの? リュート」
「オイラ……情けないな。さっきからずっと怖くて。嫌な予感ばっかりで」
リュートは緊張と不安から身震いしてしまっていた。私も内心は不安でいっぱいだったけど、そんな彼を見てしまうと、せめて自分はしっかりして安心させてあげなくちゃなと思った。自然と手が動き、彼の頭を撫でながら微笑みかける。
「大丈夫。私がついてるから。君のことは守るよ」
「……うん。カッコ悪いよね。オイラの意志でついてきたってのにさ」
「そんなことない。仲間のために立ち上がれる君は立派だよ。私も君がいて心強く思ってる」
「ほんと?」
縋るような目で見つめてきた彼に、私はしっかりと頷いた。
「ほんと。こういうときに一人って、本当に辛いもの。だからリュートがいてとても助かってるの。それにね。君がいるから、ますますやられるわけにはいかないなって思ったし」
「ユウ……。そうだね。オイラもがんばるよ」
170Fに着いた。140Fと特に変わり映えはしないフロア構成のようだった。私は気絶した女性従業員に目をやった。
「まずはどこかの部屋にこの人を隠そう」
「あっちにエアシャワー室が見えるよ」
エアシャワー室まで移動する。部屋の前のドアに立って聞き耳を立てた。中に誰かがいる気配はない。指認証とカードキーでドアを開ける。
中には脱衣所と、空気を噴出するシャワーの個室があった。
個室の中で、私は気絶する彼女をそっと下ろした。それから、彼女の着ている服を見回す。
「従業員の制服。私にはちょっとサイズが大きいけど……」
まあ着られないこともないか。あまり性差のない服装だし、男になったらむしろ少し小さいくらいかな。
「悪いけど、服を拝借して着替えさせてもらおう。そっちの方が怪しまれないで済む」
「え。うんわかったよ」
「ごめんなさいね」
軽く謝りながら、素早く丁寧に彼女の服を脱がせていく。必要な分を全て脱がし終えると、当然だが彼女はあられもない下着姿になった。改めてみると、本当に人間にしか見えない精巧な造りに感心してしまう。
私も着ていたシャツをまくり上げた。そのとき、横から遠慮がちではあるが熱い視線を感じた。
「見てる?」
「あ、いや。ごめん!」
リュートは慌てて顔を思いっ切り反らした。そんな初心な彼を見て、本当にかわいいなと思った。と同時に、非常時とは言え少し彼に配慮が足りなかったかなと反省した。
「ふふ。リュートも男の子なんだね。でも、女の子の裸は勝手に見ちゃダメだよ」
男ならつい見てしまう気持ちは私にもよくわかるから、あえて強く責めることはしなかった。しかも、ノーブラだからね……なんか自分で言って恥ずかしくなってきた。
右腕で自然に胸を隠しつつ、左手でシャツをウェストポーチの超圧縮袋の中にしまう。リュートは顔を背けたまま答えた。
「ごめんよ。つい。とっても綺麗で」
「それはありがとう」
下を脱ぐ前に、先に制服のシャツを着ていくことにした。刺激の強過ぎる格好は早く終わらせた方が良いと思ったので。
そこで、リュートが顔を背けたまま、躊躇いがちに聞いてきた。
「その。ユウって結局どっちなの? 男のときは兄ちゃんなのに、今はなんだか本当にお姉さんみたいでさ」
「どっちでもある、としか言いようがないかな。こんな風になっちゃったのは、まあ話せばそれなりに長い事情があってね。聞きたいなら今度話すよ」
「へえ。ちょっと聞いてみたいな」
「わかった。今度ね」
着替え終わって部屋を出る。そこで、大きな問題が発生した。
通路の奥からやってくる別の従業員に、ばったり出くわしてしまったのだ。もう私たちの姿は向こうから見えている。
そうか。ただの従業員は、ディーレバッツと違って殺意も何もないから、部屋を隔ててそれなりに離れてしまうと、もう一切気配がわからなくなってしまうのか。
お喋りをしながらこちらに向かってきているのは、立派なスーツを着た男の二人組だった。一人はいかにも平社員風の物腰の低い話し方であり、もう一人はどこかふんぞり返っていて、何というか、いかにも部長っぽい人だなと思った。
制服に着替えていて良かった。どうやら侵入者とは思われていないみたいだ。
でも横に、職場には場違いの子供がいるから危ない。口封じをしないと――
けどまだ距離がある。二人をここから倒しにいくのは、誰かを呼ばれてしまう危険があるか。
よし。ここはウェイトレス時代に鍛えた明るい笑顔の出番だ。それで数秒だけでもやり過ごそう。
リュートの手を引き、子連れを装ってにっこりと笑顔を作る。
「お疲れ様でーす」
「おう。ご苦労さん」
部長(仮)がそっけなく返す。スマイルスマイルでそそくさと通り過ぎようとしたとき、やはり声がかかった。
「ん、そう言えば、なぜ君はチルオンを連れ歩いうごっ!」
「うっ!」
接近してボロが出る前に腹パンを速攻二連打で叩き込むと、平社員(仮)と部長(仮)は気絶した。
「ふう。危ない危ない」
「お姉ちゃん容赦ないね」
「そう? これでも手心は加えてるつもりだけど」
ラスラみたいに殺さないだけマシってものだよと付け加えたら、リュートはちょっと笑ってくれた。心なしか、エレベーターに乗ったときよりも表情が柔らかくなっているように見える。
「185Fまでか」
「ちぇっ。しけてるな~」
リュートが軽く悪態をつく。平社員(仮)はそのまま平社員だったが、部長(仮)の実際の階級は係長だった。いかにも偉そうなオーラ出していた割には、思ったより低かった。
彼らもエアシャワー室に隠し、リュートの指認証とカードキーの併用で185Fまで登る。
こんな調子で上手く立ち回り、200Fまでは警報を鳴らさずにどうにか辿り着いた。途中、赤外線センサーの網を潜り抜けたりとか、色々と大変だったけど。
どうやら200Fまでは普通のオフィスだったようだ。そこから上、201Fから220Fまでは、従業員ですら立ち入り禁止となっているらしい。フロア案内を調べたところ、内訳はこのようになっていた。
200F 会議室 中央政府本部-中央管理塔間連絡橋
205~210F 一般システム管理室
211~212F 緊急時セキュリティシステム管理室
213~216F 平常時セキュリティシステム管理室
221F 職員室
「201Fから220Fまでは、そもそもエレベーターでは行けなくなっているみたいだ」
「201Fから204Fまでと、217Fから220Fまでが空欄になってるのはなんでだろう」
「どうしてだろうね。まあ登ってみれば――」
カードキーとの合わせ技で、リュートに認証を誤魔化してもらって、201Fに足を踏み入れる。すると、そこには――
「これは――!」
「なんだよ、これ!?」
201Fから220Fまでは吹き抜けとなっていた。205Fから216Fまでの十二階層は――白銀色――ポラミット製の巨大な箱だった。四角い箱が、宙に浮かんでいた。
出入り口はどこにも見当たらない。金属による装甲は一見して非常に堅牢であるとわかるものであり、まさにあらゆる侵入者を拒む鉄壁だった。あんなもの、テールボムを使っても《気断掌》でも、とてもぶち破れない。
「なんてこと。これじゃ、物理的に侵入が不可能じゃないの!」
「オイラたち、せっかくここまで来たのに!」
四年前の空中都市エデル突入の際、最後の最後にバリアで阻まれてしまったときの状況と脳裏で被る。どうすればいい?
少し考えた末、一つ良い案が浮かんだ。
そうだ。単純に《パストライヴ》を使って、物理的な障壁を無視してワープしてみるっていうのはどうだろうか。
かなり身体に負担がかかるからそうそう使えないけど、ここは多少無理してでも使ってみる価値がある。
「試したいことがあるから、ちょっとそこで待ってて」
とりあえずリュートはそこに控えさせて。やってみよう。私は空中の箱を見上げて、その中に入るようにと意識した。
《パストライヴ》
身体を浮遊感が包み、その場から消えて――
「きゃっ!?」
いたっ!? 何かにぶつかった!?
落ちていくところ、どうにか体勢を立て直して着地する。
「大丈夫?」
「う、うん。びっくりしたけど、なんとか」
心配そうに私の顔を覗き込むリュートに、驚きで息が乱れたまま返事をする。
ダメか……詳しくはわからないけど、転移対策が施されているみたい。どうやら金属の壁の手前で、何かにぶつかってしまったようだ。
全身がズキズキと痛む。やっぱりこの技、私には合わないのか、反動がきつい。リルナのように連続ではとても使えないな。
再び箱を見上げる。さて、またふり出しに戻ってしまったわけだけど。どうしたらいいんだろ――
――はっ!? 殺気!?
「リュート!」
考える間もなく、身体は動いた。飛び込んでリュートを抱きかかえる。
次の瞬間、彼のいた地点で凄まじい衝撃音が響いた。
硬い床の破片がいくつも飛び散って、全身にビシビシとぶつかってくる。
リュートと一緒に倒れ込んだ直後、振り返ると、床には大きな穴が空いていた。粉々になった床の破片が、破壊の威力の凄まじさを物語っていた。
この分厚い床を、今の攻撃だけでぶち抜いたっていうの!?
とてつもない威力に肝を冷やしたとき、この攻撃を仕掛けた何者かが穴の下から跳び上がってきた。
手足が丸太のように太く、全身がごつごつした大男だった。特に右腕は、一見して異常とわかるくらいに太い。あれで床ごと私たちを壊そうとしたのか。
「ハッハアー! 隊長にこんなとこで待機するっつう退屈な任務を押し付けられたときは、どうしようかと思ったが! まさか獲物の方からのこのこ来てくれるとはなあ! 右腕が鳴るぜえ!」
耳がキンキンするぐらいの声量で、大男は叫んだ。私はすぐに立ち上がって尋ねる。
「なぜ敵だってわかった?」
少なくとも私は従業員の服を着ていた。いきなり襲ってきたということは、こいつには確信があったということに――
「そりゃあよ! ここはそういう場所だろう? 来たやつは全員殺るだけさ!」
「なるほどね。納得」
敵だという確証はなくても、殺してよい。この中枢に入り込むというのは、それほどのことだというわけだ。
「オレの名はステアゴル! ディーレバッツの戦闘員だ!」
うわ。聞いていないのに名乗ってきたよ。私は無視して、まずリュートの安全を図る。
「リュート。出来るだけあいつから離れて。巻き添えを食らわないように」
「うん。ユウ、気を付けてね」
振り返る余裕のない私は、軽く左手の親指を立ててその言葉に応えた。
「がっはっはっは! 隊長にはもう連絡は入れたぜ! もう十分以内にはここに来るだろうよ!」
「……そう」
一々うるさい奴だ。リルナがここに来るまで――タイムリミットまであと数分か。 ディーレバッツの誰かがいるかもしれないとは思っていたけど、このタイミングで見つかるなんて。いきなり厳しくなった。
「がはは! お前、ユウだろ?」
「ええ。それが何か?」
「隊長が、お前のことをよっぽど始末したがっていたぜ!」
「遠慮願いたいね。私はまだ死ねない」
せめてみんなを助けるまでは。そしてこの世界をよく知るまでは、まだこの世界を離れるわけにはいかない。
はっきりとは言えないけれど、この世界を知るごとに、少しずつ違和感が積み重なっていってる。これは予感だけどね。何かが引っかかるの。このまま死んだら、絶対に悔いが残る。
ステアゴルは、ガシャンと両拳をぶつけて鳴らした。
「うっし! 隊長が来るまで、しばらくオレと遊んでいけよ! もっとも、それまで生きてられればだけどなあっ!」
彼は巨体に似合わぬスピードで、私に突っ込んでくる。待ったなしの戦いが始まった。