表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
130/279

25「Prison Breakers 6」

「へっ……。やっと、きたか」

「ユウ!」


 全身からおびただしい量の血を滴らせ、膝をついたままのデビッドが、安堵したように肩を落とした。ラスラが喜びの顔を見せる。

 途中から、彼の気が急激に弱まっていたから、何かあったのではないかと思った。

 そして実際、その通りだった。

 あまりにも酷い状態の彼の姿が目に移ったとき、どうしようもなく悲しくなった。

 間もなく彼は、死んでしまうだろう。あれほどの流血、内臓も完全にやられている。気力による治療でも、もう間に合わない……!

 状況が許すなら。手遅れかもしれないけど、今からでも気を当ててあげたい。デビッドをこのまま死なせるなんて、嫌だ!

 だけど、今は……一瞬の心の乱れが命取りとなる、戦いの場だ。戦いの中で人が死ぬときは、いつもこんな状況ばかりで。嫌になるよ。本当に。

 俺は込み上げる衝動をどうにか抑えて、せめて彼に目を向けて強く頷き返すことで、彼の心に応えた。デビッドは俺の意を汲み取って、小さく頷き返してくれた。その頷きも、今にも命の灯が消えてしまいそうなほど弱々しくて、ますます辛くなる。


「トラニティを……!」


 リルナはやられた仲間の心配をしつつも、激しい怒りに満ちた顔を向けた。デビッドを殺した彼女に、俺もまたどうしようもない怒りを覚えつつ、答えた。


「安心しろ。動けないようにはしたけど、命に別状はないはずだ。ジードもな」


 リルナは、はっと驚きを示した。


「ジードもだと?」

「向こうでくたばってるよ。後で直してやるといい」


 すると彼女は怒りから一転、意外だというような表情になった。己の理解出来ないものに対して向けるような、そんな怪訝な目を、こちらに遠慮なく向けた。


「わからない。なぜ殺さない?」

「ジードにも言ったけどさ。なぜ殺す必要がある?」


 逆に問い返してやると、彼女は首を傾げた。


「お前は、何を言ってるんだ」


 悲しいほどの価値観のすれ違いに、俺は嘆息した。


「この戦いに殺し合うほどの意義を見出せないことが、そんなにおかしいことか? ヒュミテだのナトゥラだの。そうやって互いに憎しみ合うしかないなんて、一体誰が決めたんだ」

「ヒュミテのお前が……ヒュミテの側に付き、王を助けんとするお前が、何を言う。お前のような奴が、知らぬ顔でどれほどのナトゥラを苦しめてきたと思っている」

「別にヒュミテだけにつくわけじゃない。俺はただ困っている奴を助ける。それだけだ」

「戯れ言を」


 戯れ言なんかじゃないさ。俺をヒュミテだと思っている君には、きっと伝わらないだろうけど。


「一応聞こう。俺と話し合いをしてみる気はないか?」


 リルナはやはり、首を縦には振らなかった。代わりに、睨みがますます強まった。


「わたしは、現実を見ない馬鹿が嫌いだ。ヒュミテとナトゥラがわかり合うことなど、永劫あり得ない。この沸き立つ憎しみが、ある限り――」


 やっぱり無駄か。わからず屋め。

 リルナだけじゃない。みんなそうだ。お前らがそんなだから、デビッドが死にそうになってるんだよ! こんな死ぬ意味もない戦いで!

 昂ぶる憤りに応じて、自然と言葉が強くなっていく。


「確かにそうなのかもしれない。だけど。そんな現実を少しでも変えたいと、変えられるはずだって、俺はそう思ってる! だからここにいるんだ!」


 気が付けば、俺は叫んでいた。全員の視線が、一斉に俺だけに集まる。


「本当は仲良くなれるかもしれないのに、現状を変えようともしない奴の方が馬鹿なんじゃないのか!?」


 すると、リルナは強く眉をしかめた。歯をむき出しにして、声も荒げて言った。


「なんだと!? 馬鹿はお前の方だ。お前は何もわかっていない! 歴史も現状も、今に渦巻く感情も、何もかも!」

「へえ。だったらその事情とやらを話してくれないか? そこまで言う理由は何なのか、教えてもらおうじゃないか」

「それはだな――!」


 そこで一瞬、彼女が茫然としたようになって、言葉を詰まらせた。

 なんだ? 急に様子が……?

 何か様子が変だった。

 次の瞬間、それまで彼女に見られた動揺の色が、嘘のように消えていた。まるで初対面のときのような、まさに機械そのものの冷たい表情に戻っている。その声まで、感情のこもらないすっかり無機質な調子に戻っていた。


「よそ者のお前に話すことなど、何もない」


 よくわからないけど、話を引き出すのは失敗に終わったらしい。


「残念だ」


 リルナは強く拳を握った。


「お前を殺し損ねたことが、気がかりだった。そのまま逃げていれば良かったものを」

「そうかもな」


 ジード、それから不意打ちで倒したトラニティという相手と戦ってみて、よくわかった。リルナは二人と比べても、明らかに格が違う。

 ジードは、伸縮・硬度自在の機体こそ厄介だったが、まだ色々とやりようがあった。悪いが、あれより強い奴となんていくらでも戦ったことがある。

 トラニティの方は、「私」の接近に気付くことも出来なかった。

 だが、同じディーレバッツの中にあって、リルナだけは――本気で死を覚悟しなきゃならない相手だ。


「次はない。確実に――殺す」


 おぞましいほどの殺気が放たれて、俺の全身をビリビリと突き抜けていく。本当に残念だが、結局戦わなければならないようだ。


「気を付けろ! 奴は全身から光線を発射するぞ!」


 ラスラのありがたい警告に、小さく頷き返す。

 知らなかった機能か。注意しておこう。

 リルナが消える。またあれか。

 瞬間、目前にまで迫っていた彼女から繰り出される刃を、俺は辛うじて気剣で受け止めた。

 どうなってるんだ、本当に。

 俺は心の世界にいる「私」に呼びかけた。


『前の分の記憶と合わせて、あの技の解析を頼む』

『もうやってる!』


「お前の剣――折れないな」

「鍛え上げてあるからね」


 どうやら刃同士のぶつかり合いでは、気剣は砕かれないようだ。

 そのまま剣での斬り合いになる。リルナの二刀、その手数は相変わらず圧倒的で、一瞬でも気を抜けばたちまち斬られてしまいそうなほどだった。防戦一方で、攻撃する隙なんて全くない。

 二刀をほぼ同時に叩き込まれたところで、パワー負けしてよろめいてしまう。

 その瞬間、またリルナが消える。背後から死の予感がした。

 咄嗟に深くしゃがむと、俺のすぐ真上を刃が横に通過していった。

 かわすと同時に、前方に手をついて右で後ろ蹴りを放つ。

 本当ならば、相手の芯を捉えているはずのこの攻撃も、しかしバチッという音がして、容易くバリアに弾かれてしまった。

 そのままついた手を軸に、左足を蹴り出してくるりと身体を前に宙返りさせ、両足が地についたところでステップして距離を取った。

 危なかった。死ぬところだった。


 そこで、「私」から声がかかる。


『性質がわかったよ。細部を拡大して調べたら、彼女の周りにトライヴゲートのような空間の歪みが、わずかだけど発生してた』

『そうか。ありがとう』


 なるほど。原理はトライヴと同じだったのか。つまり彼女は、本当に消えていたと。

 超スピードを超える、瞬間移動。それが彼女の技の正体らしい。

 時間停止ほどではないけど、厄介だな。それに何より、彼女がそれだけに頼り切っていない。ワープもバリアも、あくまで機能の一つとして完璧に使いこなしている。

 ――強い。隙がない。総合力でも、俺を完全に上回っている。


「やっと、その消える技の正体がわかった。トライヴを利用したショートワープか」

「……《パストライヴ》。タネがわかったところで、何も変わりはしない」


 普通ならそうだろう。だがタネさえ割れてしまえば、俺の場合、ちょっと話は別だ。

 こっちも使えるかもしれない。

 彼女が再び、猛然と迫る。

 やってみるか。

 応じる構えを見せつつ、トライヴゲートを通った時の体感と、リルナの技を見た経験をプラスして。さあ飛べ!


《パストライヴ》


「なに?」


 リルナが動揺の声を上げる。俺が、彼女の目前からいきなり消えたからだ。

 どうやら成功したらしい。一瞬で、俺は念じた場所――彼女のすぐ背後に位置付けていた。

 だが、代償はそれなりにあった。全身が痛みで悲鳴を上げている。激しい頭痛がして、一瞬意識がふらついてしまう。

 くっ。ここまで負荷が大きいとは!

 それでも不意を突いて彼女の背後を取った俺は、チャンスとばかりに、空いている右手を彼女の背中に押し当てようとした。


《気断しょ――う!?》


 突き出した掌は、しかし得意のバリアに弾かれてしまった。もれなく、気力まで完全に奪われてしまっている。

 不意を突いてもダメだっていうのか!?


「お前、《パストライヴ》を――」

「なるほど。生身には負担のかかり過ぎる技だ」


 結構なダメージがきてる。そうそう使える代物じゃないな。

 やっぱり時空系の技は、この常人の身体には負担があまりにも大きいようだ。時間停止魔法も、結局覚えたはいいけど使えなかったし。

「私」から、お叱りの声がかかる。


『バカ。急に使うな!』

『悪い。試してみたくなった。もしかしたらチャンスかと思ったんだけどな』


 くそったれ。ダメージが通らない。

 出来れば勝ちたかったが、やはり今倒すのは不可能だ。

 あのバリアをなんとかしない限り、有効な攻撃手段を見つけない限り、彼女は実質無敵。万に一つも勝ち目はない。

 戦いを続けながら、心の内で「私」と対策を話し合う。


『あのバリア、性質を解析出来そうか?』

『無理。全然情報が足りない。ユウ自身がくらえば、一発でいけるんだけど』

『困ったな。バリアなんて、直接くらえるようなタイプの技じゃないぞ』

『てことは、私たち……』

『ああ』

『『勝てない』』


 結局のところ、いくら考えても結論は変わらなかった。どうにかして彼女から逃げないことには、ダメージの蓄積が動きの差に繋がって、そのうちやられてしまう。

 だが、どうやって逃げる。みんなを連れて、どうやって。

 とそのとき、彼女が一旦戦いの手を止めて、口を開いた。


「これほど長く戦い合った相手は、お前が初めてだ。ヒュミテに、これほどの者がいようとはな」

「それは光栄だね」


 リルナは、少し考えを巡らせている様子だった。間もなく、決意を込めた目をこちらに向ける。


「仕方ない。それなりに負荷はかかるが――」


 そこで俺は、実力差の認識が甘かったことを思い知ることになった。


「戦闘レベル上昇。バスタートライヴモードに移行」


 リルナが、消える。

 そこか!

 しかし、狙い放った一撃は、全くかすりもしなかった。


「お前には、もう」


 背後から、恐ろしい声とともに殺気が迫る。ぞくりとして、振り返りざまに剣を振るう。

 だが、これもまた虚しく空を切ってしまう。

 瞬間、死角だった場所から、もうすぐそこに刃が迫っていた。


「わたしを」


 やばい!


「うっ!」


 必死にかわそうとしたが、脇腹を斬られた。パックリと服が裂けて、そこから真っ赤な血が滲み出していく。運良く内臓までは達していないが、かなり深い傷だ。


「捉えられない」


 また、消えた!?

 間違いなかった。《パストライヴ》の連続使用。

 ワープを利用して、人間には到底不可能なトリッキーな動きを、彼女は実現していた。あらゆる角度から、瞬時に攻撃を仕掛けてくる。

 俺は、いつどこから仕掛けてくるか予想もつかない彼女の動きに、ただただ翻弄されるがままだった。

 速過ぎる! とても身体の動きが追いつかない!


「死ね」


 がら空きになった首筋に、水色の刃が迫る。

 避けられない。死――


『ユウ! 危ない!』


 間一髪、「私」の協力によって女になり、身長を下げた私は、小さな動きで頭を狙いから外した。

 突然姿が変わった相手に、さすがのリルナも驚いて手が止まる。彼女は一瞬、まさかという顔をした。

 そうだろう。何しろ私は、彼女が見知っている相手なのだから。


「お前は――!」

「……言ったよね。こんな形でなんて、会いたくなかったって。香水は使ってくれた?」

「ユウ。そうか――お前は、そうやって逃げていたのか」


 リルナが私を鋭い目で睨み付ける。理解が早かった。私に生命反応がないことから、瞬時に逃走のシナリオを見抜いたのだろう。


「香水は、ありがたく使わせてもらった。だが――」


 突然、腹部に重い衝撃が加わった。 

 そのまま後ろに吹っ飛んで、背中から思い切り壁に叩き付けられた。

 視界がぐらりと揺れる。息が、出来ない。

 なに、を? そうか。しまった。

 女のままじゃ、彼女の速い動きを全く捉えられなかったのか――!


「敵である以上は、誰であろうとも殺すのみ」


 くそっ! たった一撃で、このざまか!

 身体が思うように、言うことを聞かない――!

 必死に身をよじって逃げようとする私の目の前に、すぐにリルナは立ちはだかった。少し物悲しげな表情で、刃を突き立てる。

 殺される!


 死を覚悟した、そのときだった。


 彼女の背後から、ぬっと人の影が迫っていた。

 いつの間にか立ち上がっていた、デビッドだった。彼は、リルナの両腕を抱え込むようにがっちりと押さえた。

 突然のことに、リルナは一瞬パニックになったようだった。それまでの冷静さが嘘のように、慌てた顔をしている。

 助かったと思いながら、不思議だった。彼女はなぜか、彼の接近には気付けなかったらしい。


「お前は! なぜ!?」


 動きを封じられたリルナは、かつてないほどに激しく動揺していた。どういうわけか、得意のバリアを張ることもせずに、彼の腕の中で必死にもがいている。


「こいつは……ゴフッ……俺が、抑える! この死にぞこないが、最後くらいはよ、役に立たせてくれ」

「デビッド……! あなた……!」


 まだ身体がふらつくが、どうにか立ち上がる。

 どうして君だけを置いていかないといけないんだ!

 私だって、まだ一緒に!


 ここまで隙を伺いながら戦況を見守っていたラスラと、彼女に背負われているテオと思われる人物も、はっと目を見開いていた。


「デビッド、貴様という奴は……!」

「何も、君だけが!」

「いいから、逃げろよ……! どうせ、もう死ぬんだ。この命、無駄にさせるな……! 王を連れて、早く! 行ってくれええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーー!」


 悲痛な叫びだった。瞬間、彼の言葉が脳裏に蘇る。


『悲しいだと? 誤解してもらっちゃ困るな。駒に喜んでなるのが兵隊ってもんなんだ。役に立つ駒になれるなら、これ以上の誉れはないさ。それに、オレたち一人一人の血と汗が未来への懸け橋となるんだ。こんなに素晴らしいことはないぞ』


 彼は、駒としての役割を果たそうとしているんだ。命を賭して、王を逃がすために。未来へと希望を繋ぐために!

 彼が本懐を遂げられるかは、今ここで王を逃がせるかどうかに懸かっている。

 なら、その気持ちを汲んでやるのが、きっとすべきことなんだ。

 そう、すべきことなんだ……!

 私は、歯を食いしばった。


「くそ! 感謝、する」


 ラスラはやり切れない顔をしつつも、すぐにリルナの脇を通り抜けて駆け出した。再度男に変身して、俺もすぐ後を追うように走り出す。


「逃がすか! お前! くっ! 離せ!」


 リルナは必死にもがくが、最後の執念だろうか。デビッドの力が思いの外強く、容易には振りほどけないようだった。


「離すものか! 死んでも離さねえ!」


 口元から血をこぼしながら、彼は必死に叫んだ。


 もう振り返ることはなかった。足を止めることもしなかった。

 俺は、いつの間にか、次から次へと零れる涙を抑えることが出来なかった。ラスラもテオも、決して目立たないように、けれど泣いていた。


「みんなによ、あとロレンツ(あのバカ)に、よろしく、頼むぜ」


 それが、俺たちが彼の声を聞いた、最後の瞬間だった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ