22「Prison Breakers 3」
ラスラが俺に向かって、申し訳なさそうに言った。
「すまん。不覚を取った」
「いいさ。それより――」
目の前のジードは、リルナにここを「任された」と言っていた。とすれば、少なくとも彼女が最初からここにいるわけではないはず。急げばまだ間に合うかもしれない。
一刻も早くテオの元に辿り着くには、確実に誰かがこいつを足止めすることが必要条件だ。さらに言えば、倒せるならすぐに倒してしまうことが望ましい。その役に適任なのは誰か。
「ジードの機能について、何か知っているか?」
二人は険しい顔のまま、首を横に振った。
情報なしか。誰がやっても一緒。なら、ジードと戦う危険な役は俺が買おう。
「ここは俺が食い止める。二人は一刻も早くテオのところへ」
「わかった」
「悪いな。ユウ」
ラスラとデビッドは、特別収容区画へ向けてわき目もふらず駆け出した。
「のこのこ行かせると思うか。皆殺しだ」
ジードがパカリと口を開ける。その口の奥が赤く光り始めた。俺はすぐに察した。
またあの熱線を放つ気だな。させるか。
こいつ相手に、手を抜いている余裕はない。俺は気力強化をかけた最速の動きで、彼を斬りかかりにいった。彼の胴目掛けて、剣を振り払う。
するとジードは、機械の身体とは到底思えない、いや人間でも絶対に不可能な柔軟なスウェーで剣をかわした。まるで蛇のように、うねうねと上体を伸ばし右斜め後ろへくねらせたのだ。
なおもその奇妙な体勢で口から熱線を撃とうとするので、俺は咄嗟に腕の動きを変えた。振り払う剣の軌道を途中で変化させ、彼の下半身を狙う。
彼もさすがに下半身まで同時に操ることは出来ないのか、飛び退くことで俺の剣を回避した。
彼は忌々しそうな顔で俺を睨むと、うねらせた上体をシュルンと縮めて、元に戻した。もう口の奥は光ってはいない。
ラスラとデビットの気が、おそらく通路を曲がってどんどん遠ざかっていくのがわかる。上手く射程を外れてくれたみたいだ。
「ちいっ。逃がしたか」
俺は油断なく剣を構えたまま、言った。
「食い止めるって言っただろ。好きにはさせないよ」
「ぬしは……手配書の男だな。名は?」
「ユウ」
「ユウか。まずはぬしから血祭りに上げてやろう」
「そうはいかないな」
場を一触即発の緊張が包む。互いに動くタイミングを探っていた。
リルナ以外のディーレバッツと戦うのは初めてだけど、果たしてどれほどの実力なのか。
先に動いたのは、ジードだった。彼の両手が、手首から指先までにかけて赤く光り輝く。直後、突然彼の左腕がぐんと伸びて、こちらを突き刺すように迫ってきた。
なっ!? 腕が伸びた!?
虚を突かれるも、咄嗟に横に動いてかわす。
壁に突き刺さった手は、いとも容易く壁をドロドロに溶かしてしまった。
俺はぞっとした。こんなもの、一発でももらったらアウトだぞ。
だが――伸び切った腕が隙だらけだ。
この隙を逃す手はない。右腕を刈り取るつもりで、思い切り気剣を振り下ろす。
そのとき、今度は腕全体が真っ黒に変色し出した。
なんだ!?
剣はそのまま、黒化した彼の腕にぶつかる。俺は驚きで目を見開いた。
気剣が、通らないだと!?
確かに命中した剣は、しかし彼の体表で弾かれてぴたりと止まってしまっていた。
驚いている間に、伸びた腕がするすると戻っていく。ジードは自信に満ち溢れた顔で言った。
「よくわかっただろう? このジード。全身の強度と柔軟性を自在に操る。ぬしのなまくらなど、決して通用せんぞ!」
「……ご丁寧に解説どうも」
くそ。ということは、厄介だな。
世界が違えばと、そう思わずにはいられなかった。気剣がフルに強度を発揮出来るエラネルのような世界なら、いくら硬化しようが、今の一撃でもって確実に彼の腕を斬り落とせていただろう。
しかし、ここはエルンティア。気力許容性が低いこの世界では、気剣は彼の言う通り、所詮なまくらに過ぎないようだ。
再び両腕が伸びる。しかし、次は俺を狙うのではなく、それぞれ俺の左右、見当違いのところへ伸びていった。
今度は一体、なにをする気だ……?
狙いがわからず、一瞬困惑したそのとき、彼がにやりと笑った。
彼が両腕をクロスさせると、伸び切ったそれらは、急激に幅を狭めて――
間にいた俺を、強く締め付けてきたのだ!
しまっ――!
「死ね!」
両腕にしっかりと身体を挟まれた状態で、彼の口が開く。熱線が来る!
やばい!
「てやっ!」
咄嗟に気力を込めた両腕をぐっと広げて、力技で強引に彼の両腕を弾き飛ばす。急いで跳び上がりかわそうとしたが、さすがに避け切れなかった。
熱線は、右足のふくらはぎの辺りをわずかに掠めていった。そこに強烈な痛みが走る。
叫び声を上げそうになるが、どうにか堪えた。
ちらりと命中した部分を見やると、肉の一部がごっそりと削れていた。表面は炭化までしてしまっている。何とか動けないほどじゃないけど、泣きたくなるほど痛々しい見た目だった。
その後も苦戦を強いられた。闇雲に剣で追えば、まるで流れる水のように身体をくねらせて逃げられてしまう。どうにか剣を当てようとも、全て硬化した身体に弾かれてしまう。
果たして硬化していない部分を突けるだろうか。難しいだろう。奴はこの戦い方に相当慣れている。
ならば。ここは潔く戦法を変えるべきだと判断した。それも、奴の虚を突けそうな戦い方を。方針を固めると、俺は静かに気剣をしまった。
「どうした? 諦めたのか」
「さあ。どうかな」
俺は左手に全力で気を集中した。左手がぼんやりと白い輝きに包まれる。いつでもあの技を放てるように、あらかじめ準備をしておく。そして、彼に向かって真っすぐ駆け出した。
「武器もなしに正面から突っ込むか。馬鹿め。熱線の餌食にしてくれる!」
再び、彼の口から強力な熱線が撃ち出される。瞬間、俺は心の世界にいる「私」に呼びかけた。
『あれをやるぞ』
『了解』
熱線は明らかに直撃コースだった。さすがに至近距離では、あれをかわすのは至難の業だ。このままでは確実に命中する。このままでは。
だが――
直立の姿勢で走っていた俺は、ほんの少しの間だけ「私」に選手交代する。
ノータイムで、私は上体を綺麗に反らした状態で表に現れた。瞬間的に体勢が変わったことで、熱線は当たることなく、私の顔の真上を通過していく。
ジード。あなたほどじゃないけどね。身体が柔らかいのは、私もなの。
以前、ユウがサークリスであのクラム・セレンバーグと戦ったとき。まあ私は、そのときは眠ってたんだけど……
ユウは、強引に一人で二つの身体を別々に動かしたことがあった。あのときはユウが全部一人でやったから、相当な無理があった。
でも、私たち二人で協力すれば――そう。ほんの少しの間だけだけど、ユウが心の世界で控えて、元々の持ち主である私自身が、女の身体を動かせることがわかったの。
これは、厳密に言えば変身じゃない。ユウは男の身体だけじゃなく、精神もひっくるめて存在全てが引っ込んで、代わりに私自身が直接表の世界に現れる。
だから、ちょっと間抜けだけど。心の世界で予め上体を反らした状態でいれば、そのままの姿で現れることが出来るってわけ。
これを利用すれば、瞬時に体勢を入れ替えたり、技や魔法をスイッチしたりと言ったことが出来るわ。例えば、あらかじめ私が心の世界の中で魔法を構えておくと、表に出てきた瞬間に魔法を放つことが出来る。ちょうどクラム戦でやったようにね。
まあ細かいことはともかく、大事なのは、私とユウ、二人の力を合わせたコンビプレイだってこと。私だって、たまには役に立つんだから!
「女!?」
突然相手の姿が変われば、大抵は驚くよね。そのほんの少しの隙を逃さない。
崩れた体勢のまま、即座に左腰のホルスターから銃を抜くと、躊躇いなくトリガーを四回引いた。
これは、あくまでけん制のつもり。
案の定、銃弾は硬化によって防がれてしまう。けれど、その間彼は動くことが出来なかった。
一気に彼の元まで辿り着くと、跳び上がって足を折り曲げ、太ももで彼の首根っこをがっちりと挟んだ。
「やああっ!」
彼の両腕を掴み、そのまま体重を乗せて、後ろに回転をかける。彼の足が浮き上がった。くるりと一回転させて、彼をうつ伏せの状態で地面に叩き付けた。
しっかりマウントポジションを取ったところで、私はユウに交代する。
『バトンタッチ!』
『サンキュー!』
彼は慌てて全身を硬化し、振り向いてこちらに熱線を向けてきた。
だが、無駄だ。技の準備を完全にした状態で心の世界に入っていたから、こっちの方が早い。
俺は、左手を彼の体幹にぴたりと添える。
いくら身体を伸ばそうとも、硬くしようとも。体幹の内部に直接衝撃を与えてしまえば、そんなものは関係ない。くらえ!
《気断掌》
「ガハッ!」
彼の機械の身体を通して、床にまで衝撃が突き抜けた。同時に、彼の機体の内部が、粉々に砕ける音がした。手応えありだ。
彼がぐったりしたのを確認したところで、上から身をどけると、ぱっぱと服を叩いて、身体に付いた汚れを取り払った。
「ぐ……動けぬ……!」
全身を大の字に投げ出し、無様な姿で倒れるジード。身体はぐちゃぐちゃだけど、頭の人工知能は無傷だから、まあ死ぬことはないだろう。
どうにか勝利を収めたことにほっとした俺は、そのまま彼に背を向けた。
先を急ごうとする俺に、背後から彼の声がかかる。その声からは、大いに戸惑いが感じられた。
「なぜだ……? なぜ、止めを刺さない!?」
振り返った俺は、こちらを力強く睨む彼に対して、なるべく穏便に言った。
「逆に聞きたいね。もう決着はついた。どうして助かったのをわざわざ殺す必要があるんだ?」
彼の顔に、驚愕の色が浮かんだ。
「馬鹿な……この機体が直れば、わしはまたぬしらを襲うのかもしれんのだぞ。ぬしではない他の者を殺すかもしれん。それでもか?」
言われて考える。その場で放置すれば、後になって確実に災厄を振りまくような、そんなあまりに危険な奴なら、確かにこの場で殺してしまった方がいいのかもしれない。
だが、今の問いでわかった。ジードも全く話が通じない相手ではない。なら、無条件で殺すべき相手じゃないと思う。だから俺はこう返した。
「まだ決まってない未来のことを言っても仕方ないだろう。そのときはそのときだ。お前が俺の前で誰かを殺そうとするならもちろん止めるし、敵対するというならまた戦うさ」
「…………変な、奴だ……」
呆れたように一言だけぽつりとそう言うと、ジードは気を失ってしまった。心なしか、安らかな顔をしているように見える。そんな彼を、ほんの少しの間だけ見つめてから、再び前を向いた。
ラスラとデビッドは、かなりテオに近づいているみたいだ。俺も急いで合流しよう。
一方、ラスラとデビッドは特別収容区画をひた走っていた。
「王! お助けに上がりました! 返事をして下さい!」
「テオ! 私だ! ラスラだ! 助けにきたぞ!」
二人は激しく焦っていた。二人もまたユウと同じように考えていたのだ。思ったよりも、ずっと時間はないのだと。
二人が、三つめの通路を左へ曲がったときだった。男の掠れた声が聞こえた。
「誰か……そこにいるのか?」
懐かしい声に、二人の足が止まる。彼の姿が目に映ったとき、二人の顔は悲痛に歪んだ。
「くそったれ。なんという、おいたわしい姿に……」
「だが、生きていてよかった。テオ! 今すぐそこから出してやるからな!」
「はは。誰かと思ったら……デビッドに、ラスラじゃないか……こんなところまで、ぼくを助けに来てくれるなんて」
牢の中に、一人の若い男が鎖で繋がれていた。骨と皮ばかりになるほど痩せ衰え、美しかった金髪が、すっかり白髪になってしまうほどの壮絶な拷問を受け。しかしその眼からは一切の光を失うことなく。紛れもない、王がそこにいた。