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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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21「Prison Breakers 2」

 入り口のすぐ近くには、看守の男が一人、ぎょっとした顔で突っ立っていた。彼は慌てて腰の銃を取り出すと、震える声で言った。


「何者だ! 止まれ!」


 そう言って止まる奴など、ここにいるわけがなかった。

 ラスラは、いの一番に目にも留まらぬ速さで距離を詰めると、彼の腹に真っ赤なスレイスを突き刺して振り上げた。後ろで纏め上げた黒髪の毛先が、同時にふわりと浮き上がる。


「せいやああーっ!」


 彼女の気合の入った掛け声とともに、看守の男が痛々しい断末魔を上げる。次の瞬間、彼の上半身はもう真っ二つに斬られていた。ネジなど、細かいものがあちこちに飛び、彼の中身はむき出しになって、その一部はスレイスが発した熱で溶け出している。恐怖に歪んだままの顔は縦に割れ、表面にはビリビリと電気が走っていた。

 あまりにむごい。その凄惨な死に様に、思わず顔をしかめてしまうが、一方でこれをやった当のラスラを始め、隊員全員は全く気にしていないような涼しい顔をしていた。

 みんな、普段から生き死にを賭けた軍人だ。しかも相手は敵。一々気にする方が変なのかもしれない。だからきっとそういう反応なんだろうと、わかってはいたけれど、いざ目にするとどうしても気に入らなかった。

 くそ。こんなのが当たり前だっていうのか。

 改めて感覚の違いを痛感した。この先もこんな調子で次々ゴミのように殺されていくのだとしたら、やはり全てを見過ごすわけにはいかない。

 せめて手の届く範囲だけでも。俺はみんなに聞こえるように大声で言った。


「テオがいる大体の場所なら、もうわかる。おそらく特別収容区画だ」

「それは本当か!? なぜわかるんだ!?」


 先頭を走っていたラスラが、振り返らずに尋ねた。


「ナトゥラは無理だけど、人の気配なら気で読めるんだ。俺たちを除けば、今ここに人間の気はただ一つしかない」

「へえ。そんな真似が出来るってのか」


 やや右前方を走っていたデビッドが感心を示す。そこで本題を告げた。


「俺が先導する! みんなはすぐ後をついてきてくれ!」


 返事を待つつもりはなかった。言うと同時に加速し、やや強引にラスラの前に位置取る。

 そのとき、奥から新手の警備員が二人現れた。二人とも、しっかりと銃を両手で構えている。どう見ても最初から殺る気満々の顔だ。やっぱり向こうもそれが当たり前なのかよ。


「ヒュミテめ! くたばれ!」


 銃声がしたかと思えば、もう弾は目の前まで迫っていた。俺は気剣を盾状に変化させ、そいつを完全にガードする。さすがにまともに当たれば危ないから、冷静に対処した。

 そのまま歩を進めつつ、再び盾を剣(切れ味なし)に変化させる。そいつで二人とも、ほぼ同時に薙ぎ払った。


「うごっ!」


 彼らはそれぞれ通路横の壁の左右に強く叩き付けられて、もう動かなくなった。上手く気絶してくれたようだ。

 そのまま立ち止まらずに、前へ進んでいく。

 こんな調子で、切れ味をなくした状態の気剣を大いに振るい、視界に映る警備員たちはあえて「一人残らず」真っ先に打ち倒していった。

 ラスラなど、他の隊員がスレイスで攻撃すれば、彼らの命の保証はない。だが俺が先に叩けば、この程度の相手であれば、誰も殺さずに手加減して倒せる。

 少しでも無用な犠牲を減らすため。表向きはテオの居場所がわかっているからとアピールしつつ、それがラスラに代わり先頭を買って出た一番の理由だった。

 職務に忠実なだけの一般ナトゥラの命まで奪うのは、何だか違うような気がするのだ。気絶させる程度のショックはどうしても与えてしまうけど、そこは仕方ない。

 すまない、と心の中で謝りながら、必要最小限の力で敵対する相手をなぎ倒していく。


「下へ降りる階段はどこだ?」


 記憶にある地図からすると、確かこの辺のはずなんだが……


「ちっ。非常用シャッターが下りてきやがったぜ」


 後ろから、ロレンツの焦った声が聞こえた。振り返ると、これまで進んできた通路に、ぴたりと白銀のシャッターが下りていた。もちろん手をかける場所など、どこにも存在しない。

 ガシャン! ガシャン! ガシャン!

 あちこちで一斉に、シャッターの下りる音が聞こえ出した。全員の顔に動揺の色が浮かぶ。


「閉じ込められたか……速やかに脱出を図るぞ」


 ネルソンは、冷静に努めて指示を飛ばした。


「奥のエレベーターは――くそ。きっちり止まっているようだな」


 少し先に見える、停止したエレベーターを睨み付けているラスラは、いつ敵が来てもいいようにと、油断なく剣を構えている。


「このシャッター、例にもれずポラミット製かよ。小型爆弾じゃあ壊すのはちょっと無理だな」


 ロレンツが頭を抱えながらそう言った。

 ポラミットは、ディースナトゥラでも二番目に強靭な白銀色の合金のことだ(一番はリルナの手足に使われているという同じ白銀色の金属。名称・材質は非公開だそうだ)。ディースナトゥラの重要な建物の外部を覆うのにや、こういった重要な場所における警備システムに使用されている。


「テールボムを使うしかないってのか。大変だな」


 デビッドがやるせなさそうに溜め息を吐いた。

 テールボムとは、通常の装備品である小型爆弾よりも遥かに強力な威力を持つ、特製中型爆弾の通称である。かなり高価なものなので、貴重品だ。

 高い威力を持つため、ポラミットであれど容易に破壊することが出来る。ただし、あまりに威力があり過ぎて、自爆の危険が相当に伴う代物だった。

 使用時は速やかにその場からかなり離れなければならないのだが、閉じ込められたこの状況で、安全に起爆出来るほど距離がおけるかは、正直非常に怪しい。

 さらに建物の内部なので、当然崩落の危険があった。この密閉空間でそうなってしまえば、みんなただでは済まない。

 普通なら避けるべき手段だが、ままならない以上は使用もやむを得ない場面だった。

 だが、この場には俺がいる。


「いや。そいつは取っておこう。一々使ってたら、足りなくなるかもしれない」


 嫌な顔をして貴重なテールボムを取り出そうとするデビッドを、俺は手で制した。


「ならどうするつもりだ?」

「まあ見てろって。すぐ終わる」


 見たところ、ポラミット製のシャッターは強度こそ非常に高いが、さして分厚くはない。ならばそんな危ないものを使わずとも、俺の技で壊せるはずだ。

 前の異世界イスキラにいた間に、自力で編み出した【気拳術】というものがある。どうしてそんなものを編み出したのかというと、気剣の効果が薄い、斬撃耐性を持つ一部の魔獣と渡り合うために必要になったからだ。

 気拳術。発音は同じ読みだけど、切断に優れる気剣術と違って、こちらは破壊に優れている。特に、人体を始めとする生命体に向けて使用する場合は、気力強化による通常の殴打と、内部破壊とを切り替えて、あるいは同時に行うことが出来るようになった。まあ内部破壊の方は物騒だから、ほとんどするつもりはないけれども。

 気拳術を修めてからは、内臓治療の精度がかなり上がったことも付け加えておこう。完全に潰れてしまっているとかだとさすがに無理だが、裂傷くらいなら外科手術に頼らずとも治すことが出来る。まあ外傷の治療と同様、それなりに時間はかかるから、戦闘中にのんびりとは使えないのが難点だけど。

 俺は一回大きく深呼吸すると、左手を広げてシャッターの中央にぴたりと添えた。

 生命力を体外へエネルギーとして取り出すとき、掌で触れた対象に一気に集中して込めてやる。あとは適切なコントロールをしてやれば、爆発的に流れ込んだ気は、強力な破壊を引き起こす。名付けて。


《気断掌》


 ドン! と、ごく短い衝撃音が轟くと同時に、合金製のシャッターは、まるで紙切れのように千切れて、こじ空けられた。人一人くらいなら容易に通り抜けられる程度の大きな穴が、簡単にぶち空いた。


「これでよし、と。さあ行こう」


 驚きで目を丸くしているみんなを尻目に、俺はすぐに穴へと飛び込む。奥には、やっと探していた階段が見えた。


「貴様、本当に色んなことが出来るんだな……」


 続いて穴から飛び出したラスラが、感心を通り越して呆れ顔を見せながらぽつりと言った。

 他にもっと凄いことが出来る奴なんて、いくらでもいる。これぐらい何でもないと思った俺は、さらりと返した。


「器用貧乏とも言うけどね」


 階段を降りていき、地下三階の手前に到達したところで、もう一度《気断掌》を使ってシャッターを破壊する。全員が地下三階の通路までやって来たところで、ウィリアムが言った。


「よし。ここからは作戦通り、二手に分かれよう。我々三人は、ひとまずここで追っ手を食い止める。ラスラたちは、どんどん先へ急いでくれ」


 俺たちはこくんと頷いて、ラスラとデビッドの三人でまた走り出した。途中の障害は、全て《気断掌》で破壊する。

 地下三階は、囚人たちが収監されている牢屋がずっと続いていた。

 走り抜ける俺たちの姿を認めると、「ここから出してくれ!」などと、それぞれが悲痛な叫びを発する。だが、何の罪もないのに捕まった人と本当の凶悪犯の区別が付かない以上は、とりあえず放っておくしかなかった。

 牢屋ゾーンも抜け、段々と特別収容区画が近づいてくる。

 ここまでは何事もなく順調に思われた。だがそこで――

 なんだ? この嫌な感じは――

 気では何もわからなかったが、妙な心のざわめきを感じた。

 辺りを注意して見回す。

 俺たち以外には、誰もいないようだけど……こういうときの予感って、不思議と当たることが多いんだよな。


『気をつけて。何か様子が変だよ。強い殺意を感じる』


 心の世界から、「私」も注意を喚起してくれた。どうやらただの思い過ごしではないようだ。

 再び周囲に対して、神経を研ぎ澄ませた、そのときだった。


 背後の閉じ切られたシャッターより、突然、一筋の赤い光線が飛び出すのが見えたのは!


 なに!? 速い!


 他の二人は、まだ何も気付いていなかった。

 このままでは、ラスラに直撃する!


「ラスラ! 避けろ!」

 

 振り返った彼女は、しかし完全に反応が追いついていなかった。仕方なく、俺は言うと同時に、彼女を思い切り蹴っ飛ばした。

 間一髪、彼女が命中する軌道から逸れてくれた。

 直後、俺の右足のすぐ上を通過した熱線は――恐ろしいことに、ほんの一瞬で奥にあったポラミット製のシャッターを、全て貫いて溶かしてしまった。赤いドロドロの液体となった金属は、地面に流れ落ちて、金属特有の強烈な臭いを放つ。


「くく。よくかわしたな。だが、ほんの少しだけ命が伸びたに過ぎん」


 同じようにドロドロに溶けていたシャッターから、一人のナトゥラが歩み出てきた。

 真っ赤な瞳と短髪を持つ、細身長身の男だった。腰にはやはり赤いベルトを巻き、黒のズボンと、地肌の上に直接赤黒二色の皮ジャケットを身に付けた格好をしている。腹筋は逞しそうに割れていたが、機械の身体なのでそれ自体に意味はないだろう。自信に満ち溢れた獣のような目と、隙のない構えが、明らかに強者の雰囲気を漂わせていた。


「貴様は! ジードッ!」


 尻餅をついていたラスラは、目に憎悪の炎を燃やし、歯ぎしりして飛び上がるように立ち上がった。デビットは二本のスレイスを構えたまま、これまで見たことないほど殺気の篭った眼で、彼を睨み付けていた。


「こいつ、ディーレバッツか!」


 俺もすぐに気剣を出して、戦闘態勢に入る。

 油断ならない相手だってことは、色々な話からよく知っている。それにこいつも相当のやり手だというのは、さっきの奇襲でよくわかった。

 警戒する俺たちを真正面に捉えながら、彼、ジードは不敵な笑みを浮かべた。


「そろそろ怪しいかもしれないからと、一応リルナに警備を任されていたが――まさか、本当にここまで来るとはな。ルナトープのゴミ共め」


 場にぴりぴりとした緊張が張り詰める。いつどちらから斬りかかっても不思議じゃない、一触即発の状態だ。

 頬にたらりと汗が流れるの感じながら、俺にはこの危機的状況のさらに先に対して、嫌な予感がしていた。

 もう既に、この場所には一人配置されていた。ということは、非常にまずいんじゃないのか。

 元々の作戦は、ディーレバッツが揃う前にテオを救出し、さっさと逃げ出してしまうことだった。だが、この男の存在は――その作戦の最も重要な前提に関して、致命的な問題が生じたことを示していた。

 すなわち、ディーレバッツが俺たちの襲撃を想定していないこと。その前提は今、あっさりと破られた。

 つまり。つまりだ。おそらく、予想よりもずっと早く――

 彼女リルナが来る――

 胸の内に、焦りが込み上げるのを感じた。

 あれだけはまずい。何としても正面から戦う事態は避けないと。全員まとめてやられるぞ。なにしろ、有効な攻撃手段が一つもないんだ。

 だが、ゆっくり考えている暇はなかった。目の前の強敵が、今まさに俺たちの命を刈り取らんと、動き出そうとしていたのだ。


「ディーレバッツの一、ジード。参る」

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