表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
114/279

10「女戦士 ラスラ・エイトホーク」

 ウィリアムと握手を交わした、直後のことだった。

 射撃場の入り口より、真っ赤な輝きを放つ剣を構えた一人の女性が、猛然と飛び出してくるのが見えた。

 彼女は腰に銃らしきものと、おそらく剣を差すための鞘を身に着けている。

 かなりのスピードで、真っ直ぐ俺の方に向かってくる。あっという間に、俺の目前まで迫った。

 いきなり襲い掛かってきたのかと思ったが、剣を抜いているにも関わらず、殺気は一切感じられなかった。どうやら本気で攻撃してくる気はないようだ。

 反応を試しているのか。

 俺は迫り来る彼女の顔をしっかりと目で捉えたまま、あえて一歩も動くことはしなかった。

 案の定、殺気のない剣は、首筋のところでピタリと止まった。


「随分と物騒な挨拶をするんだな」


 俺が皮肉を込めた口調でそう言うと、「一応度胸はあるようだな」と彼女は不敵な面構えで、剣をゆっくりと腰に差した。

 まあ昔なら、びびって身を引くなり、逃げるなりしてたと思うけど。

 この茶番を眺めていた二人のうち、リュートは新たな戦士の登場にキラキラと目を輝かせていた。ウィリアムは、彼女に呆れたような顔を向けた後、俺に軽く詫びてきた。


「すまない。こいつはこういう奴でな。これから紹介しようと思っていたのだが。おい、ラスラ」


 彼が促すと、彼女は実に素っ気ない表情で、かつぶっきらぼうな口調で一言だけ自己紹介をした。


「ルナトープ副隊長。ラスラ・エイトホーク」

「俺はユウ・ホシミ。今回の作戦に協力させてもらうことになった。よろしく」


 右手を差し出したが、彼女はそれを一瞥しただけで、応じてはくれなかった。彼女は腕を組んだまま、こちらを品定めするような目で見て、それからウィリアムの方を向いて言った。


「強い助っ人が協力すると聞いていたが、どう見てもアスティより年下のガキじゃないか。ウチはいつから、こんなのに頼らないといけなくなったんだ」


 こんなのって。確かに十六歳のときから身体は成長してないから、かなり子供らしさは残ってるけど、一応もう二十一だぞこっちは。

 元々あまり男らしくない顔つきというのもあって、こんな風に時にガキだと舐められることがあった。どうせなら二十くらいになってから覚醒すれば良かったのにと、思わないでもない。

 でもそうすると、サークリス魔法学校には通えず、みんなともあそこまで親しくなれなかったわけで。やっぱりこのままで良かったと思うけど。


「クディンからお墨付きはもらっている。今は少しでも戦力が欲しいときなのだ」

「ふっ、どうだかな。所詮は身体能力に劣るチルオンから見た実力に過ぎん。本作戦は最重要任務だ。足を引っ張るような奴なら要らん」


 そこまで言うと彼女は、俺の顔をギラギラした目で睨み付けて、ニヤリと口角を上げた。そして、大声で言い放った。


「貴様が使い物になるかどうか、私が直接試してやる。勝負しろ、ユウ!」

「え。いきなり勝負って言われてもな」


 俺は突然突きつけられた果たし状に、困惑してしまった。そんな俺の戸惑いを見て、おそらく彼女よりはまず年長者と思われるウィリアムが、「またそれか」と苦笑いした。


「本当にすまないな。こいつは昔からこうなんだ。根っからの武人というか、戦闘狂というか。自分で実力を確かめないと気が済まない性格でな」


 言われたラスラは、少し照れ臭そうにふんと顔を背けた。絹のような黒髪を、後ろで束ねて纏め上げているのが見えた。


「悪いが、良ければ受けてやってくれないか。私としても、君の実力を把握しておきたい」

「わかった。構わないよ」

「そうこなくてはな」


 ラスラの声の調子は、喜びを隠し切れていなかった。どうやら適当に難癖付けて戦う口実が欲しかっただけらしい。

 確かにこういう武人タイプは稀にいる。彼らを納得させる一番の方法は、実際に手合せして力を示すことだ。

 それに、ここで実力を見せておけば彼らの信頼にも繋がるだろう。少し面倒ではあるけれど、断る理由はなかった。


「おっ。なんか始まった! オイラ、わくわくしてきたぞ~」


 中身はあくまで大人のアウサーチルオンと違って、本物のチルオンであるリュートは、子供らしく素直に心を躍らせていた。その純真な心がまぶしいくらいだった。



 ルールは、ウィリアムが決めてくれた。といっても、シンプルなものだ。

 お互い、殺傷力はない武器を用いること。この射撃場内のみで戦うこと。実戦なら戦闘不能になるような攻撃を先に決めた方の勝ち。あとは基本的に自由だ。


 射撃台と的の間の空間、床と天井以外は何もないところで、俺は少し離れてラスラと向かい合う。ウィリアムとリュートは、射撃台の手前側で呑気に観戦に回っていた。


「どっちを応援しようかな。ん~……決められないや。どっちも頑張れ~」


 リュートなんてこの調子である。ウィリアムもこの手のシチュエーションは何度か経験があるのか、落ち着いた様子で俺たち二人を見守っていた。

 向かいのラスラにしても、戦うのが実に楽しみと言わんばかりの、生き生きとした顔をしている。

 さっきまでの不愛想なお前はどこへ行った。

 どうやら、相当ガチの戦闘狂のようだ。


「ん。スレイスは使わないのか?」

「スレイスって?」

「知らないのか!?」


 ラスラは驚いた顔をすると、腰からあの赤い剣を抜いて、簡単に説明してくれた。


「このレーザー剣のことだ。今は安全な訓練モードに切り替えてあるが、本来は硬いナトゥラの機体を斬るための武器だ。機械の身体である奴らには、攻撃面積の狭い銃系統の武器は、決定打になりにくいからな。って貴様、まさか私相手に無手でやるつもりか?」


 俺が何も持っていないことで、誤解した彼女に軽蔑の目を向けられたが、さすがにそんなつもりはない。


「それなら大丈夫。俺は自分で武器を作れるから」


 左手から、白い気剣を放出する。この世界で最初に出したときと相変わらず、いつもより色は薄かった。だがそれでも、その辺の武器になら負けない強度を持っている。今回は試合なので、切れ味はなくしておく。

 俺が何もない所から気剣を取り出す様子を見た彼女は、すっかり目を見張っていた。


「ほう。変わった術を使うんだな。初めて見た」

「まあ、必死に身に付けた特技みたいなものさ。さて、そろそろ始めようか」

「貴様の実力、見せてもらうぞ」


 俺とラスラは、剣を構えたまま、じっと動かずに睨み合う。お互いに仕掛けるタイミングを見計らっていた。

 二人の呼吸が一致したとき、先に動き出したのは彼女だった。彼女は俺に走り込みつつ、上段に突きを放った。


「せいっ!」


 俺は上体を反らしてそれをかわすと、がら空きの首に一撃を狙って、剣を振り払った。

 と、剣が届く前に、彼女の身体が一段沈み込む。

 かがんだ彼女は、回し蹴りの要領で足払いをかけてきた。咄嗟に一歩下がることで、回避する。

 まだ体勢が戻らず、隙だらけの彼女目掛けて、思い切り剣を振り下ろした。

 当たるかと思ったが、そうはいかなかった。

 彼女はアクロバットな身のこなしで、転がるように俺の左側に回り込み、逆に胴に対して薙ぎ払いを仕掛けてきた。

 まだ俺は、剣を振り切っていない。

 ガードする時間はとてもないと判断した俺は、一旦気剣を解除すると、前方宙返りで相手の剣を避けた。

 今度は、隙を晒したのは俺の方だった。背後から、彼女の袈裟斬りが迫る。

 空気の流れから動きを読み取っていた俺は、すぐさま再び剣を出すと、身を捻りつつ剣に勢いをつけて、振り返りざまに剣を受け止めた。

 気剣とスレイスが、バチバチと音を立てて火花を散らす。そのままつば迫り合いの形になった。


「中々やるな」

「君の方こそ」


 ここまで、息もつかせぬ攻防だった。

 彼女はすっかり俺を好敵手と認めたようで、最初に見せていた素っ気ない一面が嘘のように、興奮で顔は紅潮し、はつらつと輝いて見えた。そんな彼女の調子に当てられて、俺の方まで気分の高まりを感じていた。

 さて、彼女の実力の程がよくわかった俺は、そろそろ動くことにした。


「これなら本気でやっても問題ないか」

「なに!?」


 驚きの声を上げた彼女を双眸に捉えつつ、俺は気力強化の度合いを、通常出せる最大限まで引き上げた。

 あくまでここまでは様子見であり、出していたのは全力の半分程だった。

 ある程度彼女の動きが掴めてきたここからは、もう出し惜しみは不要。全力で倒しに行く。さすがに難癖付けて売られた勝負には、負けられない。

 強化によってぐんと力を増した俺の腕が、彼女の鍛え上げられた細腕を押し込んでいく。彼女も負けじと力を込めて対抗するが、苦しくなってきたのか、頬にねっとりと汗が垂れ落ちてきていた。

 やがてついに耐え切れずに、彼女は一度剣を受け流して外した。そこから、果敢に胴斬りへと移る。


「はああっ!」


 その動きを予想していた俺は、余裕を持って回避した後に、彼女に向けて勢いよく剣を振り下ろす。

 彼女は剣を合わせて受け止めようとしてきたが、同じく強化によって勢いを増した振り下ろしは、容易く腕ごと剣を弾いた。

 いくら力があるとは言っても、女の腕では、最大限に威力を上げた俺の剣を受け止めることなど、そうそう出来るものではない。

 どうにか直撃を避けたものの、バランスを崩しよろめいた彼女の表情からは、もうそれまでの余裕は感じられなかった。

 窮地に立たされた戦士の顔つきに変わっていた。なりふり構わぬ姿勢で、怒涛の剣撃を叩き込んでくる。


「はっ! やああっ!」


 彼女から繰り出される鬼のような連続攻撃を、俺は紙一重のところでかわしていく。

 避けながら、動きは相当なものだと感心していた。

 剣筋は力強く、かつ繊細で鋭い。本気を出した彼女は、確かに自負するだけの強さがあった。十分に達人クラスと言ってもいいだろう。

 しかしだ。比較対象が悪いのかもしれないが、残念ながら、それでもリルナにはまだ一歩半は及ばないという印象だった。

 このラスラで一流戦士扱いなのだとしたら、なるほどリルナは「最強」の二つ名で呼ばれる化け物扱いになるわけだ。


「なぜだ!? どうして当たらない!?」


 彼女は一向に剣がかすりもしないことに動揺し始めていた。

 彼女の真っ直ぐな性格を反映してか、本人も意識しないところで太刀筋は割合素直なものになっている。

 今までの戦いで、君の動きはもう「覚えた」。

 完全に見切って、ギリギリのところでかわしているのだ。だから当たらない。

 やがて、痺れを切らした彼女の攻撃が大振りになったところで、その決定的な隙を突いて、首筋にピタリと剣を当てた。


「勝負あり、だな」

「……くっ! まいった。私の負けだ……」


 直後、射撃台の方から拍手の音が聞こえてきた。拍手をしているのは、もちろんリュートとウィリアムだ。


「いや。いいものを見せてもらったよ。まさかラスラをここまで圧倒出来る者が、あのリルナ以外にいるとはな」

「二人とも、かっこよかったな~」


 完膚なきまでに叩きのめしてやったから当然だが、彼女のプライドは相当ズタズタにされたらしい。かなりがっくりきている様子だった。

 ちょっと気の毒なことをしたかなと思ったけど、ともかくこれでもう舐められることはないだろう。


「これで、俺の実力はわかってもらえたかな」

「疑ったのは悪かった。貴様、本当に強いんだな」


 心なしか、俺を見上げる目に、熱がこもっているような気がした。


「俺なんて全然大したことないよ。一人で月とか動かせるわけでもないし」


 いかれた力を持った他のフェバルたちを思い浮かべながら、そう言った。別に強さだけが全てではないとは思うが、それにしたって、俺は彼らに比べたらまだまだあまりにも力不足だ。


「なんだ。その月がどうというのは」

「こっちの話。気にしないでくれ」

「そうか――私は強い人が好きだ。歓迎するぞ、ユウ」


 戦いの前は差し出しても受け取ってくれなかった手を、今度は彼女の方から差し出してくれた。ぎゅっと握り返すと、彼女はふっと微笑んだ。

 それから真剣な表情で、俺の目を見つめて言ってきた。


「私はな、もっと強くなりたいんだ。ディーレバッツに勝ちたい。殺された仲間たちの無念を晴らしたい」

「仲間を、殺されたのか」

「ああ。両親も、親友もな……。私は奴らが憎くて、仕方ないんだ」


 ラスラは少し俯いて、何かを想う素振りを見せた。それから、顔を上げて続けた。


「大体の奴らなら、どうにか五分か四分には渡り合える。そこまでにはなった。だが、奴だけは。リルナだけは。どうしても敵わない!」


 彼女は悔しそうに拳を握りしめた。自分の無力さを嘆くその気持ちは、俺にも痛いほどよくわかった。

 同じように悔しさを滲ませた顔をしたウィリアムが、溜め息を吐いて言った。


「私たちは、ディーレバッツと何度も交戦し生き抜いてきたことを評価されている。だが、本当にただ生き抜いてきただけなんだ。実情は逃げに逃げ回って、時に仲間を見捨てるような非情な決断もして、どうにか全滅だけは免れているに過ぎない。情けない話だよ」


 そんな彼の口ぶりからは、隊長として何とか隊員たちの命を繋いできた苦労が垣間見えた。どうにもならなかったことがたくさんあったのだろう、と容易に想像出来て、同情的な気持ちになった。


「いや、でもさ」


 そこに、リュートが割って入った。彼は毅然とした態度で言った。


「すげーよ。だって、ずっと自分より強い奴らと戦って生き残ってきたんだろ? オイラなんてさ、名前聞いただけでびびっちゃうんだぜ。だから、やっぱすげーよ」


 子供らしい純粋な言葉だった。それだけに、ウィリアムの心はいくらか救われたのかもしれない。彼の表情は、少しだけ明るくなっていた。


「ふっ。それもそうだな。私でなければ、こうは上手くやれなかったとも。まだまだ私もくだばるわけにはいかんなあ」

「そんな縁起でもないことを言うな。私はまだ隊長という器ではないぞ」

「それは違いない。正直副隊長でも怪しいからなお前は。とんだ戦闘バカ副長だよ」

「うるさいな。これでも仕事はきっちりやってるぞ」


 むすっとしたラスラを見て、ぷっとリュートが噴き出した。それをきっかけに、みんなでひとしきり笑った。


「なあ。ユウ」

「なに。ラスラ」

「私はまだまだ強くならなくてはならない。よって、私に勝った貴様も今から超えるべき目標だ。だから、もう一度。いや何度でも。また勝負をしてくれ!」


 ラスラはかなり息巻いていた。俺も負けず嫌いだから、そんな気持ちも手に取るようにわかる。だけど、ちょっとストレート過ぎないか。

 確かにこれは、とんだ戦闘バカだと思った。でも、彼女が強くなりたい理由は共感出来るものだった。その手助けを少しくらいしてやるのも、悪くないか。

 しょうがないな。


「ウィリアム。スレイスを貸して欲しいんだけど」

「別にいいが、どうするんだ」

「普通に使うだけだよ」


 彼から放り投げられたスレイスを受け取り、訓練モードに切り替えて、何度か素振りしてみた。一見重そうな見た目に反して、中々軽くて扱いやすい武器だと感じた。

 新しい武器の感触を確かめてから、俺は女に変身した。

 すると、ラスラの目が、まるで幽霊でも見たかのようにぎょっとした。ウィリアムも顔には出さないようにしていたが、やはり目が泳いでいた。

 やっぱり、変身を初めて見せたときの反応は面白い。

 彼女はしばらく声を失っていたが、やがて絞り出すように言った。


「自由に性別を変えられるとは聞いていたが……本当、なんだな……(しかも結構かわいい)」

「うん。今度はこっちでいかせてもらうよ。性別も一緒で、武器も一緒の対等な条件でね。今はこの身体の方が弱いから、きっと私となら良い勝負になるよ。実力が近い同士でやるのが、お互い一番の訓練になるから。いい案でしょ?」


 戦ってみた感じでは、魔法が使えない女の状態なら、ほぼ互角だと思った。今度は気力強化がない分、身体能力はやや向こうが上になるだろう。こっちは覚えた彼女の動きと経験でカバーする。


「正直、手を抜かれるのは嫌いなんだがな……」

「私としては本気でやるよ。それに、最初舐めてきたのはそっちなんだから、おあいこ。そういう台詞は、私を打ち負かしてから言ってよね」


 ちらっと挑発してやったら、いとも簡単に彼女の心には火が付いたようだった。


「ならば、貴様に勝ったら、また男の本気でやってもらうぞ」

「もちろんいいよ。じゃあ、第二回戦といこうか」

「今度は負けん!」


 二つのスレイスが、小気味良い音を立ててぶつかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ