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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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8「ヒュミテ王救出作戦参加依頼」

 あまりに驚いた二人は、とても話どころではないようだった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕は……変な夢でも、見ているのか?」

「夢じゃないわ、クディン。私も、はっきりとこの目で見てるもの。信じられないけど、反応が示してる。間違いなく、昼間の事件の男よ!」


 口を開けたままの顔で、きょろきょろと俺の全身を見回す二人は、先ほどまでの大人らしい打算や落ち着きがすっかり抜け落ちていた。外から見ただけでは、もはや初めて見たものに心を奪われているただの子供と区別がつかない。ちょっと可愛いとすら思えてくるほどだ。


「俺は少し特殊な人間でね。二つの異なるタイプの身体を持っていて、いつでも変身出来るんだ。この男の身体と――」


 俺は、二人に見せつけるように再変身する。二人は再び目を丸くした。


「これまで見せていた女の身体。どっちも本当の私だよ」


 ついでに、レミの疑問にも答えておこう。変身を見せた今なら、説明も簡単だ。


「今まで女でいたのは、ヒュミテ感知システムから逃れるため。こっちの身体は、生命エネルギーを発しないの」

「え――あ、本当。また生命反応が消えてるわ!」

「信じられん……本当に何の装置もなしにだと!? なぜだ? そんなことが出来るヒュミテがいたというのか?」

「出来るっていうか、体質かな。だからなぜって言われても困る。確証はないけど、こんな体質そうそういないし、この世界ではきっと私くらいだと思うよ」


 まあこれだけ見せて説明しておけば、一応理解はしてもらえただろう。もう女のままでも、続きの話はしてくれると思うけど――

 私はもう一度、男に変身し直すことにした。

 追われるような面倒なことにならないのなら、この世界では戦闘力に優れる男でいた方が、何かあったときに対処しやすい。

 さっきレミが仕掛けてきたときは、女のままでも何とかなったが、いつ何があるかわからないからな。用心しておくに越したことはない。


「というわけで改めて。ここから先は俺として話を聞こう。用件を言ってくれ」


 本題に戻ろうと催促すると、クディンは落ち着こうとしたのだろうか、彼の子供の身体には少々余る革張りの椅子を、改めて深い位置に座り直してから、一つ大きく深呼吸をした。


「いやはや。我々ナトゥラの中には、一部が変形する構造を持った者もいるにはいるが……ここまでまるっきり変わるのは、初めて見たぞ。まだ頭が混乱しているのだが」

「私もよ。人生で一番驚いたかも。ユウ。あなた、一体何者なの?」

「何者と言ってもね。まあ――旅人かな」

「旅人って。絶対そんなわけないわよね!?」


 納得がいかないと言いたげにじと目で睨まれたが、別に嘘は言ってない。俺は動じることなく言葉を返した。


「ただの旅人さ。機械人だらけの街に、ふらっと迷い込んでしまっただけのね」


 一応フェバルのことは、色々あると言えばあるけど、全てこの世界の事情には一切関係のないことだ。そういう意味では、本当にただの旅人でしかないのは間違いない。


「ふーん。あっそう。旅人ですかそうですか」


 それで彼女は一応引き下がったが、不機嫌そうに下を向いて「絶対あり得ないわ、私がその辺の旅人にやられるなんて絶対あり得ない」と、ぶつぶつ小声で言っているのが全部丸聞こえだった。うーん。根に持たれたかな。


「あーもういいわ。クディン、こいつにとっとと例の作戦を話してしまってよ」


 やがて少し棘のある声で彼女が急かすと、クディンは我に返ったように頷いた。


「あ、ああ。そうだったな」


 やっと本題か。長かった。やっぱり変身なんて見せない方が早かったかな、とちょっと後悔した。


「君に頼みたいことは、他でもない。ヒュミテ王の救出に協力して欲しいのだ」

「王の救出、ね」


 意外な切り口で来たなと思った。ヒュミテやこの人たちには、まず言論の自由が許されていないだろうし、クディンはとにかく強い戦力を求めている口ぶりだ。だからもっと武力に訴えて、過激なことをさせられるのかと予想していたのだけど、良い意味で違ったか。

 まあ、もし予想通りだったならもちろん、一切協力しないつもりだったけど。


「ええ。周知の通り、テオは一年前にアマレウムでの活動中に逮捕されて以来、ずっと囚われの身なの」


 テオ。どうやらそれが王の名らしい。


「私たちは、ヒュミテと協力して、彼を助け出そうと、ずっと秘密裏に動き回ってきたのだけど……」

「いつも途中までは上手くいくのだが、結局はことごとくリルナ率いるディーレバッツの手に阻まれてな。少なくない犠牲を出した上に、全て失敗に終わっている」

「やっぱり、彼女の存在がネックなんだな」


 どノーマルな状態の「私」の動きに感心しているレベルでは、あれはどうにもならないだろう。

「私」より素の身体能力で一段優れる俺が、さらに気力でフル強化して、辛うじて動きを捉えられるかどうか。そのくらい彼女は速い。

 それだけでも十二分なのに、他にも同じような仲間がいるのだとしたら、それこそ戦いにすらならないはずだ。こっそりやるしか手がなく、見つかったらその時点で終わりなのは、想像に難くない。


「ええ。彼女は悪魔よ。ひとたび戦闘が始まれば、一切の容赦はない。血も涙もない殺戮兵器と化すの。何人も、何人も仲間を殺されたわ! 私は彼女が憎くて! ……でも、それ以上に恐ろしくて仕方ないのよ」


 仲間を殺された光景でも、思い出してしまったのだろうか。彼女の声は震えていた。


「彼女らは恐ろしく強大な障害だ。だがそれでも。もう手をこまねいているわけにはいかなくなった。我々には、何としても急ぎ彼を助け出さねばならない理由が出来てしまった」

「その理由というのは?」

「テオの処刑が決まったという情報が、入ってきたの……。予定では、三週間後に執り行われることになっているわ」

「なるほど。それは相当やばいね」


 だから見ず知らずの俺なんか勧誘するほど必死だったのか。手段を選んでいる時間は本当にないんだな。


「彼は、ヒュミテに残された最後の希望だ。もし彼が志半ばで亡くなるようなことがあれば、存亡の危機にあるヒュミテを救える者は、もはや誰もいなくなってしまうだろう。それほどの男なのだ。志を同じくする我々にとっても、彼を失うことだけは何としても避けたい」


 そう言う彼の口ぶりからは、テオという男に全幅の信頼を寄せていることが、ひしひしと感じられた。外部者のナトゥラである彼からここまで評価されるということは、もしかすると当のヒュミテからの信望は、さらに輪をかけて上なのかもしれない。

「ヒュミテ」の俺なら、そんな彼を助けるためにまず協力するに違いないと踏んで呼んだとすれば、この一見あまりにお粗末な勧誘劇にも、一応の筋は通るか。


「今まで、ヒュミテからは、支援物資等の援助を受けて、直接的には私たちで頑張っていたわ。だけど、それだけではもうどうにもならないって、嫌というほど思い知らされた。だから今回は、多大なリスクを覚悟の上で、『ルナトープ』に直接ここへ乗り込んでもらうことに決まったの」

「ルナトープって?」

「えっ、まさか知らないの? 有名よ」


 レミに、信じられないという顔で呆れられてしまった。


「このエルン大陸各地でレジスタンス活動をしている、ヒュミテの小隊だ。ディーレバッツと刃を交えて生き延びたこともある精鋭だよ」

「へえ。精鋭ね。なぜこんな土壇場になるまで、彼らは出て来なかったんだ?」

「出て来られなかったのだ。彼らは各地で危険な任務をこなしてきたが、このディースナトゥラだけは避けるしかなかった。今日追われたばかりの君なら、わかるだろう。対ヒュミテの万全な警備網が張られている地上で活動することは、通常であれば自殺行為に等しい。あまりにも無謀なのだ。ゆえにこれまで、ヒュミテはここでの直接活動には踏み切れずにいたのだ」

「それが今回になって、急に踏み切ったということは、やっぱりそこまでの事態なのか」

「ええ。だからこそ、あなたが平気な顔して上で歩き回っていたのには、本当に度肝を抜かされたわ。あんな真似したの、きっと世界であなたくらいのものよ」


 はは。そっか。そんなに非常識な行動をしていたのなら、周りから注目もされるし、懸賞金もかかるわけだな。でもあれ、不可抗力なんだけどね……


「ルナトープは、数日内に地下経路でここへ到着する予定だ。本作戦の決行は、十日後を予定している。テオを救い出し、無事彼らの首都ルオンヒュミテまで送り届けることが、我々の目的だ」

「俺は、何をすればいい?」

「君は、ルナトープと共に実行部隊に参加し、最後まで彼らに付き行動して欲しい。まともに戦えない我々は、代わりに全力でサポートに回るつもりだ」


「その辺はばっちりやるから任せておいて」と、レミが胸を張った。


「命懸けの大変な戦いになるだろう。もちろん、それに見合った報酬は用意しよう」


 そして彼は改まって、誠実な態度で俺に頼んできた。


「先ほどは、無礼な真似をして本当に申し訳なかった。我々も手段を選んでいる場合ではなかったのだ。虫の良い話なのは、重々承知している。だが頼む。どうか協力してはもらえないだろうか?」

「私からもお願い。全員の命運が懸かっているの」


 二人は揃って、深々と頭を下げた。俺が返事を言うまで、頭を上げるつもりはないようだった。

 話に嘘を吐いている様子は感じられなかった。騙すメリットもないだろうし、それにここまでされて、まだ根から疑うだけの猜疑心を俺は持ち合わせていない。盲信はしないが、信用はしてもいいと思う。

 なら、俺の答えはもう決まっていた。


「わかった。人助けなら喜んで協力しよう。ただし、ある程度は俺の判断でやらせてもらう。それでいいかな」


 ようやく上がった二人の顔は、希望の灯がついたようにぱっと輝いていた。


「そうか! やってくれるか! 礼を言う。もちろん君の判断は、尊重されてしかるべきだとも」

「ありがとう! 本当に助かるわ!」


 二人の心底嬉しそうな顔を見ると、引き受けた俺もまんざらではない気分だった。ただ、これから大変な戦いになるだろうことを考えると、あまり浮かれてもいられない。

 結局厄介な問題に関わることになっちゃったな。どうも俺にトラブルは付き物らしい。

 ――まあ、それでこそ旅は面白いか。


「じゃあ、早速作戦の細かい内容を説明するわね。あなたがアクセス出来る情報端末と、食事の用意もあるわ。会議室まで付いてきてちょうだい」

「了解。もうお腹ぺこぺこだよ」

「そう思った。サーモ見たら、体温が低下してたもの。ずっと何も食べてないんでしょ」

「うん。ふう。やっと一息吐ける」


 こうして俺は、ヒュミテの王テオなる人物を救出する作戦に参加することとなった。

 彼らが言っていたヒュミテ解放隊『ルナトープ』がギースナトゥラに到着するのは、これより三日後のことである。

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