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フェバル保管庫2  作者: レスト
人工生命の星『エルンティア』
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6「アンダーグラウンド ギースナトゥラ」

 私は例のワープゲート、トライヴを使わずに徒歩で第五街区三番地までやって来ていた。この辺りはたくさんのお店が立ち並んでいて、今は窮屈に感じるくらい人通りも多い。

途中、何か食べ物を置いてある所はないかと探しながら歩いたのだが、相変わらずどこにも見当たらなくて、非常に困っていた。飲み水は魔法で作れるからまだ数日は大丈夫だろうけど、このまま餓死というのは本当に勘弁願いたいところだ。


 もうすっかり夜になっちゃったな。

 あちこちに設置された電灯を始めとして、各建物に取り付けられた色とりどりの電光板やネオンサイン(かどうかはわからないけど、それっぽいもの)が、夜の街をピカピカと照らしている。これらのおかげで、ディースナトゥラは夜でも明るかった。

 それから、ここの夜はとても冷えるらしい。凍える風が頻繁に肌に打ちつけてくる。肩を縮めて身震いしてしまうほどの寒さだ。下手な場所で寝ると、凍死の危険があるかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていたとき、前方から人混みに混じって、身なりの貧相な黒髪の少年がやってきた。

 彼は、私のすぐ横を通り過ぎる。

 それだけなら何ともないことなのだが、私の目は見逃さなかった。

 彼の手が、私のウェストポーチからするりと世界計を抜き取ったのを。

 スリか。こんなところにもいるんだね。

 私は何気ない素振りで足早に去ろうとする少年の腕を、その場で掴んだ。彼はまさかいきなり腕を掴まれるとは思わなかったのだろうか、ひどく驚いた表情で振り返り、素っ頓狂な声を上げた。


「うぇっ!?」

「君がその手に持ってるものはなに?」


 確信を持って強い口調で問う。彼は悔しそうな顔で罪を認めた。


「ぐ。まさかこの韋駄天と呼ばれるオイラが、逃げ出す前に捕まるなんて」

「それ、大事なものだから。返してくれないかな」


 やんわりと、だが毅然とした態度でそう言うと、彼は観念したように首を振った。


「わかったわかった。返すってば。元々ちょっとしたテストのつもりだったしな~」

「テスト?」

「ほらよ」


 あっさりと世界計は返してもらえた。私はそれをすぐにウェストポーチにしまい込む。


「いや~、すげえなあんた。誰かに捕まえられたのは初めてだよ。しかもこんなあっさり捕まるなんてね」


 先程の悔しそうな顔とはうって変わって、気持ちの良い笑顔で私を賞賛する彼。どうやら感心されてしまったようだ。

 確かに手つきはかなりこなれていたし、華奢な子供の身体は身のこなしも軽そうではある。腕には相当自信があったのかもしれない。

 それはともかく、彼のテストという言葉が気になった私はもう一度尋ねてみた。


「テストって何のこと?」


 さっぱり要領を得ない私に、彼はちょいちょいと耳を寄せろという合図をした。何を言うつもりなのかと訝しみながらも、指示された通りに少し屈んで耳を寄せると、彼はひそひそ声で言ってきた。


「あんた、ヒュミテだろ?」


 驚きで声が出そうになったが、どうにかこらえた。だが多少の動揺は隠し切れなかったようで、それを見抜いた彼はしたり顔をした。

 

「やっぱり当たりだったね。レミの言った通りだ」

「レミって?」


 全く話が見えない私は、続けて尋ねるが、彼は取り合わずに自分の用件を告げてきた。


「まあ詳しい話は後にしよう。オイラを簡単に捕まえるほどの腕前だし、文句なく合格だ。うちのボスがあんたを待ってるから、ついて来なよ」


 ボスか。どうやらこの接触は計画的なものらしい。一体どこから目を付けられていたのだろうか。また知らない内に目立つことでもしてしまったのかな……

 それに、こいつはついて来いと言うけれど、簡単に信用してホイホイついて行って良いものか。

 少し迷ったが、まあ他に当てもないし、とりあえずついて行くのはありかと思った。ヒュミテと知りつつ(本当はヒュミテでもないけど)接触を図ってきた辺り、他の全く聞く耳も持たない連中に比べると、まだ希望は持てそうだし。

 ただ、あまり疑いを知らないと思われて舐められるのもまずいだろう。そう考えて、ポーズとしては一応の警戒を示すことにした。


「ボスね。なぜついて行く必要があるの?」


 そう言われるのは想定内だろう。彼も彼で、すました顔で交渉のカードを切ってきた。


「ふうん。別に来ないなら来なくてもいいよ。その代わりあんたがアレだってこと、ディークランにばらすけどね」

「もしかして、脅してるわけ?」


 そうきたか。確かにディークランに垂れ込まれては、非常に困ったことになる。こっちの身体でも身動きが取れなくなってしまえば、潜在的には敵だらけのこの町でやっていくのはあまりに厳しい。

 それに、私の正体を知る仲間が他にいる可能性が高い以上、する気はないが、この場でこいつの口を封じてしまったところで、無意味どころか逆効果だろう。選択の余地はないということか。


「ま、そういうことになるかな。嫌なら大人しく一緒に来なよ。それに、あんたにとっても悪い話じゃないと思うね。色んな情報とか食いもんとか、欲しいんだろ?」

「……いいよ。行こう」


 圧倒的に優位な立場にいながら、わざわざ餌を垂らして声をかけてくるということは、私にそれだけ興味があるということだ。悪いばかりの話ではないのは、確かだろう。果たして鬼が出るか仏が出るか。


「オーケー。じゃあオイラについて来て」


 彼に従って、すぐ後ろからついて行く。徐々に人気の少ない場所へと向かっていた。

 歩く途中で振り返って、彼は思い出したように言った。


「そうだった。まだ名乗ってなかったね。オイラはリュートっていうんだ。あんたの名前は?」

「私はユウ」

「ユウか。可愛い名前だね。てか、あんた結構可愛いね」

「ふふ。それはどうも」


 やがて、地下へと続く大きな階段の前に辿り着いた。


「ここを降りて行った場所が目的地さ。出入り口はここだけじゃなくて、他にも何ヶ所かある。ま、それは後で教えるとして。行こうか」



「ここは……」


 長い長い階段を下った先は、ディースナトゥラの地表を覆い尽くしていた白銀のプレートの下に広がる、巨大な空洞だった。

 そこには、壮麗だった地上とは一転して、くすんだ金属の色に覆われ、ほんのりと錆びた鉄の匂いが漂う、小汚い地下街が広がっていた。地下街といっても、ただ店舗が立ち並ぶだけのものではなく、正真正銘の町である。地上より規模や見た目こそ劣るが、数え切れないほどの家屋が立ち並んでいた。

 最上部を覆う白銀の蓋のせいで、間違いなく日の光が当たらないであろうこの場所は、少し薄暗いが、代わりに町のあちこちが強い光を放つ白色電灯で照らされており、視界には不自由しなかった。あまり宙に浮いているものはなく、どちらかというとこっちの方が、私が良く知る普通の町の姿に近い印象だ。

 空洞の面積は、ディースナトゥラのほぼ全ての部分に相当するようだが、ただ一ヶ所、真ん中のおそらく中央区に当たる部分だけは、白銀の素材で覆われて空洞を上下に貫く巨大な柱になっているのが一目でわかった。そこが全体の支えとなっているらしい。

 そこらを歩く者たちの中には、一見すると姿形こそ地上の者たちと一緒だが、よく見ればボディは老朽化が進んでいたり、一部を破損しているのがいた。まさにスラム街のような見た目だが、雰囲気はそこまで荒んでいるというわけではなく、地上とは一味違う泥臭い活気に満ちていた。

 こんなところがあったのかとすっかり目を見張る私に、リュートが物知り顔で説明してくれた。


「ギースナトゥラ。オイラたち外れ者が主に暮らす、アンダーグラウンド。白銀のプレート街の下に位置する、ディースナトゥラのもう一つの顔さ」

「もう一つの顔……」

「そ。ここはいわゆる無法地帯ってやつでね。『綺麗で美しい首都ディースナトゥラ』にとって、都合の悪い部分を全部押し込めたようなところさ。政府の連中は、存在ごと無視を決め込んでる」


 そうか。今までこの町は随分完璧で綺麗なところだと思っていたけど、それはずっと表側ばかりを見てきたからだったのか。実際は光があるところ必ず影があるように、ここも例外ではなく裏の姿があったというわけか。


「ここのポリシーは、来る者拒まず去る者追わず。数は少ないけど、あんたのお仲間も暮らしてるよ」

「ヒュミテがいるの?」

「うん。ところでさ、あんた、一体どうやってヒュミテ感知システムに引っかからずにあれだけちょろちょろ出来たんだよ? 見た感じ、セフィックを身に付けてるわけでもないのに」


 セフィック。また知らない単語が出てきた。新しい世界に来たばかりの頃は、こういうのが多いから大変だ。

 それに、ヒュミテ感知システムか。人間の生命反応を感知するものだろうか。逃走中にリアルタイムで位置を特定されたのには、本気で焦ったよ。


「私がちょっと特殊だから、かな」


 確証はないので曖昧に答えると、彼はそれを誤魔化されたと感じたようだ。腕を頭の後ろに組んで、ちょっと不満そうな顔をした。


「ふーん。なんかはぐらかされたみたい。ま、その辺も含めて全部ボスの前で話してもらうよ」

「どこまで話すかは、そっちの出方次第だよ」

「へえ。言うね~。あんた、自分の立場わかってる?」

「もちろんわかってるよ」


 いたずらっぽく脅しをかけてきた彼に動じずさらっと返すと、彼はどこか感心した顔をして、それ以上は続けなかった。


「そっか。ならいいや。ボスのところはもうすぐだよ」



 じきに案内されて着いたのは、こじんまりとした店だった。店の前の看板には、「あなたの機体に潤いを! オイル屋ノボッツ」と書かれている。


「ノボッツ。例の人物を連れて来たよ」


 リュート、はカウンターに立っているガタイの良い男に声をかけた。ノボッツと呼ばれた彼は、私の姿を一瞥すると大声を上げた。


「おう。その子が例の……ってただの小娘じゃないか! 大丈夫なのか?」


 私は、軽く微笑み返した。

 まあよくある反応だった。私って十六歳で見た目が止まってるから、ぱっと見ただの小娘にしか見えないんだよね。


「見た目はちょろそうだけど、ただ者じゃないよ。なんたって、このオイラが逃げ出す前に捕まっちゃったからな!」


 まるで自分のことのように、自慢気に私の凄さを語るリュートに、ノボッツは評価を瞬時に改めたようだ。カウンターから勢い良く出てきて、そのまま私の両手を掴むと、力強くぶんぶんと振ってきた。


「ほう。そいつはすごいな! 君がこいつらの力になってくれるなら、十人力だ!」

「え、いや。まだ協力するって決めたわけじゃないですけど……」


 いきなりの攻勢にたじろいだ私は、語気が少し弱くなってしまった。


「そうカタいこと言うなって! 人生助け合いってもんだろ! ほら、うちの特製オイルやるからさ!」


 そう言って彼は、横の店棚から瓶詰めの高級オイルを一つ取ると私に差し出した。


「いいえ。結構です」


 オイルなんて要らないし、使えないし。困った私は、彼の手をそっと押し返した。彼は、しまったと額に手を当てて豪快に笑った。


「ああそっか! ヒュミテはオイル使わないもんな! がっはっは!」

「あはは……」


 私も一緒になって、苦笑いするしかなかった。


「ふうん。ユウは押しに弱いのか」


 横でその様子を楽しそうに眺めていたリュートが、冷静に私の弱点を分析していた。


「そろそろ通してくれよ~。ノボッツ」

「おう。そうだな」


 リュートの一声で気が付いたような顔をした彼は、カウンターのところまで戻り、その後ろにある番号ロック式のドアに番号を打ち込んでドアを開けた。


「行って来い。ボスが首を長くして待ってるぜ」


 ドアの先には階段があり、そこを下りていくと、ついに彼らのアジトに出た。


「着いたよ。『アウサーチルオンの集い』へようこそ」


 紹介された私は、あまりの様子に心底驚いていた。何よりも、そこにいた構成員の姿に。

 信じられないことに、全員がどう見ても子供ばかりだったのだ。大の大人の姿など、一つもなかった。


「驚いた?」


 リュートの問いに素直にこくりと頷くと、彼はやっぱりねと言いたげな顔で事情を教えてくれた。


「みんな見た目は子供だけどね。別にオイラみたいな、ほんとのガキばかりじゃないよ。大半の連中は、本当は大人になるはずだったけど、大人になれなかった子供たちさ」

「大人になれなかった子供たち?」

「アウサーチルオン。諸々の事情で機体更新が出来なかった人たちはそう呼ばれて、上では非常に肩身の狭い思いをすることになる。そうして自然とここへやって来る羽目になる。そんな彼らを取りまとめているのが、うちのボスってわけ」

「そうなんだ」


 機体更新。正確なところはまだわからないが、言葉の意味と彼の話から察するに、子供から大人になるためには、機体を子供用から大人用の新しいものに替える必要があるということだろうか。

 確かに考えてみれば、機械の身体が自然に成長するはずがないのだから、どこかのタイミングでそういうことは必要になるのかもしれない。

 しかし、わざわざ違うサイズの機体を用意して、そんな面倒なことをしてまで「人間の成長」を演出するのは、どういうことなんだろうか。

 ナトゥラという存在の謎が、さらに深まったような気がした。

 彼はさっさと先へ足を進めてしまったので、それ以上聞ける空気ではなくなってしまった。

 そして、いよいよボスの部屋の前まで来たようだ。少し待つように言われ、彼が一度中へ入る。しばらくしてから、また出てきた。


「もう入っていいよ。じゃあ、オイラはここで」

「うん」


 去り際に、彼は振り返って裏のない笑顔で言った。


「あんた、ちょっと気に入ったよ。もし力になってくれるなら、またよろしく」

「どうなるかは、この話し合い次第かな」


 そうは言いつつも、私もまんざらでもない気持ちだった。初めてナトゥラと仲良くなれた気がする。


 さてと。一体何の用があるんだろうか。ここまでの感じだと、どうも何かに協力して欲しいみたいだけど。足元見られないように、気合い入れていくか。

 両手でぱんと頬を叩き、気を引き締めてドアを開ける。

 部屋は思ったほど広くなかった。質素な内装で、ボスと思われる銀髪の少年は、机越しに革張りの椅子に座っていた。

 彼もまた、ここまで見てきた他の構成員たちの例に漏れず、やはり子供そのものの姿をしていた。しかし、その眼光は獲物を狙う鷹のように鋭く、堂々たる落ち着いた様からは、並みの大人などよりもずっと大きな存在のように錯覚してしまうほどのオーラを感じさせた。


「お初にお目にかかる。僕が『アウサーチルオンの集い』を取りまとめている、クディンだ。わざわざ御足労頂いてすまない」


 彼の横には、ピンク色の長髪をした、勝気そうな顔つきの少女が付き従っていた。彼女は丁寧にぺこりと頭を下げた。


「レミと申します。上でちょろちょろと動き回っていたあなたを感知して、失礼ながら監視させて頂いた者です」

「はじめまして。ユウです。あなたたちが話があるということで、来ました」


 クディンの方を見据えて、しっかりと名乗る。話し合いが始まった。

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