表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェバル保管庫2  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』 後編
102/279

70「星屑の空に別れを」

 月日は流れ。今年も星屑祭の日がやって来た。

 まだ数々の事件の傷跡は、あまりにも大きい。けれど町は、来る人は減っても、例年にも劣らない賑わいを見せていた。

 去年大事件があったせいで、中止を検討されていた魔闘技も、結局は住民の根強い希望で行われることになったわ。大変なときこそ、沈んでいてはいけない。明るく盛り上げていかないといけないって。そんな住民の底力の強さを感じる出来事だった。

 あたしたちは、今回は魔闘技参戦はパスすることにして、ミリアとユウと一緒に祭りを思いっ切り楽しんだ。去年以上に色んなお店や見世物を見て回って、去年以上に羽目を外して。本当に楽しい時間だった。


 ――それが、あたしたちとユウとの最後の思い出になった。


 夜。あたしたちは、また星屑の空を特等席で眺めるために、魔法学校の第一校舎の上へと登った。そこにはイネアさん、アーガス、ケティさん、そして祭りの間だけは特別に自由が許されたカルラさんがいた。

 やがて空にオーロラのような光がかかり、それが消えると、夜空は眩いほどの満天の星々に包まれた。

 やっぱり何度見ても、この光景は感動するわね。

 しばらくの間、輝く星空に心奪われていた。満足するまで眺めた後で、恒例の願い事をしようと思った。今年は何を願おうかしら。


「ねえユウ。そろそろ……」


 さっきまで隣にいたはずのユウは、その場から忽然と姿を消していた。


「あれ。ユウは? ユウはどこへ行ったの?」


 横にいたミリアに尋ねると、彼女もわからないみたいだった。


「そう言えば、さっきから姿が見えませんね」


 そのとき、あたしはひどく胸騒ぎがした。いつもならユウは、あたしたちから離れるとき、何か一言くらいは言ってから離れるの。無断でどこかへ行くときは、後ろめたいことがあるときって相場が決まってる。

 気付けば、あたしは駆け出していた。

 屋上から階段を降りて、廊下に差し掛かったところで、窓から星空を見上げるユウの姿が目に映った。

 あたしは、目を疑った。


 ユウの身体の色が、まるで透けるように薄くなっていたの。


「あなた……まさか……」


 振り返ったユウは、とても切なげな表情を見せる。星明かりに照らされた顔に滑らかな黒髪が映えて、神秘的な美しさが感じられた。


「ずっと覚悟はしてたけど、とうとう時間が来たみたい。身体が、この世界を離れたがってる」

「そんな……」


 ショックだった。いつかは来るとわかっていたけど、こんなにも突然別れのときが来てしまうなんて。

 あたしは駆け寄っていって、ユウを力強く抱き締めた。まだユウがそこにいることを感じたくて。ユウも、あたしをしっかりと抱き締め返してくれた。

 でも近寄ってみれば、ユウはまるで蜃気楼のようにますます儚い存在に感じられた。

 もういなくなってしまう。そのことが腑に落ちてしまって、あたしは悲しくなった。

 ユウは、そんなあたしの顔をその優しくて力強い瞳で見つめながら、しみじみと言った。


「ねえ、アリス。星屑の空の願い事って、本当に叶うんだね」

「……なんて願ったの?」

「またみんなで、この星空を見られますようにって。ギリギリ叶っちゃった」


 ユウは今にも泣きそうな顔で、でも心から嬉しそうに微笑んだ。


「今年は、何を願うつもりなの?」

「内緒。だって、願い事を言うと逃げちゃうんでしょ?」


 そう言って、いたずらっぽく笑ったユウに、すっかり去年のことをやり返されたと思った。あたしも少し気分が上向いて、笑い返した。


「そうね。ちゃんと胸の中にしまっておいてね」

「わかった」


 あたしは、もうすっかり薄くなって透け始めたユウの手を、しっかり取って言った。


「行こう。ちゃんとみんなにお別れ言わないと、絶対後悔するよ」

「……うん」



 再び屋上に上がると、みんながあたしたちの方を向いた。今にも消えそうなユウの姿を認めたみんなは、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。

 輪になって。あたしたちは、ユウの言葉を待った。やがて、ユウは静かに口を開いた。


「みんな。そろそろ行かなくちゃならなくなったんだ。いざこうして別れになると、なんて言ったらいいのか、わからないけど」


 ユウは目を瞑り、そして開けると素敵な笑顔で言った。


「ありがとう。今まで本当に楽しかった。ここで過ごした日々のこと、私、忘れない。絶対に忘れない」


 イネアさんが、ユウに右手の人さし指と中指を差し出した。ユウも同じようにして、シミングを結んだ。


「元気でな。ユウ。私もお前と過ごした日々のことは、一生忘れない。向こうでもしっかり剣の修行をやるんだぞ」

「はい」


 ユウは力強く頷いた。

 そこからは、一人一人シミングを結んでいく流れになった。


「オレはさよならなんて言わないぞ。いつかその宇宙というのに行って、お前に会いに向かってやるさ」

「はは。期待してる」


 得意な顔でにっと笑ったアーガスに、ユウは嬉しそうに微笑んだ。


「あなたはどこに行っても、わたしの可愛い後輩よ。気をつけてね」

「カルラ先輩こそ。気をつけて下さい」

「この馬鹿を助けてくれてありがとう。あなたと出会えて、本当によかったわ」

「ケティ先輩。カルラ先輩をしっかり支えてあげて下さいね」

「もちろん。任せて」


 次は、ミリアの番になった。


「私……すみません。胸が一杯で……」

「うん」


 ユウは言葉を詰まらせるミリアを優しく見つめ、彼女の言葉を待っていた。

 意を決したような顔をしたミリアは、ユウの目をしっかり見つめ返して、目に涙を溜めて、切なげな笑顔を見せた。


「ユウ。大好きです」

「私もミリアのこと、大好きだよ」


 二人は、しっかりと抱き締め合った。


 そして、ついにあたしの番が来た。

 みんなそれぞれ、思い思いのことを告げていったわね。

 あたしから言うことは――うん。


「ユウ。あたしたちは、どんなに離れてもずっと親友よ」

「――もちろん。ずっと親友だよ」


 ユウは、本当に嬉しそうな顔をした。その目には、少し光るものがあった。



 最後に、ユウは笑顔で力強く言った。


「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 全員でそう言った直後、ユウはその場から消えた。

 ――まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように、後には何も残らなかった。

 だけど、あたしたちはちゃんと覚えてる。

 握ったこの指の感触を。ユウとこの世界で過ごした日々の、大切な思い出を。

 さようなら。ユウ。元気でね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ