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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:感謝と友情のクラウン・チョコレート
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第十九話:帰って来たレナリール公爵領

 最高の材料を市場で得たことで、作るお菓子の方向性を明確に決めることができた。

 最高の香りを放つ、圧倒的に贅沢なお菓子。


 ファルノの協力を得て仕入れられた黒い宝石は転生前ですらあまりにも高価で、最上のコースにしか使えなかった食材だ。

 こっちの世界では気安い値段で買える。そのことがたまらなく嬉しい。質も最高だ。大きく薫り高い。これだけの量があれば試作もできるだろう。

 ただ、一点問題があった。


「カカオの風味が落ちはじめてるころか」


 前回仕入れたカカオの風味に陰りが出始めている。

 今使えば問題ないが、王都で振る舞うときには悪化しているだろう。


 保管には気を付けているが、この世界の設備ではどうしても時間とともに劣化していく。

 残り少ないカカオをレナリール公爵ようのお土産に使ったのはパティシエとしての意地だ。美味しいうちに使い切りたいからだ。


 何よりも……、風味が落ちたカカオで作ったお菓子を最上のお菓子と胸を張って出せない。

 新たに仕入れたいところだが、今回は王家からの直接の依頼。自腹で購入しないといけないが、アルノルトの財力だと借金しないと買えない。

 それどころか、金があっても手に入るかすら怪しい。


 一応、市場を探し回り、ファルノに頼んでフェルナンデ辺境伯の情報網で調べてもらったが市場には出ていない。

 この大陸では生産されてない以上、港街であるエクラバ以外で手に入るとは思えない。


「カカオに頼らないので、黒い宝石を活かすお菓子なんて作れるのか」


 チョコレートぐらいに力強いものを使わないと、黒い宝石に負けてしまう。

 時間がない。新たにカカオをなんとしてでも仕入れる。諦めて風味が落ちたカカオを使う。カカオを使わないレシピを考える。

 その三つのうちから選択しないといけない。


 ……根本的に黒い宝石を諦めてしまうのもありだが、俺はこの食材に出会った瞬間、これでお菓子を作りたいと思ってしまった。

 その気持ちに嘘はつけない。

 今はまだ結論は出さない。

 レナリール公爵の領地に着くまでに方針を決定しよう。すべての選択肢を全力で考え抜く。


 ◇


 そして、ついにエクラバを旅立った。レナリール公爵の竜車が迎えてに来てくれたのだ。

 出発までに余った時間は、エクラバで購入した黒砂糖を材料に白砂糖を作るのに使った。


 白砂糖はいくらあっても困らないものだ。

 その他には、いくつかいい酒を仕入れた。ワイン以外にも、いろいろと素晴らしい酒がある。今回はラム酒を購入した。チョコレートが手に入らないと無駄になるが、俺の理想のレシピには必須だ。


「クルト様、まさかまたこんなに早くレナリール公爵のところに行くとは思ってませんでしたね」

「俺もちょっと驚いている。わかっていたら店の開店を遅らせたんだけどね」


 本当に危なかった。

 もし、教育係としてやとったヘルモートさんが店を任せられるほどの人物じゃなかったら? もし、彼女が店長を引き受けてくれなかったら?

 もし、お菓子作りの総括を任せられるほど弟子のミルが育っていなかったら?


 そのどれか一つが欠けただけで、エクラバに開いた店、【アルノルト】はあっという間に信用を失っていただろう。

 信用というものは積み上げるのは苦労するが、失うのは一瞬だ。


「偉い人は、自分勝手だからね。私としてはあんまりクルトが偉くなるのはやだなー。クルトには今のままでいてほしいよ」


 エルフのクロエがめんどくさそうに言う。

 まったく、この子は。

 この竜車には、フェルナンデ辺境伯もファルノもいる。

 そんなことを言われて俺が頷けるはずがないのに。


 ただ、内心では同意している。

 俺はえらくなりたいわけじゃない。

 ちゃんとした貴族になりたいという想いはあった。男爵になれば本当の意味で、アルノルトの領地は自らのものになり干渉を受けづらくなる。


 だけど、これ以上はいらないんだ。

 男爵より上の爵位につくと、領地がさらに大きくなる。責任も義務も一気に増える。自分の領地のことだけを気にしていればいいのは男爵までだ。


 王家や公爵家に頻繁に出向かないといかなくなり、さまざまな貴族の開催するパーティに引っ張り回され、つまらない権力争いや見栄の張り合いに巻き込まれるだろう。

 そんなのはごめんだ。


 俺はえらい貴族になりたいわけでも権力がほしいわけじゃない。お菓子を作ってたくさんの人を笑顔にしたい。

 身近な人たちを幸せにしてやりたい。それだけだ。

 ぶっちゃけて言えば、今あるアルノルトの領地を守るだけの権力があればそれ以上は邪魔とすら思っている。


「えらくなっても俺は変わらないさ。ティナやクロエに嫌われたくないからね」


 フェルナンデ辺境伯の前で本音をぶちまけるわけにはいかないので、控えめに気持ちを伝える。


「クルト様なら大丈夫です。クルト様は優しいですから、えらくなってもおかしくなりません」

「だね、私も自分勝手になったクルトとか想像できないな。クルトってお菓子作り以外は、本当に人に気をつかってばっかりだしね」


 ティナとクロエが微笑みかけてくる。

 きっと、もし俺が本当に優しい人間だと言うなら、彼女たちのおかげだろう。


「もう、クルト様、ティナやクロエとばっかりいちゃいちゃしてずるいですわ。私だってクルト様のことを信じていますわよ」


 ファルノが頬を膨らませていた。

 俺は苦笑する。


「ふむ、君にはもう少し野心をもってほしいのだがね。権力はあればあるだけいいものだよ」


 フェルナンデ辺境伯まで乗って来た。

 それには愛想笑いで返す。

 今回ばかりは彼の言葉に同意できない。俺は貴族ではあるけど本質は菓子職人パティシエなのだから。


 ◇


 レナリール公爵領の郊外にある。竜車の停留地に付き馬車に乗り換えて移動する。

 レナリール公爵の屋敷には広大な庭があり、竜車を直接着陸させることも不可能ではないが、公爵のおひざ元であり、空からの襲撃を防ぐためにあの街の空に侵入することは許されないらしい。


 馬車で揺られるながら彼女の屋敷を目指すのに時間はかかるが悪い気はしない。

 それほどまでにこの街の風景は美しい。さすがは芸術の街だ。


 そして、ついにレナリール公爵の屋敷にたどり着いた。

 前に来たときよりも見張りの数が多い。きっと、前回の暗殺未遂が尾を引いているのだろう。


 屋敷の使用人たちに案内されて、フェルナンデ辺境伯たちと別れた。

 今日からしばらくこの屋敷でお世話になる。

 徹底的に貴族としてのふるまいを叩き込まれながら、レナリール公爵の配下の貴族たちと次々に顔を合わせていく。それらと並行して、王都で作るお菓子の開発。

 かなりハードになるが、なんとか耐えられるだろう。


「クルト様、少し疲れてます?」

「ちょっとね。いろいろと無理をし過ぎたかな。ずっと徹夜続きだったからね」


 アルノルトの領地を留守にするために可能な限り無茶をした。

 エクラバの店で振る舞う週替わりのお菓子のストックを全力で作り続けた。

 エクラバについてからはついてからで、レナリール公爵に贈るお菓子を作り、市場を歩き回り材料をかき集めていた。

 ここ数日にろくに寝ていない。


「このままじゃ、クルト様が倒れちゃいます。もう少し力を抜いてください」

「大丈夫だよ。あと一週間だ。二週間ぐらいは徹夜続きでもどうにでもなる。ここまで忙しいのは俺の人生で二度目かな。あのときはもっとしんどかったから、今回は大丈夫」


 ちなみに、俺の人生でもっとも忙しかったのは前世の話だ。

 俺は貯金を貯め、帰国し自分の店が出せるところまできていた。開店直前までの一か月は死ぬほど忙しかったが、夢のように熱くて楽しい時間だった。

 ただ、店を開店する前日に死んでしまったのは心残りの一つだ。


「クルト様はこういうときだけわがままなんですから。少しだけ休んでください。レナリール公爵と面会までの時間ぐらいは気を抜いていいと思います」


 ティナがベッドに腰かけてぽんぽんとベッドを叩いた、そして銀色のもふもふのキツネ尻尾を伸ばす。


「クルト様、知ってますか。女の子のキツネ尻尾には癒しの力があるんですよ」


 きっとティナの自慢のキツネ尻尾を枕にしろと言っているのだろう。

 たしかに、あのもふもふ尻尾で寝ると疲れが抜けそうだ。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらう。使用人が呼びにきたら起こしてくれ」

「はい!」


 ティナが笑った。

 俺はベッドに横になり、ティナのもふもふ尻尾に頭を預ける。

 お日様の匂いとティナの甘い香りがした。

 ああ、これはいい。

 最高にもふもふだ。そしてふかふかでもある。

 疲れが溶けていく気がする。


 実は、ここ数日徹夜続きだっただけじゃなく、わずかな睡眠時間もろくに眠れなかった。極度の緊張のせいだ。だけど、今は安らかな気持ちだ。

 ティナの暖かさに包まれながら眠りにつく。

 目を覚ましたら、今まで以上にがんばろう。。

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