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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:感謝と友情のクラウン・チョコレート
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第十六話:クルトの好物ケーキ

 すべての準備を終えた俺は竜車でエクラバに向かっていた。

 弟子の成長ぶりを確認できて少しうれしくなっている。


 想像以上にミルはしっかりしている。お菓子の腕だけでなく性格そのものが菓子職人パティシエ向きだ。

 とはいえ、あくまで彼女に向いているのはお菓子作りだけだ。美味しくお菓子を作る能力以外はかけている。


 コストを計算すること、お菓子の見た目や香りへの注意力、客層を読み取り求められているお菓子を推測する能力はまだまだだ。

 美味しいだけのお菓子で通用するほど、この世界は甘くない。

 実際、俺の世界でもお菓子作りがうまいだけの天才は、そうそうに潰れていった。一度に全部を求めることはしない。少しずつ鍛えていこう。


「申し訳ございません。クルト様には毎回無理なスケジュールを押し付けてしまって。フェルナンデの力がもう少し大きければ、もっと余裕をもって難局に当たっていただけるのに」


 桃色の髪をした美少女のファルノは悔しそうにドレスの裾を握りしめていた。

 彼女は婚約者なのに俺の力になれないことが悔しいのだろう。


「仕方ないよ。いくらフェルナンデ辺境伯とはいえ、前回は公爵で今回は王家だからね。逆らえるわけがない。もちろん、時間があったほうがうれしいよ。それでも、無茶ぶりはなれているんだ。心配はいらない」

「クルト様、心強い言葉をいただけて安心しました。私も少しでも力になれるように尽くしますわ!」


 ファルノがほっとした顔をした。

 ちなみに今のは強がりではない。

 俺はかつて海外の高級レストランに勤めていた。超VIPのお客様もよく訪れており、そういうお客様に限ってとんでもない無茶を言うし断れない。


 そんなぎりぎりの勝負をずっとしてきた。だから、今回のこともさほど慌てるようなことでもない。なにせ、俺にとって二週間しかないではない。”二週間もある”なのだ。


 竜車にはファルノの他にも数人乗っている。一人は俺の武術の師匠であり、ファルノの執事を勤めるヴォルグ。

 そしてあと二人……。


「クルト様、なんど乗っても竜車はいいですね!」

「ねえ、クルト。いっそのことこれでどーんって王都まで行っちゃわない。そしたら時間に余裕ができるよ!」


 キツネ耳をピンと立てたティナと、金色の髪を手で押さえたエルフのクロエがそれぞれに話しかけてくる。


「竜車でいければ楽なんだけどね。王都はかなり警戒が厳しいんだ。近くの空を国に認可を受けていない竜車で近づこうものならすぐに撃ち落とされる」


 それが問題だった。

 竜車は便利だが、同時に危険視されやすい。とくに王都の領空なんてつねに警戒網が敷かれている。


「へええ、物騒だね。なら陸路で行くのかな」

「それは遠慮したいな。たぶんだけど、そのあたりのことはうまくフェルナンデ辺境伯が手配してくれているんじゃないかな」


 そのあたりのことはそつがない人だ。

 もし陸路を行くとすれば、かなり厳しい日程になる。特急馬車を乗り継いでなんとかというところだ。

 竜車もだいぶ乗り慣れてきた。外の景色であとどれぐらいで到着するかがわかる。

 ずいぶんと竜車に助けられている。これの便利さをしったら今更馬車になんて戻れない。


 ◇


 フェルナンデ辺境伯の屋敷の庭に竜車は着陸した。

 フェルナンデ辺境伯の使用人たちが竜者に駆け寄ってくる。

 そして、荷物を回収していった。


 今回の荷物は最小限にしている。アルノルト自慢の蜂蜜。クルミバター、ピナルとパプル、そして二つの果実のジャムとコンポート。最後の最後にとっておいたチョコレート。葛、それに最近新たに特産品として加わったグレープシードオイル。


 この辺りはアルノルト領以外では手に入れることが難しい。

 王家の方々は、ありとあらゆる美食を経験されている。

 だからこそ、アルノルトでしか手に入らない材料を使うというのは、一つの突破口になりえる。

 馬車から降りるなり、使用人たちの代表格が俺にフェルナンデ辺境伯からの言葉を伝える。


「わかった。すぐに行こう」


 いつもなら、湯あみをして服装を整えてから専用の部屋での謁見という形になるが、フェルナンデ辺境伯も焦っているのか着の身着のまま彼の執務室に来てくれという指示だ。

 俺は頷いて、ファルノたちに後を任せて使用人について歩き始めた。


 ◇


 連れられたのはフェルナンデ辺境伯の執務室。

 そこにあるのは本棚や机、そして書類の山。調度品は最小限。一つ一つの質は素晴らしく、それでいて実用性抜群。


 人に見せるための部屋ではなく、最高に能率よく仕事をするための配慮が張り巡らされた部屋だ。

 それを見て、父の部屋を思い出した。

 どんな豪奢な部屋よりも、俺はこの部屋が好きだ。


「よく来てくれたねクルトくん」

「お久しぶりですフェルナンデ辺境伯」


 少し驚いた。

 どんなときでも優雅で余裕があるフェルナンデ辺境伯。

 しかし、若干髪が乱れているし疲れた雰囲気になっている。良く知っている人間でないとわからないほどではあるが彼が疲れを見せているのだ。


「ずいぶんご無理をされているんですね」

「ふふ、ばれてしまったかい。やれやれ、若い時は三日ほど寝なくてもそれを表に出さなかったのだがね」


 疲れた笑みを浮かべる。彼の机には書類と手紙が山積みにされていた。

 フェルナンデ辺境伯は飾りの辺境伯ではなく辣腕で自分で手を動かす方だ。


 その彼が、急きょ何日も領地を留守にする。それは俺がアルノルトを留守にするよりも大きなダメージになる。

 そして、彼は自分の仕事だけでなく俺の叙爵がつつがなく終わるようなサポートも同時並行で行っているのだ。

 おそらく、ここ数日はろくに眠る暇もなかっただろう。


「俺のために……感謝します」


 謝るのではなく礼を言った。

 謝るのは彼への侮辱だ。


「いいんだ。寄子のために動くのは私の務めだ。それに前も言っただろう。君の活躍は私の活躍でもある。私は私のために働いているに過ぎない」

「なら、私は、アルノルトとあなたのために全力で動きましょう」


 それ以外に彼への恩を返す方法は存在しない。

 貴族のほとんどは信用できない。だけど、彼だけは信用していた。

 俺がまだ爵位を継げるかどうかわからないようなときに、写本の仕事を斡旋してくれた。俺の考えた農法を馬鹿にせず自領でも取り入れ褒美をくれた。

 彼は自分の目で有能な人間を見抜き、支援をする。俺があこがれる大人の一人なのだ。


「クルトくんは頼もしいね。まったく私の息子も君の三分の一ぐらい優秀だったら……ごほんっ。これからの日程を話そうか。二日後、ここにレナリール公爵の竜車が迎えに来て彼女の領地に向かう。そしてレナリール公爵との謁見。一週間ほど、レナリール公爵領で、レナリール公爵派の貴族たちと次々に会ってコネを作る。同時に、彼女が用意した礼儀作法のプロの講師から叙爵の際に恥をかかないように教育を受ける」

「至れりつくせりですね」

「彼女は君を気に入っている。私と同じだよ。将来、君という存在は武器になるから自分のものだとアピールする意味合いが強い。意外かもしれないが貴族同士の争いというのは、同一派閥内がもっとも激しい。若くしてありえない出世をする君は目をつけられるだろう。そこでレナリール公爵が付き添って派閥の貴族たちに会わせることで、下手な嫉妬で若い才能をつぶしてみろ、私の権力でおまえらをつぶすぞ。という脅しをかけるんだ」

「それは逆に嫉妬をあおりませんか」

「すでに、君がお気に入りであることは広まり切っている。だからいっそのことただのお気に入りではないと強調するんだ。振り切っちゃうという戦略だね。私も正しいと思うよ。君の実績ならそれをしても大丈夫だ。無能相手に同じことをすると自分の評判を下げるからごめんだけどね」


 俺の想像すらできない世界。

 アルノルトはよくもわるくも今までろくに他の貴族とかかわりを持っていなかった。

 これからはそういうものが多くなってしまうだろう。


 本音を言えば、俺はこれ以上の出世は望んでいない。男爵となって正式な貴族になればより自由に領地経営が行える。少しずつ領地を栄えさせて、今まで以上にいろんなお菓子の材料を手に入れ、思うがままに腕を振るい、もっとたくさんの人にお菓子を広めていけばそれでいいと思っているのだ。


 その考えを他の貴族たちに話しても信じてはもらえないだろう。彼らは貴族とは出世を目指すものという固定観念がある。


「わかりました。その一週間が経ったあとは?」

「王都に向かう。レナリール公爵の竜車を使う。あれなら王都内にある停留所に止められる。そこで三日ほど挨拶回りをし、四日目に王家の方々に君のお菓子を振る舞ってもらう。そして五日目、叙爵する。君はめでたく男爵になるわけだ」

「……忙しすぎて目が回りそうですね」

「大丈夫、私もレナリール公爵も全力でサポートする。この日程は変えようがない。君には申し訳ないが、この嵐のような忙しさの中、最高のケーキを作ってほしい」

「ええ、そのつもりです。俺は過去の俺を超えて見せましょう」


 その覚悟はある。

 俺のすべてをぶつけよう。

 そういえば、大事なことを忘れていた。


「フェルナンデ辺境伯、大変申し訳ございませんが紳士服職人を一人紹介してもらえないでしょうか」


 叙爵式に着ていく服がない。

 だから俺は一流の職人を紹介してもらい、金で頬を叩き同行してもらいながら二週間かけて最高の服を作ると言う荒業を考えていた。


「ふははは、大丈夫、その心配はないよ。レナリール公爵のところに向かうときに服を作っただろう。そのときのサイズですでに発注済だよ。完成日は明日だ」


 俺はほっと胸を撫でおろす。

 最悪の事態は避けられた。


「では、もう一つのお願いを。明後日出発とのことですが明日は王家のかたに振る舞うお菓子の材料を集めに市場に出ます。それから試作をしたいので厨房を貸してください。他にも、今回ご協力をいただく、フェルナンデ辺境伯とレナリール公爵のためのお菓子を作りたい」

「もちろんいいよ。君のお菓子楽しみだな。新作かい?」

「ええ、俺の得意なケーキの一つです。楽しみにしてください」


 俺は西洋のケーキはほぼすべて作れるが、特にウィン菓子やドイツ菓子が得意だ。

 今回作るのは、ドイツの地方で作られる日本では知られていないが味は抜群のケーキ。

 赤ワインとチョコレートで作る力強い大人のケーキ。

 名をロートヴァインクーヘンという。

 俺の大好物でもあるそのケーキを作ろう。

 これを作るにはうまい赤ワインが必須だが、その当てはある。あのワインなら最高のロートヴァインクーヘンを作れるだろう。

 実を言うと今回のケーキについては、作ることや食べて喜んでもらうことよりも、自分で食べるのが楽しみなのだ。

 俺は頭の中で、レシピを思い出し改良を加えていった。

いつも応援ありがとう。ブクマや評価をいただけるとすごく嬉しいです!

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