第十三話:店の欠点と、クルトの欠点
レナリール公爵からもらった細工時計の仕掛けが動き鐘の音がなる。
ようやく、閉店時間が訪れた。
だけど、まだ店の外には行列ができている。
すさまじい客の量だ。
「ティナ、今並んでいる行列の最後尾に向かってくれ。そこで待機。これから新たに並ぶ客には申し訳ないが閉店時間だから帰ってくれと伝えてくれ」
「はい、クルト様。行ってまいります!」
店を閉めてしまいたいが、長時間並んでいる客を締め出すのは可哀そうだ。
と言っても、行列を見て新たな客が並び続ければ、店をいつまでも締めれない。
だから、今の行列の最後尾より後ろの客には事情を説明して帰ってもらう。
……ティナには悪いことをしたな。
新規に並ぶ客も融通を聞かせろと怒りだすのは目に見えている。たくさん怒鳴られるだろう。
あとで、個人的に労わないと。
さて、やっと終わりが見えた。残りの客を捌いていこう。
◇
予定していた閉店時間を二時間ほどすぎてから、ようやく店を閉めることができた。
とてつもない客の量だ。
盛況になることは予測出来ていたが、これほどとは。
五日分のストックがあったお菓子の三日分が消し飛んだ。
明日の分の在庫がすでに怪しい。
明日は大量にお菓子のストックを昼まで作って、午後の便で届けよう。午前中はなんとか耐えれるだろう。
それにしても、店員を増員しておいてよかった。プレオープンと同じ人数で回転していたら確実に破たんしていた。
店員の教育係で、接客のエースであるドルワートがぽんっと手を叩き、店員たちを一か所に集める。
「みなさん、今日の反省点と改善案を出しましょう」
これは、アルノルト領で練習をしていたときからの習慣だ。
毎日、その日の反省を一日の最後に行う。
店員たちは口々に今日起こったトラブルを口にし、みんなで解決策を考えて口にする。
これができる店は強い。
本当にドルワートは優秀だ。
意見が集まってきたので整理に入る。
「アルノルト次期準男爵。さまざまな問題が起こりましたが、最大の問題はあなたにあります」
「……面目ない」
「一番人気のカスタード・プティングが、開店一時間で消えました。あれを楽しみにしているお客様が非常に多く、品切れの謝罪でかなり時間を無駄にしています。いかに数量限定商品とはいえ、一時間でなくなるのはあまりにひどいと思われます」
そう、よりにもよって俺がやらかしてしまった。
プレオープンのときに招いた人々によって口コミで、俺の店、アルノルトの評判は凄まじい勢いで広がった。
その中でも、カスタード・プティングの印象が非常に強かったらしい。それは噂の利き手にもしっかり伝わっていた。
しかも、カスタード・プティングが食べられるのは今週だけの週替わりの特別商品。
すべての客がカスタード・プティングを頼む。
だけど、あれは菓子職人の腕ですべてが決まるお菓子であり、俺以外作れない上、保存が利かないので作り置きができず数が足りない。
開店して、一時間でそうそうに姿を消し、それ目当てで来た客に店員たちは謝りっぱなしだった。
「明日は倍、作るよ」
「五倍は最低必要ですよ?」
「……不可能だな。その数を作ろうとすれば質に影響がでる」
カスタード・プティングは、単純ゆえに菓子職人の技量が問われる。
完璧なものを作ろうとすれば、その数が限界だ。
「アルノルト次期男爵が無理というのであれば、本当に無理でしょうね。……対策が必要ですね」
「だな、来週の週替わりはもっと数が用意できるメニューにするとして、今週をどうにか乗り切らないとな」
さて、数が用意できないときの対策はどうすればいいか。
「それなら、売らなきゃいいじゃん」
金髪エルフのクロエが、あっけらかんと言った様子で口を開く。
「あれだけ、話題になった商品がないと客は怒りますわよ」
「ぜんぜん、売らないわけじゃないよ。見てたけど、ひとりで十個も二十個も買ってる人いるじゃん。それ止めさせようよ。他のお菓子は作り置きできるからいいけどさ、カスタード・プティングでそれやられたらみんな買えないじゃん。一人三個とかさ」
クロエの言った売り方は、日本のお菓子屋でも広く行われていた方法だ。
「……いい考えかもしれないな。もともと、カスタード・プティングだけはその日のうちに食べろと言って渡すお菓子だ。大量に買ってもらってもしかたないし」
フルーツケーキやベリークッキーは、自分で食べる以外にも贈呈用に購入する客が多い。
だから、数量を絞ると客が困る。
だけど、カスタード・プティングはその日に食べるお菓子で贈呈品には使用できない。
なら、数量を絞っても問題ないはずだ。
「あっ、クルト様。すごく気になっていることがあるんです。お昼に買い出しに行ったときのことなのですが」
ティナが手をあげて発言する。
ティナには昼の間にお菓子の材料の注文をお願いしていた。
昼のうちに注文して夜に届けてもらうようにしないと、明日の仕込みに間に合わなくなるので、そうしていた。
「ティナ、言ってみてくれ」
「はい、クルト様のお菓子を外で売っている人たちがたくさんいました。それも、クルト様のお店の倍以上の値段で」
「……まあ、想定の範囲内だな」
甘味が高価な時代に、可能な限り安いお菓子を届ける。
そうすれば、需要は爆発的に高まる。
当然、商人たちは考えるわけだ。転売すれば儲かると。
俺たちのお菓子は倍以上の値段でも買う客はいくらでもいる。
「にしても、それを初日で仕掛けてくるか。まったく、商魂たくましい」
想定していて、対策をしていないのには理由があった。
少なくとも、開店してしばらくはそういった輩が現れないと踏んでいた。
一週間も、店で供給し続けていれば数が出回り、希少性は少なく転売はしずらくなる。
そう、思っていたが初日からとは……。
「よし、決めた。カスタード・プティングには購入制限をかけよう。これは一人四つまで。それ以上は売らない」
一家族、一人一個を想定だ。
おそらく、今日三十個なんてふざけて購入していた奴は転売目的だ。
四つしか売らなければ転売は潰せる。
「ケーキとクッキーはどうします?」
「それは今まで通りでいいよ。ただ、絶対に品切れはしないで大量に売り続ける。数が出回れば転売はしにくくなる。作り置きできる菓子だから、なんとか数を出し続けるだろう」
エクラバは、このあたりでもっとも大きな都市だ。
村から育てた農作物や狩猟で得たものを売り、生活必需品をまとめて帰る客も多い。
なかには、純粋に村のみんな全員分のお土産を買ってかえる客もいる。
そんなお客様を裏切ることはしたくない。
「他には、何か問題はあったか?」
俺の問いに店員の一人が手をあげる。
「あの、すごく質問されることが多かったのですが、答えられないことがありました。来週の週替わり商品は何かって」
うっ、また俺の問題か。
「明日までにメニューを考えておこう。すまない。また、俺の責任だ。これからは次の週のメニューはあらかじめ決めておこう」
それからはこまごまとした問題が提案され、改善案が出ていった。
そのあと、解散した。
営業時間を二時間延長したお詫びとして、売上から臨時報酬をだしておいた。
店員たちは、現金なもので、疲れでぐったりしていたのに、金を手にした瞬間元気を出して街に遊びにいった。
食事をとる暇もなかったんだ。十分に羽を伸ばしてもらえばいい。
この店は週休二日制。あと二日で休みに入る。
それまでは辛抱だ。なんとか乗り切ろう。
「ベルモートさんはみんなと行かなくてよかったのか」
「ええ、私は騒がしいのは苦手なので。それに、最大の問題点を伝えないといけないですし」
「みんなの前で、言ってくれても良かったのに」
「言えないから、あなただけに伝えるのです。……この店の最大の問題点はあなたですよ。アルノルト次期準男爵」
「……カスタード・プティングの件も、来週の週替わりのメニューの件も悪かったと思ってる」
どっちも俺の手落ちだ。
想定できた問題であり、彼女が怒るのも無理はないだろう。
「いえ、それは些細なことです。今回の件であなたを責めるのは酷でしょう。むしろ、あなた自身のはたらきは素晴らしいです。すばらしいお菓子を大量に作り出し、接客態度も私から見ても一流。問題発生時は責任者として、前面に出て店員をかばう。経理も完ぺき、仕入れの調整、付近の店への配慮。何より、店員への心遣いが出来ている。なにからなにまで、文句はありません」
「そこまで褒めてもらうと照れるな。それで、何が問題なんだ?」
「働きすぎです。断言しましょう。いつか、あなたは確実に倒れます。そもそも、菓子作りに加えて、仕入れ、経理、店のマネージメント、接客。それにあなたは自分の領地の管理もやっていますよね? オーバーワークもいいところです。これから領地に戻って、領地の雑務を終わらせ、そのあとに明日の仕込みをやるつもりでしょう。寝ている暇すらありません。無理をしている自覚はありますか?」
「多少はね」
疲れがたまっているのは間違いない。
だが、それでも今は無理をしないといけない時期だ。
泣き言なんて言ってられない。
「無理をすること自体はいいです。ですが、私が問題視しているのは、あなたが倒れればすべてが終わることです。あなたがいなければ、材料はろくに揃わない。かりに材料があったとしても商品の味はがた落ち、一部のメニューは存在しない。店の経営は誰もわからない。あなたの領地は大混乱。そうなるのは時間の問題とお伝えしましょう。何でも一人でしたがる有能な人間の末路は決まっています。自分がつぶれて、その人に依存していた人間すべてが巻き込まれて潰れるだけですわ」
まるで、自分のことのようにドルワートは言う。
俺が倒れたあとのことか。
たしかに、悲惨な結果以外見えない。
体力には自信がある。たぶん、俺は一か月はもつだろう。だが、一年後は? 十年後は?
いつまで、この無茶が持つ?
今ではない、どこかで絶対に倒れる。
「耳が痛いよ。俺が倒れないうちに手を打つ」
「そうしてください。人に頼れないものがトップに立った組織はもろいのです。アルノルト次期準男爵。出過ぎた発言をお許しください」
ドルワートが優雅な動作で礼をする。
俺は苦笑する。
「あなたはそれで失敗したのか」
そうとしか思えないほど熱が入っていた。
これほど有能な人間が、一つの場所に留まらないのに理由があるはずだとは思っていた。
きっと、そのことが彼女に何かを背負い込むことを拒絶させていたのだろう。
「ええ、若い日の過ちです。あなたを見ているとそれを思い出しまして」
そうか、それを知っている人間か。
もともと、俺はアルノルトの店はアルノルトの者が守らないといけないと思っていた。
だけど、この人なら……。
「そうか、なら頼む。俺を助けてくれ。ドルワートさんと同じ道を歩んでいる俺を救えるのはあなただけだ。この店の店長になってもらえないか。あなたが指揮をとってくれるなら。方針決定とお菓子作りに専念できる。あなたになら、それ以外の実務は任せられる」
「それは断ったはずですが」
「ああ、だけど。ちょうど俺は今弱っている。あなたは優しい、同情してもらっている今なら、呑んでくれると思てね。頼むよドルワートさん」
半分冗談、半分本気で頼む。
ドロワートさんは深く息を吐く。
無言の時間がすぎていく。
どれくらいたっただろう?
ドルワートは、長い長いため息を吐いた。
そして、にこやかに微笑んだ。
「しょうがありませんね。私をこんなにも買っているあなたを見殺しにするのは心苦しいです。お店に関する実務は受け持ちましょう。あなたは外との調整と店の方針、お菓子に関するすべてに注力してください」
「たすかるよ。ドルワートさん」
言ってみるものだ。
これで店に関する負荷はかなり軽減される。
来週からは、毎日こっちに顔を出さなくても済むだろう。
「あの、引き受ける代わりに一つだけお願いを聞いてもらってもよろしいでしょうか」
「俺にできることなら」
「ドルワートお姉ちゃんと呼んでいただけませんか。できるだけ幼く」
俺の笑顔が引きつる。
ああ、わかった。この人は……。
「僕を助けてくれてありがとうお姉ちゃん」
「きゃあああああ、クルトきゅん。お姉ちゃん頑張っちゃう」
ドルワートは俺をぎゅっと抱きしめて、きゃあきゃあ叫ぶ。
たぶん、今回引き受けてくれたのも、下から懇願するように頼んだからだ。
なんだ、ただのショタコンか。
うん、まあ、有能だし問題ない。
「クルト様、お夕飯、屋台で買ってきました!」
「ふふふ、美味しい串焼きの盛り合わせに、麦のお酒もあるよ!」
ちょうど帰ってきたティナがばさりと、串焼きの入った紙袋を落とし、クロエはなぜか、爆笑。
それからは、ティナがめずらしく語気を荒げて、ドルワートさんを詰問して、クロエはそんなティナをからかって遊んでいた。
一時間ほどたち、すべての誤解がとけたが、かなり疲れ切ってしまった。
ティナはさきほどから頭を下げ続けている。
何はともあれ、この店をドルワートに任せることができた。
今まで以上に、俺ができることは増えていくだろう。