第八話:宣戦布告
表紙入り記念の本日二回目の更新。ヘイト解消回!
俺の固有魔法である回復。
それによって、この世界の理を知ってしまった。
この世界には、ありとあるゆる技能に熟練度というものが設けられており、それが一定値を越えるとスキルへと昇華される。
例えば、今の俺の目で見た限り、父は槍適性B、槍技能Ⅲを所持している。そして弟のヨルグは槍適性B、槍技能Ⅰをもつ。
適性は、S、A、B、C、D、E、Fとなり、凡人がD。Bというのは天才と言っていいだろう。Dなら十年真面目に鍛錬すればスキルを得ることができる。Bであれば一年程度で身につく。親子で、これだけの槍技能を持つと言うことは、アルノルト家に受け継がれる才能なのだろう。
だが、俺は槍適性Fで槍技能は未習得。
当然だ。槍の適性が最低なのだから。
槍技能の恩恵は槍でのアクションに対する上昇補正。ヨルグの槍が速く、重かったのはその技能のおかげだ。
槍技能、たったそれだけで、ヨルグは俺の積み重ねた十年の努力を上回った。
なんて、理不尽なんだろう。
俺の積み重ねた、十年の鍛錬はいったいなんだったのか……どんな技も、槍技能の前には霞む。そして適性Bであるヨルグは、槍技能を発展させていくだろう。ⅠからⅡへ、ⅡからⅢへ。それに対して俺は、これ以上の成長は見込めない。
「ティナ、もしさ、ずっと頑張ってきて、それがまったくの無駄で、もう、どうしようもないってわかったらどうする?」
ティナを抱きしめながら問いかける。
どうしようもなく弱音を吐きたくなった。
「……私なら、もっとがんばります。がんばって、がんばって、それでもダメなら別な方法を考えます。きっと、頑張ることって、目的じゃなくて、手段だから。目的を叶えるために別の手段を探します」
「そっか。頑張ってから別の手段か……」
俺は槍を何のために鍛えてきたのだろう?
槍はアルノルト家の象徴だから、アルノルト家の長男としての嗜みで身につけたかった?
父に言われたから?
違うだろう。
俺は、世界一のお菓子職人になりたかった。そのためにアルノルト家を継ぎたかった。だから、選定の儀で選ばれる必要があった。槍はそのための手段だ。
なら、武技で勝てさえすれば槍でなくてもいい。
「ありがとう、ティナ。少し希望が見えたよ……それと、ごめん。急に抱きついたりして」
ティナを抱きしめる手を緩めて、彼女を解放する。
すると、ティナは残念そうな顔をした。
「謝ることなんてないです! 私に甘えてくれて嬉しかったです。それに、クルト様も落ち込むって知って、もっと好きになりました。これからはどんどん、私に甘えてください」
ティナは顔を赤くしながら早口にまくし立てる。
いつもの俺に戻った気がする。ティナの頭を優しく撫でる。
「ティナのおかげで、光明が見えたよ」
夢のために作り上げた村も、ティナも絶対に渡さない。
目を閉じて、自分のうちに問いかける。
俺は何が得意だ? 槍の他に戦えるものはないのか?
答えは返ってきた。回復の魔法によって、全てを見通す目は自身の才能を見抜く。
答えは……ある適性Sの才能が。
「だが、間に合うか?」
適性Sの才能を伸ばせばヨルグに勝つことは造作も無い。
ただし、問題がないわけではない。
戦いの儀では、武技をもって雌雄を決するというだけで武器の指定はない。だが、槍はアルノルト家の象徴なのだ。それを捨てて、本当にアルノルト家の領主と名乗れるのか?
もう一つ、あまりにも時間がない。槍を捨て、今から新たな武器をとって、たった一週間でものになるのか? 適性がSでも、スキルに昇華するまで一月はかかる。
他には、感情の問題。理性では槍を捨てないといけないとわかっているのに、十年間の努力が捨てきれない。無駄だと認めたくないという、そんな気持ちが渦混ている。
「クルト様、帰りましょう。ここに居るとクルト様、辛そうです」
ティナが俺の手を握る。小さな手、そこからティナの体温が伝わってくる。
このぬくもりが俺の目を覚ました。
「そうだな、行こう。俺達の村に」
この温もりを守るためなら、なにをためらう必要がある。何を捨てても、どんな手段をとってでも、俺は勝たないといけない。
俺は見通す目を使って、必死に考える。
一つ、裏ワザのような方法が浮かんだ。ただ、熟練度を上げて、スキルに昇華させるためだけの方法。
だが、それだけでは足りない。
何か、何かないのか。一月の時間を一週間に減らす方法が。
ふと、脳裏に俺の所持していたスキルが一つ浮かんだ。
【愚者の一念】
その言葉に意識を向けると、その正体がわかった。
愚者の一念:才能無き者の執念。一途な想いが不可能を可能にする
※習得条件:適性値がFの技能に対し十年以上、毎日熟練度をあげる
※効果:全技能が適性ランクを一つ上昇したものとして扱われる
「はは、はは、無駄じゃなかったんだな。俺の槍は」
才能がないものを必死に努力し続けたことで、全ての根幹に連なる”コツ”を得た。それがスキルに昇華されたのだろう。俺だけがSのさらに上の適性をもつことができる。
一日でもサボれば身につかなかったスキル。俺の意地と執念の結晶。
槍の鍛錬によって与えられたのは、このスキルじゃない。けしてヨルグがもちえない。武の理。身体の動かし方。呼吸。それは槍と一緒に学んできた。
俺は、手に持った槍をぎゅっと握る。十年間ありがとう。俺はここから新しい一歩を踏み出す。
「行こうかティナ。俺はもう大丈夫だ」
「はい、クルト様。私たちの村に帰りましょう」
俺はティナの手を握り、歩き出す。
◇
屋敷の馬舎にあずけていた、愛馬のところに行くとヨルグが槍を構えて待ち構えていた。
彼の取り巻きである大男が二人がそばに控えている。
「兄さん、遅いよ。まったく、僕を待たせるとはいい度胸だね」
「別に俺はおまえに用はない」
「僕が兄さんに用があるんだよ。いろいろ考えたんだけどね。卑怯者の兄さんには罰が必要だと思うんだ。反則で勝って僕に恥をかかせたペナルティだよ。だいたい、まだ僕に勝てるつもりだって言うのが気にくわない。ちょっと身の程を教えてあげないと」
ヨルグが下卑た顔を浮かべる。取り巻きも同じような顔だ。
三人が見つめる先は、俺ではなくティナ。
ティナは身の危険を感じて身体を小さくする。
「だいたい、考えていることはわかるが一応聞こう」
「その子を渡してもらおうか、兄さん。その子で、僕のうさを晴らすから。領主になるまで、待てなくなっちゃった。兄さんは一人で帰りなよ」
「断る」
「ねえ、兄さん、僕に逆らっていいと思ってるの? 今日の試合でも僕が次の領主だって、わかったでしょ? まあ、言うこと聞かないなら、無理やり奪うけどね。兄さんの目の前でって言うのも楽しいかなぁ」
ヨルグがこれ見よがしに槍の先端を俺に向ける。
「弱い兄さん、僕をあまり怒らせないでよ。後悔するよ」
俺は大きく息を吐く。
「なあ、ヨルグ。前から思っていたんだがな。おまえは何か勘違いしていないか?」
ずっと前から、この弟が不思議で仕方がなかった。なぜ、俺を相手にこんなふざけた態度が取れるのか。
「なに、そんな怖いして、兄さんが怒っても、怖くなんか」
ヨルグが後ずさる。
「まさか、おまえ。自分が俺より強いだなんて考えていないよな」
問いを聞いて、ヨルグとその取り巻きは腹を抱えて笑い声をあげる。
「あひゃひゃひゃひゃ、ひっ、ひぃ、笑いしぬ。兄さん、何そのギャグ、1回でも兄さんが僕に槍で勝ったことがあるの?」
なるほど、こいつは本物のバカのようだ。
「ヨルグ構えろ」
「へっ?」
「槍を構えろと言った」
俺の殺意を感じて、ヨルグはわけのわからないままに槍を構える。
その瞬間、全身に魔力を漲らせて、俺は踏み出した。地面が凹む。俺の足のあとがくっきりとつくほどの踏み込み。
ヨルグが、反射的に手に持った槍を突き出す。
その槍を俺は掴んだ。
そして、思い切り薙ぐ。
槍から手を離さなかったヨルグは、槍と一緒に振り回され、遠心力に耐え切れずに手を話し、勢い良く馬舎の石壁にたたきつけられた。
「がっ!?」
「勘違いをしているようだから教えてやる。おまえは弱いよ。ただ、俺より槍がうまいだけだ。魔力ももたないくせに、まさか本気で自分は俺より強いと思っていたのかな?」
壁にたたきつけられて、激痛に苦しみながら壁にもたれかかるヨルグに近づいていく。ゆっくりと、威圧するように。
「ひっ、ひぃ、兄さん、なに、そんなに怒ってるの、冗談、冗談だよ」
父の前の試合では、魔力が使用できない。そして槍で戦うというルールだからこそ、俺はヨルグに勝てないだけだ。
もとより何でもありなら、この程度の男、取るに足りない。
「冗談で、俺の大事な女を怖がらせたのか」
ヨルグの目の前でしゃがみ込み、俺は奴の髪を左手で鷲掴みにして顔をあげさせ、右腕を振りかぶる。
そして、拳をつきだした。
グシャッと何かが潰れた音がした。
「あっ、あがっ、あが、にっ、兄さん、ひぃ、ひぃぃ」
俺の拳はヨルグの左頬をかすめて、石壁を貫いた。
ヨルグはよほど怖かったのが、失禁して、股間にシミができていた。
「俺はさ、今までどれだけおまえがふざけたことを言っても我慢してきたんだ。なぜだかわかるか? おまえが次の領主になる可能性が高いからだ。一つの村を預かる身として将来の領主との不仲はまずいと思って、耐えてきたんだ」
「そっ、そうだよ、兄さん、ぼっ、僕が次の領主なんだ、そんな僕に、さからっ、ひっひぃ」
鬱陶しいことを言うものだから、こんどは左手で頬をかすめるようにして殴り、石壁を貫く。
「俺が今まで何回、おまえを殺そうと思ったか知ってるか? 両手の指じゃ足りないぐらいだ。面倒くさいことは考えずに、おまえを殺せば俺が領主だ。やろうと思えばいつでもできるんだよ」
何度もその方法は脳裏に浮かんだ。おそらく、ケーキを作るより簡単だ。
「だけどね。肉親の情とか、フェア精神だとか、そういった、良識で思いとどまってきたんだ。おまえはさ、ある意味、俺に生かされて来たんだよ。俺が短気ならとっくに死んでるぞ。良かったな優しい兄さんで。だけど、俺にもさ、我慢の限界ってものがあるんだ。あんまりさ、ふざけたことをされると、どうでもよくなる」
「ゆっ、許して、兄さん、殺さないで、僕が悪かったから、だから」
涙を流しながら許しを請うヨルグを見て、少しだけ頭が冷える。
「ヨルグ、俺が本音をぶちまけたのは初めてだったな。なんで、おまえに本音を伝えたと思う?」
「そっ、それは僕が、にっ、兄さんの大事な人に手を出そうとしたから」
「大きな理由の一つだね。実は、もう一つ理由がある。普通に戦っても選定の儀で俺が選ばれるからだよ。だから、おまえと不仲になることを避ける理由もない。もう、俺はおまえの無礼に我慢しない。死にたくなければ言葉は選べ。これは俺の宣戦布告だ。おまえの土俵で俺が勝つ」
その一言が言いたかった。
「ティナ、行こうか」
「はっ、はいクルト様」
俺が馬にまたがると、慌ててティナが駆け寄ってきて、馬に乗り、俺の腰に手を回す。
「ごめん、ティナ。怖がらせちゃったね」
「いえ、大丈夫です! 怖かったけど、今日のクルト様カッコ良かったです」
顔を赤くして、口調が上ずってる。どうやら本当に怖がっていないらしい。
俺は内心、少し安心して馬を走らせた。