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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:感謝と友情のクラウン・チョコレート
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第十一話:蜂蜜の秘密

 プレオープンの二日間が終わった。

 目が回るような忙しさだった。かなり見込みが甘かったことを思い知らされた。


 二日目の営業を終えたあと、俺はティナやクロエと共に村の屋敷に戻っている。

 明日は休みで明後日から開店だ。

 招待客だけのプレオープンですら、てんやわんやだった。

 対策を打たないとオープンしたときに破たんするのは目に見えている。


 俺は二日間の売り上げとにらめっこしながら、今後のことを考えているとティナが紅茶をもってやってきた。


「ティナ。ちょうどいい、話し相手になってもらっていいか? 話しながらのほうが意見がまとまりそうだ」

「私はぜんぜん構いませんよ」

「ありがとう。そもそも、何から決めていくべきだと思う?」


 俺の質問を受けたティナは、しばらく考えてから口を開く。

 

「本番のお菓子の量ですね。二日目は、一日目より増やしても足りなかったので」

「まずは、今日の五倍だな」

「そんな量を作るんですか!?」


 ティナが驚いた声をあげる。

 まあ、無理もない。


「やり方を変える。ピナルの蜂蜜ケーキと特製のベリークッキーは一か月は保存できる。作り立てのほうが美味しいから、その日売るぶんは、その日作ろうと二日間はがんばってみたが、それだと駄目だな。想定しきれない客が来る」

「だから、五倍ですか」

「そうだ、一日で売れると思う数の五倍を最初に作る。そして、作ったお菓子が半分売れたら、半分を作り足す。売るときは、保存期間を三週間と言って売れば問題ない」


 在庫を抱えるリスクはあるが、この売れ行きでたかだか、五日分のお菓子が捌けないなんてことはないだろう。


「幸い、明日は休日だ。まとめて五日分作っちゃおう。保存のきかないカスタードプティングだけは、当日の朝に俺が作るけどね」


 それは諦めるしかない。

 こっちは完全に数量限定品で朝と夕方の二回にわけて補充するようにする。

 限定品であれば、品切れしてもいいわけがたつ。

 気になるのはティナが難しい顔をしていることだ。


「ティナ、気になることがあるのか?」

「はい、二つだけあります。一つ目は、お菓子の種類が三つしかないんで、みんな飽きないかっていう不安です」

「それは正しい指摘だ。さすがはティナだ」


 俺が褒めるとティナはほんのりと顔を赤く染める。

 キツネ尻尾を揺らして嬉しそうだ。


「それは俺も考えていたんだ。一番簡単なのは種類を増やすことだけど、それはお菓子を作る側もいっぱいっぱいだし、店員も客も混乱するからできない」

「はい、今から新しいお菓子作りをみんなに覚えてもらうのは辛そうです」


 ピナルの蜂蜜ケーキと、特製ベリークッキーの二つだけでも教えるのに苦労した。

 今からレシピを増やしてもオープンに間に合わない。それに種類は増えれば増えるだけ、数を作るときに負担が増えて、お菓子を作る効率は落ちる。


 店員側も商品の説明に時間がとられてしまうし、回転率が落ちる。

 できれば、避けたい。


「そのための方法は考えてあって、カスタードプティングの限定品の枠をうまく使おうと思うんだ」

「それはどういうことですか?」

「たとえば、第一週目はカスタードプティングを作るけど、二週目はエルフの村で作った、葛の皮でピナルのコンポートを包んだシルクレープ、三週目は歓迎会のときに作ったクランベリーのフルーツタルト。っていう感じで限定メニューだけ、毎週変えていくんだ」

「それは素敵ですね! 毎週変わるお菓子目当てに通いたくなりますし、ついでに他のお菓子も買っちゃいます!」

「そういうわけで、限定品は開店してから”今週のスペシャルデザート”みたいな名前で売り出そうと思う」


 これは、実際に有効な手段だし、俺の趣味も入っている。

 同じものばっかり大量に作っていると飽きるのだ。


 それに、定番メニューの場合、安定して材料が仕入れられるという制限が重くのしかかってくる。

 なにせ、店に常に並べないといけないのだから。

 だが、限定品ならなんでもあり。最悪一度きりのお菓子でもいい。非常に作り手としても楽しい。


 菓子職人パティシエとしての遊び場はなんとしても欲しい。


「すっごく素敵だと思います。さすがはクルト様です!」


 ティナが尊敬を込めた目で俺を見て、尻尾をピンとする。

 半分、俺の趣味が入っているだけに少し後ろめたい気持ちになってしまう。

 話をそらそう。


「そういえば、気になることがもう一つあるって言ってたよね? それはなんだ」

「それは、蜂蜜のことです」

「蜂蜜がどうかしたのか?」


 俺が問いかけると、少し躊躇いながらティナは口を開いた。


「たくさんのお菓子を作るために、今までため込んできた蜂蜜をすごい勢いで使っています。……もともとクルト様が、冬の間の蜂たちの餌に使うために、手をつけないでいた分まで、こんなペースでお菓子に使い続けたら、蜂の餌がなくなって、春になるまでに蜂がみんな死んじゃうんじゃないかって、不安で仕方ないんです」


 俺は感嘆のため息をもらす。

 少し、驚いた。そんなところにまで気付いていたなんて。


「ティナの言うことは正しいよ。蜂を増やすためにも、蜂の餌になる蜂蜜は必要だ。とくに花の蜜が取れない冬に、蜂の巣に蜜が残ってなかったら、せっかく増えた蜂たちは全滅してしまうからね」


 ティナの言うことは百パーセント正しい。

 蜂たちが幼虫を育てるために、つい最近まで俺は蜜の採取を禁じていたぐらいだ。

 蜂蜜は幼虫を育てるために大量に消費する。


 今のペースで蜜を取り続けたら、蜂たちは自分たちが生きていくのに精一杯で幼虫を育てる余裕なんてなくなる。

 それどころか、冬に飢え死にしてしまう。


「それなら、どうして無理をしてまで蜂蜜を使うんですか? せっかく、クルト様と頑張って、ちょっとずつ増やしてきた蜂たちが、みんな死んじゃうなんて私は嫌です。お店の開店を春からにしましょう。そしたら、ちゃんと冬を越してますし、そのころには蜂も増えてます」


 俺は苦笑する。

 ちょっと意地悪をしすぎた。

 ちゃんと、そのための対策はしてある。だが、そのことをティナにはまだ説明していなかった。


「これは、口で言うより見てもらったほうが早いかな。ティナには伝えていなかったけど、実は対策はしてあるんだ。明日、久しぶりに蜂たちの様子を見に行こうか」

「えっ?」


 ティナが驚いた顔をする。

 俺の村に来た孤児であるヨハンたちが蜂の世話とラズベリー畑の手入れを覚えてからというもの、俺とティナはそれらをヨハンたちに任せていた。


 今、どうやって蜂を育てているか、知っておくべきだ。


 ◇


 翌朝、俺とティナは久しぶりにラズベリー畑に来ていた。

 俺たちが作り上げたラズベリー畑はヨハンたちの力で、いっそう広がっている。


 そんな、ラズベリー畑を蜂たちが元気に飛び回っていた。


「おっ、クルトの兄貴に、ティナ。なんかようか」


 俺たちを見つけたヨハンが駆け寄ってくる。


「蜂の世話を見たくてね」

「俺たち、なんかやらかしたか?」

「そういうわけじゃないさ。頑張ってるヨハンたちの様子を見に来た。お土産も用意している」


 俺がそう言うと、ティナがバスケットを開く。

 そこには、カスタードプティングが並んでいた。


「あっ、これ、ミルが作れないお菓子じゃん」

「作れるよ! ただ、作ってもクルト兄さまほど美味しく作れないだけだもん」


 ヨハンの後ろから、可愛らしい少女が飛び出してくる。

 ミルだ。お菓子作りを担当する村人のエース。非常にセンスが良く、ひそかに菓子職人パティシエとして本格的に育てたいと俺が考えている少女だ。


 ミルは、お菓子作り担当の役得で作ったお菓子をお土産に持って帰っているが、カスタードプティングだけは俺しか作っていないので、子供たちは食べたことがない。


 だからこそ、ご褒美はこれがいいと思ってもってきた。


「クルトの兄貴、それ、俺たちにくれるのか」

「ああ、しっかりと仕事が出来ていればな」


 俺がそう言うと、ヨハンたちがやる気を出して、仕事を始めた。

 ヨハンたちがいなくなると、ティナが口を開く。


「クルト様、私に見せたいものはなんですか?」

「まあ、見てればわかるよ」


 さっそく、ヨハンたちが蜂蜜の採取を始めた。

 防護服を着て、蜂の巣箱に入っている巣板を取り出し、遠心分離機にかけて蜂蜜を絞り出す。


 俺とティナがやってきた手順なら、後は巣板を巣箱に戻すだけ。


 蜂蜜を取られてしまった蜂たちは、自分たちの食事だけで精一杯だし、花の蜜が採れなくなると飢える。


 だが、ここで一つの工夫がある。

 ヨハンたちが、透明でどろっとした液体を巣板を巣箱に戻したあとに注いだ。

 あれこそが、蜂が飢えないようにする対策だ。


「クルト様、あれはなんですか?」

「腐ったり傷んだ、ピナルの実をつぶして作ったジュースだよ。蜂蜜をとられちゃった蜂たちのご飯になる」


 そう、これは養蜂の一つの手段だ。

 前世、俺の実家の養蜂でも駄目になった果実の汁を餌として蜂に与えていた。

 糖分の高い液体を、蜂蜜を失った蜂に与えると、蜂たちはそれを餌にしてくれる。

 こうすれば、蜂は蜂蜜を幼虫に与える余裕ができるし、飢えもしない。


 今までアルノルト領では、糖度の高いエサなんて用意できなかったが、今は大量のピナルがある。傷んだり腐ったものを再利用することができるのでノーコストだ。


「そんな方法があったんですね。驚きです」

「だから、ティナが心配した蜂が増えなかったり、冬を越せなかったりすることはないんだ。安心して蜂蜜を使えるよ」


 本当に精霊の里に行って良かったと思う。

 もし、精霊の里に行っていなければ、蜂蜜を使うことを躊躇い、店の開店は冬が明けてからにしていた。


「ということで、ティナも納得してくれたようだし、ヨハンたちの仕事がひと段落したら、みんなでおやつにしよう。ティナもカスタードプティングを食べたことがないだろう?」

「食べていいんですか? ずっと、美味しそうだって思って、食べたかったんです!」


 ティナが目を輝かして、ちょっぴりよだれを垂らす。

 俺が口元を拭いてやると、恥ずかしそうに顔を赤くした。


「ヨハンたちも頑張ってくれてるけど、ティナはそれ以上に頑張ってくれてるしね。クロエは、勝手につまみ食いしたから罰として今回は仲間はずれ」


 ティナがおかしそうに笑った。

 そのあと、しばらくしてからヨハンたちを呼んでカスタードプティングを振る舞うティータイムを開催した。


 ヨハンたちが喜び、なによりティナが喜んでくれてたことが美味しい。

 いつの時代も、プリンは女の子の大好物だ。ティナもその例に当てはまる。


 さて、ちょうどいい息抜きができたし、これから精一杯働こう。

 本格的な店の開店だ。気合を入れていかなければならないだろう。

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