第九話:プレオープン
エクラバの内装工事も完了した。
すでに、店員たちはそちらに移動している。
彼らは、商品を輸送する竜車を使って、休日には村に戻ってくることができる。
とはいえ、生活の基盤はエクラバになるので、準備が必要だ。ある程度の金銭を渡し、必要なものを買い揃えてもらっている。
俺は俺でやるべきことがあった。
店を開店する前にプレオープンを実施する。
プレオープンとは、一般客ではなく招待客のみを相手に店を開くことを意味する。その準備だ。
目的は二つある。まずは店員を慣らすこと。客数が限定されるため、いい経験になる。
もう一つは宣伝だ。プレオープンに呼ぶ人物たちは、それなりに発言力をもった名士たちを集める。ここで大成功を収めれば、いいスタートダッシュを切れるだろう。
声をかける相手を慎重に選ばないといけない。
エクラバ内での権力者には一通り、ファルノとの連名で招待状は出した。
他にも、ヨルグが世話になっている男爵などにも声をかけている。
セミオープンを開催するのは二日のみ。
広告が目的なので、飲食スペースを設けて店内で菓子を楽しんでもらう予定だし、店内でお菓子を食べる分には無料だ。
気に入ったらお土産を買ってもらうようにしており、そちらは有料となっている。
本番では飲食スペースは設けない。そこに人を割く余裕がないし、回転率が落ちる。
「問題はこれだよな」
俺はアルノルトの村に届けられた手紙の山を見て頭を抱える。
招待状を出した以上、返事は来るのはある意味当然。
そこに書かれている要望のなかに、レナリール公爵家で振る舞ったケーキを出せというのが一定数ある。
そう、俺が全力で作った最高のチョコレートケーキであるインペリアル・トルテ。
多数の貴族がそれを口にしたため、噂が広まっている。
しかも、ケーキを食べたいと言っている貴族の地位が地位だけになかなか邪険にはできない。
「クルト様、作ってあげらないんですか?」
ティナが紅茶をもってやってきた。
喉が渇いていたところだ。ありがたい。
ティナに礼を言って、紅茶を受け取り、口を開く。
「あれは、ある程度日持ちをするお菓子だし、材料も余ってはいるんだけど」
フェルナンデ辺境伯の財力で手に入れたカカオ。実はまだ残っている。その他の材料は入手難易度はさほど高くない。金さえ出せば手に入る。
今から作り始めれば、チョコレートの熟成期間が怪しいが、プレオープンまでにはなんとか間に合う。
「なにが問題なんですか?」
「値段がつけられないんだ。なにせ、カカオは屋敷が一つ買える値段だからね。そうだね、まじめに考えるならケーキ一切れ、金貨五枚は取りたいかな」
金貨一枚は、だいたい十二万円程度の価値がある。
ケーキ一切れ六十万円。
「うっ、高いですね」
「まあね、いいや。一ホールは作ってカット売りにしようか。ティナに氷を作ってもらえば、インペリアル・トルテなら店頭に一週間はおけるし、レナリール家の食事会で振る舞ったケーキってことで客寄せにはなる。さすがにこれはただでは振る舞えないからプレオープンでも有料だね」
俺はそう決めた。
プレ・オープンの際にはお土産枠として無料からは外そう。
余ったら、余ったで自分たちで食べることにする。
最低限のカカオは、いざというときのために残しておけるだろうし、問題ないだろう。
「金貨五枚ですか……。ケーキ一切れにそんな値段を払える人がいるんですか?」
「さあ? いるんじゃないかな。招待客の中には、大金持ちで金銭感覚がおかしい人もいるしね。なによりね、あいつらはお菓子そのものじゃなくて、情報に金を払える。人に自慢するためなら、それぐらいはぽんと出すよ」
「私には想像できない世界です」
ティナが不思議そうに首をかしげる。
ティナは孤児で貧しい生活を送り、俺の使用人になってからも貧乏なアルノルトの生活だ。お菓子に金貨を払える人種なんて想像できないだろう。
俺は実感としてそれを知っている。
普通の人間の感覚としては、値段は安ければ安いほどいい。
だが、客の用途によっては逆転する。
たとえば、俺はこんなにすごい高級店で、誰も見たことのないお菓子を食べたと自慢したい客。
たとえば、取り入りたい相手にプレゼントとして贈る場合。
そういう場合には、値段が高価であれば高価であるほどお菓子は価値を増す。
前世でも、そういった客向けのお菓子を作ったことはある。まあ、俺のポリシーとは外れるが、一切の予算を気にせずに最上級の材料を片っ端から使えるのは、それはそれで楽しいし、いい経験だった。
「まあ、悪い話じゃないよ。うまくいけば大儲けだしね。欲深い貴族から儲けられれば、その分、他のお菓子を値下げできる」
ワンホールのケーキで、十二切れ。全部売れれば金貨六十枚で七百二十万。
こういう金持ち向けの道楽もいいだろう。
「ううう、なんか、理不尽です。お腹がすいて何も食べられない子もいるのに」
「そういうものだよ。だから、俺はちゃんと分けているんだ。安くてたくさんの人に甘いものを楽しんでもらえる商品と、お金持ちの道楽に、最上だが高価な商品とにね。雑談はこれぐらいにしておこう。ティナ、ティナはお菓子の焼きに関しては一人前になりつつある。プレオープンまでに、カスタード・プティングとインペリアル・トルテ以外は全部焼けるように特訓だ」
「任せてください、クルト様!」
プレオープンまで、もう日がない。
やるべきことは山積みだ。
本番の開店ではないとはいえ、絶対に手は抜けない。
これの成否によって宣伝効果はまったく違うのだ。
◇
プレオープン当日、早朝からお菓子作り担当の村人、そして焼き上げを担当するティナと力を合わせて大量のお菓子を作り上げた。
すべて、竜車でエクラバの店に届けるものだ。
その中には、俺しか作れないカスタード・プティング。そして、インペリアル・トルテも含まれている。
俺とティナは村人たちと協力してお菓子を竜車に積み込んだ。
俺とティナはそのまま竜車に乗車する。
そして、竜が羽ばたく。
さあ、今日はプレオープン。
相手は、舌の肥えたエクラバの有力者たちで手ごわい。
それでも……
「ティナ、行こう!」
「はい、クルト様!」
絶対に成功させる。これが俺の夢の第一歩なのだから。
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