第八話:お菓子を作るだけじゃ足りない!
あっと言う間に一日、一日が過ぎていく。
二週間経った時点で内装工事の進捗を確認したが、素晴らしい出来だった。俺の図面通りに進んでいて、手抜きはない。
むしろ、想像以上の出来だといっていい。
そして、村の女性から店員に六名見繕った。その人数では足りないので追加で六人、父に話して本村から、素直で物覚えがいい若い女性を送ってもらった。
お菓子は毎日村で作り竜車で空輸するので接客担当となる。そうなるとどうしても女性のほうが好ましい。
この合計十二名がエクラバの店で働く。
エクラバの店は、一階が店舗、二階が居住スペースとなっている。
この十二名は基本的にはエクラバに住んでもらう。
……本村の女性が、志願してくれたのは都会であるエクラバに住めるという点が大きい。やはり、いつの時代も若い女性は都会にあこがれるのだ。
それなりに給料も出すので、エクラバでの暮らしを楽しんでもらえるだろう。
いろいろ考えたが、基本的には売るお菓子はすべて、この村で作る。
毎朝、村で作ったお菓子を竜車で運ぶ。フェルナンデ辺境伯の庭へ竜車で乗り付け、そこから馬車で店へ持っていく、この方法なら二時間もあれば十分だ。
早朝にお菓子を仕込み、朝には店頭に並ぶ。
こうした理由は、俺が向こうに出ずっぱりになるわけにはいかないというのが大きい。
素人に任せられない工程が多く、どうしても俺がお菓子作りに関わらないといけない。
同じ産地の同じ材料でも味は微妙に違う。その日の温度や湿度も考慮する必要があるのだ。
「結局、経営を任せられる人員はいなかったな」
それが一番の悩みの種だ。
ヨルグがいれば……と考えてしまう。
もう、村の人間でなくてもいいかもしれない。
エクラバで、ある程度の実績がある商人を雇うのもいいだろう。
「信用できるかが問題だ。貴族相手にふざけたことをすればどうなるか、ある程度の商人ならわかるだろうけど。とはいえ、やっぱりアルノルトの店を人任せにするのがな」
悩みは尽きない。
それでも、もう時間はない。しばらくは俺がやろう。
「クルト様、時間です」
「ああ、行こうか」
ティナが俺を呼びに来た。
今からやるのは、お菓子作りの訓練だ。
こちらも人員の選定を行っていた。重要視したのはセンスと筋力だ。
どちらもお菓子職人には必須のものだ。
◇
「みんな、集まってもらってありがとう。二週間後には店を開く。そこで出すお菓子のほとんどは、君たちに作ってもらう」
突貫で作った大厨房。土魔術のおかげで、原始的なものなら簡単に作れる。
石の器具を望み通りに作れる土魔術は非常に便利だ。
ここにいるのは、女性が中心だ。なんだかんだいって、ずっと農作業をしているので、筋力は申し分ないし、調理にも年季が入っている。
男連中は、開拓で農地を広げるという本業がある。アルノルトの使命はそちらなので、おろそかにするわけにはいかない。
「実際に、今日もお菓子を作ってもらう。みんなに約束してほしいのは、計量の徹底だ。絶対に感覚で作るな。お菓子は繊細だ。わずかな量の変化で味にばらつきがでる」
こうして、お菓子作りを教えるのも、もう何度目になるかわからない。
それでも、何度でも繰り返す。
俺自身は、感覚でやってしまうが本来なら計量は絶対だ。
「さて、今日のレシピを伝える。まず小麦は……」
苦労して作った黒板に、今日のレシピを記載する。
配分量は小麦や卵の質、温度、湿度で都度変化する。
その変化は、職人の勘で捉える。長年の経験でしかわからない。その勘を数値化し、計量により徹底させることで味のばらつきをなくす。
これは俺にだけしかできない。だからこそ、調理場をエクラバの店ではなくここにした。
「では、調理開始だ」
女性たちが真剣な表情で、軽量を始めた。
みんな、手を抜かずきっちりとやってくれている。
当然と言えば、当然だ。それができない人は選んでいない。
計量を終え、調理に入ったみんなの手元を見る。
「一度に粉を入れすぎだ」
「生地が混ぜたりない」
「もう少し手首を柔らかく使って」
一人ひとりに指摘していく。
みんな、素直に俺の注意を聞き、改めてくれる。だいぶ様になってきた。
ひときわ、俺の注意を引くのが。
「クルト兄様、あたしはどう?」
「完璧だね。文句のつけようがない」
ヨハンのグループの一人。俺が回復で癒した少女のミルだ。
経験は浅いのに、その手つきは熟練のそれだ。
さすがは、ヨハンが言うところの料理番長。子供たちの胃袋をスラム時代から、ろくな材料もなく満たしていただけはある。
彼女には才能がある。勘所を押さえる力が異常に高い。将来的には、すべてを彼女に任せることができるかもしれない。
そんなことを考えてしまう。
「クルト兄様ありがとう! ねえ、今日も練習で作ったお菓子もってかえっていい?」
「うん、いいよ」
実は、こうして仕事を増やしてもらっている調理担当のみんなにはご褒美として、作ったお菓子をもって帰ってもらっている。
実際に商品を売り出したら、他で埋め合わせるつもりだ。
「やった! ヨハンたち、あたしのお菓子をすごく喜んでくれるんだ」
「そういうのも才能だな」
「そういうの?」
「誰かに喜んでほしいって、素直に思える気持ちだよ」
「じゃあ、あたしは才能があるよ!」
俺は微苦笑する。
そして、その日は実際に作ってもらったケーキをみんなで試食した。
俺がみんなとまったく同じレシピで作ったケーキと食べ比べる。まだ差はあるが、露骨な差はなくなった。
ヨハンのところの少女のものだけは別格だ。よほど舌が肥えていないと俺のものとの違いが判らないだろう。
末恐ろしい。だが、頼もしい。彼女には、みんなとは少し違う教え方をしよう。
俺はそう決めた。
「また、明日も特訓だ! 開店までに完璧にしよう!」
「「「はい!」」」
元気のいい返事だ。
これで、店頭にならぶお菓子のほうは問題なく揃えられるだろう。
開店してしばらくは、クランベリークッキー、そして今練習しているピナルの蜂蜜ケーキ、数量限定で俺自身が作るカスタードプティングが並ぶ。
欲をいえば、もっと品数を増やしたいが、品数を増やせば増やすほど、作る手間はもとより、売る側の負担も大きく、さらに客が迷う分回転数も落ちる。
落ち着くまではこれが限界だ。
調理側の次は、接客のほう、そちらのほうを見に行こう。
◇
俺はファルノの屋敷に向かう。
接客を担当する十二名はファルノの屋敷で訓練を受けていた。
全員、ずぶの素人だ。
そして、俺自身接客についてはあまり得意ではない。
俺は菓子職人であってウエイターではない。
だから、接客のプロを雇っている。エクラバでも有数の店で働いていた接客のプロを二名、二か月の間という期限付きでファルノの伝手で雇った。
もちろん教育だけではなく、開店してからしばらくのサポートをしてもらう。オープンしてからしばらくの混雑は、有能なプロがいないと破たんするのが目に見えている。
有能な人間を期間限定で使うので、かなり割高になったが必要な出費だ。
「よく、いらっしゃいました。旦那様」
屋敷の入り口に近づくと、ファルノの使用人が快く出迎えてくれた。
彼に案内され、練習に使っている広間に入る。
ファルノの屋敷は、ファルノがこの村にくると決まった時に突貫で作ったものだが、十分な広さがあり、店内での練習であれば俺の村でここ以上に向いている場所はない。
すると……
「「「いらっしゃいませ」」」
接客の練習をしている女性たちが一斉に頭をさげた。
俺は驚く。
その所作もそうだが、その声音だ。
はじめのほうは、いかにも友達感覚の軽いものだったが、この声は目上のものを相手にする敬意のまじった声。
「みんな、接客の訓練は順調のようだね」
俺がそういうと、村の女性たちはうれしそうに微笑む。
「ようやく、形になったというところね」
俺の言葉に応えたのは、接客のプロとして雇っている女性だ。
おそろしく固そうな雰囲気だが、これで客と相対したときは、柔らかく完璧な対応をするものだから恐れ入る。
「この短時間で、みんな頑張ってくれた。それに鍛えてくれてありがとう。ドルワートさん」
「私は報酬に見合う働きをしているだけよ。なんとか、開店までには一流手前にまでしてみせる。そして、開店後の経験で一流にまで育てるわ」
「それは頼もしいな」
この人はあたりだ。できればずっと働いてほしいが、次の仕事がもう決まっているらしい。
「あなたのお菓子食べたわ。私、いろんなお店を経験してきて、物を見る目があるのだけど、その私が保証するわ。あのお菓子を、あの値段で売る以上、あなたの店は、超人気店……戦場になるわよ」
戦場か。
いい表現だ。そこまではやらせたいものだ。
「うれしいが、怖いな。戦場に耐えられるように鍛えてやってくれ」
「もちろんよ。今日は見学に?」
「ああ、そうだ。口は挟まない。じっくり見せてもらおう」
これだけ頼もしいプロがいるんだ口を出すのは野暮だろう。
俺はじっくりと、接客の訓練を見た。
美味しいお菓子だけなら、店というのは成立しない。きちんとした店員がいてはじめて、美味しいお菓子が売れる。
忙しすぎて、店員がぱにっくに陥り、客を苛立たせるようなことがあれば、その客は二度と来てくれない。
ドルワートさんなら、そうならないようにみんなを鍛えてくれるだろう。
俺は、どんどん成長していく女性たちの姿を確認し、満足してその場を去った。
店員の教育は大事、本当に超大事なのです。
そして、同時連載中の魔王様が12/15に発売し、発売一週間で重版しました。↓の画像になろうのリンクがありますのでよろしければ是非読んでくださいな!




