第六話:最高の油を求めて
フェルナンデの屋敷に一泊し、次の日は早朝からエクラバで開店する店に出向き内装を担当する職人たちと打ち合わせを実施した。
二度目の打ち合わせでは、一度目に決めた方針をもとに詳細を煮詰めていく。意識合わせは完璧に行われたので今から職人たちの作業に入る。
これであとは職人に任せれば俺の店が完成する。
職人たちと話、二週間後に一度途中経過を見て、完成直前にもう一度チェックするように話をつけた。
職人たちと話し終わったあとは、市場に出ていた。
在庫が残り少ないクルミ油の代わりになる油を探すためだ。
「クルト様、良さそうなのが見つかりましたか?」
ティナがにぎやかな市場の様子に少し緊張しながらも好奇心を押さえきれずにきょろきょろと周りを見渡していた。キツネ耳をぴくぴくさせていて可愛らしい。
「ちょっときついね。オリーブオイルには期待していたんだけど」
「クルト、オリーブオイルは売ってたじゃん」
もちろんエルフのクロエも一緒だ。
クロエのほうは、食べ物の匂いに鼻をひくひくさせていた。
「売っているんだけど、高すぎるし質も悪い」
どうやら、オリーブの生産地がかなり遠いらしく、輸送量と途中の関税でかなり値段があがっている。
なおかつ、一級品は産地の近くで消費されてしまうらしく、エクラバに届くのは二級品。
値段的にも品質的にも、とてもじゃないがお菓子には使えない。
「へえ、難しいんだね。そういえば、精霊の里だとパプルの種の油をみんな使っているよ」
「……それがあったか。ありがとうクロエ。すっかり失念していた」
「いや、お菓子に使うのは無理だって。ものすごくたくさんの種を使って、ちょっとの油ができるんだよ? クルトの村のパプルだけじゃとても」
「使うのはパプルじゃない。ブドウの種だ。それなら安く大量に買えるかもしれない。それに、ブドウの種から作らなくてもワイン工房が作って売っているかも」
パプルというのは、ブドウに似た果物だ。精霊の里では、その種子を絞って油をとっているようだ。
俺は同じようにブドウの種子の油が使えないかとひらめいた。
この大陸ではワインの生産が活発だ。
それも、白ワインのほうが人気が高い。
赤ワインは、ブドウの皮や種も全部使ってブドウすべての旨みを抽出するが、白ワインのほうは皮と種は取り除くことで、すっきりとした味わいを目指す。
つまるところブドウの種は必然的に余る。
それを使ったオイルなら、比較的安いはずだし、ワイン用に作ったブドウなら質もいいはず。
さらに言えば、このエクラバは有名なワインの産地の一つ、大規模なブドウ園もいくつかあるので手に入り安いはず。
「ブドウの油……グレープシードオイルなら、お菓子との相性もいいし、味もいい。よし、探そう」
俺は、油を取り扱っている店に、かたっぱしからブドウの種からオイルを作ったものがないかを聞いて回った。
◇
「まさか、ないとはな」
「クルト様、そう気を落とさないでください。たしかに、ブドウの種の油なんて私もはじめて聞きましたからね。なくても不思議じゃないです」
「もったいないね、ブドウってパプルみたいな果物だよね? いい油とれるのに」
完全にから回った。
市場のどこにもブドウの種の油はなかった。
ブドウの種で油をとるという文化がないらしい。
この街での主流は、ゴマのような穀物で作った油。
値段は許容範囲だが、お菓子に使うには、臭いし、くどくなりすぎて好ましくない。
こうなれば……。
「もう、意地だな。ファルノに頼んで白ワイン工房を紹介してもらおう。それで捨てるブドウの種を売ってもらえないか聞いてみる」
「もしかしてクルト様。自分たちで作る気ですか?」
「そうだ。ワイン工房にとってはゴミだから安く買えるだろうし、自分たち作れば儲けもでかい。もともとうちの村もほかの街から油を買ってるし、その分も減らせるだろう」
口に出してみればいい考えに思えてきた。
なにせ、白ワイン工房からすれば、ブドウの種はゴミだ。それを油にして再利用。非常にエコかつ、コストパフォーマンスがいい。
「クルトってすごいね。お菓子のためならなんでもしそう」
「俺は菓子職人だからね。美味しいお菓子のためなら命をかけるよ。善は急げだ。さっそく屋敷にもどってファルノに頼もう」
◇
フェルナンデの屋敷にもどり、ファルノに話をすると二つ返事でワイン工房への紹介を了承してもらった。
フェルナンデが、懇意にしているワイン工房があるみたいだ。
フェルナンデが懇意にしているだけあって、最高のブドウを使っているらしい。
自前のブドウ園で育てたブドウのみを使っているのも評価が高い。
この街の郊外に大きな工房があり、フェルナンデ家ゆかりのものならということで、今日中に話ができるようになった。
「ファルノ、ありがとう」
「クルト様の力になれて嬉しいですわ。私は別件があって、離れられませんが頑張ってきてください」
「もちろん、がんばってくるよ」
最高の油を手に入れるために。
さあ、交渉だ。
◇
馬車に揺られ、ワイン工房に来た。アルノルト本家よりも二回り大きい石造りの家。
エクラバに流通するワインの三分の一をここで作っている。大量のブドウの種があるのは間違いない。
馬車が到着すると、何人かの男たちが出迎えてきた。
体に染み付いたブドウの匂いで年季の深さがうかがえる。
「突然の訪問となり申し訳ございません」
「いえ、フェルナンデ辺境伯は大事なお得意様ですからね。彼のおかげでうちのワインがこの街の外でも売れるようになった」
フェルナンデ辺境伯はさすがだ。
こういう何気ないところから、彼の功績が見えてくる。
「本日は相談したいことがあり、まいりました。私はクルト・アルノルトと申します」
「これはご丁寧に、私はグルナルナ工房の代表。グルナルナです。ここではなんですから、なかに入ってください」
「お言葉に甘えます」
そうして、ワイン工房内の、来客用の部屋に招かれた。
◇
「弱発酵させたブドウ果汁です。ほんのわずかにアルコールが含まれておりますが、この程度なら交渉に支障はありません。うちの酒の良さをまずは知ってください」
「では、ご相伴に預かります」
俺たち三人は席につくなり、飲み物を提供される。
いいブドウの香りが漂ってくる。
一口飲んでみる。
若いゆえに、新鮮な旨みが口いっぱいに広がる。甘さもまだ残っている。
ああ、これはいい。フェルナンデ辺境伯が気に入るわけだ。
「いいブドウですね。甘味と酸味のバランスが心地いい」
「でしょう。うちのブドウ畑は、この街、いや、この国一ですよ」
俺はにやりと笑う。
彼には自分の育てたものへの愛情がある。そういう男は信用できる。
「では、さっそく要件を伝えさせてください。白ワインを作るときに余るブドウの種を売ってほしい」
「ブドウの種ですが? 捨てるだけのものですよ。そんなもの買ってどうするんですか?」
「お菓子の材料にする。エクラバに店を開くことになりまして、その材料にブドウの種が必要なんです」
そう聞いた瞬間、グルナルナは思案顔になった。
何かを思い出そうとしているようだ。
「ブドウの種なんかを? ちょっと待ってください、たしかあなたは、アルノルトと、アルノルト、お菓子、エクラバに店……。まさか、あなたは、あのクルト・アルノルト様ですか!?」
「どのクルト・アルノルトかは知りませんが、エクラバに店を開くクルト・アルノルトですよ」
「これは、これは、失礼しました。あのアルノルト様がうちのブドウを使ってくださるなら、いくらでももっていってください。売るなんてとんでもないです」
すごい勢いで頭を下げる。
逆に申し訳がなくなる。。
「そういうわけにはいきませんよ。きちんとお金を払います」
「いえいえ、とんでもない。ただ、グルナルナ工房のブドウを使ったと、そう言ってもらえれば、それだけで十分ですよ。うちとしては、捨てるブドウの種で最高の宣伝ができる。……なら、こうしましょう。皮と一緒に捨てる種を仕分けるのに必要な人出、そこにかかった金額だけ請求させてください」
「私どもとしては非常に喜ばしいですが、それで構わないのでしょうか?」
「ええ、是非。量は、どれぐらい?」
「ここで出た種全部です。できれば天日干しをお願いしたい」
「わかりました。では契約書を用意しますね。くれぐれも、グルナルナ工房のブドウを使ったと宣伝することは忘れないでください」
「ええ、約束します」
俺は契約書を読み、不利な項目がないかをチェックしてサインをする。
そして、後日竜車で種を取りにくると伝えた。
竜車には驚いたが、着陸場所の指定をしてもらい、初回以降は一週間に一回取りにくる約束となった。
なにはともあれ、これで契約成立だ。
クルミ油の問題は解決のめどが立った、ほとんどただ同然で油が作れるのはうれしい誤算だ。
無事種を引き取れば、グレープシードオイルを作ってみよう。
地球でも最高級のオイルの一つだ。
うまくいけば、今までのクルミ油を使ったお菓子よりも美味しくできるだろう。
安くて質が高い油がないなら作ってしまおうと決めたクルトくん。
さて、クルトくんの油づくりはうまく行くのでしょうか? 次回をお楽しみに
そして、宣伝。昨日、同時連載中の魔王様の街づくりが発売されました!
なろうのリンクを↓の画像に張っているのでよろしければ是非読んでください