第五話:美味しいカスタードプティングを作るには?
俺が今日のデザートとして作ったのは……カスタードプティングだ。
プリンと言った方がなじみ深いだろう。
それも温かいもの。
日本でも、プリンと言えば冷たいプリンだが、海外では温かいプリンが主流だ。
個人的には温かい方が卵の旨みがよく味わえるし、滑らかさが増してうまいと考えている。
「ふむ、クルトくん。これは初めてみるお菓子だ。鮮やかな黄色で食欲をそそる。それに香りがいい」
「ぷるぷる震えて面白いですわね。卵のいい香りがします。それだけじゃないですわ。ラム酒と、ハーブの匂い」
二人が興味深そうに俺の作ったプリンを見つめる。
「これは、カスタードプティングというお菓子です。是非食べてください」
カスタードプティングの作り方は簡単だ。
まずはカラメルソースを作る。本来なら、砂糖を焦がすだけだが、そこにラム酒を加えて味に深みを与える。
それにいくつかのハーブを加え型に流し込んでおく。
そこに、卵と砂糖を混ぜ合わせたもの、さらに牛乳と生クリームを加える。
ここで大事なのは卵の卵黄と卵白のバランスだ。
卵黄だけではくどくなり、かと言って全卵を使うと、物足りない。
今回は卵黄五つ分、卵白二つ半にした。
このバランスは卵の味によって変わる。熟練の腕前が必要だ。
隠し味としてごく少量のレモン果汁を加えている。香りづけと味をすっきりさせるためだ。
あとはよく混ぜ合わせ、なんども濾して滑らかにする。
最後にオーブンで焼くだけ。
火の通し方には気を遣う。
最高の一瞬を見逃せば、滑らかさを失ってしまう。
プティングは極めて単純なお菓子だが、それゆえにパティシエの力量がよくわかる。
卵の配分、生クリームの出来、火の加減、どれか一つでもわずかなミスがあれば台無しになる。
最高級のデザートになるか、雑な駄菓子になるかは紙一重だ。
日本でも、あれだけ簡単な材料で単純な工程で作れるにも拘わらず、プリンの名店と呼ばれる店が少ないのはそこに理由がある。
超一流の腕前がないと完璧なプリンは到底作れない。菓子職人の腕前が丸裸になってしまうお菓子だ。
俺の店でカスタードプティングを出す場合、これを他の人間に任せる気にはなれない。全行程を俺が行う。
今回は、型をひっくり返して取り出したプティングを、カットして提供した。
デコレーションは皿のふちにもった生クリームだけ。
甘さを控えめにしている分、物足りなければその生クリームで各自調整するようにしてある。
「なんて、優しい甘さなんだ。ほっとする」
「ええ、とろけそう。なんでしょう。こんな食感初めてです。とろふわと言えばいいんでしょうか? どうして、こんなに夢中になっちゃうのかしら、素敵、毎日でも食べたいですわ」
「これは、クルトくんでなければ作れないだろうね」
「はい、そういうお菓子です。俺でなければこれほどのカスタードプティングは作れないでしょう」
プティングは形だけ真似るなら、誰でもできるだろう。
だが、超一流のプティングを作るには超一流の腕が必要だ。
「このお菓子が俺の返事です」
「ほう、それはどういう意味かね?」
カスタードプティングをすべて食べ終わったフェルナンデ辺境伯は鋭い眼光を俺に向ける。
「このカスタード・プティングというお菓子は卵と牛乳と砂糖。それさえあれば作ってしまえる」
「ほう、これほど素晴らしいお菓子がそれだけでできるのか」
「ええ、今回はより高級感を増すためにラム酒とスパイス、レモン果汁を加えていますが、それはおまけです。あくまで、卵と牛乳と砂糖が主役の質素なお菓子です。では、もう一皿」
俺の合図で、プティングがもう一皿運ばれてくる。
見た目は一緒だ。……みるものが見れば、若干硬く、色が濃いことがわかるだろう。
「ほう、嬉しいね。一切れじゃ足りなかったんだ」
「私も、おかわりがほしかったところです!」
そうして、喜び新たに運ばれてきたプティングを二人を口にする。
そして、表情をゆがめる。
「どうですか? 美味しいですか」
「たしかに、美味しい、美味しいのだが」
「さきほどのものより、ずっと味が落ちますわ。食感も、滑らかさがないのです」
「そうでしょうね。これは別の方に俺が作ったものと同じレシピを渡して作ってもらったものです」
一口食べてわかった。
これは卵黄が強すぎる。卵の割合に失敗した。加えて生クリームの滑らかさが不十分。さらに言えば、火を通しすぎて硬くなっている。
どれもこれも、ほんのわずかなミス。
だが、それは最高級のデザートをただの駄菓子へと貶めた。
「フェルナンデ辺境伯、二番目に出したお菓子もきちんとカスタードプティングにはなっております。一応美味しくはある」
「クルトくん、君は何がいいたい?」
フェルナンデ辺境伯は俺に真意を問いただす。
「貴族としてのふるまいも一緒だと私は考えているのです。たしかに材料とレシピさえあれば形にできる。だけど、出来上がるものは見た目だけで中身が伴わない。卵と、牛乳と、砂糖しか使わないお菓子ですらこれだ。もし、これが貴族としてのふるまいならどうなるでしょうか? 俺が最初にだしたプティング、あれほどのものを作れたのは、一つ一つ知識と経験を積み重ねた結果です。最初から、材料とレシピを渡されただけでは作れなかった。俺は、アルノルトの後継者として、こんな中途半端なプティングは作りたくない。最高のプティングを作りたいと考えています」
フェルナンデ辺境伯は、俺の顔をまっすぐ見つめる。
そして、笑った。
「まったく、クルトくんは、本当に口がたつ。ただの屁理屈なのに、こんなものを食べさせられれば、君の考えを頭ごなしに否定できないじゃないか。よし、いいだろう。君は、貴族として少しずつ経験を積んでいくがいい。私も急ぎすぎた。今後は無理に君を持ち上げたりしない。ただし、今、君に与えた店、男爵への任命、それらはきっちりと受け取ってもらうよ」
「ええ、それはもちろん。精一杯、最高のプティングを作れるように、今から必死にあがきましょう」
それは、俺の意地だ。気に食わないからと言ってないがしろにはしない。
時間がないのなら、短時間で足りない分を埋め合わせ最高の調理をしてみせる。
「ふむ。まったく、君を見ているとひやひやする。私ですらこれだ。ファルノ、おまえはどうだ。彼についていけるか? 婚約者として気が気ではないかね?」
「何を不安に思うのでしょうか。クルト様ほど、己の芯をもっているかたはいらっしゃいません。なにより、その信念を行動として体現できるかたはおりませんわ。クルト様はやがて、お父様すら、超えます。その隣にいられる幸運を噛みしめる毎日ですわ」
ファルノは俺を買いかぶりすぎだ。
だが、その言葉を否定しない。
信じてくれるなら、やってみたいとすら思う。
「ちなみに、このカスタード・プティングというお菓子は君の店で食べられるのかい?」
「一応はそのつもりです。とはいえ、数量限定です。常に在庫を持つわけではなく、一日に二度だけ作り、なくなれば終わりとします。なにせ、日持ちがしない上に、崩れやすい。……なにより作れるのが私だけですので」
プティングは原価が安く利益率が高いので是非数をさばきたい商品だが、冷蔵設備がないこの時代に大量に作り置けないという欠点がある。
「ほう、なら私も使用人に買いに行かせよう。また食べたいと思ってしまった」
「ええ、お待ちしておりますよ」
俺はにっこりと微笑む。
そのあとは、世間話に終始した。
いや、世間話を兼ねた、貴族情勢の俺への説明だ。
フェルナンデ辺境伯の俺への気遣いが伝わってくる。
彼は俺の意をくんで少しずつ、貴族として成長させてくれるつもりだ。
ここまでよくしてもらっている。いつか恩返ししたい。そう俺は考えながら夜が更けていった。
彼に報いるために、まずはエクラバの店を成功させよう。
クルトくんのカスタードプティングはとろふわ
そして、少々宣伝を同時連載中の魔王様の街づくりという作品が書籍化し12/15。明後日発売です
なろうのリンクを下に張っておきますので、気が向いたら読んでみてくださいな。
魔王が配下の魔物たちと共に、最高の街を作る物語です! 四半期一位作品なので面白いはず!




