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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:感謝と友情のクラウン・チョコレート
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第三話:エクラバの店

 試食会は大成功だった。

 みんな、俺の作ったピナルの蜂蜜ケーキを楽しんでくれた。


 今日は、ファルノの馬車で商業都市エクラバに向かっている。

 ファルノの他には、彼女の執事であるヴォルグ。そして、キツネ耳美少女のティナ、エルフのクロエがいる。

 竜車は使っていない。竜は巣作りや環境に慣れるのに必死でストレスが溜まりやすい時期らしい。

 本格的に竜車を使うのはもう少ししてからだ。

 今回、フェルナンデ辺境伯に会った折には、竜車を今後フェルナンデの屋敷に着陸させる許可をもらえないかも相談するつもりだ。


「クルト様。街に着けば名残惜しいですが別行動になりますわ」

「そうだな。ファルノ、交渉をよろしく頼む」


 ファルノの問いに答える。

 彼女はエクラバにつき次第、お菓子を包むパッケージの発注を行うために、懇意にしている業者と交渉を行うので別行動だ。


 デザインを含めての依頼となるのでかなり慎重になる。

 俺は、実際に提供する二品。

 ピナルの蜂蜜ケーキと、ベリークッキーの二つをファルノに持たせている。


 デザインの条件としてアルノルトの家紋を使うことを指示しており、あとはファルノに任せる。

 経営感覚、そして幼い時から一流の美術品に囲まれていた美的センスを合わせもつ彼女なら安心して任せられる。


「それから、クルト様、内装の工事を行う、職人さんたちは昼過ぎに到着する予定ですわ」

「そっちは俺が対応する」


 今回は視察だけではなく、内装の工事の指示まで行う。

 そのために、フェルナンデ辺境伯が腕のいい職人たちを紹介してくれている。

 そのための準備もある。

 試食会が終わったあと、店の間取りの資料が送られてきたおり、それをもとに図面を用意してあった。


 店の内装であれば俺の知識でも対応できる。

 前世では一流の店に勤めていたし。独立のために店を作ろうと考え、そういったことの勉強はしていた。

 地球の進んだ人間工学に基づいた店づくりができる。


「ではクルト様、また夜に。ふふっ、お父様の話ではクルト様の料理に刺激を受けたシェフが、随分と張り切っているらしいですわ」

「それは楽しみだ。純粋な”料理”の腕では彼のほうが俺より上だよ」


 俺はあくまでパティシエだ。料理の腕はただの一流の枠に収まる。超一流ではない。

 前回のパーティで活躍できたのは、圧倒的に進歩した知識をもっていたからだ。


 超一流の料理人が俺が見せた知識を取り込んで、どんな料理を振る舞ってくれるのか今から楽しみだ。


「ご謙遜を。お父様も、クルト様に会えるのを楽しみにしております」

「この前あったばかりだろう」

「お父様は、気に入った人にはべったりですからね。あっ、そろそろ、お店です。案内役は……うん、ちゃんとついておりますね。では私は、業者のほうに行きますので、クルト様、ご健闘を」

「ありがとう。ファルノ、任せた」

「ええ、任されましたわ」


 そうして、ティナ、クロエと三人で馬車から降りる。

 案内役が店の前で俺たちに向かって手を振っていた。

 彼の後ろにある俺の店として与えられた建物を見て度肝を抜かれている。


「ティナ、正直、かなり驚いている」

「ずいぶん、立派ですね」

「とういか、クルト、立派すぎない?」


 試食会のあとに図面をもらって、数字として建物の立派さは知っていた。

 だが、実際に目にすると想像より圧倒的に上だった。


「こんな一等地に、この広さ……たぶんだけど、この店を売れば孫の代ぐらいまで遊んでくらせるんじゃないかな」


 そう、与えられた店は、あまりにも良すぎた。

 一度に百人ぐらい、客をさばけそうだ。

 エクラバの一等地にこの規模の店なんて、金だけではどうしようもない。高度な政治力が必要となる。


「きっとフェルナンデ辺境伯は、クルト様に期待されているんですよ」

「ふつーに、首輪なんじゃない。絶対に離さないぞって」


 ティナの言っていることも、クロエの言っていることも両方正しいだろう。

 俺に期待しているからこそ任せた部分もあるし。

 こんなものを渡されると、シュラノとの婚約を断りにくくなる。


「まあ、もう賽は投げられた。あとは全力でやるだけだよ」


 店の規模が大きくなる。

 それはいいことだけではない。

 広いスペースがあれば、それだけ大量の商品を並べないと格好がつかない。

 そして、大量の商品を並べた以上大量の客を呼ばないと駄目だ。

 広い店に、数人程度しか客が居ないと、妙に寂しくなり、客が入りにくくなる。


 そして、それを実現するためには多くの人出がいるし、経営規模が大きくなった場合、経理も複雑になる。

 材料の確保だって、しんどい。


「それを含めて俺を試しているってわけだな」


 俺は薄く笑う。

 さて、どうするべきか。

 問題は山積みだ。


 早々に在庫が切れる、クルミ油の代替品の補充。市場に安価でクルミが出回っていればいいが、そういうわけにはいかないだろう。出回っていたとしても高価だ。

 代替品として、オリーブオイルを第一候補に、蜂蜜ケーキと相性のいい植物油を探す。


 そして、人出の問題。

 店の経営を任せられる人間なんて、俺の村にはいない。

 ファルノならこなせるだろうが、そこまでは任せられない。

 ティナも候補に入るが、もとからティナは過労寸前の仕事を任せてある。

 俺の領地で、高度な教育を受けており、なおかつ頭の早い人間。該当するのは父さんぐらいか。父さんは、今俺の村を含めたすべての領地の統括をしている、そんな余裕がない。

 一人、脳裏に浮かんだ。


「ヨルグか」


 あいつは、ずっとさぼっていたが、しっかりと基礎はある。頭も物覚えもいい。

 自分勝手だが、ヨルグが戻ってきてくれたらと考えてしまった。ないものでだりだ。


 経理ができる人間だけでなく、従業員も当初より増やさないといけないだろう。比較的手が空いている、村の女性たちから選抜するつもりだが、全員俺の村から出せば、小麦づくりが滞る。


 考え事をしていると、案内役の男が少し遠慮がちに声をかけてきた。

 そちらに目を向ける。


「あなたが、クルト・アルノルト次期準男爵でしょうか?」


 少し、店に見ほれすぎた。彼をずいぶんと待たせてしまった。

 

「そうです。俺がクルト・アルノルトです」

「お待ちしておりました。私は、コルッタと申します。フェルナンデ辺境伯より案内を頼まれております」

「ありがとう。では、さっそく内装をみせてもらっていいですか?」

「ええ、喜んで」


 俺は男と共に店の中に入る。

 外側は素晴らしいものだったが、中身はどうだろうか。

 欠陥品であれば、それを踏まえた内装や運用の仕方が必要になる、注意深く見よう。


 ◇


「すごいな、これほどまでに完璧な建物は、フェルナンデ辺境伯の屋敷や、レナリール公爵の屋敷ぐらいしか見たことがないです」

「ええ、エクラバの一流の職人たちが、潤沢な予算をいただき仕上げましたからね」

「そこまでのものでしたか」

「もともとは、破産した商会の本店だったのです。立地的にも広さ的にも、すさまじくいい物件だったのですが、何分価値が高すぎ、なかなか手がでる方がいらっしゃらなくて、先月フェルナンデ辺境伯が購入されたのですよ。そして、買った翌日には徹底的に修繕作業を始められて。修繕が終わったのはたしか、三日前です」


 俺は声を失う。

 おそらく、これはもともとフェルナンデ辺境伯が管理していたものではなく、彼が俺のために購入したものだ。

 とんでもない恩を受けてしまったようだ。


「フェルナンデ辺境伯の依頼なら職人も手を抜けないでしょうね」

「それはもう、この街で仕事ができなくなりますからね」


 彼はこの街の支配者だ。

 それは立場だけではない、実質的にすら。

 この街の繁栄は彼の力によるもの。その認識は広くある。


「ありがとう、今の状態は確認できました。あとは、店にするための改装だ。それは職人たちが来てからやろうと思う。その間お茶にしましょう。実は、この店で売るための商品をもってきているんだ。是非、味見をお願いしたいのですが」

「はい、喜んで。あのアルノルトの菓子を食べれるなんて、これは自慢の種になりますぞ」


 この街に住んでいる人間の意見を聞いておきたい。

 その目的を兼ねてのお茶会を始めた。


 ◇


 お茶会が終わったぐらいで、職人たちが来た。

 彼らに俺が書いた図面を見せ、詳細な説明をしていく。


 素人の俺の言葉を真摯に聞いてくれ、職人から見た問題点の指摘や、改善点の提案など、非常に参考になった。


 一部、技術的な不可能なもの、その妥協案も瞬時に出してもらい、方向性が決まる。

 完成時期、視察の頻度や日程。

 その他のことが次々と決まっていく。


「たった一か月で出来るのか?」

「おう、任せとけ」


 その言葉に驚く、かなり大がかりな内装の変更を依頼したので、二か月はかかると思ったが、その半分以下と言われてしまった。


「心配しないでも手を抜かねえよ。早いのはたんに、人数を揃えていいって言われてるからだ。割高になるが、それでもかまわんと、フェルナンデ辺境伯から言われている」


 心の中のもやもやが大きくなる。

 一から、十まで全部、おんぶにだっこ。


 この店をもらうこと自体はレナリール公爵主催の食事会の功績と聞いて、納得していた。


 一歩間違えれば、アルノルト家が取りつぶしになるリスクを背負い、その上で大成功させ、貴族社会においてレナリール公爵及び、フェルナンデ辺境伯の発言力を増したのだから、胸を張ってもらえる。


 だが、いくらなんでもこれはもらいすぎだ。


「ありがとう。任せるよ」

「任せておいてくだせえ。にしても、驚きましたぜ。最近、大活躍のアルノルト家の神童さんは、こっちの知識まであるとはな」

「専門家には、ぜんぜんかなわないよ」

「まあ、技術面ではそうだな。だが、面白い図面だよ。こんな考え方があるとはな。たしかに客のことを考えるならこうだ。今後の参考にさせてもらうぜ」


 料理人もそうだが、この人たちも新しいものに貪欲だ。

 俺が少し、道を示しただけでそれを吸収していく。


 そうして、内装の指示が終わった。

 職人と別れた後、ファルノと合流し、フェルナンデの屋敷に向かった。

 フェルナンデ辺境伯も夕食に同席してくれるらしい。

 せっかくなので、いろいろと腹を割って話をしよう。

 菓子職人パティシエのやり方で。

お店がどんどん形になっていきますよ!

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