第七話:血統と決闘
今日は表紙入り(日間五位以内)記念で、二回更新があるので注意。次の話も投下してるよ! 次はヘイト解消回だ
約束の時間になり、屋敷の中庭にティナと二人で来ていた。
そこにはヨルグと父、そして彼らの従者たちが居た。
「クルト、ヨルグ。おまえたちの力を見せてみろ。選定の儀は来週。これが最後の手合せとなる。心して戦うがいい」
俺とヨルグは中庭の中心に立つ。
俺たちは槍をもっていた。
槍の穂を布で覆って殺傷力を抑えているが、純然とした凶器だ。
「兄さん、ちょっと今日は機嫌が悪いんだ。手加減してやれないよ」
「ヨルグ、もとから、そんなつもりなんてないだろ」
俺の記憶上、ヨルグが手加減なんてしたのを見たことがない。
「二人とも構えよ。これより、試合を開始する」
アルノルト家の初代は、武勇に優れ一介の兵士から槍一本で数々の武勲を重ね、爵位と領地を与えられた。
ゆえに、アルノルト家の当主は一族の中からもっとも武勇に秀でたものを選ぶ。魔力の使用を禁止し、純粋な武技のみを競い合うのだ。
そして、その成り立ち故に、アルノルト家の子供たちは槍の腕を鍛え上げていた。
選定の儀とは、成人した次期当主候補が決闘し、勝ったほうが当主になる儀式だ。お互いの技量の向上のために、二か月に一度ほど、俺とヨルグは試合を行っている。
「試合、開始!」
父の声で俺たちは動く。
ティナが胸の前で手を合わせて俺の勝利を祈ってくれている。
これはあくまでただの試合、勝ったところで得られるものはない。
だが、直前の試合での結果は、多かれ少なかれ選定の儀の心理的優位に繋がる。
「いくよ、兄さん!」
ヨルグが槍を振るう。
片手だけ、それも腰が入っておらず、体重移動もろくにできていないただの手打ち。
あまりにもお粗末な一撃。
だが速い。不自然なほどに。見えない不思議な何かが槍を後押ししているとしか思えない。全神経を集中させ、槍の軌道を見切り、両手でしっかりと握りしめた槍でそらす。
手がしびれる。
力のほとんどを流したのに、この威力。
「ハッ!」
だが、しっかりと受け流した。
出来た隙を見逃しはしない。
最短距離を走らせる突きを放つ。俺ははじめて槍を握った五歳のときから十年、一日たりとも鍛錬を欠かしたことがない。
その鍛錬はきっちりと血肉になっている。全身の筋肉を連動させ、螺旋運動で、力を一点に集めた突き。俺の体で放てる最強、最速の一撃。
だが……。
「軽いよ、兄さん」
すかしたはずの槍があっという間に引き戻され、ヨルグがわずらわしげに適当に振るった槍が、俺の最速の槍に追いつき、簡単に弾き飛ばす。
手打ちということは重心が残っており、戻りがはやいのはわかる。
だが、早すぎる。魔力もつかっていないのに、”不思議な何か”に手助けされているように、ヨルグの槍は不自然に加速し、不自然に重い。
「そうだな」
こうなることは想定している。はじかれた勢いをそのまま利用し、一回転、遠心力をたっぷりのせた、横薙ぎを振るう。
たとえ受け止めたところで、人ひとり軽く吹き飛ばせるはずの一撃。
だが、それを涼しい顔でヨルグは受け止める。
「兄さんは、器用だなぁ……。綺麗な型、研磨された武技、ほんとすごいよ。どれだけ努力したのか想像もつかない」
ヨルグが適当に、突きを放つ。
適当なはずなのに、一発、一発、が致命的な威力をもつ。
”見えない何か”にあと押しされた理不尽な連撃。
一発でもまともに、受けたら終わり。流し、逸らし、いなし、俺は技量をもって対抗する。
だが、手打ちで数を稼げるヨルグに対し、全身の力を使わないといけない俺では回転力も体力の消耗も違う。どんどん劣勢になる。
この世界では、こう言った理不尽な力。
武の理の外にある力が働くことがある。ヨルグもそうだが、父も。彼らの槍は理不尽な速さと重さを持つ。
それこそが、才能であり、アルノルト家の血統を持つものに与えられた力。俺が求めてやまず、けして手の届かない力。
俺はこの理不尽を埋めるために、鍛錬を重ねてきた。身体を鍛え、武技を磨き上げた。だけど……。
「兄さんは、すごい、ほんとうにすごい。僕の槍を、技量だけでさばくんだから! でもね……才能がなければ全部むだだ! そんな、小手先で兄さんのやりに僕が届くことはない!」
ヨルグが勝利宣言をする。俺が弱ってきたのを確信したのだろう。
俺に、ついに限界がきた。息は切れ、集中力も限界。
手のしびれが、蓄積し、握力がなくなる。もう次の一撃は防げない。
「お疲れ様兄さん。兄さんの積み上げたものは全部もらうよ」
ヨルグの笑みが、深くなる。
「領主の地位も」
そうなることを夢見て、十年間、毎日槍を振るってきた。
「必死に作り上げた村も」
三年の月日をかけて、世界一のパティシエになる夢をかなえるために必死に開拓して、ようやく、形になった村。
「兄さんの大好きな女も」
ずっと、俺を支えてくれたティナ。折れそうになったときに、彼女の微笑みがあったから俺は頑張れた。
「残念だね。なんでもできる兄さん! 素敵な、優秀な兄さん。たった、一つ槍の才能がないせいで、全部、全部、僕に奪われるんだから!」
勝利を確信し、槍を振るうヨルグ。
ふざけるな、認めない、諦めたくない。
俺は……俺は、
想いと一緒に、魔力が暴れる。
全身を淡い、緑の光が包んだ。
その瞬間手の感覚が戻る。失った握力を取り戻すどころか、力が満る。槍をしっかり握りしめ、ヨルグの槍を迎え撃つ。
ヨルグの槍が吹き飛んだ。
父が口を開く。
「勝者、ヨルグ。クルト、魔力を使ったな。おまえの反則負けだ」
無我夢中で一撃を放ったあと、父の言葉で俺は我にかえる。
そうか、俺は魔力を使ったのか……
「はは、兄さん、驚かせて、まったく、魔力を使って、反則までして勝ちたいなんて、終わってるね」
どこかひきつった笑みを浮かべてヨルグは話しかけてきた。
「父上、ヨルグ。すまない」
素直に頭を下げる。
頭が、ぼんやりする。
魔力を使ったと、父は言った。
だが、違う。俺が使ったのは魔法だ。
千人に一人の割合で、魔力をもった子供が生まれてくる。
魔力があれば、身体能力の強化、自然治癒力の上昇、地・火・風・水。その中で適正のある属性魔術を使えるという恩恵がある。
そして、魔力をもった子供の中で、百人に一人、魔法を使えるものが現れる。
魔法とは、その本人の本質であり、ユニークな力。それを俺は使ったのだ。
「兄さん、本番では反則負けなんて興が醒めることはやめてくださいよ」
「わかっている」
上の空で答える。父は何かを考え込んだ後、俺たちに解散するように伝えた。
俺が上の空になっていたのは、魔法を習得できた喜びからではない。
どうしようもない現実が突きつけられたからだ。
「クルト様!」
ティナが駆け寄ってくる。
それに気づいてたのに、俺は自然と涙が流れていた。
「どうされたのですか、クルト様?」
ティナが心配そうに問いかけてくる。
「ティナ、少し泣かせてもらっていいか」
俺が問いかけると、ティナが俺を抱きしめてくれる。
俺は彼女を抱きしめ返した。
俺の得た魔法は”回復”。
脳裏にそれがどういうものかは浮かんできた。
回復:癒しの力、回復であり、解析で、改変で、破滅。
あの瞬間、俺は自らを癒やし、握力を取り戻した。
癒すというのは、正常な状態に戻すということ。そのためには、癒やす対象の正常な状態を知らなければならない。ゆえにこの魔法は、使用者にすべてを見通す目を与える。
俺が知ってしまったのは、自らの才能とこの世界の不条理な仕組みだった。父や弟の、あの理不尽な槍の秘密がわかってしまった。
俺は槍の才能がないと感づいていながらも、どこかで努力を続ければ、いつか父や弟のように槍の才能が開花するのではないかと期待していた。
そんな俺に全てを見通す目は現実を突きつけた。俺がしてきた十年の鍛錬は全て無駄であり、俺には一生、父やヨルダのような、理不尽な槍を後押しする力を使えないこと。そして、槍にこだわっていなければ、俺はヨルダを圧倒できていたことを。