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お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:誇りと漆黒のインペリアル・トルテ
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第十九:別れと親愛のホットチョコレート

 パーティの翌日の早朝、俺は身支度を整えていた。

 朝からレナリール公爵との謁見があるのだ。

 ティナとクロエを起こさないように慎重に部屋を出た。

 彼女たちは昨日頑張りすぎるほどに頑張ってくれたし夕食も遅かった。今はゆっくり休んでもらおう。


 レナリール公爵のところに行く前に厨房に向かう。

 激務に励む彼女を元気づけるお菓子を用意するために。


 ◇


 台所で仕込みを終え、使用人に手筈を伝えたあと、謁見の間に向かう途中でフェルナンデ辺境伯とファルノと合流する。彼らの背後にはファルノの執事にして護衛、そして俺の武の師匠でもあるヴォルグが控えている。


「クルト様、昨日のお料理、本当に素敵でしたわ。最後のインペリアル・トルテというお菓子。あんなの私ですら、いえ、王家の方々すら食べたことがない気品が漂う素晴らしいお菓子でした!」


 俺は苦笑する。

 チョコレートの生み出す重厚さと気品。あれを初体験したのだから無理はない。

 そして、そのチョコレートという反則じみた食材を、数百年かけて地球の菓子職人たちが研鑽してたどり着いたものを、さらに改良したのが俺の作ったチョコレートケーキ、インペリアル・トルテ。

 あれが通用しなければ、何が通用するのかわからないぐらいだ。


「喜んでもらえてうれしいよ。作りすぎた分をお土産ように包んでいるからあとで渡すよ。あのケーキは十日ぐらい持つんだ」


 インペリアル・トルテは意外に日持ちするお菓子だ。

 保存用のものは、生クリームと生の果物を使わずに作った。

 貴族のお土産には最適だろう。


「いいのですか!? 嬉しいですわ。今度のお茶会に使わせていただきます! ヴォルグにもわけてあげましょう」


 使用人であるヴォルグは貴族たちの食事会に参加できず、昨日の料理を楽しめていない。そのことをファルノは気にしているのだろう。


「お嬢様、けっこうでございます。実は既にクルト様より頂いております故」


 ヴォルグが丁寧に断り、苦笑する。

 なにせ、日頃お世話になっている人だ。身内の食事会にも誘ったが、ティナたちの団欒を邪魔するわけにはいかないと言って彼は辞退した。

 それならばと、余分に作っていたケーキを包んで渡したのだ。


「クルト様、私より先にヴォルグになんてずるいですわ」

「ヴォルグにはいろいろと助けられているからね……それより気を引き締めていかないと」


 食事会で最高のコースを提供した褒美についてはもちろんだが、襲撃についての話もあるだろう。

 気を引き締めつつ、俺たちはレナリール公爵の待つ謁見の間に向かった。


 ◇


 謁見の間にたどり着き、挨拶を終えると会話が始まる。

 レナリール公爵は目元に隈が出来ていた。

 おそらく一睡もせずに昨日の対策を行っていたのだろう。


「アルノルト次期準男爵。まずは報奨についてだけど、あなたはよくやってくれたわ。期待通り、いえ期待をはるかに超えた誰も知らない最高のコースを作ってくれた。それに、私の料理人たちにたくさんの知識と刺激を与えてくれたわ。だから、最高の報奨を与えようと思うの」

「……ですが、結局は最後の最後でぶち壊しになりました」


 食事会のあとのダンスパーティに乱入者が現れ、すべてを台無しにされてしまったのだ。


「それはそれよ。私があなたの力を借りて最高のコースでもてなした事実は消えないわ。それに、襲撃者の件もわかったことがあるの。これはあとで話しましょう」


 きっちりと情報を引き出したのか。見事な手腕だ。暗殺者を生かしたまま情報を引き出すのは難しい。そういうことに長けた人材を揃えているのだろう。

 俺は情報を引き出すために、三人のうち二人は意識を飛ばすだけで殺さないように気を利かせていた。

 自害しないように、一瞬で意識を刈り取ったのだ。


「ありがたく報酬を受け取らせていただきます」

「ええ、そのつもりよ。もともとあなたには、アルノルト領の税の免除、私の寄子たちの領地でのお菓子の販売の許可と関税の撤廃、販売するお菓子に関してレナリール家のお墨付きを与えることを約束していたわね。それに加えて竜車を一台用意するわ」

「竜車ですか!?」


 俺は思わず声をあげてしまう。

 竜車は貴重だ。なにせ、竜はレナリール領でしか調教に成功していない上に、竜は生まれたときから世話をしないとけっして懐かず、親の竜が守る卵の入手は困難を極め、加えて成竜になるまで数十年かかり、数が限られる。

 竜車による空輸の魅力は圧倒的だ。数多の上流貴族たちが、予約待ちになっている。

 フェルナンデ辺境伯ですら手に入れることができないぐらいの希少価値がある。

 

「ええ、そうよ。あなたは今後、様々な街に商売を広げていくのよね? なら、世界最速にして、安全な輸送手段である竜車は、とても有用だと思うのだけど」

「喉から手がでるほど欲しいです。ですが、これほどのものをいただいてよろしいのでしょうか?」

「もちろん。今回のあなたの働きは、それだけ大きいのよ。……そして少し打算もあるわね。竜者があればすぐに駆けつけられるでしょう? 私を助けてくれると言った約束を守ってもらうためという意味もあるわね」


 レナリール公爵は薄く微笑む。

 綺麗な笑みだった。


「かしこまりました。ありがたくいただきます。ただ、一つだけお願いがあります。風の魔石を使わないタイプの竜車をいただけないでしょうか?」

「いいけど、輸送力が落ちるわよ」

「かまいません」


 クロエを始めとした仲の良いエルフが増えた今、風の魔石を使うことには抵抗があった。


「なら、おまけで御者を二人ほどあなたの領地に派遣しましょう。自由にこき使いなさい」


 俺は内心で苦笑する。

 間違いなく監視役を兼ねているだろう。竜車は褒賞であると同時に俺を繋ぐ鎖でもある。他所の勢力に引き抜かれるのを防ぐ意味合いがあるのかもしれない。

 それがわかっていても、監視役の派遣を断ること自体が敵対行為ととられかねない。

 大人しく受け入れるしかない。


「お心遣い感謝します」


 俺の言葉に、レナリール公爵が頷く。

 それから先は、ある程度昨日の襲撃者についての話を聞いた。

 どうやら、戦争を望む貴族派の四大公爵のアイヒホルン公爵。その寄子である貴族の一人が暗殺者たちを手引きしたことがわかった。


 手引きをした貴族は、拘束寸前に自害して詳しい話は聞き出せていない。

 アイヒホルン公爵のほうは、自分には関係ないとしらを切っているようだ。


「意外ですね。暗殺者が仲介者ではなく貴族の名まで知っていたこと。そして、わかりやすい黒幕までつながったことも」

「そうね。警戒をかなり厳重にしていたから、それなりな身分の人間が直接手引きする必要があったのはわかるわ。だけど、私がもしアイヒホルンなら、私の寄子の一人を家族を人質にするなり、脅して手引きさせる。そして、用済みになれば始末する。それぐらいはするわね」


 俺も頷く。

 四大公爵の権力があればそれぐらいはできるはずだ。

 今回の件はあまりにも杜撰だ。


「アルノルト次期準男爵。私も怪しいとは思うけど、その誰かの用意したシナリオに乗るつもりよ。もちろん、用心深くね。これで、話は終わり。いえ、もう一つだけあったわね。アルノルトが準男爵から男爵になれるように話を進めているわ。これはお菓子のお礼ではなく、四大公爵である私の命を救った功績よ。あなたがいなければ私は殺されていたわ」


 俺は頭を下げる。

 準男爵と男爵、その差は大きい。準男爵は仮初の貴族にすぎない。男爵になることで本当の意味で貴族となる。

 男爵に陞爵されるのは、アルノルト家の悲願だった。


「感謝します。……お礼というわけではありませんが、ここを出るまえにお菓子を一つご賞味いただけませんか? あなたのために特別なお菓子を用意しました」

「ぜひ、頂きたいわ。と言いたいところだけど、ちょっと今は胃が受け付けないわ」


 少し、名残惜しそうにレナリール公爵は薄く微笑み断った。


「ええ、そうなることを見越して用意したお菓子です。今のレナリール公爵でも楽しめるはずですよ」


 昨日から一睡もせずに、極度のストレスに苦しんでいた彼女の体調は最悪だ。

 まともなものは胃が受け付けない。

 そんな彼女を元気にするためのお菓子を作った。


「そこまで、言うなら是非、いただこうかしら」

「では、今回の旅で最後に振る舞うお菓子を披露しましょう」


 俺が指を鳴らす。使用人がお盆に大き目のカップを載せてやってきた。


「すごくいい匂いね。ねっとりとした温かい飲み物のお菓子なのね。甘くて、深みがあって高貴な香り。昨日の素敵なケーキと似た匂い。これなら今の私でも楽しめそう」


 レナリール公爵はそう呟く。そして、お腹の音がなった。

 彼女は顔を赤くして、咳ばらいをする。


「昨日のケーキの材料であるチョコレートを使ったドリンク、ホットチョコレートです。是非、ご賞味ください」


 そう、俺が用意したのはホットチョコレート。

 搾りたてのミルクに作りたての手作りバターを加えコクを増し沸騰しないようにゆっくりと温め、たっぷりのチョコレート、ピナルのジャム、ラム酒を数滴垂らした飲むお菓子。


 とてもシンプルなお菓子だが、材料の一つ一つが素晴らしい。そして、簡単ゆえに手抜きは許されない。温め過ぎると、牛乳の旨みも、チョコレートとジャムの風味は消え、バターを加えすぎるとくどくなり、ジャムやチョコの配合比を間違えると味がだらしなくなる。


「ふう、ふう、あったかい、それにすごく優しい味。力が湧いてくる。頭にかかってた靄が消えたわ。ありがとう。これで、もうひと踏ん張りできそう」


 ホットチョコレートは美味しいだけではなく、栄養たっぷりだ。今の彼女には、もっとも適した飲み物。

 彼女の弱った体にホットチョコレートがしみ込んでいく。


「レシピは、あなたの料理人に伝えてあります。原材料のカカオは入手が難しいですが、それが手に入ればいつでも楽しめます。そして、カカオの代用品を用いた作り方も教えてありますので、どうしても飲みたいときにはそちらをお楽しみください」


 短い時間だったが、レナリール公爵のことは尊敬している。だからこそ、きっと彼女の力になれるであろうチョコレートの作り方と、ホットチョコレートのレシピを、レナリール家の料理人に託した。


「何から、何までありがとう。……本当にあなたを引き止められないのが惜しいわね。ずっと傍に置いておきたいと本気で思っているわ。でも、あなたはそれでいいのかもしれない。ここで飼い殺すよりも、いろんな場所で活躍したほうが、この国のためになるわ。新しく開くお店、頑張ってね。私も、あなたのお菓子を買いにいくわ。とっても美味しいもの」

「ええ、お待ちしております」

「下がっていいわ。最後に、もう一度だけ言わせて。ありがとう。あなたは私の恩人よ」


 俺は一礼をし、この場を後にする。

 今回のあと処理はまだまだ残っている。だが、ここからさきはレナリール公爵の戦場だ。

 クルト・アルノルトの出番はない。


 竜車の準備に一日かかるので、出発は明日の朝になった。

 それまでに、レナリール家に伝わるレシピを可能な限り学び、市場に出て食材を仕入れるとしよう。

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